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第三章
120話 密命
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俺は、目の前の光景を静観しながら考える。
これは、正しい選択なのだろうかと。
「つまり、前魔王に勝った現魔王が、こちらの世界を欲し、戦争が始まったということか?」
輝く金髪の青年はマキシミリアン。
この国の王太子だ。
その正面にあるソファ座り、退屈そうな顔をしているのは、泣き黒子が印象的な悪魔だった。
「まぁ、そうなるかな」
俺が初めて召喚した悪魔で、最初は淫魔だと思っていた。
再び呼び出したのは今回が初めてである。
俺は、魔術大会出場という任務を受け、その準備期間も含め一週間の休暇をもらうはずだった。
ところが、休暇前日に室長に話があると呼び出され、言われた内容がこれである。
王太子と悪魔の会談。
『危険です』
俺は室長に向かって、はっきりと告げた。
『悪魔が対価を求めてくることは室長もご存知のはず。話を聞くだけでも何かを要求される可能性はありますし、何より呼び出した後、大人しく帰ってくれる保証はありません』
上級悪魔の本当の力量は知らないが、大魔法使いと呼ばれているイザベルと互角、もしくはそれ以上の戦闘能力を持っていた。
一人呼び出すだけでも、災厄になり得る。
『分かっている。説明もした。だが、それでもと仰せなんだ。従うしかない。ローゼシュバルツ。これはお願いではなく、命令なんだよ』
不満げな俺に、室長は淡々とした声音で言い切る。
どうしてそこまでする必要があるのかと問うと、状況が芳しくないせいだと室長は言った。
『使い手が揃っていないことは、お前も知っているだろう?』
王家に伝わる魔道具の指輪。
水の使い手だけまだ見つかっておらず、指輪は沈黙を保ったままだ。
魔界の入り口に張られている結界は、その効力が弱まり一定の力を失うと、一気に崩壊が始まる。
王家に伝わる魔道具の指輪を使って儀式を行い、それが成功すれば、崩壊を途中で阻止し、結界の再生が始まる。
再生により新たな結界が生まれ、また二つの世界を遮断することができるのだ。
そうすれば、再び平和な世界になる。
『儀式が行えなければ、他の手を打つ必要がある。大昔のように、全面戦争になるのは避けたいんだ』
だから、魔界側の住人と話をしたい。
俺が悪魔を召喚したことがあると知った王太子から、直々に依頼が入った。
情報源は宰相である父上だというのだから、文句を言えるはずもない。
それが苦肉の策のための情報提供なのだとしたら、王族側は相当焦っている。
ということは、きっと崩壊の時期が近いに違いない。
『お前が会った悪魔は、一応は話の通じる相手なんだろ?ならば交渉の余地はある。そうマキシミリアン殿下は考えておられる』
『相手の悪魔の立ち位置も分からないのに、交渉も何もないでしょう』
それならば、魔界側の状況だけでも聞きたいということらしい。
マキシミリアンは、俺が上級悪魔を召喚したという話を聞き、疑問を抱いた。
結界が完全に崩壊していない状態で、上級悪魔がこちらの世界に来ることができる。
それならば、結界の崩壊を待たずして攻め込もうと思えばできたのではないだろうか。
何故しない?
その悪魔が特別なのか。
人間が思っているより、魔界側はこちらに干渉する気がないのか。
"結界の崩壊が始まるのと同時に、壊れた隙間から凶暴な魔物や魔獣が攻め込んできた"
そう文献には記されていた。
だから、魔界側は常に結界の崩壊を待ち望み、壊れるのを待っていると思っていた。
もし違うのならば、戦争などにならずに、和解の道もあるのではないかと、マキシミリアンは夢物語のようなことを語ったそうだ。
本当にそんなことが可能なのか。
それを確かめるための情報が欲しいと訴えられ、室長はマキシミリアンを止めることができず、こうして俺に指示を出す。
『明日、悪魔召喚の儀を行う。召喚者はフィン・ローゼシュバルツ。立会人は、俺と王太子であるマキシミリアン殿下のみだ。これは密命であり、他言無用だ』
今日、俺は命令に従い悪魔召喚の儀を行った。
同じ悪魔を呼び出すなど、どうすればいいのかと一晩考えた結果、ピューイに手伝ってもらう方法を思いついた。
というか、それしかなかった。
結果、その方法は成功し、淫魔が現れてくれて、俺は胸を撫で下ろした。
だが、俺の役目はそれだけでは終わらなかった。
マキシミリアンは、悪魔相手でも怯むことなく堂々と話し、知りたいことを聞き出し、交渉の場までもっていった。
そして。
「フィン・ローゼシュバルツ。頼まれてくれるか?」
マキシミリアンは、俺に新たな命令を下す。
それを拒否する権利は俺になく、俺は恭しく王太子へと頭を下げた。
「拝命しました」
コツンコツン、と二つの足音が響く。
先に沈黙を破ったのは、室長だった。
「ローゼシュバルツ」
室長は俺の名を呼んだ後、珍しく口籠もった。
「何ですか?」
「本当に良かったのか?あんな条件呑んじまって」
良いも何も、もう交渉は成立した。
悪魔相手に、今更なかったことになどできない。
それでも、室長は俺のことを気にかけて、言葉をかけてくれる。
口は悪いし手も早いが、室長は情の厚い人だ。
良い人だなと思うが、そういうことは、王太子に任ぜられたあの場で聞いて欲しい。
「呑むしかなかったんだから、仕方ないでしょう。それより、こんな時期に他国民まで集めて魔術大会を開催しても大丈夫なんですか?」
「使い手探しの一つでもあるからな。最後まで粘りたいんだろ。崩壊の時期は、預言者の言葉では一ヶ月後だそうだから、まぁギリだな」
預言者とは、神の言葉を預かり民へ伝える者のことだ。
預言者の言葉は殆ど当たるそうだから、崩壊の時期は確定したも同然だった。
一ヶ月後、世界の命運を分ける日がやってくる。
この国は言わば入り口。
蹂躙されれば、その影響は世界中に広がっていく。
何としても食い止めなければならなかった。
悪魔召喚の儀を行った夜、結局そのまま仕事をさせられた俺は、家に帰ると疲れ果ててソファにゴロリと寝転んでいた。
そこへ、帰ったはずの淫魔が現れた。
淫魔は近づいてくると、ちゅっと俺の頬に口付けてから、上に乗っかってきた。
重い。
「帰ったんじゃなかったの?」
「んー?ペットちゃんが心配だから戻ってきちゃった」
「ピューイが?」
「うん。ほら、あれ」
淫魔がそう言って指差した先には、ピューイが、しょぼ~んと項垂れていた。
部屋の隅っこで壁の方を向いて、体を縮め丸まっている。
その近くでは、ココが心配そうにピューイを見守っていた。
「ピューイ?どうしたの?」
淫魔に下りてもらい、俺は立ち上がるとピューイを抱き上げだ。
「ピュィィ~…」
悲しげな鳴き声だ。
ヨシヨシと撫でるが、ピューイは元気を取り戻さない。
「自分のせいでフィンに迷惑かけたと思って落ち込んでるんだよ」
「そうなの?」
ピューイは返事をせず、しゅんと下を向いたままだ。
俺はピューイを抱いたまま、ソファに腰を下ろす。
「ピューイのせいじゃないんだから、そんなに落ち込まないでよ。どちらかと言うと、淫魔ちゃんのせいだし」
俺の言葉に『何それ、失礼しちゃう!』と淫魔は頬を膨らませた。
ヨシヨシ、モミモミと何度も撫で回しているうちに、ピューイは少しずつ元気を取り戻していった。
「ピュイ?」
「嫌いになんてならないよ。ピューイは、今もこれからも、僕の大切な使い魔だもん。例え君が前魔王の一部だとしても、それが変わることはない」
前魔王から派生して生まれたピューイ。
「こんな大切なことを黙ってるなんて、淫魔ちゃんは人が悪い」
「僕は人じゃなくて悪魔だもーん。それに、言ったらフィンはその子を受け入れなかったでしょ?」
もしも契約前にそれを知っていたら、俺はどうしたのだろうか。
その時になってみないと分からないが、どんな生まれだろうと、ピューイはピューイだし、俺に懐いてくれた事実は変わらない。
『頼まれてくれるか?』
淫魔とピューイを召喚した時点で、この役目を俺が担うことは決まっていたのかもしれない。
まだ始まってもいないことに対して、うだうだと悩むのはやめよう。
今、目の前のことに全力で取り組む。
それが一番だ。
これは、正しい選択なのだろうかと。
「つまり、前魔王に勝った現魔王が、こちらの世界を欲し、戦争が始まったということか?」
輝く金髪の青年はマキシミリアン。
この国の王太子だ。
その正面にあるソファ座り、退屈そうな顔をしているのは、泣き黒子が印象的な悪魔だった。
「まぁ、そうなるかな」
俺が初めて召喚した悪魔で、最初は淫魔だと思っていた。
再び呼び出したのは今回が初めてである。
俺は、魔術大会出場という任務を受け、その準備期間も含め一週間の休暇をもらうはずだった。
ところが、休暇前日に室長に話があると呼び出され、言われた内容がこれである。
王太子と悪魔の会談。
『危険です』
俺は室長に向かって、はっきりと告げた。
『悪魔が対価を求めてくることは室長もご存知のはず。話を聞くだけでも何かを要求される可能性はありますし、何より呼び出した後、大人しく帰ってくれる保証はありません』
上級悪魔の本当の力量は知らないが、大魔法使いと呼ばれているイザベルと互角、もしくはそれ以上の戦闘能力を持っていた。
一人呼び出すだけでも、災厄になり得る。
『分かっている。説明もした。だが、それでもと仰せなんだ。従うしかない。ローゼシュバルツ。これはお願いではなく、命令なんだよ』
不満げな俺に、室長は淡々とした声音で言い切る。
どうしてそこまでする必要があるのかと問うと、状況が芳しくないせいだと室長は言った。
『使い手が揃っていないことは、お前も知っているだろう?』
王家に伝わる魔道具の指輪。
水の使い手だけまだ見つかっておらず、指輪は沈黙を保ったままだ。
魔界の入り口に張られている結界は、その効力が弱まり一定の力を失うと、一気に崩壊が始まる。
王家に伝わる魔道具の指輪を使って儀式を行い、それが成功すれば、崩壊を途中で阻止し、結界の再生が始まる。
再生により新たな結界が生まれ、また二つの世界を遮断することができるのだ。
そうすれば、再び平和な世界になる。
『儀式が行えなければ、他の手を打つ必要がある。大昔のように、全面戦争になるのは避けたいんだ』
だから、魔界側の住人と話をしたい。
俺が悪魔を召喚したことがあると知った王太子から、直々に依頼が入った。
情報源は宰相である父上だというのだから、文句を言えるはずもない。
それが苦肉の策のための情報提供なのだとしたら、王族側は相当焦っている。
ということは、きっと崩壊の時期が近いに違いない。
『お前が会った悪魔は、一応は話の通じる相手なんだろ?ならば交渉の余地はある。そうマキシミリアン殿下は考えておられる』
『相手の悪魔の立ち位置も分からないのに、交渉も何もないでしょう』
それならば、魔界側の状況だけでも聞きたいということらしい。
マキシミリアンは、俺が上級悪魔を召喚したという話を聞き、疑問を抱いた。
結界が完全に崩壊していない状態で、上級悪魔がこちらの世界に来ることができる。
それならば、結界の崩壊を待たずして攻め込もうと思えばできたのではないだろうか。
何故しない?
その悪魔が特別なのか。
人間が思っているより、魔界側はこちらに干渉する気がないのか。
"結界の崩壊が始まるのと同時に、壊れた隙間から凶暴な魔物や魔獣が攻め込んできた"
そう文献には記されていた。
だから、魔界側は常に結界の崩壊を待ち望み、壊れるのを待っていると思っていた。
もし違うのならば、戦争などにならずに、和解の道もあるのではないかと、マキシミリアンは夢物語のようなことを語ったそうだ。
本当にそんなことが可能なのか。
それを確かめるための情報が欲しいと訴えられ、室長はマキシミリアンを止めることができず、こうして俺に指示を出す。
『明日、悪魔召喚の儀を行う。召喚者はフィン・ローゼシュバルツ。立会人は、俺と王太子であるマキシミリアン殿下のみだ。これは密命であり、他言無用だ』
今日、俺は命令に従い悪魔召喚の儀を行った。
同じ悪魔を呼び出すなど、どうすればいいのかと一晩考えた結果、ピューイに手伝ってもらう方法を思いついた。
というか、それしかなかった。
結果、その方法は成功し、淫魔が現れてくれて、俺は胸を撫で下ろした。
だが、俺の役目はそれだけでは終わらなかった。
マキシミリアンは、悪魔相手でも怯むことなく堂々と話し、知りたいことを聞き出し、交渉の場までもっていった。
そして。
「フィン・ローゼシュバルツ。頼まれてくれるか?」
マキシミリアンは、俺に新たな命令を下す。
それを拒否する権利は俺になく、俺は恭しく王太子へと頭を下げた。
「拝命しました」
コツンコツン、と二つの足音が響く。
先に沈黙を破ったのは、室長だった。
「ローゼシュバルツ」
室長は俺の名を呼んだ後、珍しく口籠もった。
「何ですか?」
「本当に良かったのか?あんな条件呑んじまって」
良いも何も、もう交渉は成立した。
悪魔相手に、今更なかったことになどできない。
それでも、室長は俺のことを気にかけて、言葉をかけてくれる。
口は悪いし手も早いが、室長は情の厚い人だ。
良い人だなと思うが、そういうことは、王太子に任ぜられたあの場で聞いて欲しい。
「呑むしかなかったんだから、仕方ないでしょう。それより、こんな時期に他国民まで集めて魔術大会を開催しても大丈夫なんですか?」
「使い手探しの一つでもあるからな。最後まで粘りたいんだろ。崩壊の時期は、預言者の言葉では一ヶ月後だそうだから、まぁギリだな」
預言者とは、神の言葉を預かり民へ伝える者のことだ。
預言者の言葉は殆ど当たるそうだから、崩壊の時期は確定したも同然だった。
一ヶ月後、世界の命運を分ける日がやってくる。
この国は言わば入り口。
蹂躙されれば、その影響は世界中に広がっていく。
何としても食い止めなければならなかった。
悪魔召喚の儀を行った夜、結局そのまま仕事をさせられた俺は、家に帰ると疲れ果ててソファにゴロリと寝転んでいた。
そこへ、帰ったはずの淫魔が現れた。
淫魔は近づいてくると、ちゅっと俺の頬に口付けてから、上に乗っかってきた。
重い。
「帰ったんじゃなかったの?」
「んー?ペットちゃんが心配だから戻ってきちゃった」
「ピューイが?」
「うん。ほら、あれ」
淫魔がそう言って指差した先には、ピューイが、しょぼ~んと項垂れていた。
部屋の隅っこで壁の方を向いて、体を縮め丸まっている。
その近くでは、ココが心配そうにピューイを見守っていた。
「ピューイ?どうしたの?」
淫魔に下りてもらい、俺は立ち上がるとピューイを抱き上げだ。
「ピュィィ~…」
悲しげな鳴き声だ。
ヨシヨシと撫でるが、ピューイは元気を取り戻さない。
「自分のせいでフィンに迷惑かけたと思って落ち込んでるんだよ」
「そうなの?」
ピューイは返事をせず、しゅんと下を向いたままだ。
俺はピューイを抱いたまま、ソファに腰を下ろす。
「ピューイのせいじゃないんだから、そんなに落ち込まないでよ。どちらかと言うと、淫魔ちゃんのせいだし」
俺の言葉に『何それ、失礼しちゃう!』と淫魔は頬を膨らませた。
ヨシヨシ、モミモミと何度も撫で回しているうちに、ピューイは少しずつ元気を取り戻していった。
「ピュイ?」
「嫌いになんてならないよ。ピューイは、今もこれからも、僕の大切な使い魔だもん。例え君が前魔王の一部だとしても、それが変わることはない」
前魔王から派生して生まれたピューイ。
「こんな大切なことを黙ってるなんて、淫魔ちゃんは人が悪い」
「僕は人じゃなくて悪魔だもーん。それに、言ったらフィンはその子を受け入れなかったでしょ?」
もしも契約前にそれを知っていたら、俺はどうしたのだろうか。
その時になってみないと分からないが、どんな生まれだろうと、ピューイはピューイだし、俺に懐いてくれた事実は変わらない。
『頼まれてくれるか?』
淫魔とピューイを召喚した時点で、この役目を俺が担うことは決まっていたのかもしれない。
まだ始まってもいないことに対して、うだうだと悩むのはやめよう。
今、目の前のことに全力で取り組む。
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