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第三章
130話 世界は続く 最終話
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ベッドの住人になって、二ヶ月と少し経過した。
俺は気を失った後、目が覚めるのに一ヶ月もかかってしまった。
ずっと目覚めない俺をたくさんの人が心配してくれたようだ。
眠り続けている間も、目が覚めてからも、毎日誰かしら見舞客が訪れる。
昨日は、仕事で近くまで来たからとベルボルトが寄ってくれ、コーヒー豆を見つけたと手土産まで持ってきてくれた。
ありがとう!
これでコーヒーが飲めると喜んだが、通常の生活が出来るようになってからだと、エリクに没収されてしまった。
変な物を口にして更に体調を崩したらどうするのだと叱られ、俺は渋々引き下がる。
確かにコーヒーは刺激物かもしれない。
全快した後のお楽しみにしておこうと諦めた。
昨日は没収されたが、今日の見舞客の飲み物は没収されないなと、トリスタンをチラリと見る。
トリスタンは俺の視線を受け、そっと目を逸らした。
見てみぬフリをするから飲んでください、ということだろうか。
これこそ止めてほしいのだが。
グツグツ、コポッっと煮えたぎる器の中を見て、俺は眉を顰めた。
緑と紫のマーブル模様で、飲んだ瞬間即死しそうである。
「フィン。良薬口に苦しと言うんだろう?元気になる為だから、頑張って飲もうな」
ベッドの横にある椅子に腰掛けていたヴィルヘルムは、そう言って優しく頭を撫でてくれた。
幼い頃の仕返しだろうか。
あれは人間が作った薬だが、これは悪魔が作った薬だぞ?
大丈夫なのだろうかと、持参した悪魔を見やる。
病院の広い個室には応接セットがあって、ソファに腰掛けたヴィオリーネは、美味しそうに出されたケーキを食べていた。
「リーネ。これ、本当に飲んで大丈夫なの?」
「ん~!このチョコケーキ美味しい!トリスタン、おかわりないの?」
「ございますよ。すぐにお持ちしますね」
トリスタンは、ヴィオリーネの言葉に笑顔で頷くと部屋を出て行ってしまった。
ヴィオリーネは、やった!と嬉しそうにケーキの残りを口に入れている。
ねぇ、無視しないで。
「フリューゲル殿が作った薬だから大丈夫だ。あの方の薬を飲んで、フィンは意識が戻ったんだぞ」
悪魔の代わりにヴィルヘルムが説明してくれた。
俺の体には、魔界の魔物の毒が入ってしまっており、それが原因で意識が戻らなかったそうだ。
その解毒方法をヴィオリーネに尋ねたら、話を聞いたフリューゲルが薬を作ってくれたらしい。
体内から毒が完全になくなるまでは、定期的に薬を服用する必要があるそうで、今日ヴィオリーネが持ってきた薬もその一種なのだとか。
前にも似たような薬を飲んでるぞ、と言われたが覚えてなかった。
記憶がしっかりしてきたのは最近だ。
意識が戻った後は、寝ては起きての繰り返しで、しばらくは記憶がおぼろげだった。
意識を失う前、前世の姉との会話を思い出し、魔王召喚などという、今思えば無謀とも言えるような試みをしたところまでは覚えていた。
血だらけで戦場にいたはずが、気がつくとベッドの上に寝かされていて、戦いはすでに終わっていた。
平和な世界は戻り、大切な人たちは誰一人欠けることなく生きている。
俺もまだ生きていた。
今度は死ななかった。
今世の俺は、運が強いらしい。
「ほら、フィン。これを飲んで早く元気になれ」
大好きな人とまた会えて、俺を心配してくれている。
こんな嬉しいことはない。
俺だって早く元気になりたい。
俺は、気合を入れて変な色の液体を頑張って飲み干した。
その日の夜。
薬の効果か、いきなり俺の全身から真っ黒な汁が出始めて、大騒ぎになった。
後日フリューゲルに聞くと、毒素を汗腺から出す薬なので、薬がちゃんと効果を果たしたから問題ないと言われた。
突然変な症状が出たら驚くので、事前に説明して欲しいと言うと『ヴィオリーネには伝言したぞ』と言われた。
リーネ!
お前、覚えてろよ。
次来た時は、ケーキなしです!
八月に入り、俺はやっと退院することができた。
リハビリはしたが、まだまだ思うように体は動かない。
「フィン。もう少し歩けるか?」
「うん。大丈夫」
杖を使いながら、歩行の訓練だ。
庭をゆっくりと歩く俺に付き合ってくれているのは、ラインハルトだ。
それにしても暑い。
夏だから当たり前なのだが、体力も落ちていて、すぐに疲れてしまう。
庭に建てられている東屋までどうにか歩き、座って少し休憩する。
テーブルもあるので、そこにエリクが飲み物を用意してくれた。
俺は、冷やされたお茶をゴクゴク飲む。
美味しい。
俺の額に付いていた汗を、ラインハルトが甲斐甲斐しくハンカチで拭いてくれた。
甘やかされてるな、俺。
「ねぇ、ライン。この家ってヴィルが買ったの?」
「さぁ?譲り受けたって聞いたから、金は払ってないんじゃないか?」
現在、俺が住んでいるのは、ヴィルヘルムが持っている屋敷だった。
屋敷を持っているなんて知らず、退院の日に迎えに来てくれたヴィルヘルムに連れて来られて、初めて知った。
『ここでゆっくり療養するといい』
すでにヴィルヘルムは居住地をこちらに移しており、ゴットフリートとラインハルトも一緒に住んでいた。
使用人の中には、エリクとトリスタンもいる。
俺の療養中のお世話係として、ヴィルヘルムが雇ってくれたらしい。
えっと、これは同棲というやつですかい。
ルッツからは許可をもらってると言われ、俺用に用意された部屋へと案内され、あれよあれよという間に住むことになった。
俺の従者もいるので、今のところは不自由することなく暮らしている。
一緒に住んではいるが、ヴィルヘルムたちは働き始めており、あまり屋敷にいなかった。
でも、交代で早めに帰宅してくれたり、休みの日には一日一緒にいてくれる日もあるので、あまり寂しくなかった。
俺はまだ職場復帰できず、家で一人(使用人はいる)なので、ちょっと嬉しい。
「ほら、フィン。あーん」
「あー」
ぱくり、と差し出されたスプーンに食いつく。
モグモグと咀嚼すると、酸っぱいのと野菜の甘みが程よくて美味しかった。
「どうだ?」
「美味しい」
「食えそうか?」
「うん!」
食欲の落ちた俺を心配したゴットフリートが、色々自分で作っては餌付けしてくる。
今食べたのは、野菜の煮込み料理だ。
意外にもゴットフリートは自炊が性に合ったらしく、手際も良くて味も美味い。
今日はゴットフリートのみ休日だった。
ゴットフリートとラインハルトは騎士団に入隊し、休みは不定期なのだ。
一緒にゴットフリートの手作りの昼食を食べる。
いつもより少し多く食べることができた俺を見て、ゴットフリートは嬉しそうに笑った。
食後、俺はお腹がいっぱいになって眠くなってしまう。
寝椅子が用意されていたので、そこに横になると、そのままストンと寝てしまった。
目が覚めると、体にタオルケットが掛けられており、膝の上には子獣姿のココが丸くなって一緒に寝ていた。
何だか、余生をゆっくり過ごす老人のような気分だなと思いつつ、ふわふわのココを撫でた。
冬が過ぎ、春になる頃には、俺は日常生活を普通に送れるまでに回復した。
今日は晴天。
結婚式日和である。
待合室に入ってきたヴィルヘルムは、正装姿で、イヤリングなどの装飾品もつけており、普段の倍以上は煌びやかだった。
続いて入室してきたゴットフリートとラインハルトも正装姿で、双子だからか同じような服を少しアレンジした形だった。
この姿で三人から微笑まれたら、俺は鼻血を出して倒れてしまうかもしれない。
俺は立ち上がり、三人に近寄った。
「ヴィル。式が始まるまでに、そのお顔なんとかしてね」
つんっと頬を指で突くと、ジロリと睨まれる。
ヴィルヘルムは、一週間前から日に日に機嫌が悪くなっていっていた。
まぁ、分からなくもない。
ヴィルヘルムは、俺の指をきゅっと掴むと、心底悔しそうに呟いた。
「何で…」
「うん?」
「何で兄上の結婚式が先なんだ!!」
そう。
今日はヴィルヘルムの兄である王太子、マキシミリアンの結婚式だった。
俺たちは式に参列するために今日は訪れている。
年功序列だと国王陛下と兄から言われ『無事に条件をクリアして卒業したら結婚してもいいと言ったのに!』とヴィルヘルムは食ってかかったが、変更は効かなかったようだ。
王子の結婚は国を挙げてのお祝い事で、短期間に続けて式を挙げるのは良くないとも言われてしまった。
だから、俺たちの結婚式は早くても一年後になる。
もう一緒に住んでるから、式を挙げるのが少し先になろうと、そんなに変わらないと思うんだけどな。
俺は、ご機嫌斜めな王子様にキュッと抱きついた。
「いいじゃない。その分、僕たちは恋人気分をまだまだ味わえるんだしさ」
「そうだぜ。焦らなくてもフィンは逃げないって」
「陛下からは四人で結婚してもいいって許可は出てるんだしさ。一年かけて、じっくり準備ができていいじゃないか」
ゴットフリートとラインハルトは、複数婚を認めて貰えただけでも御の字、と思っているみたいだった。
ヴィルヘルムは、父親の気が変わらないか心配なようで、何かと理由をつけて引き伸ばされることを懸念していた。
「そんなに心配しなくても、僕たちの正式な婚約発表を今日してもらえるんでしょ?」
「まぁ、そうだが…」
国民へ向けての発表なので、余程の事が無ければ撤回など出来ないだろう。
でも、何が起こるか分からない。
そう思う気持ちはよく分かる。
人生とは、きっとそういうものだ。
なかなか思うようにいかない。
流れに身を任せるでもいいし、全力で抗ってみせてもいい。
同じ魂でも、生まれ落ちる度に、その人の人生がある。
同じではない。
この異世界でフィンとして生まれ、前世の記憶が蘇ったが、それを含めて今世の俺なのだ。
ゲームの世界であろうとなかろうと、俺は俺の、フィン・ローゼシュバルツとしての人生を、好きな人たちと共に一日でも長く過ごしていきたい。
「だったら大丈夫だよ。それに、例え一年後に式を挙げられなくても、五年、十年、二十年、どれだけ経っても、僕は三人のこと大好きだから!」
だから、いつまでも一緒にいような。
そう思いながら、俺は三人の手を取り笑いかけた。
俺は気を失った後、目が覚めるのに一ヶ月もかかってしまった。
ずっと目覚めない俺をたくさんの人が心配してくれたようだ。
眠り続けている間も、目が覚めてからも、毎日誰かしら見舞客が訪れる。
昨日は、仕事で近くまで来たからとベルボルトが寄ってくれ、コーヒー豆を見つけたと手土産まで持ってきてくれた。
ありがとう!
これでコーヒーが飲めると喜んだが、通常の生活が出来るようになってからだと、エリクに没収されてしまった。
変な物を口にして更に体調を崩したらどうするのだと叱られ、俺は渋々引き下がる。
確かにコーヒーは刺激物かもしれない。
全快した後のお楽しみにしておこうと諦めた。
昨日は没収されたが、今日の見舞客の飲み物は没収されないなと、トリスタンをチラリと見る。
トリスタンは俺の視線を受け、そっと目を逸らした。
見てみぬフリをするから飲んでください、ということだろうか。
これこそ止めてほしいのだが。
グツグツ、コポッっと煮えたぎる器の中を見て、俺は眉を顰めた。
緑と紫のマーブル模様で、飲んだ瞬間即死しそうである。
「フィン。良薬口に苦しと言うんだろう?元気になる為だから、頑張って飲もうな」
ベッドの横にある椅子に腰掛けていたヴィルヘルムは、そう言って優しく頭を撫でてくれた。
幼い頃の仕返しだろうか。
あれは人間が作った薬だが、これは悪魔が作った薬だぞ?
大丈夫なのだろうかと、持参した悪魔を見やる。
病院の広い個室には応接セットがあって、ソファに腰掛けたヴィオリーネは、美味しそうに出されたケーキを食べていた。
「リーネ。これ、本当に飲んで大丈夫なの?」
「ん~!このチョコケーキ美味しい!トリスタン、おかわりないの?」
「ございますよ。すぐにお持ちしますね」
トリスタンは、ヴィオリーネの言葉に笑顔で頷くと部屋を出て行ってしまった。
ヴィオリーネは、やった!と嬉しそうにケーキの残りを口に入れている。
ねぇ、無視しないで。
「フリューゲル殿が作った薬だから大丈夫だ。あの方の薬を飲んで、フィンは意識が戻ったんだぞ」
悪魔の代わりにヴィルヘルムが説明してくれた。
俺の体には、魔界の魔物の毒が入ってしまっており、それが原因で意識が戻らなかったそうだ。
その解毒方法をヴィオリーネに尋ねたら、話を聞いたフリューゲルが薬を作ってくれたらしい。
体内から毒が完全になくなるまでは、定期的に薬を服用する必要があるそうで、今日ヴィオリーネが持ってきた薬もその一種なのだとか。
前にも似たような薬を飲んでるぞ、と言われたが覚えてなかった。
記憶がしっかりしてきたのは最近だ。
意識が戻った後は、寝ては起きての繰り返しで、しばらくは記憶がおぼろげだった。
意識を失う前、前世の姉との会話を思い出し、魔王召喚などという、今思えば無謀とも言えるような試みをしたところまでは覚えていた。
血だらけで戦場にいたはずが、気がつくとベッドの上に寝かされていて、戦いはすでに終わっていた。
平和な世界は戻り、大切な人たちは誰一人欠けることなく生きている。
俺もまだ生きていた。
今度は死ななかった。
今世の俺は、運が強いらしい。
「ほら、フィン。これを飲んで早く元気になれ」
大好きな人とまた会えて、俺を心配してくれている。
こんな嬉しいことはない。
俺だって早く元気になりたい。
俺は、気合を入れて変な色の液体を頑張って飲み干した。
その日の夜。
薬の効果か、いきなり俺の全身から真っ黒な汁が出始めて、大騒ぎになった。
後日フリューゲルに聞くと、毒素を汗腺から出す薬なので、薬がちゃんと効果を果たしたから問題ないと言われた。
突然変な症状が出たら驚くので、事前に説明して欲しいと言うと『ヴィオリーネには伝言したぞ』と言われた。
リーネ!
お前、覚えてろよ。
次来た時は、ケーキなしです!
八月に入り、俺はやっと退院することができた。
リハビリはしたが、まだまだ思うように体は動かない。
「フィン。もう少し歩けるか?」
「うん。大丈夫」
杖を使いながら、歩行の訓練だ。
庭をゆっくりと歩く俺に付き合ってくれているのは、ラインハルトだ。
それにしても暑い。
夏だから当たり前なのだが、体力も落ちていて、すぐに疲れてしまう。
庭に建てられている東屋までどうにか歩き、座って少し休憩する。
テーブルもあるので、そこにエリクが飲み物を用意してくれた。
俺は、冷やされたお茶をゴクゴク飲む。
美味しい。
俺の額に付いていた汗を、ラインハルトが甲斐甲斐しくハンカチで拭いてくれた。
甘やかされてるな、俺。
「ねぇ、ライン。この家ってヴィルが買ったの?」
「さぁ?譲り受けたって聞いたから、金は払ってないんじゃないか?」
現在、俺が住んでいるのは、ヴィルヘルムが持っている屋敷だった。
屋敷を持っているなんて知らず、退院の日に迎えに来てくれたヴィルヘルムに連れて来られて、初めて知った。
『ここでゆっくり療養するといい』
すでにヴィルヘルムは居住地をこちらに移しており、ゴットフリートとラインハルトも一緒に住んでいた。
使用人の中には、エリクとトリスタンもいる。
俺の療養中のお世話係として、ヴィルヘルムが雇ってくれたらしい。
えっと、これは同棲というやつですかい。
ルッツからは許可をもらってると言われ、俺用に用意された部屋へと案内され、あれよあれよという間に住むことになった。
俺の従者もいるので、今のところは不自由することなく暮らしている。
一緒に住んではいるが、ヴィルヘルムたちは働き始めており、あまり屋敷にいなかった。
でも、交代で早めに帰宅してくれたり、休みの日には一日一緒にいてくれる日もあるので、あまり寂しくなかった。
俺はまだ職場復帰できず、家で一人(使用人はいる)なので、ちょっと嬉しい。
「ほら、フィン。あーん」
「あー」
ぱくり、と差し出されたスプーンに食いつく。
モグモグと咀嚼すると、酸っぱいのと野菜の甘みが程よくて美味しかった。
「どうだ?」
「美味しい」
「食えそうか?」
「うん!」
食欲の落ちた俺を心配したゴットフリートが、色々自分で作っては餌付けしてくる。
今食べたのは、野菜の煮込み料理だ。
意外にもゴットフリートは自炊が性に合ったらしく、手際も良くて味も美味い。
今日はゴットフリートのみ休日だった。
ゴットフリートとラインハルトは騎士団に入隊し、休みは不定期なのだ。
一緒にゴットフリートの手作りの昼食を食べる。
いつもより少し多く食べることができた俺を見て、ゴットフリートは嬉しそうに笑った。
食後、俺はお腹がいっぱいになって眠くなってしまう。
寝椅子が用意されていたので、そこに横になると、そのままストンと寝てしまった。
目が覚めると、体にタオルケットが掛けられており、膝の上には子獣姿のココが丸くなって一緒に寝ていた。
何だか、余生をゆっくり過ごす老人のような気分だなと思いつつ、ふわふわのココを撫でた。
冬が過ぎ、春になる頃には、俺は日常生活を普通に送れるまでに回復した。
今日は晴天。
結婚式日和である。
待合室に入ってきたヴィルヘルムは、正装姿で、イヤリングなどの装飾品もつけており、普段の倍以上は煌びやかだった。
続いて入室してきたゴットフリートとラインハルトも正装姿で、双子だからか同じような服を少しアレンジした形だった。
この姿で三人から微笑まれたら、俺は鼻血を出して倒れてしまうかもしれない。
俺は立ち上がり、三人に近寄った。
「ヴィル。式が始まるまでに、そのお顔なんとかしてね」
つんっと頬を指で突くと、ジロリと睨まれる。
ヴィルヘルムは、一週間前から日に日に機嫌が悪くなっていっていた。
まぁ、分からなくもない。
ヴィルヘルムは、俺の指をきゅっと掴むと、心底悔しそうに呟いた。
「何で…」
「うん?」
「何で兄上の結婚式が先なんだ!!」
そう。
今日はヴィルヘルムの兄である王太子、マキシミリアンの結婚式だった。
俺たちは式に参列するために今日は訪れている。
年功序列だと国王陛下と兄から言われ『無事に条件をクリアして卒業したら結婚してもいいと言ったのに!』とヴィルヘルムは食ってかかったが、変更は効かなかったようだ。
王子の結婚は国を挙げてのお祝い事で、短期間に続けて式を挙げるのは良くないとも言われてしまった。
だから、俺たちの結婚式は早くても一年後になる。
もう一緒に住んでるから、式を挙げるのが少し先になろうと、そんなに変わらないと思うんだけどな。
俺は、ご機嫌斜めな王子様にキュッと抱きついた。
「いいじゃない。その分、僕たちは恋人気分をまだまだ味わえるんだしさ」
「そうだぜ。焦らなくてもフィンは逃げないって」
「陛下からは四人で結婚してもいいって許可は出てるんだしさ。一年かけて、じっくり準備ができていいじゃないか」
ゴットフリートとラインハルトは、複数婚を認めて貰えただけでも御の字、と思っているみたいだった。
ヴィルヘルムは、父親の気が変わらないか心配なようで、何かと理由をつけて引き伸ばされることを懸念していた。
「そんなに心配しなくても、僕たちの正式な婚約発表を今日してもらえるんでしょ?」
「まぁ、そうだが…」
国民へ向けての発表なので、余程の事が無ければ撤回など出来ないだろう。
でも、何が起こるか分からない。
そう思う気持ちはよく分かる。
人生とは、きっとそういうものだ。
なかなか思うようにいかない。
流れに身を任せるでもいいし、全力で抗ってみせてもいい。
同じ魂でも、生まれ落ちる度に、その人の人生がある。
同じではない。
この異世界でフィンとして生まれ、前世の記憶が蘇ったが、それを含めて今世の俺なのだ。
ゲームの世界であろうとなかろうと、俺は俺の、フィン・ローゼシュバルツとしての人生を、好きな人たちと共に一日でも長く過ごしていきたい。
「だったら大丈夫だよ。それに、例え一年後に式を挙げられなくても、五年、十年、二十年、どれだけ経っても、僕は三人のこと大好きだから!」
だから、いつまでも一緒にいような。
そう思いながら、俺は三人の手を取り笑いかけた。
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