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第三章

107話 ご対面

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 ティオの誕生日プレゼントが見つかって良かったと、ほくほく顔でレジに向かったら、顔見知りの男性がいた。

「これはこれはフィン様。お久しぶりでございます」

 レジにいたのは、この大きな雑貨屋の店主だ。
 リヒトが作った魔道具を搬入している店でもあり、俺もよく買い物に来る。
 品揃えが良く、他国の製品も取り扱っているので、見ているだけでも楽しい店だった。
 店主も気さくな人で、たまにリヒトと一緒に来ては、魔道具話に花を咲かせることもある。

「お久しぶりです。お元気でしたか?」

 レジに人が並んでいないこともあり、しばし雑談した後、パズルの包装を頼んだ。
 しばらくお待ちくださいと言われ、レジ近くの棚にある商品を見ていると、誰かが近づいてくる気配がした。
 待っててと言ったのにと、双子だと思い込んで振り返った俺は、そこにいた人物を見て軽く目を見開く。

「あれ?あなたはさっきの」
「あ、どうも。偶然ですね」

 具合が悪いのかと心配してくれた青年だった。
 困ったように眉を下げ、首に片手を当てている。
 勘違いした記憶が新しいまま、再会してしまったことを気まずく思っているのだろうかと思い、俺はニッコリと笑いかけた。

「お買い物ですか?」
「えぇ、まぁ。あなたも?」
「はい。もうすぐ弟の誕生日なんでプレゼントを買いに来たんです。この店、品揃えがいいんですよ。あなたもよく来られるんですか?」
「はい。たまに。価格もリーズナブルだし、いい店ですよね」

 話してるうちに、青年は自然と笑顔を見せてくれるようになった。
 それにしても、やっぱりどこかで見たことあるよなと、俺は記憶を探る。
 知り合いでは多分ない。
 こんな爽やか好青年なら、俺は忘れないと思う。
 良くも悪くも、俺の知り合いは個性的な人が多過ぎるので、この青年はある意味浮くのだ。
 青年と話していたら、店主に呼ばれた。
 包装が終わったらしい。

「フィン様。お待たせ致しました」
「ありがとうございます」
「はい。これはサービスです。良かったら、また感想聞かせてくださいね」

 そう言って渡されたのは、小さな布袋に入ったポプリだった。
 新しい商人が取引したいと交渉に来た際に置いていった商品の一つだそうだ。

「女性が喜びそうですね。また母や妹に聞いてみます。ありがとうございます」
「よろしくお願いします」

 おまけ貰っちゃった、と嬉しくてニコニコしていたら、青年に『良かったですね』と言われてしまい、はっとする。
 しまった。人がいることを失念していた。
 おまけに喜ぶなど貧乏臭かっただろうか。
 少し顔を引き締めよう。

「ははっ。喜び過ぎですよね。お恥ずかしい」
「そんなことないですよ。俺なら、そんなに喜んでもらえるなら、毎回サービスしたくなっちゃいます」

 ニコッと笑顔を返され、ほっと安心する。

「ありがとうございます。それじゃあ、僕はこれで」
「あっ、あの!」

 青年に別れを告げ離れようとしたら、ガシッと手首を掴まれて、俺はぎょっとした。
 青年も自分の行動に驚いたようで、慌てて手を離してくれる。

「ご、ごめんなさい!あの、あの、もう少しだけ、その、お話しできませんか?」
「えっ?」

 その言葉に、もしやこれは俗に言うナンパというやつかと、思い至った。
 まさか、さっき一目惚れされちゃった?
 いやいやないない。
 どこの漫画だと、その可能性を否定する。
 何か目的でもあるのかと、好青年に見えた目の前の人物を、不審な眼差しで見つめた。
 警戒されたことが分かったのか、青年は顔を強張らせ、焦り出す。

「あの、その、違うんです!」

 何が違うのかと突っ込みたいが、青年はパニックを起こしそうになっていた。
 その姿を見て、既視感を覚える。
 あれだ。
 階級テストで再会したばかりのアンリ先輩だ。
 先輩も、緊張して気持ちとは違う言葉を発してしまったりすると、落ち込んでいた。
 それに少し似ている。
 やっぱり、悪い人には見えないんだよなと思った時、青年が一人ではなかったことを思い出した。

「一緒にいた人はどうしたんですか?」
「えっ?」
「確かさっき、誰かに呼ばれてましたよね」
「あっ、そのっ」

 青年は早く来いと呼ばれていた。
 その時に、今行くと青年は答えて名前も呼んでいた。
 その名前は確か。

「オスカー。やっぱり俺には無理だよ」

 青年は情けない顔をして、自分の背後を振り返った。
 そこから、もう一人青年が現れる。
 その青年も背は高いが、軟派な雰囲気で、目の前の好青年とは印象がチグハグに感じた。
 変な組み合わせだなと思いつつ、オスカーと呼ばれた青年に視線をやる。
 オスカーは好青年に向かって『情けないなぁ』と言って笑った。

「初めまして。フィン様。オスカーと申します」

 名前を呼ばれ自己紹介までされて、少々たじろぐ。

「…僕のこと知ってるんですか?」
「えぇ。有名ですからね」

 有名?
 確かにいろんな意味で宰相の息子は有名かもしれないが『フィン』という名前はあまり知れ渡っていないはずだ。
 首を傾げつつ、オスカーの方も見覚えがあるなと思った。
 名前も聞いたことがある。
 どこでだっけ。
 むむっと眉間に皺を寄せ、オスカーを凝視した。
 オスカーは、それを面白そうに見ている。
 その姿を見ていたら、ふいにラインハルトの言葉が脳裏をよぎった。

『何でも楽しむ癖があって面白い奴なんだ』

 次はゴットフリートの言葉だ。

『裏表がなく、さっぱりした奴で付き合いやすいんだけど、お人好し過ぎるんだよな』

 思い出した!
 こっそり学校に双子の制服姿を見に行った時に、双子のそばにいた二人だ。
 名前は双子の学校生活の話を聞く時に、たまに出てきていた。
 何故すぐに思い出さなかったのかと、自分の勘の鈍さに脱力する。
 だが、二人の正体が分かってスッキリした。
 俺は好青年の方へ視線を戻した。

「もしかして、あなたがアルフレート?」
「えっ!?」

 アルフレートは名前を呼ばれて、狼狽した。
 オスカーは口笛を吹き『理解が早いなぁ』と楽しそうだ。
 真逆の反応だが、ゴットフリートにはアルフレートが、ラインハルトにはオスカーが、とてもしっくりくる。
 双子のそれぞれの友達だと知れば、この二人の組み合わせも納得できた。
 しかし、俺に声をかけてきた理由は分からない。

「ゴットとラインの友達が、僕に何の用?」

 俺が腕を組んで睨め付けると、オスカーが肩を竦めて『会ってみたかっただけです』と言った。

「ラインハルトに何度お願いしても、減るだの何だの言って、全然会わせてくれないんです。偶然三人で店に入るのを見かけたから、チャンスだと思って。双子がいたら、とっとと逃げられるか、背中に隠して見せてもらえないでしょ?だから、一人の時に声をかけたんです」

 むむっ。想像出来すぎて否定しにくいな。
 アルフレートの方を見ると、咄嗟にコクコクと頷いた。
 今、よくそんな嘘がペラペラ出るなというような目でオスカーを見ていたような気がするんだが、気のせいだろうか。
 三分の二くらいは本当で、偶然ってとこが嘘っぽいかな。

「ふうん?まぁ、僕もアルフレートとオスカーには会ってみたいなって思ってたからいいけどさ。では、改めて。フィン・ローゼシュバルツと申します。以後お見知りおきを」

 胸に手を当てて、貴族の礼をとる。
 顔を上げると、アルフレートもワタワタと挨拶してくれ、二人と握手を交わした。

「あの、フィン様。申し訳ありません。変に声をかけて、引き止めてしまって」

 人の良いアルフレートはシュンとして、きちんと謝ってきた。主人に叱られた犬のようで、ちょっと可愛い。

「別にいいですよ。それに『様』なんて付けなくて、呼び捨てでいいです。同い年なんだし」
「いやでも、身分が違いますし」

 侯爵家である俺に臆してる様子だ。
 俺も、この国でヴィルヘルムたち以外の同い年の人と接する機会がないから、どうしたらいいのかよく分からなかった。

「まぁまぁ。フィンがいいって言ってるんだからさ。逆にそうしないと失礼だって」

 お前には言ってないぞ、オスカー。
 調子が良いなと可笑しくなった。

「じゃあ、僕も敬語はやめる。友達になろうか。アルフレート、オスカー。そうすれば、タメ語で呼び捨てでも違和感ないだろ?公式の場だけ、礼節を重んじてくれれば、それで充分さ」

 パチンとウインクしたら、アルフレートは本当にいいのかなと迷うような素振りをし、オスカーは『やった!』と声を上げて、嬉しそうにした。

「アルフレート。フィンって呼んでみて」
「フィン」
「オスカーには言ってない。ほら、アルフレート」
「フィ、フィン」
「よし。これでもう友達だね」

 ニッコリと笑いかけたら、アルフレートもほっとしたように、頬を緩めてくれた。

「じゃあ二人とも。友達になったんだから、本当の理由、もちろん教えてくれるよね?」

 がしっと二人の手を握って問いかけたら、すっと二人は同時に目を逸らした。
 逃がさないぞと俺は二人に詰め寄り、今回の作戦を聞き出したのだった。
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