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第三章

121話 再会

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 試合会場に搬入されている大きな板を見て、俺は目を丸くした。

「あれって…」
「巨大スクリーンだよ」

 魔術大会運営委員の腕章をつけているリヒトが、巨大スクリーンを見てニヤリと笑った。

「前にフィンが言ってたやつだよ。魔道具研究所で案が採用されて、つい先日完成したんだ。魔法大会には間に合わなかったけど、これでフィンの活躍も大きく観戦できるね」

 確かに以前、映像を写すことができる魔道具談義をしたことはあったが、まさか本当に作るとは。
 魔道具研究所職員の探究心と行動力と技術力には脱帽である。
 
「リヒトも作品売り出してるの?」
「うん。何点か作ったやつをクノちゃんが持って行った」

 どこの商会で売り出しているのかと聞いたら、知らないと答えが返ってきた。
 販売の方はクノルさんに一任していることもあり、興味がないようだ。
 そんなことよりも、いろんな魔道具を販売しに他国からも商会が集まってきているので、早く見に行きたいとウズウズしていた。
 リヒトは、大会運営の実行委員をしているので、自由に動ける時間が限られている。
 全部見に行くにはどうすればいいかと、商会案内マップを見ながら、うんうん唸っていた。
 実行委員など、リヒトらしくないことをしているなと思ったが、師事している師匠の意向だそうだ。
 何事も経験であり、同じ業界の人たちとの交流や会話も、魔道具作りの役に立つ。
 一度はやってみなさいということだった。
 何事も楽しんで学ぶというリヒトの師匠が俺は好きだった。
 何よりも、リヒトが生き生きと魔道具作りに励みながら、こうして嫌がらずに外の世界と交流を持とうと前向きに行動していることに、感動さえ覚える。
 良い師匠と出会ったんだなと、俺は気持ちがほっこりした。

「フィンは、ゆっくり見たんでしょ?」
「いや、まだ見てない」
「何で?大会出場者は初日に貸切で時間確保されてたはずだけど」
「急に仕事が入って見に行けなかった」

 何て勿体ないと、リヒトに顔を顰められる。
 仕方ないだろう。
 俺でないと駄目な仕事だったんだから。

「大会で使う魔道具はどうするのさ。僕が作ったやつ使う?もう明日でしょ」

 非常に有難い申し出であったが、リヒトの魔道具を俺が使ったら、出来レースみたいになってしまいそうなので、謹んで辞退した。
 やっと仕事から解放され、俺は今日から大会終了までは公休扱いである。
 今から商会エリアに向かい、魔道具を物色しに行く予定だ。
 久々にイドたちと会う予定もあるので、それまでに購入しないといけない。
 まぁ最悪、ベルボルトの店で買えばいいか。
 まだ仕事があるリヒトと分かれ、俺は試合会場を後にした。
 
 試合会場に隣接して作られた商会エリアでは、多くの人で賑わっていた。
 他国からも商会を募集し、参加している商会は多種多様で、自国の特産物なども売り出していて、見ているだけでも楽しい。
 さて、どこから回ろうかと案内マップを見ようとした時、血相を変えたエリクとレオンに捕まり、俺は魔道具探しどころではなくなった。



 店内にある椅子に、ちょこんと座っている幼児は表情が乏しく、不安なのか平気なのか判断に困った。

「喉渇いてへんか?ジュースあるで?」

 ベルボルトの言葉に、幼児はフルフルと頭を横に振った。

「ほなら、お腹空いてへんか?ジャーキーならあるで」

 それにも幼児はフルフルと頭を横に振った。
 いらないらしい。
 ベルボルトは大袈裟に『惨敗や』と嘆いてみせた。
 
「いや、ジャーキーって。犬じゃないんだから」
「子どもには硬いんじゃないか?」
「そういう問題か?」

 ニコラ、スヴェン、イドの言葉にも幼児は表情を変えなかった。
 ただ、手にした動物の形をした木彫りを、ぎゅっと握りしめた。

「それ、気に入ったんか?」

 幼児は、その言葉には、コクンっと頷いた。
 店が立ち並び、人が行き交う場所に一人でポツンと佇んでいたところを、ベルボルトの店に向かっていたイドたちが見つけて保護した。
 その場で親を探したが、それらしき人物はおらず、迷子を届ける場所も分からない。
 ベルボルトの店の場所がそこから近かったこともあり、とりあえず連れて来たのだ。
 今はベルボルトの兄が、商会エリアを運営している場所へ迷子を保護したことを伝えに行っている。
 待ってる間の退屈しのぎに店内の商品を見せていると、一つの木彫りに興味を示した。
 手渡すと、大事そうに飽きずに眺め出した。
 余程気に入ったらしい。
 身なりも良いし、きっと貴族の子だろう。
 それなのに、何の装飾も施されていない木彫りに興味を示すなど、幼いながらも渋い趣味だなと、ベルボルトは思った。

「いた!ティオ!」

 店の外からこちらに向かって走り寄って来る人が現れ、ベルボルトたちは振り返った。
 店内に入って来たのは、グレーの瞳に水色の髪色をした少年と、使用人のような大人の男性だった。
 ベルボルトは念の為、ティオと呼ばれた幼児に『知ってる人かな?』と聞いてみた。
 ティオはコクンっと頷き、椅子から降りると少年へと駆け寄った。
 少年はティオを抱き締める。
 感動の再会だった。

「ティオ!ティオ、ごめんね。ぼ、僕が手を離しちゃったからっ」

 少年はそう言うと、ティオを見つけられた安心感からか、ボロボロと泣き出した。

「ティオ様。ご無事で良かったです」

 使用人の男性は膝を突き、ティオが怪我をしてないか、不調はないかなどを素早く確認した。
 ティオが大丈夫だと分かると、安堵の息を吐いて立ち上がり、ベルボルトたちへと向き直った。

「私は、ローゼシュバルツ家使用人のトリスタンと申します。この度は、ティオ様を保護して下さり、ありがとうございました」

 キッチリと綺麗な仕草で頭を下げられ、ベルボルトは腰が引けた。
 ローゼシュバルツという家名は、この国の宰相と同じだった。
 今回の魔術大会では、宰相の息子も出場するらしく、自分の店の魔道具を購入して大会で宣伝してもらおうと、商人たちの間でも話題になっていた。
 しかし、出場者限定貸切の初日に宰相の息子は現れなかった。
 かといって今日までの間にも、それらしい人物は来場していないようで、うちの店に来たら絶対に買ってもらうんだと息巻いていた兄は落胆していた。
 まさかのまさか!?
 ここで繋がりが出来てしまったりするかも、とベルボルトは期待した。

「どどど、どう、どういたしまして!って言っても、最初に見つけたのは、こっちの三人ですわ」

 トリスタンは『こっち』とベルボルトに指差されたイドたちにも丁寧に頭を下げてきた。
 泣いている少年とティオ、あともう一人いて、その三人と使用人二人で店を見て回っていたのだが、途中ではぐれてしまったそうだ。
 泣いている少年がティオと手を繋いで歩いていたのだが、人が多い場所で他人からぶつかられた拍子に、その手を離してしまった。
 そして、人の波に流され、押し出された後には、ティオの姿だけなかったというわけだ。
 商会の店以外にも、広場でパフォーマンスや手品をしている人もいて、あちこちで人垣も出来ており、小さいティオなら、大人たちに囲まれてしまうと完全に見えなくなってしまう。
 もっと注意して見ていなければならなかったと、まだ抱きしめ合っている二人を見て、トリスタンは肩を落とした。

「ラルフ様。そんなに泣いておられると、ティオ様が困ってしまわれますよ」
「うっ、ぐすっ。うん」

 ラルフと呼ばれた少年は、ティオをそっと離すと、トリスタンから渡されたハンカチで顔を拭った。

「ん?ティオ様。その手に持っている物は、どうされたんですか?」

 ティオの手の中にある木彫りを見て、トリスタンが不思議そうに問いかける。
 やっと泣き止んだラルフも、ティオが手に持っている物を見た。
 ティオは、少し自慢げに二人に木彫りを見せる。
 ラルフとトリスタンは、その木彫りを見て、同時に何かに気づき笑った。

「似てるね」
「似てますね」

 ティオは言いたいことが伝わり、ほんの少し嬉しそうに頬を綻ばした。
 そんなティオが可愛くて堪らないというように、ラルフは笑って再びティオを抱き締めた。

「ティオすごいね。よく見つけたよ。ココにそっくりだ!」

 ココ?

 ベルボルトたちは、ティオが持っている木彫りを改めて見た。
 自分たちもココという名に聞き覚えがあったからだ。
 魔獣で、主以外は興味なしというキッパリとした性格で、デカくて強い。
 ティオが持っている木彫りは、尻尾が五本ある四本足の獣を模した物で、三角の耳もついていた。
 言われてみれば似ていると思ったのだが、果たして自分たちの知っているココと同じだろうか。
 ベルボルトたちが、どう尋ねようかと思案していると、小さな足音が聞こえてきて、何かがピョンッとティオの頭の上に乗った。

「きゅ!」
「ココ!」

 ティオの頭の上に乗った獣を見て、ラルフが驚いたような声を上げた。
 まさかの本物登場である。
 その獣は、木彫りと同じように五本のふさふさとした尻尾があり、三角の耳をもっていた。
 特徴的にはベルボルトたちが知っているココと瓜二つにも見える。
 しかし。

「…小さいな」

 その獣は、小さなティオの頭の上にお座り出来るくらいの大きさで、子獣だった。

「他人の空似ならぬ、他獣の空似か?」
「名前まで一緒でか?」
「もしかして、ココって種族名やったんかな?」
「いや、ココはフックスという種族の魔獣だとフィンは言っていたぞ」
「「えっ?」」

 フィンの名を出したイドを、ラルフとトリスタンが驚いたように見た。
 そして。

「ティオ!」

 保護した幼児の名を呼ぶ、ベルボルトたちにとっては、懐かしい友人の声が聞こえてきたのだった。
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