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第三章

113話 まったりと

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 指で摘んだ果実を口に入れ、咀嚼する。
 飲み込んだ後に、指に付いていた果汁をペロリと舌で舐めた。
 エロい。
 何気なく食べている姿に色気を感じるのは何故なのだろう。
 手掴みで食べているが上品に見え、きっと所作が綺麗なのだと思った。
 最近のヴィルヘルムは、精悍さも増して、ぐっと大人っぽくなっていた。
 また一つ果実を摘んだ指先を眺めていると、その指は今度は俺の口元にきた。
 目が合うと『食べたかったんじゃないのか?』と聞かれた。
 やばい。
 物欲しそうな顔で見ていたようだ。
 そちらの唇の方が美味しそうで見ていたなんて、ゲフンっゲフンっ、何でもないです。
 俺はその通りだと言う顔を作って頷くと、差し出された果実にパクりと食いついた。
 歯で押し潰すと、つぶつぶの実が弾けて、じゅわっとした酸味と、ほのかな甘みが口内に広がった。

「美味いか?」
「うん」

 甘酸っぱくて美味しい。
 お疲れ気味だった体にビタミンが染み渡るようだ。
 ぐっすり眠って迎えた翌朝、少し遅い朝食を取った後のデザートタイムだった。
 ヴィルヘルムとソファに座り、ゆっくりとした時間を過ごす。
 体だけではなく、心も充電されていくのが分かった。
 ヴィルヘルムは、腹が満たされて満足したのか、手をおしぼりで拭うと、今度は俺に手を伸ばしてきた。
 肩を引き寄せられ、顔が近づく。
 目を閉じると、ちゅっと唇が合わさった。
 そのまま何度か啄むように重ねられ、少し唇を開くと、舌が入り込んできた。

「んぅ、んっ」

 口づけに気を取られているうちに、俺はヴィルヘルムに腰を掴まれ、膝の上へ乗せられた。
 向かい合わせになり、体がより密着する。
 逞しい腕に抱きしめられ、胸がドキドキと高鳴った。
 たっぷりと唇を味われて、解放される頃には俺の息は少し上がっていた。
 くたりとヴィルヘルムの肩に頭を預け、熱い吐息を吐く。
 ヴィルヘルムは足りないのか、俺の髪やこめかみに楽しそうに口づけていた。

「ヴィル、最近忙しいの?」
「そうだな。春休みだが、父上や兄上の下で色々学ばさせてもらっているから、そこそこ忙しい。卒業試験に向けて勉強もしなければならないし」
「もう卒業試験に向けて勉強してるの?」

 卒業試験は確か五月下旬で、まだあと二ヶ月はある。
 準備が早いなと驚いた。

「あぁ。次で最後だ。気を抜いて最後の最後でミスをする訳にはいかん。やっとお前との仲を認めてもらえるんだからな」

 つんっと頬を指で突かれて笑顔を向けられて、俺は顔が赤くなるのを感じた。
 ヴィルヘルムは、十四歳の冬に父親である国王陛下に、俺との婚姻を認めて欲しいと直談判していた。それも、俺が第一騎士団の団長の息子である双子と婚姻することを前提として、複数婚になることも認めて欲しいと言ったらしい。
 しかし、当然だが陛下は、許可できないと突っぱねた。
 ヴィルヘルムが複数の伴侶を娶るなら許可するが、逆は認められないと。
 王子であるヴィルヘルムの立場なら、そう言われても仕方ないと俺は思った。
 だが、ヴィルヘルムは諦めなかった。
 母親であるオーラン様と俺の養父である宰相のルッツ、更には王妃の息子である王太子の兄上を味方につけ、約一年かけて陛下を説得したのだ。
 そして陛下は、ヴィルヘルムがある条件をクリア出来たら俺との婚姻を認め、俺が双子と婚姻することも許可すると約束して下さった。
 その条件が『王立高等学園で三年間首席を取り卒業すること』だった。
 内容を聞いた時は、失礼な話だが『そんな無茶な』と思った。
 幼い頃、家庭教師を次々と辞めさせ、勉強しても上手くいかず癇癪を起こしていたイメージしかなかったからだ。
 だから、まだヴィルヘルムは勉強が苦手なままだと、俺は勝手に思い込んでいた。
 だけど、ヴィルヘルムは陛下に提示された条件で交渉を完了させ、意気揚々と俺に報告してきたのだ。

『フィン。俺は絶対に最後まで首席を取って卒業する。だから、無事に条件をクリアできたら俺と結婚してくれ』

 手を取られて指先に口づけて、プロポーズされた。
 心配顔から一転、俺は目を見開いて全身を真っ赤に染めた。
 どこからそんな自信が出てくるんだと戸惑いつつも、断る理由などない。
 俺はそのプロポーズを受けた。

『うん。期待して待ってる。頑張ってね、ヴィル』

 俺の心配を蹴散らすように、ヴィルヘルムは見事に首席を取り続けた。
 俺が領地や留学先で頑張って勉強していたように、ヴィルヘルムも諦めず日々努力しながら勉強を続けていたらしい。
 少しずつ理解できるようになり、学ぶことが面白く感じるようになってからは、優秀な家庭教師もついていた為、驚くほど成績は伸びていった。中等部三年生の頃にはすでに学年三位くらいの成績だったとか。
 全然知らなかった。
 それだけの下地があってこその自信だったのだなと安心し、俺はヴィルヘルムを応援し続けた。

「無事に終わったら、みんなでお祝いしようね」
「あぁ」

 お祝いに何をあげようかな。
 ヴィルヘルムへのプレゼント選びは難しい。
 王子だから、本人が望めば余程無茶な願いでなければ、それなりに手に入れることができる。
 でも、ヴィルヘルムは物欲はあまりないようで、こんな物を欲しがって大変だったなどというエピソードはあまり聞かない。
 一緒に旅行とか行きたいけどな。
 行くとなると警護の面が問題だし。
 俺が思案していると、ふいに髪の毛をくいっと引っ張られた。
 ヴィルヘルムが手遊びで引っ張っているのかと思ったが、ヴィルヘルムの両手は組まれ、俺の腰に落ち着いていた。
 何かに引っかかったのだろうかと、髪が引っ張られた方向に顔を向けると、そこには琥珀色の瞳を持った子竜が、器用にソファの背凭れの上に乗り、こちらを窺っていた。

「ぎゃう」

 気づいてもらえたことを喜ぶように鳴いた子竜は、近寄ってくると、俺とヴィルヘルムの間に無理やり体を押し込んで来た。
 俺は慌ててその体を受け止める。
 ずしりとした重みを感じ、俺は口元を綻ばせた。

「コハク。ちょっと大っきくなった?」
「ぎゃう!」

 子竜なのに、俺に爪が当たらないように配慮しながら、ひしっと抱きついてきた。
 可愛いな、と俺がほっこりしたのとは正反対に、ヴィルヘルムは盛大に眉間に皺を寄せた。

「おい、コハク。邪魔するな。まだ出てきていいとは言ってないぞ」
「ぎゃう」

 コハクは、ヴィルヘルムの方をチラリと見てから抗議するように一声鳴き、プイッとそっぽを向いた。
 ヴィルヘルムは、やれやれと自分の使い魔である子竜を見下ろす。

「何て我儘なんだ。誰に似た?」

 そりゃあ、主ではないでしょうか。
 よしよしとコハクを撫でながら、俺は苦笑した。

「まだ子どもだもん。仕方ないよ」
「卵から孵って三年近くは経つんだぞ。ドラゴンの成長はこんなに緩やかなのか?」
「個体差があるんじゃない?コハクは色んな意味で特殊だし、自分の意思で卵のまま百年以上は眠ってたからね。コハクが成長したいって思った時に、急激に大きくなるかもしれないよ」

 そうは言ったものの、俺の腕の中で満足そうにしているコハクは、まだまだ甘えたい盛りのようだ。
 俺に懐くコハクを見て、ヴィルヘルムは面白くなさそうに鼻を鳴らした。

「そうやってると、お前の使い魔みたいだな」
「もう!そんなこと言っちゃ駄目だよ。コハクは、ヴィルを主と決めたから生まれてきたんだよ。ちゃんと自分の目で見たじゃない。それに、どんなに懐いてくれてもコハクは雷属性のドラゴンだから、僕は使役できないよ」

 自身が使える魔力と同じ属性である魔獣や魔物しか、使い魔として契約できない。
 コハクは卵だった時に、ヴィルヘルムに触れられて反応し、孵ったのだ。
 俺は、あの時の不思議な出会いを思い出す。
 あれは、俺がまだ留学先にいて、学校を卒業したすぐ後の出来事だった。
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