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1巻

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 先生がローゼシュバルツ家に通い始めて二週間後、先生は大量のお菓子を持ってやって来た。

「どうしたんです、これ」

 どこかに出かけていてお土産に買ってきてくれたのだろうか。いや、休みの日もお茶しに来てて、ほぼ毎日ここに通っているから遠出している可能性はないか。でも、転移魔法を使えば可能かもしれない……などと思考を巡らせていると、先生が大袈裟に咳払いをした。

「あー、ごほん! ごほん!」
「先生、風邪ですか?」
「違う! フィンよ。今日が何の日か分かるかな?」
「今日が何の日か?」

 プレゼントをするとしたらお祝いで、誰かの誕生日とかだろうか。でも、屋敷では誕生日パーティーをする準備はしてないし……っていうか父上と母上の誕生日知らないな。あとでアマーリアに聞いておこう。なら、先生の誕生日とか。でも自分へのプレゼントを持参っておかしいよな。
 頑張って考えたが分からなかったので、降参して聞いてみることにした。

「残念ながら分かりません」
「なんと! 今日はな! 私がフィンの家庭教師をして二週間経った日だ!」

 ババァーン!! と決めポーズをした先生に、今日の俺は反応を返せなかった。

「…………? はい、二週間経ちましたね。というかまだ二週間なんですけど」

 もしや、数日も保たないと思われていたのだろうか。ちょっとショックだ。これでも前世では社畜の営業マンとして、根性だけで頑張ってきたんだ。貴族の英才教育がどんなに厳しかろうと、泣いて逃げ出すような無様な真似はしない。どこまでも食らい付いていってみせる。


 決意も新たに闘志を燃やしているフィンは知らなかった。先生ことユーリ・シュトラオスにとって、家庭教師を二週間も続けていることが人生で初めてだということに。
 ユーリは、家庭教師を始めてから長くて十日しか勤めたことがなかった。短ければ当日でクビを言い渡される。仕事が続かないと悪評がたち、心ない言葉を投げかけられることもあった。教師になりたいという夢を持っていたが、学校では採用されず、家庭教師ならばと始めてみても続かない。明るく大袈裟に振る舞ってはいるが、ユーリは人生の岐路に立たされるほど精神的に参っていた。
 そんな時、黒の宰相と呼ばれているローゼシュバルツ家の当主から、息子の家庭教師の打診があった。ユーリは惨敗続きで悩んだが、最後の望みだとその依頼を受けることにした。
 それからは、最初の挨拶をどう振る舞うか百通り練習した。五歳児と聞いているが、切れ者として有名な黒の宰相の御子息だ。相当な頭脳の持ち主かもしれないと、授業内容にも悩み、思いつく限りのパターンを用意した。どんなことで不興を買うか分からない。服装にも帽子にも香水にもと気を遣い、当日まであらゆることに関して、考え悩み試行錯誤した。
 人生で一番緊張し、最近悩まされている吐きそうな胸のムカつきを抱えたまま、ユーリはフィンと対面した。フィンは、ラーラと瞳の色は同じだが、顔立ちも雰囲気もルッツとラーラどちらにもあまり似ていなかった。

「初めまして。フィン・ローゼシュバルツです。よろしくお願いします」

 そう言ってニッコリ笑った顔は天使のように愛らしかった。フィンは不思議な子で、初めはユーリの服装や言動に驚いていたものの、すぐに慣れたようで気にしなくなった。優しそうな話し方と雰囲気で、性格もおっとりしているが、気になることはズバリと指摘してくる。自分の意見をはっきりと言うが、相手の立場を考えることも出来て、言い回しにも気を配るような聡い子だった。たまに大人と対峙しているような感覚にもなり、五歳児とは到底思えなかった。
 だが何より驚いたのは、フィンとの授業が想像以上に楽しかったことだ。フィンは疑問に思ったことはすぐに質問するし、集中力も学ぶ意欲も高かった。
 気づかぬうちに、初日から感じていた緊張も胸のムカつきも消え、最長記録の十日間がとうに過ぎていた。以前は、毎日続いた日数を数えては、いつクビになるか分からないと戦々恐々としていたのに。しかも今もまだ終わる気配すらないのだ。これが祝わずにいられるだろうか! ユーリは歓喜した。

「フィン。これは二週間記念のお祝いに私からのプレゼントだ。一緒に食べようではないか」
「ありがとうございます。嬉しいけど、たった二週間で祝われるなんて複雑です。先生! 次のお祝いは半年、いやせめて三ヶ月にしてください! 一ヶ月はまだ早すぎますからね!」
「いや! 一ヶ月もするぞ!」
「先生!!」

 はははははっ、とユーリが高笑いした後に、フィンが『先生!』とプリプリ怒ることが、ローゼシュバルツ家で日常と化すのは、もう少し先の話である。


 この国では、魔力属性を役所へ提出し、住民登録に追記する義務があった。五歳になれば魔力の属性はほぼ固定されるので、ほとんどの国民は五歳になれば神殿や教会で属性を調べる。
 王都にある神殿では、王族や高位貴族の子どもたちに向けて、年に一度魔力属性検定式が行われていた。
 俺が普段住んでいるのは、領地にあるローゼシュバルツ家の屋敷だ。今は魔力属性検定式に参加する為、王都にある屋敷に滞在している。
 検定式当日、神殿まで移動する馬車の中には、俺の他に父上と母上がいた。

「式は王族や高位貴族の子どもたちが参加して行われる。ローゼシュバルツ家は侯爵家だから参加しなければならない。いいかいフィン。神殿に着いたら、無闇に笑顔を振り撒いてはいけないよ」

 父上は至って真面目な表情でそう言った。
 冗談……ではなさそうですね。笑うなとは難題だ。俺のテンションは最高潮まで上がっており、朝から頬が緩みっぱなしなのである。だって、俺が使える魔法の種類が分かるってことなんだぞ。テンション高くなっても仕方ないだろ。
 王都で行われる魔力属性検定式に参加することが決まってから、先生にも検定式のことや属性魔法についてなど、たくさん質問した。俺の今までにない熱意に、あの先生が若干引いていたぐらいだ。

『フィン。あまり興奮すると鼻血が出るぞ』

 鼻血を出した顔も可愛いだろうが少し落ち着きなさい、と言われた。鼻血を出したら間抜け面になると思うのだが、先生は可愛さは罪だとか何とか言って一人で嘆いていたので、そっとしておいた。興奮は冷めた。
 今回は検定式の為に俺が王都に来ているから、その間は家庭教師はお休みだ。先生は少し寂しそうにしていたので、お土産を買って帰らないといけない。

「ルッツ。そんなことを言ったからフィンが困っているわ。微笑むくらいは許してあげましょう?」

 ママン。フォローしてくれているのかもしれないが、俺が笑うのに許可がいるって初耳なんですが。
 俺は引き取られてから、領地にある屋敷から外へあまり出ずに過ごしていた。それでいきなり王都に来て、公園デビューならぬ神殿デビューだからか、父上と母上は殊更心配しているらしい。何で笑ってはいけないのか疑問だが、真剣な二人の気持ちを素直に受け入れることにする。あれだなきっと。貴族は体面を重んじるから、あまりヘラヘラ笑ってたら舐められるかもしれないってことだな。キリッとした顔を保つよう頑張ろう。

「父上、母上、心配してくださってありがとうございます。あまり笑わないように気をつけますね」

 そんな話をしていたら馬車が止まった。神殿に着いたようだ。


 検定式と言っても特別なことはなく、神殿の偉い人の話を聞いて、代表して一番身分の高い人、今回は第二王子の魔力検定をみんなで見学するだけだった。あとは個別で呼ばれて検定してもらえるらしい。
 第二王子って初めて見た。ゲームの攻略対象の王族は第三王子だけだったから、顔も名前も知らなかったんだよな。でも、第三王子がいるなら第二王子がいて当然だ。
 第二王子の名前はヴィルヘルム・クロネス・モント。焦げ茶色の髪に琥珀色の瞳をしていた。王族なだけあって、大勢の貴族の前でも堂々とした振る舞いだ。ヴィルヘルムの属性は雷と風で、魔力量も多かった。雷の属性持ちは珍しいらしく感嘆の声が広がる。みんなが拍手したので、俺も力一杯手を叩いた。スタンディングオベーションしたいぐらいだったが、他の人は品良く座っているので諦めた。
 式が終わると別室へ案内され、そこで順番待ちだった。待機中は、貴族同士が挨拶を交わす交流の場となり、ゆっくり座ることができなかった。子どもたちが同い年なので、今後のこともあり顔合わせの意味もあるのだろう。
 それにしても男性ばかりだ。大人は女性が多少いるが、子どもは男の子がほとんどで、女児が生まれにくいというのは本当らしい。
 そんなことを考えていると、父上にとある親子連れが話しかけてきた。

「宰相殿。あんたも来てたんだな」

 気安く声をかけてきた男性は、二人の男の子を伴っていた。その子どもたちの顔を見て、俺の体に衝撃が走る。
 攻略対象者!
 第一騎士団長の息子で、銀髪に緑色の瞳の双子である。スチルより幼く丸みのある顔がそこにはあった。

「ゴットフリート・グロースです」
「ラインハルト・グロースです」

 名前まで同じなので間違いなかった。俺は本物に会えた興奮で馬車の中での助言を忘れ、目をキラキラさせながら満面の笑みで挨拶を返したのだった。
 笑顔を晒したが、特に問題はなかった。挨拶をした後は、双子は退屈そうに大人たちの会話が終わるのを待っていて、俺とは喋ってくれなかった。眼中にないというやつだな。友達になれたら良いなと思ったのだが残念だ。考えてみれば、俺はちょい役の悪役令息だ。神聖なる攻略対象者とお近づきになろうなどと勘違いも甚だしい。
 団長一家と別れた後、ついに俺の順番が来たようで呼ばれた。案内された小部屋には、五人の役人が検定のために待機していた。第二王子が検定した時に使っていた透明の丸い玉が中央に置かれている。書類を持った人が声をかけてきた。

「フィン・ローゼシュバルツ様ですね?」
「はい」
「こちらに手を置いてください」

 いよいよだ。俺は緊張しながら、自分の頭部より少し大きいくらいの透明な玉の上に手を置く。置いた時は冷たい感触だったのが、徐々に熱をもっていき、玉の中心部が光り出した。色の違うキラキラとした光の玉が、一つ、二つと現れ出したのだが、異様に小さい。米粒みたいだ。検定士の人も目を凝らして見ている。

「んん?」

 玉に顔を近づけたり離したり、角度を変えたりして観察し出した。
 何かおかしいのだろうか。今度は違う意味で緊張してきた。背中に嫌な汗が流れる。

「もう離して大丈夫ですよ」

 ようやく納得したらしい検定士の人に言われて、そっと手を離す。すると、光の玉はゆっくり消えていった。

「フィン様の魔力属性は五つ。魔力の強い順から、闇、土、風、水、火属性です。五属性持ちは非常に珍しい。ですが、残念なことに魔力量が異様に低いです。下手すると赤子より低いかもしれません」

 赤子以下の魔力量って、ほぼ魔力がないのと同じってことだろうか。使える属性が多かったことには驚いたし嬉しかったが、素直に喜べなかった。

「フィンは闇魔法も使えるのか」

 振り返ると、父上が難しそうな顔でこちらを見ていた。母上は心配そうな顔をしている。
 闇魔法と言えば呪術や禁忌魔法など、危険なイメージが強い。やはり闇魔法が使えたら危ないのだろうか。危険人物としてブラックリスト入り確定なのかもしれない。闇魔法は特殊だと聞いていたから、自分が使える可能性などないと思っていて、闇についてはそこまで掘り下げて先生に聞かなかった。

「はい。ですので身体検査が必要です。こちらへどうぞ」
「えっ!?」

 俺は思わず驚いた声を出してしまった。身体検査って何だ。まさかの人体実験コースとかだろうか。真っ青になって震え出した俺に、父上が安心させるように説明してくれたが、内容を聞いて仰天した。

「闇魔法を使える人の約八割が、男性でも子を宿すことができる体質なんだ。だから、属性検定で闇が出た場合、一度体を検査してその器官が備わっているか調べる。これは知っておかないと本人が困ることになるからね。自分は男性だけど、赤ちゃんを産めるってことになるから」

 男性妊娠設定来たー! おかしいだろう。これ乙女ゲームのはずだよな。まさかの裏設定か何かか。それとも別世界だったのか。
 俺が頭を混乱させているうちに別室へと連れて行かれ、あれよあれよという間に検査された。
 結果は陽性。おめでとうございます。

「子を宿す器官はあります。ですが、まだ未熟です。男性は女性より遅く、成長して体が成熟するまでは、妊娠する可能性はありません。個人差はありますが、早くても十八歳以降でしょう。年頃になれば、定期的に検診を受けられることをお勧めします」

 俺は衝撃の事実に処理能力が追いつかず、動けなくなってしまった。最後は父上に抱っこされて神殿を後にし、俺の魔力属性検定は終わったのである。


 遥か昔、まだこの世界と魔界との間に結界がない時代、闇魔法に特化した一族がおり闇一族と呼ばれていた。その一族は森の奥深くに住み、男性しかいなかったが、男性でも妊娠できる器官をもつ生体をしていた。男性同士で子をし、一族を繁栄させていた。
 しかしある日、魔王との戦いが森にまで及び、村は壊滅。生き残った闇一族はその能力を買われ、老人や幼子、魔力が弱い者以外は戦場の前線へ送り出された。戦場に出なかった人々は他の村へ移住し、定住した先で成長した子どもたちが他の部族と婚姻を結び子をした。それが、闇魔法を使え男性でも子をせる器官を持つ人々の先祖だと言われている。
 血は限りなく薄いが、俺にもその血が流れているということだ。

「フィン! 珍しいお菓子が手に入ったから一緒にお茶にしよう!」
「先生? 今日は家庭教師はお休みの日ですよ」

 領地にある屋敷に帰ってきても、魔力属性検定日の衝撃から俺はまだ立ち直れずにいた。そんな俺を心配して、先生はここ最近毎日お菓子を差し入れに持って来てくれる。
 闇魔法が使えることと、男性でも妊娠可能な体であることは、デリケートな問題なので今は伏せてあった。役所に提出はするが、この二つは悪用や差別される可能性もあるので非公開にできるらしい。
 先生には魔法に関しても授業で教えてもらうので、俺が大丈夫なら話してもいいと父上からは言われていた。

『闇魔法は呪術や禁忌魔法など、危ない魔法も多いから危険視されがちだが、決して悪い魔法ではない。それに、闇魔法に勝つには闇魔法が一番効果的だ。偏見を持っている者もいるが、国としては闇魔法士は大切な人材だ。だからそんなに心配しなくても大丈夫。誰かに嫌なことを言われたら私に言いなさい。消してあげるから』

 パパン。最後の発言は怖いから聞かなかったことにするね。息子の悪口を言っただけで相手をこの世から抹殺しようとしないでほしい。モンペか。
 母上も、いつも以上に頭を撫でてくれたり膝の上に乗せてくれたりと甘々だった。二人とも優しい。すごく嬉しいんだけど、二人とも勘違いしている。そもそも考えてみてほしい。赤子以下の魔力量しかない俺が闇魔法を使えたところで高が知れてる。問題はそこじゃない。男性でも妊娠できる体だったというとこだ。
 ここが乙女ゲームの世界ではなく、BLゲームの世界であったなら、監禁凌辱ボテ腹バッドエンドもあり得るのではないかと震えているのだ。余計な知識を教えてくれた前世の腐女子だった姉を恨む。
 再び最悪の思考に落ちていった俺の体を、先生が後ろから持ち上げた。

「フィン。いつまで部屋の隅に蹲っているつもりだ? 君らしくないぞ。今日はいい天気だから庭で食べよう! ほら、行くぞ」

 そう言って片腕で抱っこされ、そのまま庭に連れて行かれた。庭では、アマーリアがテーブルにお茶のセットをしてくれていた。

「坊っちゃま。シュトラオス様から他国のお菓子を頂きましたよ。とても可愛らしいんです。見てください」
「あっ! 金平糖だ!」

 そこにあったのは、懐かしい砂糖菓子に良く似たものだった。小さなイガがいっぱいついている、カラフルな小粒のお菓子。

「コンフェイトゥを知っているのか?」

 しまった。思わず叫んでしまった。前世で食べたことあるし、店にも売ってましたとも言えず焦ったが、先生はあまり気にしていないようだった。一粒つまむと、俺の口に入れてくれる。ほのかに甘く、噛むとすぐに砕けてなくなってしまった。

「美味しいです。先生、ありがとうございます」
「うむ。礼には及ばん」

 二人で椅子に座って、コンフェイトゥを食べながらお茶を飲んだ。先生が言っていた通り天気が良く、青空も広がっている。空を見上げていると、気持ちと体が少し軽くなったような気がした。

「フィン。そろそろ悩みを話す気にはなれないか?」

 先生の方を見たら優しく微笑まれた。無理強いはしないが、とも言われて悩む。

「……先生は、男性でも妊娠可能な人がいることを知っていますか?」

 先生は自身が個性的なので、あまり偏見はなさそうだが、軽いジャブを入れてみることにした。いきなり妊娠できる体でしたと告白することは、俺にはハードルが高い。
 俺の言葉に先生は片眉を器用に上げた後、何でもないことのように答えてくれた。

「もちろん知っているさ。数は少ないが男性でも妊娠可能な人はいる。私の周りはそれなりにいたな。同級生にも親戚にも産みの親が男性の人はいたし、現国王陛下の側室で第二王子の産みの親は男性だぞ。最近はあまり珍しくもなくなってきたかもしれんな」
「そうなんですか?」

 第二王子といえば、雷属性を持ったヴィルヘルムだ。同い年だが、幼いながらも堂々とした姿を思い出す。あの子の母親は男性なのか。

「女性が生まれにくくなってから、男性でも妊娠できる人が生まれてくる数が年々増えているらしい。関係性は不明だがな」
「それは、闇魔法が使える人も増えてるってことですか?」
「いや、一概にそうとは言えん。確かに闇魔法の適性がある男性の約八割が妊娠は可能だ。だが闇魔法が使えずとも男性でも妊娠可能な人はいる。イコールではないんだ」
「そうなんだ……」

 珍しくなくなってきたと言われ、ほっと胸を撫で下ろした。希少だからと闇市に売られたり、攫われて監禁されたりする心配はなさそうだ。

「闇魔法の方かと思っていたが、体質の方で悩んでいたのか?」
「っ、先生、気づいていたんですか?」
「こちらに帰ってきてから、闇魔法についての質問が多かったしな。何となくだが。そして、今の話で闇魔法と男性妊娠の関係性も知っていたしな」

 何となく分かっていたのに、俺が自分で言い出すまで見守ってくれていたらしい。
 確かに『元気がないな。大丈夫か?』とは聞かれても、俺が大丈夫ですと答えると、それ以上は聞いてこなかった。俺の周りには優しい人が多い。

「名推理ですね。さすが先生です」
「ふっ、当然だ」

 お互いに顔を見合わせ、二人で笑いあった。
 先生と話をしたことで心が晴れると、体も安心したのか、お腹が鳴った。今日はお昼も食欲がなく、あまり食べられなかったことを思い出す。その音を聞いて、先生が軽食を用意してくれるようにアマーリアに頼んでくれた。うちの料理人も俺の食欲が落ちていることを心配していたらしい。張り切ってサンドイッチを作ってくれた。嬉しいんだけど、でもちょっと作り過ぎだと思うんだ。お皿に積み上げられたパンで先生の顔が見えない。
 アマーリアが小皿に一切れ取ってくれたので、それにかぶりつく。先生にも勧めたら、アマーリアがお皿に取って先生へ出してくれた。
 頬をいっぱいにして、もぐもぐ食べている俺を、先生は自分も食べながら楽しそうに見ていた。

「悩みは解決したか?」
「はい。一応は。先生、もう一つ質問いいですか?」
「どんとこい」
「ふふっ。先生が思った通り、僕は闇魔法が使えるみたいで、妊娠可能な体を持っていました。この二つは世間的に見て差別の対象になりやすいですか?」

 前世で流行ったジャンルのオメガバースで言うなら、俺はオメガだ。オメガは発情期もあり、アルファの理性を失わせることからもさげすまれ、嫌われていることが多かった。闇魔法も危険な印象が強く、父上が大丈夫だと言ってくれても、他人もそう思うとは限らない。
 俺はこの二つを他人に知られない為に必死に隠し通す必要があるのか、それとも自分からはあえて言わないが、聞かれたら答えても大丈夫なのか、どの程度のものなのか判断がつかなかった。

「どんなことにも偏見や差別はある。闇魔法というだけで問題視する輩はいる、とだけは言っておこう。妊娠できることについては、男性は好意的な人が多いだろうな。同性婚も一般的だし、子どもが授かれるなら言うことなしだ。差別するとしたら、一部の古臭い石頭の老人と、同性愛に偏見がある人くらいじゃないか。ただ、同世代の女性からは敬遠されるな」
「同世代の女性、ですか?」
「年頃になればライバルになるからな。女性にとっては同じ立ち位置の存在となり、子どもを産めることが有利な条件にならない。何故ならフィンも産めるのだから。男のくせに子をせるなんて、と女性は嫌悪感剥き出しに罵声を浴びせてくるだろうが耐えるんだ。そんな女性よりも、フィンの方が百倍は可愛く聡明で愛らしい。必ず意中の相手の心を掴めるはずだ!」
「……? ありがとうございます?」

 途中から何の話かよく分からなくなったが、最後の言葉は褒め言葉だと思うので礼を言った。
 女性と同じ立ち位置になったということは、俺の相手は必ず男性ということになるのか。女性の方も、男性が多く選び放題の中で、女性と同じように扱われる妊娠可能な男性をわざわざ選ばないよな。前世では異性愛者だった俺は、果たして男性を好きになることができるのだろうか。しかも抱く側じゃなく、抱かれる側だなんて。自分は同性愛に偏見はないつもりだったが、それは他人事であったからで、自分がその対象となると、また違ってくるかもしれない。
 そういえば、先生はどうなんだろう。まだ結婚はしていないらしいけど、恋愛対象として男性もいけるのだろうか。先生は明るく陽気で博識だし、ちょっと言動が大袈裟で派手な服装を好むけど、とても紳士的だ。派手が全面に押し出されていて分かりにくいが、整った顔立ちもしているし、頭を撫でてくれる手は大きくて優しい。先程、抱っこされた時に触れた腕の逞しさや胸筋も結構なもので、鍛えてるのが分かった。こちらを見る眼差しはいつも優しくて……

『フィン』

 ストーーーーッップ!!
 いけない想像をしてしまい、突然ボンっと真っ赤になった俺を、先生は驚いたように見た。

「どうした? 顔が真っ赤になってるぞ」
「なななななっ、なん、何でもありません! ちょっと、暑くなってきたかな」

 あは、あはは、と笑う俺に先生は首を傾げながらも、アマーリアに水を持って来るようにお願いしてくれた。うぅ、変な想像して先生ごめんなさい。でも先生のおかげで俺、男性が相手でも大丈夫なような気がしました。その、嫌悪感なかったです。


 後日、通常運転に戻った俺に、先生は魔法実技の授業について提案してくれた。

「魔法は必ずしも仕事と直結しているわけではない。使えたら有利、又は必須な職業もあるが、それ以外の仕事を選べば使えなくても困ることはないだろう。学園へ通う場合は、魔法が必要な魔法科などのコースを選ばなければ、実技が出来なくとも筆記試験に合格すれば問題はない。学ばないという選択肢もあるがどうする? フィンは魔法が好きだから、やりたいなら授業を組んでやるぞ」
「ぜひ、やりたいです!」
「うむ。大変やる気があってよろしい! さっそく授業を組もうではないか!」

 やったぁ! ついに魔法が使える。使えると思うんだけど、最大の懸念があった。

「でも先生。僕、使える属性は多いんですけど、魔力量が赤子以下だと言われました」
「宰相殿から聞いているぞ。気にするなと言いたいところだが、五歳の時点での魔力量は、やはり今後のことを左右する一つの基準となる。世界一の火の使い手になりたいなど、壮大な夢を持っているなら少し厳しいかもしれんが……フィンはどこまで使えるようになりたいんだ?」
「どこまで?」
「そうだな。少し外に出てやってみるか」

 先生と連れ立って庭に出る。ローゼシュバルツ家の屋敷は、前に住んでいた屋敷よりも広くて大きい。庭も運動会ができるほど広かった。先生は俺に動かないように指示すると、少し離れた場所に立ち、杖を取り出した。
 おぉ! 魔法の杖だ!

「例えばだな、こんな感じで」

 先生が杖に魔力を込めたのか、杖が一瞬光った。先生は、その杖の先を地面に向け、サラサラと空中に魔法陣を描いた。すると、光の線の魔法陣が浮かび上がる。出来上がった魔法陣を杖で上からとんっと押すと、魔法陣はそのまま押した方、この場合は地面に向かって進み、地面に着くとカッと光が増した。
 次の瞬間、そこにあった地面がモリモリモリッと盛り上がり、一つの土の像ができ上がった。

「おぉーーー!! ……これ先生ですか?」
「むむ。イマイチな出来だな。やはり本物の素晴らしさを出すのは難しい」

 突っ込んだところは出来栄えではない。魔法の手本に自分の像を出したのかと確認したかっただけだ。
 何はともあれ初魔法だ! すごい!

「これは魔法を使うための特殊な杖だ。特殊と言っても価格はピンキリで町の魔道具店で普通に売っている。杖は魔法を発動する際の補助的なアイテムだ。例えば、火の魔法が使えたとし、手のひらからは火の玉しか出すことができない。だが、この杖で魔力を集約させ、それを術式を練った魔法陣に注入し発動すると、魔法陣からは火の矢が出て遠方にいる対象物まで飛ばすことができる、というわけだ」
「なるほど~!」
「これなら、例え魔力量が少なくとも、良い杖を使い複雑な魔法陣をいくつも覚え、的確に放つことができればそれなりに使える。難点は、発動に時間がかかり魔法陣を描くスペースが必要なこと。更には戦闘においては近距離戦では使い辛いということだな」

 これなら魔力量が少ない俺でもできるかもしれない。

「フィン用の杖はまだないから、今日はこれを使ってみてくれ」

 そう言って、先生は別の杖を取り出し持たせてくれた。簡単な魔法陣を見本に紙に書いて見せてくれる。闇を除けば土が一番魔力が多いはずなので、まずは土魔法で試してみることになった。

「いいか? 自分の中の魔力を感じて、杖を持っている方の手に流すようなイメージを持つんだ」
「魔力を流す……」

 魔力など感じたことはないのだが、できるだろうか。イメージ……流れるイメージ、体を巡る血液のようなもの、魔力の循環、土の魔力。何度も何度も念じていると、杖を持った右手が暖かくなってきた。手の先にある杖を見ると、淡くだが光っている。
 ふわぁぁぁぁぁ!

「よし! ではそれを、杖の先から押し出す感じで魔法陣を描いてみろ」

 ドキドキとしながら、スッと円を描くように動かそうとしたが、半分もいかないところで光が消えてしまった。

「あぁ!」
「ふむ。魔法陣を描けるほどの魔力はまだないか」
「先生! もう一回試してもいいですか?」
「いいとも。だが無理はするなよ。魔力は生命力と直結している。魔力が枯渇すると倒れてしまうからな」
「はい!」

 それから何度か試してみたが、どう頑張っても半円までしか描けず、最後には杖が反応しなくなった。

「そこまで!」
「はぁ、はぁ、はぁ」

 激しい運動をしたわけでもないのに、息が上がる。足がガクガク震えて立ってるのも辛かった。踏み出そうとして、ふらついた俺を先生が咄嗟に支えてくれる。

「無理をするなと言っただろう」
「ごめんなさい」

 魔法陣を描くこともできないなんて、悔しかった。

「フィン。最初からできるものではない。魔力があってもうまく扱えず、それすら苦労する人もいる。杖に魔力を流せただけで上出来だ。センスはあるぞ」
「うー」

 俺は上手くできなかった不甲斐なさと、褒めてくれる先生の優しい言葉に、気持ちがぐちゃぐちゃになった。ボロボロと涙を零す俺を、先生は抱き上げて背中をとんとんっと叩いてくれる。そのまま屋敷の俺の部屋へと連れ戻された。今日の実技の授業はこれで終わりだ。

「最初の課題は魔力量の底上げだな。土魔法で魔法陣を描けないなら、他の属性では杖すら反応しないかもしれん。魔力量が上がってから、次にどう進めるか相談しよう」
「ぐすっ。はい」
「ほら、もう泣くな。泣き顔も可愛いが、目が腫れてしまうぞ」

 泣き顔なんて可愛くないです、と反論したいが声がうまく出ない。先生の腕の中が心地よくて、そのままぎゅうっと抱きついてしまう。先生は授業内容を考えながら、俺が落ち着くまで背中や頭を撫で続けてくれた。


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