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第二章

86話 未解決

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「いやー、先日の殿下は迫力あり過ぎだったな」

 オスカーは、口ではそう言いつつも笑っている。
 面白いものが見れたとでも思っているのだろうと、ラインハルトは呆れた眼差しを送った。
 どんなことにも動じなく、楽しむ癖があり、フットワークが軽いオスカーとラインハルトは友達だった。

「無事に終わって良かったよ」

 そう言って胸を撫で下ろしたのはアルフレートだ。
 こちらは、オスカーのような余裕もなく、場違いな場所に参加させられ、第二王子が喋っている間は、ずっと頬が引き攣っていた。
 噂話があることをゴットフリートに教えたのは自分だが、友達がその話を聞いて、実際に第二王子と共に犯人探しに奔走していることなど、全く知らなかった。
 ゴットフリートは余計なことは言わない。
 すべて確定してから『犯人を追い詰めるから、協力して欲しい』と言われた。
 友達の頼みだから断りはしないが、心臓に悪いと、アルフレートは内心で涙を流す。
 オスカーとアルフレートには、先日開催されたカタリーナのお茶会に、第三者的な立ち位置として、参加してもらっていた。
 どんな話の流れになるか分からないし、援護射撃が必要な場合、こちらの意見に賛同したり、話の流れを変えたい場合に発言して欲しいなど、様々な思惑を含んで投入された二人だ。

「あの場では上手くいったが、問題はまだ解決してないぜ」

 アルフレートの言葉に、ゴットフリートは不快そうに鼻を鳴らす。
 お茶会では、第二王子の護衛として丁寧な言葉で流暢に話していたゴットフリートの姿に、オスカーは笑いを堪えるのに必死で、アルフレートは自分の目と耳を疑っていた。

『そっくりさんの別人かと思ったぞ』

 アルフレートの素直な感想に、ラインハルトは吹き出し、ゴットフリートは自分にだって演技くらいはできると不貞腐れた。

「その通りだな。結局、あの子は一度否定したきり、泣いているばかりで何も話さなかった」

 バルバラのことを思い出し、ラインハルトは悔しそうに顔を顰め、オスカーもその言葉に頷いた。
 アルフレートだけ、戸惑ったように三人の顔を見回す。

「えっ?あの子は言ってないって。それに、義理の姉や兄に利用されていただけじゃないのか?」

 何て純粋な感想なのだと、三人は騙されやすそうなアルフレートを見る。

「嘘かもしれないだろ?第二王子がいる前で『自分が言いました』なんて、普通は正直に認められないと思うぜ」

 オスカーは、自分だったらシラを切り通すと思う、と言った。

「本当に言ってなかったのだとしたら、あの時に何度も主張すべきだ。そうしないと自分一人が悪者にされてしまう。それなのに、口をつぐんで黙り込んだということは、後ろめたいことがあったんだろ」

 ラインハルトの言葉に、王族の前で自分の意見をはっきり主張できる人など少ないのではないか、とアルフレートは思った。

「『前の家で兄に虐められていた』と不幸な身の上話を実際に言っていたとしても、その内容が既に嘘でもあるし、タチが悪いよな」
「でもまぁ、新しい家で上手くやっていく為に同情を引くような話をするのは、一種の手段でもある。身内だけの話で終わらせておけば良かったのにな」

 ゴットフリートは忌々しそうに吐き捨て、オスカーは運が悪かったとばかりに肩を竦めた。
 宰相の息子の話をゴットフリートから聞いたことがあるアルフレートも、優しそうな人物だと思っているので、変な噂が流れてるなと思っただけで、信じてはいなかった。
 けれど、実際に本人に会ったことがないので何とも言いようがなく、一つの疑問が湧き上がる。

「バルバラって子とお兄さんは、本当はどんな関係だったんだろうな?」

 泣き続けていた儚げだった少女。
 宰相の息子が本当に虐めていたとは思えないが、あの少女の口から、兄を庇うような言葉もなかったことに、アルフレートは気づく。
 仲は良くなかったのかもしれないな、とアルフレートが思った時、ラインハルトが突然よく分からない話を振ってきた。

「話は変わるが、アルフレート。お前、俺と三歳くらいの頃、よく一緒に遊んでいたことを覚えているか?」
「えっ?」
「ほら、お前の家の近くにある広場でよく追いかけっこしただろ」
「えっ??」

 全く身に覚えがないアルフレートは、その言葉にぎょっとした。
 確かに自分の家の近くには、噴水が設置されている広場があり、幼い子どもたちの遊び場となっていた。
 双子とは、学園に入学して初めて顔を合わせたと思っていたが、まさか幼い頃に出会っていただと?とアルフレートは混乱する。
 しかも、仲良くなったゴットフリートではなく、ラインハルトと遊んだことがあったなんて。
 アルフレートは、頭をフル回転して思い出そうとしたが、ポンコツな脳には記憶の欠片も残っていなさそうだった。

「ごめん。覚えてない」
「そうなのか?全く?」
「あぁ、全く。それ本当に俺なのかな?人違いとかでは?」
「いや、アルフレートで間違いないよ。再会した時、初めましてと言われて俺は密かにショックを受けていた。言っても思い出せないとは…非常に残念だ」
「うっ!ご、ごめん!でも、ほら。三歳の時の記憶なんて、ほぼ残ってないし!ラインハルトの記憶力がすごいって言うかさ!」

 アルフレートの焦った言葉を聞いて、ラインハルトは気落ちした表情から一転、ニヤリと笑った。

「だろ?」
「えっ?」
「三歳の時の記憶なんて、普通ないだろ?」
「あ、うん??」

 ハテナマークを頭の上に浮かび上がらせているアルフレートに、オスカーは笑いながらラインハルトの言いたいことを補足する。

「バルバラって子が三歳の時に、兄は宰相様の家に養子に出されてるんだよ。三歳と五歳だ。兄の方は記憶が残っているかもしれないが、妹の方は覚えてないだろってことさ」

 つまり、兄との関係性を妹は覚えているはずがなく、そのことに対して何か言った場合は、他人から聞いた話か、もしくは嘘である可能性が高いということだ。
 だから、バルバラに聞いたところで、本当のことは分からない。

「あっ…なるほど。じゃあ、今のも嘘?」

 ラインハルトは笑ったまま嘘とは言ってくれなかったので、本当のことかもしれない。
 三歳の時の記憶などないという話をしていたにも関わらず、アルフレートは不安になった。
 その時、ノックの音がして、使用人が開けた扉から第二王子が入ってきた。
 オスカーとアルフレートは慌てて立ち上がったが、双子はのんびり座ったままだ。
 それにヴィルヘルムは笑い、立たずともよいと言った。
 そんな訳にもいかず、とりあえず二人は今日の礼を口にする。

「本日は晩餐会に招待していただき、ありがとうございます」
「招待していただけましたこと、光栄に存じます」
「そんな堅苦しくせんでもよい。今日の夕食は先日の礼だ。ご苦労であったな、二人とも。それと、今日は同席する子どもたちがいる。紹介しよう。入って来なさい」

 ヴィルヘルムに呼ばれ、開いた扉から現れたのは、三人の子どもたちだった。

「お初にお目にかかります。レオン・ローゼシュバルツでございます」
「ラルフ・ローゼシュバルツでございます」
「シャルロッテ・ローゼシュバルツでございます」

 オスカーとアルフレートも、小さな子どもたちへ自己紹介する。
 男の子二人に女の子が一人。
 男の子は双子だった。
 家名を聞いて、アルフレートは冷や汗が流れ出てきた。
 今日の夕食は褒美ではなく、むしろ修行の一種ではないかと、緊張が高まっていく。
 反対に、オスカーは子どもたちの名前を聞いて、顔を輝かせた。

「ローゼシュバルツってことは、もしかして?」
「あぁ。フィンの弟と妹だ」

 やっぱり、と思ったのと、兄はフィンって名前だったのかと、一人だけ今更な情報を得たアルフレートであった。
 子どもたちは第二王子に慣れているのか緊張した様子もなく、まずはゴットフリートを見てレオンとラルフが突進して行った。

「ゴットフリート!今度は僕たちの兄さまが勝つんだからな!」
「次は絶対負けないもんね!」
「いいぜ。また勝負してやるよ」

 むう、と膨れるレオンとラルフに楽しそうにゴットフリートは返す。

「その時は私も絶対見学するわ!ねっ?殿下!」
「そうだな。だが、次はラインハルトがフィンと勝負してもいいんじゃないか?」
「いいぞ。俺もフィンとは一度手合わせしたいと思っていたんだ」

 その親しげな様子を見て、オスカーとアルフレートは、フィンの弟妹たちとこの三人は良好な関係を築いているのだな、と理解した。
 そして、その中心にいるフィンがとても慕われていることが、この少しの会話だけでよく分かった。
 今日この場にいて、その輪の中に少し加わらせてもらえたことを嬉しく思いつつも、やはりフィン本人に、一度は会ってみたいなと思う二人であった。

 
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