上 下
82 / 116
第三章

117話 贈呈式

しおりを挟む
「卒業したのに帰国して来ないと思ったら、お前は一体何をしているんだ?」
「ふぉへぇんなふぁい」

 ヴィルヘルムに両頬をつねられ、今回は迷惑をかけた自覚があるだけに、俺は素直に謝った。
 気が済んだのか、ヴィルヘルムは手を離し、自分でつねった俺の頬を今度は優しく撫でてくれる。
 間近で見つめられ、甘い雰囲気になりそうなタイミングで、部屋の扉がノックされた。

「失礼致します。ヴィルヘルム殿下。そろそろお時間でございます」
「分かった。ほら、フィン。行くぞ」
「うん。ヴィル、ごめんね」
「もういい。父上からも、いい機会だから挨拶してこいと言われたからな。外交の練習だとでも思うさ」

 ヴィルヘルムは今、俺の留学先である隣国に来ている。
 ドラゴンの卵を受け取るためにだ。
 隣国の国王陛下と謁見したあの日、俺は一つ頼みがあると陛下に言われた。
 卵と導き手を引き離すことはできない。
 だが、そのまま卵を俺が持ち帰って誰かに譲渡することを、すんなりと承諾はできないと言われた。

『十中八九、その卵から生まれるドラゴンは強力な魔力を宿しているだろう。我が国の民であれば良かったのだが、ドラゴンが異国民を選んだのなら仕方あるまい。我々はそれに従うまでだ』
 
 卵と導き手を引き離したり、導き手が選んだわけでもない他者へ渡すよう強要すると、その国に災いが降りかかり、卵からは邪竜が生まれると言われている。
 その為、俺の意思を尊重するしか道はないそうだ。
 だけど、隣国に強大な戦力が加わるのを指を咥えて見ていることはできない。

『そなたは導き手。ならば、我々と新しく生まれるドラゴン、そしてその半身との橋渡しにもなってほしい』

 この国としては、国王からヴィルヘルムに贈るという形にして恩を売り、友好関係を築きたいということだった。
 敵であれば頭の痛い話だが、味方であれば文句はない。
 元々、同盟国同士でもあるし、より強固な絆づくりとして、今回の場が開かれることになった。
 というか、譲る相手が第二王子だと話したら、きちんとした場も設けようということになったのだ。
 その話をするために、隣国の国王陛下直筆の書簡を持ち、使者を連れて、俺は一度帰国した。
 いきなり国交問題を持ち帰ってきた息子に、宰相である父上は頭を抱え、我が国の国王陛下は大笑いし、一方的に指名されたヴィルヘルムは驚愕していた。
 その後、卵を置いてきたこともあり、俺はすぐに隣国へ舞い戻った。
 だから、ヴィルヘルムとゆっくり話をできたのは先程で、ちゃんと説明しろと言われ経緯を話して、両頬をつねられていたという訳だ。

 今回の贈呈式は非公式で行われた。
 言い伝えなど信じずに、導き手や半身を卵から引き離し、卵を我が物にしようとする輩は必ず出てくる。
 無駄な厄災を招かないためにも、厳選された人のみで式は粛々と行われた。
 導き手である俺は、留学生としてではなく、我が国の宰相の息子という立場で式に参加していた。
 通っていた学校の理事でもある国王陛下は、俺の正体を知っているから問題はない。
 髪と瞳を元の色に戻し、礼装に身を包み、貴族として振る舞う。
 服を用意してくれたトリスタンは気合が入っていた。
 式はつつがなく行われ、ヴィルヘルムの手に卵が渡るのを見届ける。
 式が終わった後、非公式だからか、国王陛下と宰相が気安く話しかけてきた。

「どうか、その卵を直接抱いてやってはくれまいか?」
「半身を待っている卵は、孵化のタイミングを自分で決めると言われています。導き手がすぐに現れない場合、卵は眠りにつきます。導き手と出会ったことで卵は眠りから覚め、半身に触れられて、はっきりと覚醒するそうです。ヴィルヘルム殿下の魔力を感じ、そのドラゴンが会いたいと望めば、すぐに孵るやもしれません」

 ニコニコと二人は笑っている。
 あわよくば、ドラゴンが孵る瞬間を見たいらしい。
 それに、本当にヴィルヘルムが卵の半身なのか、確認したい意味もあるのだろう。
 でも、そんな簡単に孵るんだろうか。

「なるほど。ではお言葉に甘えて」

 ヴィルヘルムは、籠の中に丁寧に置かれていた卵をそっと抱き上げた。
 腕に抱き、優しく表面を撫でる。
 壊れ物を扱うような、繊細な手つきだった。

「鼓動を感じますね」
「本当?」

 発見してから今日まで、俺は何度か卵に触れているが、その時は何も感じなかった。

「あぁ。ほら、フィンも触ってみろ」
「えっ?」

 ヴィルヘルムに促され、恐る恐る卵の表面に手を置いた。
 するとその瞬間、ピシッと卵の表面に亀裂が入った。

「えぇ!!」

 そんな強く押してないのに!
 俺は真っ青になった。
 どうしよう、とヴィルヘルムを見上げたら、驚いたような興奮したような瞳とかち合った。

「生まれるぞ」
「「おぉ!!」」

 国王陛下と宰相が身を乗り出す。
 ヴィルヘルムの言葉に慌てて卵に視線を戻すと、ひび割れた所から小さな爪が少し覗いているのが見えた。
 
「わっ、わっ、本当だ!」

 卵を籠に戻すよう言われ、ヴィルヘルムはゆっくりと卵を置いた。

 ピシッ、ピシッ、ピシィ。

 中にいるドラゴンが懸命に出てこようと殻を破る音が聞こえる。
 そして。

「ぎゃう」

 ヴィルヘルムと同じ琥珀色の瞳をしたドラゴンの赤ちゃんが、ひょこっと顔を出した。

「すごい!生まれた!生まれたよ!ヴィル!」

 ヴィルヘルムの方を見ると、嬉しそうにこちらを見つめていた。
 気がつくと、俺は無意識にヴィルヘルムの腕に抱きついて、卵が孵るのを見守っていたらしい。
 顔が燃えるように熱くなった。
 慌てて手を離したら、素早く腰に手を回されて、引き寄せられる。

「あぁ、奇跡が起きたな」

 ヴィルヘルムは、嬉しそうにドラゴンに視線を向けると、弾んだ声でそう言った。
 ヴィルヘルムが喜んでくれて俺も嬉しい。
 嬉しいんだけど。

『ヴィル。ヴィル、ちょっと。離してよ』
『嫌だ』

 俺たちの小さな攻防に国王陛下たちは気づかず、奇跡の瞬間が見れたことに大喜びしている。

「まさか本当に生まれるとは!」
「長生きはするものですな!」

 こうして、ヴィルヘルムは生涯の相棒となるドラゴンを手に入れたのだった。



「おい。いつまでそうしている。帰るぞ。コハク」
「ぎゃうぅ」

 コハクと名付けられたドラゴンの赤ちゃんは、俺の腕の中で甘えたように鳴いた。
 ヴィルヘルムにすぐに懐いたが、俺にも懐いてくれた。
 ヴィルヘルムが帰国する日、まだこの国に滞在予定の俺とはお別れだと分かっているのか、やたらとベッタリ甘えてきた。
 俺はコハクの体をゆっくりと撫で、頭にちゅっと口づけを落とす。

「コハク。また帰国したら会いに行くから。それまでヴィルのことよろしくね」
「ぎゃう!」

 うん。いいお返事だね。
 ヴィルヘルムの方に返すと、腕には収まらず、器用に肩に乗り上がった。
 ココの時もそうだったけど、子獣ってやたらと肩に乗りたがるよね。
 居心地がいいのだろうか。

「フィン。俺には?」

 コハクに口づけたことがお気に召さなかった模様で、俺にもしろと催促された。
 髪に口づけ、ではないですよね。
 はい。

「ヴィル、屈んで?」

 すっと顔を近づけられ、俺は少し伸び上がって、ちゅっとヴィルヘルムに口づけた。

「……何で頬なんだ」
「これが限界だよ!」

 これでもめっちゃ恥ずかしいのに。
 文句言うな。

「仕方ないな」

 呆れたように言われ、許してもらえたことに息を吐いた瞬間、いきなり抱きしめられ口を塞がれた。

「んーーーーっ!」

 ぐっと顎を掴まれ、口を無理矢理開けさせられたかと思うと、ぬるりとした何かが侵入してきた。
 ちょ、舌!舌入れんな!
 あぁぁぁぁぁぁぁ!

「んっ、ふっ」

 上手く息継ぎができなくて苦しくなり、ヴィルヘルムの胸をバシバシ叩いた。
 そろそろ止めろ!馬鹿!

「ふっ、これで俺を呼び寄せたことは許してやるよ」
「はぁ、はぁ、はふ……うぅ、ひどいよ」
「もう一回するか?」
「嘘です!許してくれてありがとう!」
「残念。じゃあ、また次会った時な。早く帰って来いよ」

 ヴィルヘルムはそう言って、颯爽とコハクと共に帰国して行った。



「きっと、出会う運命だったんだね」

 しっくりとくる一人と一頭を見て、改めて俺は思う。
 コハクは、生まれた時からヴィルヘルムのことが大好きだった。
 今も、拗ねた態度をとった割にはヴィルヘルムをチラチラと盗み見ている。
 俺に甘えるのも、ヴィルヘルムに構って欲しい気持ちの表れではなかろうか。
 コハクをヴィルヘルムの腕に抱かせてから、俺は膝の上から降りた。

「フィン?」
「お茶飲みたくなっちゃった。ヴィルの分も入れるから、コハクと一緒に待ってて」

 俺はそう言ってから、ヴィルヘルムの頬へと口づけを送ったのだった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

前世で家族に恵まれなかった俺、今世では優しい家族に囲まれる 俺だけが使える氷魔法で異世界無双

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
家族や恋人もいなく、孤独に過ごしていた俺は、ある日自宅で倒れ、気がつくと異世界転生をしていた。 神からの定番の啓示などもなく、戸惑いながらも優しい家族の元で過ごせたのは良かったが……。 どうやら、食料事情がよくないらしい。 俺自身が美味しいものを食べたいし、大事な家族のために何とかしないと! そう思ったアレスは、あの手この手を使って行動を開始するのだった。 これは孤独だった者が家族のために奮闘したり、時に冒険に出たり、飯テロしたり、もふもふしたりと……ある意味で好き勝手に生きる物語。 しかし、それが意味するところは……。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

夢のテンプレ幼女転生、はじめました。 憧れののんびり冒険者生活を送ります

ういの
ファンタジー
旧題:テンプレ展開で幼女転生しました。憧れの冒険者になったので仲間たちとともにのんびり冒険したいとおもいます。 七瀬千那(ななせ ちな)28歳。トラックに轢かれ、気がついたら異世界の森の中でした。そこで出会った冒険者とともに森を抜け、最初の街で冒険者登録しました。新米冒険者(5歳)爆誕です!神様がくれた(と思われる)チート魔法を使ってお気楽冒険者生活のはじまりです!……ちょっと!神獣様!精霊王様!竜王様!私はのんびり冒険したいだけなので、目立つ行動はお控えください!! 初めての投稿で、完全に見切り発車です。自分が読みたい作品は読み切っちゃった!でももっと読みたい!じゃあ自分で書いちゃおう!っていうノリで書き始めました。 【5/22 書籍1巻発売中!】

転生したら幼女でした!? 神様~、聞いてないよ~!

饕餮
ファンタジー
  書籍化決定!   2024/08/中旬ごろの出荷となります!   Web版と書籍版では一部の設定を追加しました! 今井 優希(いまい ゆき)、享年三十五歳。暴走車から母子をかばって轢かれ、あえなく死亡。 救った母親は数年後に人類にとってとても役立つ発明をし、その子がさらにそれを発展させる、人類にとって宝になる人物たちだった。彼らを助けた功績で生き返らせるか異世界に転生させてくれるという女神。 一旦このまま成仏したいと願うものの女神から誘いを受け、その女神が管理する異世界へ転生することに。 そして女神からその世界で生き残るための魔法をもらい、その世界に降り立つ。 だが。 「ようじらなんて、きいてにゃいでしゅよーーー!」 森の中に虚しく響く優希の声に、誰も答える者はいない。 ステラと名前を変え、女神から遣わされた魔物であるティーガー(虎)に気に入られて護られ、冒険者に気に入られ、辿り着いた村の人々に見守られながらもいろいろとやらかす話である。 ★主人公は口が悪いです。 ★不定期更新です。 ★ツギクル、カクヨムでも投稿を始めました。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。