上 下
62 / 116
第二章

97話 被害者

しおりを挟む
 俺は、みんなに心配された。
 魔力を使い果たしてヘロヘロだからだ。
 けれど、淫魔と黒い生き物に助力を求めるなら、俺がその場にいないわけにはいかない。

「フィン。無理をしては駄目ですよ。歩けなくなったら、ディルクに運んでもらいなさい」

 ルーちゃんは、今から治癒魔法を使って父さまを治療してくれるらしく、こちらのことは心配しなくていいと言った。
 体から呪いが消えたので、治癒魔法は効果があるはずだ。
 一気には治せないが、安心できる状態まで治癒してくれると、ルーちゃんは約束してくれた。
 母上とお祖父様も父さまに付き添ってくれるそうで、呪いの根源を移された人の救出には、ベルちゃんとディルちゃんが俺と一緒に行ってくれることになった。

 部屋を出たところで、ちょうど戻ってきた父上と出くわす。
 その後ろには、エリクとゴットフリートがいて、俺は驚いた。

「えっ?何でゴットがいるの?」
「フィン…」

 ゴットフリートは、俺の名前を呼ぶと、くしゃりと顔を歪めた。
 よく見ると、目の下には隈ができており、憔悴したような顔つきになっている。
 エリクの方を見ても、同じような顔になっており、二人の様子に、何かよくないことがあったのではないかと思った。
 父上は、父さまの呪いが解けたというのに、まだ厳しい顔をしていた。
 感情を押し殺したような、そんな表情だった。

「フィン。呪いの根源を移された人を助けに行く前に、伝えなければならないことがある」
「父上?」

 その言葉に、どくりと心臓が嫌な音を立てた。
 後ろの二人が憔悴していることと、何か関係があるのだろうか。
 不思議な組み合わせだと思った。
 だって、エリクの横にはいつも、もう一人の俺の従者がいて…

「トリスタンは?」

 俺は、少しでも嫌な予感を払拭したくて、その名を口にした。
 エリクの瞳が伏せられる。

「ねぇ、父上!トリスタンは?トリスタンはどこにいるの?」

 俺は、父上の体を掴んで揺すった。

「フィン。すまない。留学先にいるお前に心配かけまいと、伝えていなかった。トリスタンは、私が頼んだ仕事をする為に屋敷から出かけた後、帰ってきておらず、行方が分からないんだ」

 行方が分からない。
 その言葉に、俺は、自分の体から血の気が引いていくを感じた。

「いつから、なの?」
「今から約二ヶ月前だ」
「っ!!」

 そんなに前から、と俺は言葉が出ない。
 父上が、今、このタイミングでその言葉を言った意味を考え、足がガクガクと震え出し、立っていられなくなった。

「フィン!」

 後ろにいたディルちゃんが、手を伸ばし、支えてくれる。
 父上は、真っ青になった俺を見ても、言葉を止めなかった。

「先程、フィンと悪魔が話している内容を聞いてから、ずっと考えていた。アルベルトを呪った人物は、いったい誰を身代わりに立てたのだろうかと。私たちと全く関係のない人物の可能性もある。だが…」

 父上は、そこで一旦言葉を切り、ぐっと拳を握りしめた後、力強い視線で俺を見つめた。

「フィン。その身代わりにされた人が誰であろうとも、心を強く持ち、必ず助けてやって欲しい。まだ間に合うんだろう?」

 その言葉に、はっとし、俺は淫魔を振り返った。
 俺の視線を受け、淫魔は片眉をひょいっと上げると『まだ死んでないよ』と言った。

「まぁ、行方不明で君の知り合いなら、十中八九その人で間違いないと思うよ」
「なっ、なんで?」

 何故、身代わりにされた人が、トリスタンだと言い切れるのか。
 狼狽する俺に、淫魔は近づいてくると、とんっと俺の胸に指を当てて、言った。

「だって、君と同じ魔力の気配がしたもの」



 淫魔が案内したのは、屋敷の庭にある大きな木のある場所だった。
 魔笛と遭遇した時と同じように、邪気がその木から溢れ出ているのが分かる。
 明らかに木の色が変色し、葉もどす黒く染まっているのに、どうして今まで誰も気づかなかったのだろうかと不思議だったが、それには訳があった。

「さっき、君のばあちゃんと戦った時、この場所に僕の攻撃が少し当たったんだよね」

 淫魔の攻撃で、この木を覆っていた魔法が破壊された。

「目眩し系の魔法だね。いきなり庭に邪気たっぷりの木が現れて、驚いたもんさ」

 ベルちゃんは、この木が突然現れて、戦っている場合ではないと、淫魔に休戦を申し入れたそうだ。
 その時には、まさかこの中に人が閉じ込められているとは思いもしなかった、と言っていた。
 俺は、邪気まみれの木を見上げる。
 木の幹が異様に盛り上がっている箇所があった。
 多分、そこにいるのだろう。
 早く助けなければと思うのだが、トリスタンがどんな姿で出てくるのだろうかと思うと、そのことを知るのが怖くて体が竦んでしまう。
 震え出した俺の手を、誰かが、ぎゅっと握ってくれた。
 ゴットフリートだ。
 
「絶対に助けようぜ」

 いなくなったトリスタンを、ゴットフリートも一生懸命探してくれたそうだ。
 時間がないので簡潔にと、移動しながらエリクとゴットフリートが、俺がいない間にあった出来事を教えてくれた。

 俺がこの家を呪い続けているという噂があったこと。
 その真相を探る為に、トリスタンが調べに行ったこと。
 連絡が取れなくなり、トリスタンが行方不明だと分かって、みんなで探し回ったこと。
 
『この屋敷には、昨日まで辿り着くことができなかったんです』

 エリクは、悔しそうにそう言った。
 道は間違っていないはずなのに、見当たらない。
 何度も来たことがある父上が不審に思い、上級魔法士に依頼して調べてもらった結果、この屋敷にも、この木と同様に目眩しの魔法がかけられていたことが分かった。
 魔法を解除し、やっと昨日この屋敷に訪れることができたと思ったら、今度は父さまが命の危機にあった。
 父上は父さまの対応に追われ、ゴットフリートとエリクは、やっと姿を現したこの屋敷の中や周辺を、トリスタンがいないか探し回っていたそうだ。
 ゴットフリートは、自分が噂話をトリスタンに教えなければ、こんなことにはならなかったんじゃないかと、俺に謝罪してきた。

『そんなの、ゴットのせいじゃないよ』

 俺はそう言ったが、それでも、キッカケを作ったのは自分だと、とても落ち込んでいた。
 トリスタンは俺の従者だけど、いなくなっていたことを先程知った俺より、どこにいるか分からず探し回っていたゴットフリートやエリクたちの方が、何倍も辛くて、しんどかったに違いない。
 俺は、ぎゅっとゴットフリートの手を握り返した。

「うん。絶対に」

 俺は、覚悟を決めると、淫魔へと合図を送った。
しおりを挟む
感想 131

あなたにおすすめの小説

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

転生したら幼女でした!? 神様~、聞いてないよ~!

饕餮
ファンタジー
  書籍化決定!   2024/08/中旬ごろの出荷となります!   Web版と書籍版では一部の設定を追加しました! 今井 優希(いまい ゆき)、享年三十五歳。暴走車から母子をかばって轢かれ、あえなく死亡。 救った母親は数年後に人類にとってとても役立つ発明をし、その子がさらにそれを発展させる、人類にとって宝になる人物たちだった。彼らを助けた功績で生き返らせるか異世界に転生させてくれるという女神。 一旦このまま成仏したいと願うものの女神から誘いを受け、その女神が管理する異世界へ転生することに。 そして女神からその世界で生き残るための魔法をもらい、その世界に降り立つ。 だが。 「ようじらなんて、きいてにゃいでしゅよーーー!」 森の中に虚しく響く優希の声に、誰も答える者はいない。 ステラと名前を変え、女神から遣わされた魔物であるティーガー(虎)に気に入られて護られ、冒険者に気に入られ、辿り着いた村の人々に見守られながらもいろいろとやらかす話である。 ★主人公は口が悪いです。 ★不定期更新です。 ★ツギクル、カクヨムでも投稿を始めました。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

記憶喪失の転生幼女、ギルドで保護されたら最強冒険者に溺愛される

マー子
ファンタジー
ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。 そこで木の影で眠る幼女を見つけた。 自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。 実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。 ・初のファンタジー物です ・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います ・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯ どうか温かく見守ってください♪ ☆感謝☆ HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯ そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。 本当にありがとうございます!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。