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書籍化記念 幼少期 番外編

果汁百パーセント

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 俺の名前はフィン・ローゼシュバルツ。五歳の時に前世の記憶を思い出し、ここが前世でプレイしたゲームの世界に似ていることや、自分フィンがゆくゆくは悪事を働き処刑されるかもしれないことに気づいた。けれど、ゲームのストーリーは俺が高等学園に通い三年生になってから始まるので、幼い今はまだ現実感がない。だから、異母妹に関わらなければ問題ないはずと、今はその懸念を頭の隅に追いやりつつ日々を過ごしていた。

 夏も終わりそうなある日。ローゼシュバルツ領にある屋敷の厨房内で、目の前に立ちはだかる相手へ向けて、俺は頬をぷっくりと膨らませていた。

「なりません」

 セバスチャンは、俺の不満顔にピクリとも反応せず淡々と見下ろしてくる。

「どうしても?」
「危のうございます」

 俺は自分の体を見下ろした。まだ幼い体は台がなければ調理台には届かない。鍋も鉄製で重く、両手で掴んだとしても持ち上げることすら困難な可能性もあった。包丁など論外で、指を怪我しては大変だと隠されてしまっている。誰か大人の補助なしには目的を達成できない現実を知り、俺は手に持っていた人参を仕方なく料理人へ手渡した。
 その瞬間、厨房にいた大人たちが安堵の息を漏らす。聞き分けてくれて良かったと思われたことに、俺は更に肩を落とした。
 そんな俺に、セバスチャンは床に膝をついて目線を合わせると、慰めるように言葉をかけてくれる。

「坊っちゃま。自分でなさりたいと思うお気持ちは素晴らしいものでございます。ですが、ここにある調理道具は坊っちゃまには少々大き過ぎます故、ご容赦くださいませ。ご指示いただければ、料理人がご希望の料理をお作りし奥様へお出しさせていただきます」

 悪阻で苦しむ母上に食べやすそうなものを作ってあげたい。
 俺の思いをセバスチャンは理解しつつも駄目なことは駄目だと、はっきりと言う。
 だけど、その理由は高貴な身分や子どもだからということではなく、単に小柄だから大きな調理台や調理器具を扱えないということだった。怪我をしてしまう可能性が高いことに、屋敷の執事として許可は出せないということだろう。
 身分を理由に説得されたら反論しようかと思ったが、そこには俺への配慮しかなく、きちんと説明して理解してもらおうというセバスチャンなりの気遣いがあった。それに、正直に説明すれば俺が納得するとセバスチャンは思っているということでもある。子ども相手にも真摯な態度をとってくれるセバスチャンが俺は好きだった。
 厨房の端を少し借りて一人で挑戦してみたかったのだが、今回は諦めるしかない。
 本来の目的は母上に何か少しでも食事をとってもらうことなので、セバスチャンの提案を受け入れても、それは叶うのだ。

「うん。セバスチャン、ありがとう。そうするね」
「ご理解いただけて嬉しゅうございます」

 少し口角を上げて微笑んでくれたセバスチャンに、俺も笑顔を返した。
 必要な材料と見つけたレシピを料理長に伝えていると、アマーリアが果実の入った籠を持ってやってきた。

「坊っちゃま。依頼されていた果実が届きましたよ」
「わぁ、すごい!」

 アマーリアが持ってきた籠の中には、色とりどりの果実が入っていた。一つ手に取り匂いを嗅いでみる。柑橘系の爽やかな香りがした。

「こちらはデザート用ですか?」

 料理長が籠の中の果実を見て用途を聞いてくる。

「ううん。これは絞ってジュースにしたらどうかなって思って」

 前世で悪阻の時にはグレープフルーツジュースが良いと聞いたことがあったので、似た柑橘系の果物を数種類取り寄せてもらったのだ。
 どれがジュースに適しているのか料理長に聞きながら、酸味のキツ過ぎない果実を選ぶ。まずは試飲して飲みやすいか確認が必要だ。美味しくないものを母上に勧めたくはないからね。
 そう言った俺に料理長は頷き、絞り器を取り出してくれた。それは前世で見たことのあるレモンの絞り器に似ていた。半分に切った果実を山形になっている方に押しつけて回し、果汁を絞るタイプのやつだ。確か力の弱い人や子どもでも簡単に絞ることができるはずだった。
 あれなら俺でも使えるかもしれない。
 そう思い、俺はチラリとセバスチャンを盗み見た。セバスチャンは俺の視線に気づくと、片眉をヒョイッと器用に上げてみせる。茶目っ気のある仕草に、俺は勇気をもらった。

「えっと、ね。果実を絞るの僕がやってみてもいい、かな?」

 期待を込めてセバスチャンと料理長を交互に見る。両手を握りしめ、お願いモードの上目遣いも付け足してみた。
 二人はお互い顔を見合わせると苦笑し、それくらいならと許可してくれる。
 やったね!
 そして、俺は今世で初めて果実を絞る機会を手に入れたのだった。


 あれから六年の月日が経った。先日、母上がまたもや妊娠していることが分かり、レオンとラルフ、シャルロッテの時のように、俺は再び母上の為に果実を絞る機会を手に入れた。これはもう俺の役割になっている。
 オーラン様の離宮で、久しぶりに会ったヴィルヘルムたちに近況報告も兼ねてその話をしたら、果実絞りを実演することになった。
 なんでだ。
 俺が戸惑っているうちに、王子様の一声で小さなテーブルや絞り器、高級そうな果実などが使用人たちにより応接室へ運び込まれる。

「ほう。これが絞り器なのか」
「変な形してるな」
「どうやって使うんだ?」

 ヴィルヘルム、ゴットフリート、ラインハルトは、初めて見る絞り器を珍しそうに眺めた。王族と貴族の御子息である三人は、俺が話をしなければ一生見る機会がなかったかもしれない。
 せっかくだからと、俺は使い方を説明しつつ美味しいと言ってもらえるように、頑張って絞ろうと気合を入れた。
 ところが、普段使っている絞り器ではないからなのか、果汁があまり出てこなかった。絞る力が上手く絞り器に伝わっていない感じがする。いつもより大ぶりな果実で、小さい俺の手では掴みにくく、押さえる力があまり入っていないのかもしれない。これではジュースにならないと俺が困っていると、ゴットフリートが手を貸してくれた。

「これを押しながら回せばいいんだな?」

 ゴットフリートは背後から俺の手の上に自身の大きな手を重ねると、ぐっと力を入れてくれた。途端、絞り器の突起部分に果実が深く食いこむ。ぎゅっとゴットフリートが手を回すと、たっぷりの果汁が流れ出てきた。さすが騎士を目指しているだけあって力が強いと俺は感心する。

「ゴット、ありがと」
「おう」

 振り返ってゴットフリートに礼を言い、無事に絞れた喜びに笑顔で顔を正面に戻すと、まだジュースを飲んでいないはずのヴィルヘルムが、すでに酸っぱそうな顔をしていた。

「どうしたの?」
「…………いや」
「あっ、もしかして果汁が飛んじゃった⁉︎」

 果汁が顔にかかってしまったのかと焦ったが、ヴィルヘルムは違うと言う。
 俺が絞り器に集中している間にいったい何があったのか。
 いきなり元気がなくなったヴィルヘルムに俺が首を傾げていると、ラインハルトが半分に切った残りの果実を手渡してきた。

「それだけじゃ足りないだろ。もっと絞らないと」
「あ、うん」

 確かに四人分にはまだまだ足りない。でも俺の力だけでは絞り終わるのに相当な時間がかかりそうだ。試飲分くらいでいいかと提案しようとしたら、近くにいたゴットフリートをラインハルトが押し退けて、俺の背後にスタンバイした。手伝ってくれるらしい。

「ほら、フィン」
「うん!」

 最初の絞りカスを取り、新しく果実をセットしてラインハルトと一緒に絞る。ゴットフリートと同じくらい力が強い。
 ふむ。いい感じだ。
 新しい果実を半分に切り三度目の挑戦をしようとしたら、今度はヴィルヘルムが近づいてきた。

「ヴィルも手伝ってくれるの?」
「あぁ」

 王子様にさせるのは気が引けたが、ヴィルヘルムは頷き、周りで控えている使用人たちが止めることもなかった。なので遠慮なく手伝ってもらうことにする。
 ヴィルヘルムの手が俺の手に重ねられた。
 こうしてみると、三人ともが俺より大きな手であることを改めて実感する。俺とは違い三人とも体格もいいもんな。もしかしなくても俺がただ単に力が弱かっただけなのだろうか。

「フィン?」
「あ、ごめん。じゃあ、お願いします!」

 後ろからヴィルヘルムが少し笑った気配がした。良かった。元気が戻ってきたみたいだ。
 すでに力の入らない俺の手は添えているだけで、ほぼヴィルヘルムの力で果実は絞られ、残りはゴットフリートとラインハルトが交互に絞ってくれた。
 グラスに注いで飲んだジュースは、さっぱりした口当たりだけどほんのり甘いという上品なお味で、とても美味でした。
 
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