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番外編

卒業旅行②

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 ヴィラから海に面している庭に出ると、満天の星が見え、静かな波の音が聞こえた。
 俺は庭にあるベンチに腰掛け、ココとピューイを呼び出す。

「きゅ」
「ピュイ」

 一日大人しくしていた二匹を労い、ぎゅっと抱き締めて撫で回した。
 たくさん戯れた後、ココは俺の足に寄り添うように座込み、ピューイは俺の腕の中に収まる。
 夜空を見上げながらぼんやりしていると、ふと誰かが近づいてくる気配がした。

「酔い覚ましか?」

 イドだった。

「僕は飲んでないよ」
「そういやそうだったな。隣いいか?」
「どうぞ」

 ベルボルトたちはどうしているのか聞くと、酔い潰れて寝ていると言われた。
 ベルボルトとニコラは、途中からルーちゃんとディルちゃんと飲みくらべを始めていた。
 残念だが、ルーちゃんとディルちゃんはザルを通り越してウワバミなので、勝てるわけがない。
 無謀な挑戦者は、早々に撃沈したようだった。
 先生とスヴェンは、のんびりとしたペースで美味しくお酒を飲みながら、二人で話をしているとか。
 イドは少し飲み過ぎたので、風に当たってくると言って席を外したらしい。
 
「あっという間に終わっちゃったね」
「まだ旅行は初日だぞ」
「そうじゃなくて、学校生活がだよ」
「あぁ、そっちか。確かにな」
「早かったなぁ」

 三年は長いようで意外と短く感じた。
 それだけ充実した楽しい時間を過ごせたということでもある。
 この世界で、まさか友達と卒業旅行に行けるとは思いもしなかった。
 学校生活のスタートが上手く切れたのは、イドと最初に仲良くなれたからだと、俺は思っている。

「イド。三年間、僕と仲良くしてくれてありがとうね」

 俺の言葉に、イドはクスリと笑った。

「もうお別れみたいな言葉だな」

 卒業後は、みんなそれぞれ別の道を歩むために別れる。
 でも、今イドが言ったのは、多分そういう意味ではない。

「だってイド。もう僕たちと会う気ないでしょ?」
「…どうしてそう思う?」
「分かんない。何となく、そうなのかなって」

 雰囲気的に、そんな感じがしただけだ。
 今日、ヴィラまでの帰り道で、帰国後の連絡先や居場所を聞いたが、引っ越すかもしれないから落ち着いたらまた連絡すると言われた。
 はぐらかされたと、俺は思った。
 また会いたいと、これから先も仲良くしたいと思っていたのは俺だけかと、ちょっと落ち込んだ。
 俯いてしまった俺の頭を、イドはくしゃりと撫でた。

「そんなわけない。また会いたいと思っているぞ?」
「じゃあ、思ってるけど、会えないってこと?」
「どうした。やけに食い下がるな」
「だって…考えてみたら、僕はイドのこと何も知らないなって思って」

 学校や寮での姿は知っている。
 だけど、家族構成や、どこの国から来たのか、どうして一年浪人してまで留学してきたのかなど、何も知らなかった。
 その顔にある痣が、生まれつきなのかどうかも。
 俺の言葉に、イドはしばらく沈黙した後、『お前だって』と、珍しく戸惑うように言った。

「お前だって、俺に言ってないことあるだろ」

 ある。
 本当は平民ではなく侯爵家で貴族であること。
 髪は焦げ茶ではなくミルクティー色で、瞳の色は小豆色ではなく青色なこと。
 ユーリ先生は、近所に住んでいた魔法を教えてくれた親切なお兄さんだから先生と呼んでいたと苦しい言い訳をしたが、本当は家庭教師であったこと。
 俺だって色々偽っている。

「そうだね。たくさんあるや。なのに、イドのことを知りたいだなんて、どの口が言うんだって感じだね。ごめん」
「別に謝って欲しい訳じゃない。悪い。嫌な言い方した。ただ俺は…」

 イドは海の方を眺めながら、何かを堪えるように顔を歪めた。
 分かってるよ。
 お前も内緒にしてることがあるから、これ以上は俺に踏み込むなって言いたかったんだろ。
 口にしたら、やっぱり棘があって突き放す感じになるから、言えないんだね。
 優しいな、イドは。
 これきりになるのは、惜しいよ。
 俺は立ち上がると、ピューイをココの頭に乗せてから、イドの正面に立った。

「フィン?」
「イド、見ててね」

 俺は、周りを明るくするように魔法で光の玉をいくつも出して浮かび上がらせた。
 眼鏡とカフスを外し、解除の呪文を唱える。
 ふっと体の中を風が吹き抜け、かかっていた魔法が解ける感覚がした。
 イドの方を見ると、少し目を見開いている。
 前髪は卒業式の前に短くカットしたので、瞳の色も見えるはずだ。

「戻ってるかな?」
「あぁ。それが本来の色か?」
「そう。では、改めて。フィン・ローゼシュバルツと申します。以後お見知りおきを」

 胸に手を当てて、貴族としての挨拶をする。

「ローゼシュバルツ?確か、隣国の宰相と同じ家名だな」
「父上のこと知ってるの?」

 噂程度だが耳にしたことがあるらしい。黒の宰相の名は他国にまで伝わってるってことか。
 俺はイドの隣に座り直すと、変装して平民として留学した経緯を簡単に説明した。

「なるほどな。まぁ闇魔法使いに偏見を持つ奴はまだ多いしな」
「結局は秘密にしたかった人たちには、闇魔法が使えることバレちゃったんだけどね」
「大丈夫だったのか?」
「うん!受け入れてくれて、変わりなく接してくれてる」

 ヴィルヘルムたち三人は、驚くほどすんなりと受け入れてくれて拍子抜けした程だ。
 俺は再びカフスを耳につけ、呪文を唱えてから眼鏡をかけた。

「これが僕が隠していたこと」

 言ってしまって俺はスッキリしたが、イドの顔色は冴えなかった。

「イド。誤解しないで欲しいんだけど、僕は君に僕のことを知って欲しかったから言っただけだよ」

 このまま平民で留学生のフィンとして、別れる道もあった。卒業後に再会する機会があっても、また変装すればいい話だ。
 もう二度と会う機会がないのなら、寂しいけれど、波風立たせずに終わらせればいい。
 でも、それでは嫌だと俺は思ってしまった。

「イドが、自分のことを僕に話したいって思える時がきたら、その時は君のことを教えて欲しい。君が何者でも、君が僕の友人であることは一生変わらない」

 年上の得難い友を、これきりで失いたくない。

「だから、連絡手段だけは教えておいて欲しい」

 繰り返し自分の要望を口にした俺に、イドは根負けしたように苦笑した。

「フィンらしいな」
「僕らしい?」
「あぁ。こうと決めたら、真っ直ぐに突き進むところ」
「…ごめん。迷惑だった?」

 俺にとって、イドがどれだけ大切な友人なのかを伝えたかったのだが、重かっただろうか。
 好意というものは、相手にとっては不快に感じることもある。

「迷惑だと、突き放せたら良かったんだけどな」
「イド…」
「俺にとっても、もうお前は大切な友人なんだ」

 大切な友人。

 こちらを改めて見下ろしたイドの瞳は、穏やかで優しい色をしていた。
 俺は、イドの口から出てきた言葉が嬉しくて。
 嬉し過ぎて、思わず涙目になってしまった。

「泣くなよ」
「な、泣いてない」

 そう強がったが、ポロリと涙が頬に零れ落ちた。

「きゅ」

 じっと様子を見守っていたココが、俺の涙をペロリと舐めとってくれる。

「ピュイ」

 ピューイも、ピッタリと俺の頬に張り付いて心配そうに擦り寄ってきた。
 俺は二匹を抱き締めて、大丈夫だと伝える。
 そんな俺を見たイドは、決心したように口を開いた。

「フィン。少し長くなるかもしれないが、俺の話を聞いてくれるか?」
「っ!」

 俺は驚いて息をつめた後、慌てて首を縦に振った。

「もちろんだよ!」

 ふっと笑ったイドは、膝の上で手を組むと、再び海の方へと視線を向けた。遠い何処かに思いを馳せるように。

「何から話そうか…そうだな。俺が生まれた国は…」



 
 立ち聞きしていい話ではないと思いつつ、かと言って立ち去ることも出来ずに、スヴェンは庭へと続く出入り口で佇んでいた。

『だってイド。もう僕たちと会う気ないでしょ?』

 もう部屋に戻って休むと声をかけようと二人を探していたのだが、見つけた途端、フィンが発した言葉を聞いて、スヴェンは足を止め、咄嗟に隠れてしまった。
 そのまま罪悪感を抱きつつも、スヴェンは二人の会話に耳を傾けている。

「フィンは良き友に出会えたようだな」

 壁に背を預け、同じように二人の話を聞いていたユーリが、嬉しそうにポツリと呟いた。

「…先生は、フィンとは本当はどういった間柄なんですか?」
「私か?私はただの元・家庭教師さ」

 パチンっとウインクされて言われた言葉に、なるほどとスヴェンは納得した。
 フィンがユーリを『先生』と呼び慕う姿が、最初から妙にしっくりきていたわけだ。

 素直で真っ直ぐな年下の友人と、いつも泰然としていた年上の友人。
 その二人がお互いに一歩踏み出したことを喜ばしく思ったのと同時に、スヴェンは寂しさも感じていた。

「スヴェン。君も言いたいことがあるなら、言える時に相手に伝えた方がいいぞ」
「…そうですね」

 年長者のアドバイスに頷きつつ、自分にとっても二人は大切な友人だと、どのタイミングで伝えようかとスヴェンは頭を悩ませた。
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