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身バレしないはずだった
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「そんなに警戒しないでください」
大西はカップの蓋を開けながら、言った。
「どうして住野さんが、もものかいぬしさんだと判ったか、説明したほうがいいですか?」
尋ねられた亜希は、別に、とぶっきらぼうに答えた。ほとんど八つ当たりである。半ば無理矢理連れて来られたのだから、コーヒーくらい飲ませてもらおう。カップを引き寄せて蓋を開け、砂糖を半分とフレッシュを入れた。大西はコーヒーに何も入れず、マスクを外した。
ホームページのスタッフ紹介の写真通り、やはり大西は鼻から下も不細工ではなかった。鼻も口も輪郭がはっきりしていて、かつ上品だ。目の印象は強いのにややおっとりと見えるのは、ふわりと上がっている口角のせいかもしれない。上等のスーツを着せたら、何処かの大企業の御曹司にでも見えそうである。
両親共に美男美女なんだろうなとどうでもいいことを考えながら、亜希もマスクを外し、コートのポケットに入れた。化粧なんて土台しか塗っていない。先週はすっぴんだったから、今日は僅かながらマシかもしれないが。
コーヒーの香りは快かった。粉から淹れたてだとこんなに香りが立つとは、今まで知らなかった。味も良い。コーヒーのコクというものを、初めて味覚で捕らえた気がした。
亜希が顔を上げると、向かいに座る大西がこちらを見ていた。やや薄い茶色の目に浮かんでいるのは、自分に対する興味らしい。
「私たちはぬいぐるみにいつも接してますから、何らかの形でぬいぐるみの話題を発信している人をチェックしてます……あなたみたいに、定期的に写真を撮ってアップするような人はわかりやすい」
大西は微笑した。整った顔にそういう表情をされると、目のやり場に困るものだと亜希は知る。
彼は少し声を潜めた。
「ですから私たちスタッフは全員ももさんを知ってます……すぐ近くの公園で撮影してらっしゃることとか、持ち主様が私の自宅の近所でお勤めだってことは、誰にも話してませんけど」
亜希はやはりそわそわする。どうも脅されているような気がしてならない。ひと言も返さずにコーヒーを飲み干した。
「さて……ももさんの状態を見せていただいていいですか?」
大西の言葉に、亜希はつい、じっとりと彼を睨みつける。そんな顔しちゃだめよ亜希ちゃん、と祖母によくたしなめられた表情になってしまった。彼は思わずといった風に、ぷっと吹き出す。
「住野さん、ももさんを奪ったり雑に扱ったりしませんから……そんなに警戒されると話が進みません」
大西の言う通りである。亜希は仕方なく、ももちゃんをトートバッグからそっと出した。すると彼は、二重の涼やかな目を楽しげに見開き、亜希ではなくももちゃんだけを見つめ始めた。プレゼントのおもちゃを期待して待つ子どものようである。
「あ、可愛い」
そう言う大西の大きな両手が差し出されたので、亜希はそこにももちゃんをゆっくりと載せた。彼は両手をももちゃんの胴体に添えて、頭の上からつま先までを検分する。
「ああ、しっかり縫製されたいい子ですね」
ももちゃんを褒められると、自分が褒められたように嬉しくなった。
「タグの字が消えてますけど、日本製と書いてました」
「そうでしょうね、生地や縫製がしっかりしてると私たちもやりやすいんですよ……首はすぐ直せそうです、顔は綺麗だから、洗うだけで大丈夫かな」
大西はももちゃんの頬を親指の腹で撫でてから、亜希も常々気になっている耳を、指で挟んで押してみる。
「この子を初めて手にされた時と比べて、弾力かなり変わってますか?」
「え?」
すぐには答えられなかった。ずっと一緒にいるので、今のももちゃんの状態に慣れているからだ。
大西はカップの蓋を開けながら、言った。
「どうして住野さんが、もものかいぬしさんだと判ったか、説明したほうがいいですか?」
尋ねられた亜希は、別に、とぶっきらぼうに答えた。ほとんど八つ当たりである。半ば無理矢理連れて来られたのだから、コーヒーくらい飲ませてもらおう。カップを引き寄せて蓋を開け、砂糖を半分とフレッシュを入れた。大西はコーヒーに何も入れず、マスクを外した。
ホームページのスタッフ紹介の写真通り、やはり大西は鼻から下も不細工ではなかった。鼻も口も輪郭がはっきりしていて、かつ上品だ。目の印象は強いのにややおっとりと見えるのは、ふわりと上がっている口角のせいかもしれない。上等のスーツを着せたら、何処かの大企業の御曹司にでも見えそうである。
両親共に美男美女なんだろうなとどうでもいいことを考えながら、亜希もマスクを外し、コートのポケットに入れた。化粧なんて土台しか塗っていない。先週はすっぴんだったから、今日は僅かながらマシかもしれないが。
コーヒーの香りは快かった。粉から淹れたてだとこんなに香りが立つとは、今まで知らなかった。味も良い。コーヒーのコクというものを、初めて味覚で捕らえた気がした。
亜希が顔を上げると、向かいに座る大西がこちらを見ていた。やや薄い茶色の目に浮かんでいるのは、自分に対する興味らしい。
「私たちはぬいぐるみにいつも接してますから、何らかの形でぬいぐるみの話題を発信している人をチェックしてます……あなたみたいに、定期的に写真を撮ってアップするような人はわかりやすい」
大西は微笑した。整った顔にそういう表情をされると、目のやり場に困るものだと亜希は知る。
彼は少し声を潜めた。
「ですから私たちスタッフは全員ももさんを知ってます……すぐ近くの公園で撮影してらっしゃることとか、持ち主様が私の自宅の近所でお勤めだってことは、誰にも話してませんけど」
亜希はやはりそわそわする。どうも脅されているような気がしてならない。ひと言も返さずにコーヒーを飲み干した。
「さて……ももさんの状態を見せていただいていいですか?」
大西の言葉に、亜希はつい、じっとりと彼を睨みつける。そんな顔しちゃだめよ亜希ちゃん、と祖母によくたしなめられた表情になってしまった。彼は思わずといった風に、ぷっと吹き出す。
「住野さん、ももさんを奪ったり雑に扱ったりしませんから……そんなに警戒されると話が進みません」
大西の言う通りである。亜希は仕方なく、ももちゃんをトートバッグからそっと出した。すると彼は、二重の涼やかな目を楽しげに見開き、亜希ではなくももちゃんだけを見つめ始めた。プレゼントのおもちゃを期待して待つ子どものようである。
「あ、可愛い」
そう言う大西の大きな両手が差し出されたので、亜希はそこにももちゃんをゆっくりと載せた。彼は両手をももちゃんの胴体に添えて、頭の上からつま先までを検分する。
「ああ、しっかり縫製されたいい子ですね」
ももちゃんを褒められると、自分が褒められたように嬉しくなった。
「タグの字が消えてますけど、日本製と書いてました」
「そうでしょうね、生地や縫製がしっかりしてると私たちもやりやすいんですよ……首はすぐ直せそうです、顔は綺麗だから、洗うだけで大丈夫かな」
大西はももちゃんの頬を親指の腹で撫でてから、亜希も常々気になっている耳を、指で挟んで押してみる。
「この子を初めて手にされた時と比べて、弾力かなり変わってますか?」
「え?」
すぐには答えられなかった。ずっと一緒にいるので、今のももちゃんの状態に慣れているからだ。
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