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第二章

93話 悪魔の見解

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 皆がいる部屋に入ると、全員が壁際に立って臨戦態勢のように構え、こちらを睨んでいた。
 いつの間にか、母上のラーラと祖父のダニエルもいる。父さまが危篤だと知り、二人も駆けつけたようだ。
 母上は、父上やベルちゃんたちの後ろに庇われており、さながらヒロインのようだった。
 じゃあ、俺は悪役のボス登場ってとこか。
 俺の首に腕を巻きつけたまま宙に浮いている淫魔が、揶揄うように煽るようなことを言った。

「ねぇ、あれは殺していいやつ?」

 ピシッ、と部屋の空気が凍った。
 俺は、きっぱりと否定する。

「ダメなやつです」
「ちぇ、ケチだな」

 淫魔は唇を尖らせて、俺の頭に頬をグリグリと擦り付けてきた。
 最初から気になっていたが、スキンシップが激しいな。

「僕はケチケチなんです。覚えておいてください」
「やだ」
「もう。我儘なんだから」
「ふふっ。僕のチャームポイントだよ~」

 長所だと思ってるってことか。
 ポジティブだな。
 俺と淫魔がフランクな会話をしたことで、みんなの緊張が少し解けたようだ。
 代表するように、ベルちゃんが俺に問いかけてくる。

「フィン。あんたが召喚したのって」

 俺はコクリと頷いた。

「この方です。一応、今回のみ協力してくれることになりました。その報告と、今から父さまの部屋に向かっていいか、聞きに来ました」

 ベルちゃんは険しい顔をしたままだ。
 魔力のオーラが見えるから、この淫魔の魔力の度合いも見えているはずだ。
 いつもの飄々とした顔ではなくなってしまっているので、きっとヤバい感じなのだろう。
 俺には、この淫魔の強さはよく分からなかった。
 隠されているような、そんな感じだ。

「ディルクさんは?一緒にいたんじゃなかったか?」

 父上は、召喚に立ち会ったディルちゃんが一緒にいないことに、不安を感じているようだ。

「ディルちゃんには、先に父さまの様子を見に行ってもらってます。僕も行っていいですか?」

 俺の言葉に、父上は安堵の息を吐いた。

「私も行こう」
「私も行くよ」

 そう言われたので、父上とベルちゃんと共に、父さまが寝かされている部屋へと向かう。
 部屋に近づくにつれ、淫魔だけ呻き出した。

「うっ!くっさ~!」

 臭いと言い出したので、スンスンと周りを嗅いでみたが、埃っぽい臭いがしただけだった。

「何も臭わないよ?」
「ゔぇ~?ばなおがじいんじゃないど」
「父上、ベルちゃん。何か臭いますか?」

 二人も周りを嗅いでくれたが、臭わないと言う。

「悪魔だけ感じる臭いなのかな?」
「ゔゔ~。ごれ、あいづのびぼびだ」

 あいつ?
 知り合いの臭いということだろうか。
 淫魔を見上げると、すごいグロッキーな顔をしていた。
 俺はポケットからハンカチを取り出すと、淫魔に渡す。

「これで鼻を押さえたら少しはマシかな?」
「クンクンクン。うん!このハンカチ、君の良い匂いがする!」

 そう言うと、淫魔はハンカチでマスクのように鼻を覆った後、仕上げとばかりに俺の髪に顔を埋めて、ふんふん匂いを嗅ぎ出した。
 犬か。
 頭皮の匂いを嗅がれるのって、恥ずかしいな。
 汗臭かったらどうしようとか思ってしまう。
 目的の部屋に到着すると、ルーちゃんとディルちゃんが振り返った。

「ルーちゃん。父さまの具合どう?」

 ルーちゃんは一瞬、俺にへばりついている淫魔を物言いたげに見た後『危ない状態が続いていますね』と普通に答えてくれた。
 触れないでおこうと、本能的に察知したようだ。
 ディルちゃんに視線を向けると、俺の言いたいことが分かったようで、ルーちゃんを促し場所を譲ってくれた。
 俺は淫魔を連れて、父さまのベッドまで近づく。

「この呪いなんだけど、吸い取ることできる?」
「んん~~?」

 淫魔は目を細めて、嫌そうに父さまを見下ろした。

「死にかけじゃん」
「だから死なせたくないんです」
「不味そうな肉だね」
「肉体は食べないでください」
「むむぅ~~」

 淫魔は唸りつつも、じっくりと父さまの体を眺め、何かを見つけたような顔をした後、窓の向こうに視線を向けた。

「あっちに何かあるの?」

 同じように窓の外に視線をやったが、荒れた庭が見えただけだった。
 淫魔はもう一度父さまの体に視線を戻すと、再び『臭い』と言った。

「この人間から臭う」
「父さまから?もしかして、呪いの臭いなのかな?」
「いや。正確には、呪いに使われてる魔力の臭いだね。その持ち主に力を貸してる奴の臭いが、たっぷり染み付いてる感じかな」
「すごい!そんなこと分かるんだ!」

 少し見ただけでそこまで分かるなんて、さすが悪魔だと感心する。
 力を貸してる奴がいるのか。
 淫魔はの臭いだと言っていたな。
 淫魔の知り合いなら、悪魔の可能性が高い。

「さっき、あいつの臭いって言ってたよね。君の知り合いなのかな?邪魔したら不味い?」
「知り合い~?あんな汚物と知り合いなわけないじゃん!」

 汚物って。
 臭いからか?

「じゃあ、知らない奴でいいから。解呪したら問題ある?」
「ふん!問題なんてあるわけないよ!むしろ、跳ね返してやりたいくらいさ!あいつには昔、獲物を横取りされたことがあるんだよね!」

 ぷんぷん怒っている淫魔は、ガブガブとハンカチ越しに俺の頭を甘噛みし始めた。
 牙が当たって痛い。
 俺の頭でストレス発散しないで。

「跳ね返すことなんてできるの?」
「知らない?呪い返しってやつだよ。ただ、今回の場合は届かないから、やるだけ無駄だね。忌々しい奴!」

 呪い返しか。
 聞いたことあるな。
 文字通り術者にそのまま呪いを返す方法だったと思うが、届かないとはどういう意味だろう。

「遠くにいるとか、距離的な問題で届かないの?」
「ぶっぶー!不正解!」

 違うらしい。
 距離は関係ないってことか。

「術者には跳ね返るけど、力を貸してるだけの奴には届かないってこと?」
「それは、呪いをかけている人間に、あいつがどんな形で力を貸しているのかにもよるね」

 その人間に憑依して力を貸しているなら、そいつにもダメージがあるそうだ。
 ちなみに、力を貸している人間の邪魔ができれば、それはそれで気分的にスッキリするので、そこは問題ではないらしい。

「ん~、君にはちょっと難しいかな?正解はね、違う奴に跳ね返るよう細工されてるから、術者には返らないってことだよ」
「違う奴に跳ね返るだって!?」
「そうだよ~。人間もずる賢い奴がいたもんだね。でもでも!僕にはそんなもの、あっさりまるるんっとお見通しさ!」

 ビシィっと父さまを指差して、淫魔は自慢げに言った。
 呪いの根源が他者に移っており、呪い返しを行えば、そちらに跳ね返るそうだ。
 要するに、身代わりを立てられている状態に近い。

「何で、そんなことを」
「そりゃあ、自分がやりましたって証拠を残さない為でしょ。あと、この呪いは本来は軽いものだね。命を落とすほどの力はないはずだ。少し体調を崩し、憂鬱だなって気分になるくらいじゃない?だけど、それが何重にもかかってる」

 ベルちゃんも、何度も重ねがけされたような執念深さを感じると言っていた。

「君はこの呪い、何回くらいかけられてると思う?」

 淫魔は楽しそうな顔で、俺に問いかける。
 呪うには魔力が必要だし、失敗すれば術者に跳ね返ってくる。
 軽い呪いとはいえ、そんな簡単に行えるものではないはずだ。
 
「十回くらい、かな?」
「ふふっ。僕の見立てでは、百回以上だよ」
「百回以上だって!?」

 俺が驚愕したのを見て、淫魔は嬉しそうに破顔した。

「や~ん。君ってば、反応良すぎ!かーわーいーいー♡」

 淫魔は、俺の頬に自分の頬をすりすり擦り付けて、悶え始めた。
 俺は好きにさせたまま、更に質問を続ける。

「そんな何度も呪うことなんて、できるものなの?」
「できるよー。本当は、人間が何度も連続で呪うのは無理に近いけどね。軽い呪いなら、さっき言ったみたいに他者に根源を移して、何度も繰り返すような術を施せば、自動呪い装置の完成さ!軽くても、それを何度も重ねるようにかけていけば、こんな風に根深い呪いになる」

 その方法を人間が知っているとは思えないので、力を貸している奴の入れ知恵だろうと、淫魔は言った。
 他者に根源を移して、繰り返させる。
 それはつまり、その他者に無理やり呪いの実行を強要させているということだろうか。
 俺は想像して、血の気が引いた。

「そんなの…その根源を移されてる人の体はどうなるの?死んじゃうんじゃない?」
「まぁ身が持たないよね。この人が死んだすぐ後くらいに、死ぬんじゃない?」

 あっさりと淫魔はそう言った。

「そんなの駄目だよ!早く助けなきゃ!」
「どうして?」

 淫魔は不思議そうに言った。

「だいたい、君、そんなことしてる場合じゃないでしょ?こうやってのんびり話してる間にも、この人死ぬかもよ?それに、この人を助ける約束はしたけど、それ以外の奴を助ける手伝いは、僕しないからね。面倒臭いもん」

 あぁ、悪魔らしい考え方だな、と俺は思った。
 ここまで種明かしをしておきながら、関係ない人間が犠牲になっている状況を見過ごせと言う。
 もし、父さまと同じような状態であれば、この淫魔の協力なしに助けるのは、きっと不可能に近い。
 わざとだ。
 わざと、俺に状況を教えて、他者を切り捨てろと苦渋の選択を迫ってくる。
 そんなことできない。
 父さまは父上に見つけてもらえたが、その人は誰にも知られず、同じように苦しんで、ひっそりと死んでしまうかもしれない。
 そんなの可哀想だ。
 助けてあげたい。
 でも、淫魔の言う通り、俺は父さまを助けることを最優先しなければならない。
 淫魔は、俺の絶望に近いような表情を、じっくりと堪能するように見ていた。
 淫魔は面倒臭いと言ったが、本当はどちらでもいいのだろう。
 俺が切り捨てる選択をすれば『薄情だなぁ』と笑って、俺が良心の呵責に苛まれている姿を楽しむ。
 その人も助けたいと頼み込めば、新たな見返りを求めてきて、俺を搾取するつもりなのだ。
 どうすればいい?
 どうすれば…
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