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第二章
98話 救出劇①
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フィンが、涙を流しながら目の前のものを呆然と見ている姿に、俺は息を呑んだ。
周りにいる大人たちは、そんなフィンを悲痛な顔で眺めているだけだ。
誰一人として動こうとせず、喋ろうともしない緊迫した空間に、どう介入していいか分からなかった。
いったい何があったんだ。
「あれは何でしょう?」
横にいた少女の発した声が大きく響き、フィンを取り囲んでいた大人たちが一斉にこちらに視線を向けた。
その中にいたルッツが俺の姿を見て眉を顰め、隣にいる少女を認識した瞬間、こちらへ凍えるような眼差しを寄越し近づいて来た。
「ヴィルヘルム殿下。何故ここにおられるのですか?他人の家へ勝手に侵入するなど、感心しませんな」
「仕方なかろう。呼んでも誰も出てこなかったんだ」
正面玄関で呼びかけても応答がなく、屋敷からは人の気配がしない。
そのまま引き返すわけにもいかず、誰かいないかと、屋敷の敷地内を探していたのだ。
庭に少し入ったことくらい、大目に見て欲しい。
そう言おうとしたら、一緒に来ていたラインハルトが、俺を庇うように一歩前に出て頭を下げた。
「申し訳ございません。急を要したものですから。実は、」
「父さまが危篤だって聞きましたの!」
俺の隣にいた少女が、ルッツとラインハルトの会話に割り込んだ。
ラインハルトが驚いたようにこちらを振り返ったが、ルッツはその少女に視線を向けることなく、そのままラインハルトに問いかける。
少女と話をする気はないようだ。
「それで?」
「えっ?あ、はい。本日、殿下と共に孤児院へ訪問した際に、こちらの院長からこの子の父親が危篤だと聞かされまして。最後に一目会わせてあげたいと言われ、こちらに訪問予定があった私たちと一緒に来ることになったんです」
こちらのと言われ、少女のそばに寄り添うように立っていた院長が一礼し、少女の背中をそっと押して前に出してやる。
ルッツに無視された形になった少女は、むっつりとした顔をしていた。
その反応を見て、やはりお茶会の時は猫を被っていたのだな、と俺は思った。
「宰相様。お久しぶりでございます。バルバラは、遠い場所にある孤児院へ明日転院予定なのです。せめて最後に、本当の父親に会えるなら会わせてやりたいと、ヴィルヘルム殿下へ無理なお願いをしました。危篤と聞いておりましたので、一分一秒を争う事態だと判断し、押しかけてしまいましたこと、お詫び申し上げます」
爵位剥奪の上、当主が牢屋にいれられたバルバラの一家は平民となり離散。二年前に母親を亡くしているバルバラは引き取り手もなく、孤児院行きとなった。
俺は、さりげなく院長を探るように見る。
ルッツが宰相として孤児院を訪問することはあるので、顔見知りであれば院長であることは確かなのだろう。
しかし、孤児院で預かっている多数の子どもの中の一人に対して、こんな親身に対応するものだろうか。
肉親の危篤という稀な事情のため判断しづらく、移動手段がないというので連れて来たが、この判断は正しかったのだろうかと、不安が増していく。
この院長に声をかけられた時は、正気を疑った。
王族の俺の馬車に同乗したいなどと、よく口にしたものだと思ったし、『フィンの実父が危篤』という情報を得るのが早過ぎる点も引っ掛かった。
ルッツが、血の分けた子どもだからと知らせたならば、移動手段も同時に用意したはずだ。
だから、それ以外のルートからそのことを知ったことは明らかだった。
もともと、トリスタンを探し回っているゴットフリートが心配であり、手伝うために俺はラインハルトとこの場所を訪れる予定ではあった。
その前に孤児院に寄ったのは、トリスタンの行方の手掛かりを知っているか、バルバラに話を聞く為だ。
この少女がただの被害者なのか、諸悪の根源なのか、まだ判断しかねている。
確固たる証拠を掴めないまま、今日まできてしまった。
だから、真意を探るために話に乗ったのだが、失敗だったかもしれないと今では思う。
こんな形で兄妹が再会してしまったことがどう転ぶのか。
父親の危篤を知り、フィンが帰国してこの場にいる。
少し考えれば分かったことだ。
そのフィンが放心したように座り込んでしまっており、俺が現れたというのに、こちらを一度も見ない。
フィン。こっちを見ろ。
こちらを見たならば、何があったんだと、すぐに駆け寄って抱き締めてやれるのに。
今は、状況がそれを許さなかった。
下手に動くことができないことが、歯痒い。
「シュスター院長。個人一人に肩入れするなど、あなたらしくもない。しかもここまで付き添うなど。孤児院は、あなたがいなければ回らないはずた。他の子たちはどうしたのですか?まさか放ってきたとは言いませんよね?それは余りにも無責任過ぎる」
ルッツの言葉を聞いても、院長は微笑みを浮かべたままだ。
「そちらのことは大丈夫です。心配いりませんよ。それより、バルバラに父親に会わせてやりたいのですが、今はどちらに?」
「ここにはもういません。容態は持ち直したので、安心していただいて結構です」
その言葉に、院長の頬が微かに引き攣ったような気がした。
「それは良かったです。ねぇ?バルバラ」
「えっ?えぇ、そうですわね」
バルバラも一瞬、戸惑ったような顔をした後に、慌てて頷いた。
そこには嬉しさの欠片も見当たらなかった。
普通は助かったなら安心して喜ぶものだろう。
やはり目的は別にあるのだ。
「しかし、それならば何故、宰相様はここにまだおられるのですか?それに、その方も危うい状況のようだ。何かあったのですか?」
院長がその方と言った視線の先には、フィンがいた。
いや、フィンの目の前にあるものだった。
それが人だったのかと驚く。
よく見れば大人が寝ている姿にも見えるが、全身が真っ黒で、人とは思わなかった。
「ヴィル。まさかあれって…」
俺のそばに戻ってきていたラインハルトがそっと呟いた。
ラインハルトの言葉の続きが、俺の頭の中にもよぎる。
フィンが放心している状態を見れば、あれが近しい者であることが予想されるが、それがトリスタンだなどと、思いたくはなかった。
「あなたには関係のないことだ。今は取り込み中ですので、本日はお引き取り願いたい。父親が元気になれば、その子に会いに行くよう伝えます。転院先をまた私宛に報告しておいてください」
ルッツはそう言ってフィンの元へ戻ろうとしたが、それを院長が呼び止める。
「お待ちください。私は多少、治療の心得があります。お役に立てるかもしれません」
あの状態を助けることができるのかと、期待を通り越して、院長に疑惑の念を抱く。
多少の心得で治るように見えない。
ルッツも同じように感じるだろうと思ったのだが、フィンの方を見て少し考えたルッツは、その言葉を信じたのか『では診ていただけますか』と院長が近寄る許可を出した。
周りにいる大人たちは、そんなフィンを悲痛な顔で眺めているだけだ。
誰一人として動こうとせず、喋ろうともしない緊迫した空間に、どう介入していいか分からなかった。
いったい何があったんだ。
「あれは何でしょう?」
横にいた少女の発した声が大きく響き、フィンを取り囲んでいた大人たちが一斉にこちらに視線を向けた。
その中にいたルッツが俺の姿を見て眉を顰め、隣にいる少女を認識した瞬間、こちらへ凍えるような眼差しを寄越し近づいて来た。
「ヴィルヘルム殿下。何故ここにおられるのですか?他人の家へ勝手に侵入するなど、感心しませんな」
「仕方なかろう。呼んでも誰も出てこなかったんだ」
正面玄関で呼びかけても応答がなく、屋敷からは人の気配がしない。
そのまま引き返すわけにもいかず、誰かいないかと、屋敷の敷地内を探していたのだ。
庭に少し入ったことくらい、大目に見て欲しい。
そう言おうとしたら、一緒に来ていたラインハルトが、俺を庇うように一歩前に出て頭を下げた。
「申し訳ございません。急を要したものですから。実は、」
「父さまが危篤だって聞きましたの!」
俺の隣にいた少女が、ルッツとラインハルトの会話に割り込んだ。
ラインハルトが驚いたようにこちらを振り返ったが、ルッツはその少女に視線を向けることなく、そのままラインハルトに問いかける。
少女と話をする気はないようだ。
「それで?」
「えっ?あ、はい。本日、殿下と共に孤児院へ訪問した際に、こちらの院長からこの子の父親が危篤だと聞かされまして。最後に一目会わせてあげたいと言われ、こちらに訪問予定があった私たちと一緒に来ることになったんです」
こちらのと言われ、少女のそばに寄り添うように立っていた院長が一礼し、少女の背中をそっと押して前に出してやる。
ルッツに無視された形になった少女は、むっつりとした顔をしていた。
その反応を見て、やはりお茶会の時は猫を被っていたのだな、と俺は思った。
「宰相様。お久しぶりでございます。バルバラは、遠い場所にある孤児院へ明日転院予定なのです。せめて最後に、本当の父親に会えるなら会わせてやりたいと、ヴィルヘルム殿下へ無理なお願いをしました。危篤と聞いておりましたので、一分一秒を争う事態だと判断し、押しかけてしまいましたこと、お詫び申し上げます」
爵位剥奪の上、当主が牢屋にいれられたバルバラの一家は平民となり離散。二年前に母親を亡くしているバルバラは引き取り手もなく、孤児院行きとなった。
俺は、さりげなく院長を探るように見る。
ルッツが宰相として孤児院を訪問することはあるので、顔見知りであれば院長であることは確かなのだろう。
しかし、孤児院で預かっている多数の子どもの中の一人に対して、こんな親身に対応するものだろうか。
肉親の危篤という稀な事情のため判断しづらく、移動手段がないというので連れて来たが、この判断は正しかったのだろうかと、不安が増していく。
この院長に声をかけられた時は、正気を疑った。
王族の俺の馬車に同乗したいなどと、よく口にしたものだと思ったし、『フィンの実父が危篤』という情報を得るのが早過ぎる点も引っ掛かった。
ルッツが、血の分けた子どもだからと知らせたならば、移動手段も同時に用意したはずだ。
だから、それ以外のルートからそのことを知ったことは明らかだった。
もともと、トリスタンを探し回っているゴットフリートが心配であり、手伝うために俺はラインハルトとこの場所を訪れる予定ではあった。
その前に孤児院に寄ったのは、トリスタンの行方の手掛かりを知っているか、バルバラに話を聞く為だ。
この少女がただの被害者なのか、諸悪の根源なのか、まだ判断しかねている。
確固たる証拠を掴めないまま、今日まできてしまった。
だから、真意を探るために話に乗ったのだが、失敗だったかもしれないと今では思う。
こんな形で兄妹が再会してしまったことがどう転ぶのか。
父親の危篤を知り、フィンが帰国してこの場にいる。
少し考えれば分かったことだ。
そのフィンが放心したように座り込んでしまっており、俺が現れたというのに、こちらを一度も見ない。
フィン。こっちを見ろ。
こちらを見たならば、何があったんだと、すぐに駆け寄って抱き締めてやれるのに。
今は、状況がそれを許さなかった。
下手に動くことができないことが、歯痒い。
「シュスター院長。個人一人に肩入れするなど、あなたらしくもない。しかもここまで付き添うなど。孤児院は、あなたがいなければ回らないはずた。他の子たちはどうしたのですか?まさか放ってきたとは言いませんよね?それは余りにも無責任過ぎる」
ルッツの言葉を聞いても、院長は微笑みを浮かべたままだ。
「そちらのことは大丈夫です。心配いりませんよ。それより、バルバラに父親に会わせてやりたいのですが、今はどちらに?」
「ここにはもういません。容態は持ち直したので、安心していただいて結構です」
その言葉に、院長の頬が微かに引き攣ったような気がした。
「それは良かったです。ねぇ?バルバラ」
「えっ?えぇ、そうですわね」
バルバラも一瞬、戸惑ったような顔をした後に、慌てて頷いた。
そこには嬉しさの欠片も見当たらなかった。
普通は助かったなら安心して喜ぶものだろう。
やはり目的は別にあるのだ。
「しかし、それならば何故、宰相様はここにまだおられるのですか?それに、その方も危うい状況のようだ。何かあったのですか?」
院長がその方と言った視線の先には、フィンがいた。
いや、フィンの目の前にあるものだった。
それが人だったのかと驚く。
よく見れば大人が寝ている姿にも見えるが、全身が真っ黒で、人とは思わなかった。
「ヴィル。まさかあれって…」
俺のそばに戻ってきていたラインハルトがそっと呟いた。
ラインハルトの言葉の続きが、俺の頭の中にもよぎる。
フィンが放心している状態を見れば、あれが近しい者であることが予想されるが、それがトリスタンだなどと、思いたくはなかった。
「あなたには関係のないことだ。今は取り込み中ですので、本日はお引き取り願いたい。父親が元気になれば、その子に会いに行くよう伝えます。転院先をまた私宛に報告しておいてください」
ルッツはそう言ってフィンの元へ戻ろうとしたが、それを院長が呼び止める。
「お待ちください。私は多少、治療の心得があります。お役に立てるかもしれません」
あの状態を助けることができるのかと、期待を通り越して、院長に疑惑の念を抱く。
多少の心得で治るように見えない。
ルッツも同じように感じるだろうと思ったのだが、フィンの方を見て少し考えたルッツは、その言葉を信じたのか『では診ていただけますか』と院長が近寄る許可を出した。
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