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第二章
89話 危篤
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『アルベルトが危篤だ』
危篤とは、死にかけだということだ。
同じ部屋にいた先生やルーちゃんを見ると、痛ましそうな顔で俺を見ていた。
俺がショックを受けていると思っているのだろう。
ベルちゃんも、何も言わない俺を心配そうに見ている。
正直に言えば、俺は非常に戸惑っていた。
緊迫した雰囲気で、こんなことを聞くのは大変申し訳ないのだが、聞かないことには言われた意味を理解できず、勇気を出して俺は口を開いた。
「あのね、ベルちゃん。一つ聞いてもいい?」
「何だい?」
「アルベルトって、誰?」
三人が俺の言葉に驚愕した。
何故そんなに驚くのか、俺にはよく分からない。
知り合いにアルベルトなんて名前の人がいただろうかと俺は記憶を探ってみたが、思い出せなかった。
「イザベル殿。もしかしてフィンは名前を知らないのではないか?五歳の時に会ったのが最後なのだろう?」
先生がベルちゃんにかけた言葉で、俺はその人物が誰なのか何となく分かった。
「…もしかして、僕の父さま?」
養父のルッツではなく、血の繋がった実父の方だ。
俺の理解が追いついたのが分かり、ベルちゃんは、ほっと息を吐くと『実父の存在を記憶から抹消したのかと思った』と言った。
失礼な。
それに、忘れたくても忘れられるものでもない。
「あぁ、そうさ。アルベルトはあんたの父親の名前だ。知らなかったのかい?」
「うん。ごめんなさい。言われてもよく分からなかった」
実家にいた頃はあまり会う機会もなく、使用人は旦那様と呼んでいたし、子どもたちは父さまと呼んでいた。
誰も父さまの名前を教えてくれなかったことに、今更気づく。
ルッツとラーラは俺に気を遣ってか、あまり俺の両親の話をしなかった。
ベルちゃんは俺の頭をくしゃりと撫でると、謝らなくていいと言った。
「母親の名前は?」
「知らない、です」
「そうか…ヴェレーナという名だよ。お前を産んでくれた人の名前だから、覚えておいてやってくれ」
アルベルトとヴェレーナ。
俺の父さまと母さま。
会うと、いつも俺を辛そうに見ていた父さま。
「父さまが危篤?病気か何かだったんですか?」
「いや。私も長いこと会ってなかったから、確かなことは言えないが、病気ではないみたいなんだ。だけど、酷く衰弱しているようで、医者の話では今夜が峠だそうだよ」
つまり、今夜を乗り越えなければ死んでしまうということだ。
俺は今は異国の地にいて、普通なら今日中に帰ることなどできない。
しかし、その情報を持ってきたのは、大魔法使いのイザベルである。
ベルちゃんは静かな瞳で俺を見下ろすと、問いかけてきた。
「フィン。父親に会う気はあるかい?」
どちらでも構わない。
会わないという選択をしても、あんたを責めないよ、とベルちゃんは言った。
危篤とは、死にかけだということだ。
同じ部屋にいた先生やルーちゃんを見ると、痛ましそうな顔で俺を見ていた。
俺がショックを受けていると思っているのだろう。
ベルちゃんも、何も言わない俺を心配そうに見ている。
正直に言えば、俺は非常に戸惑っていた。
緊迫した雰囲気で、こんなことを聞くのは大変申し訳ないのだが、聞かないことには言われた意味を理解できず、勇気を出して俺は口を開いた。
「あのね、ベルちゃん。一つ聞いてもいい?」
「何だい?」
「アルベルトって、誰?」
三人が俺の言葉に驚愕した。
何故そんなに驚くのか、俺にはよく分からない。
知り合いにアルベルトなんて名前の人がいただろうかと俺は記憶を探ってみたが、思い出せなかった。
「イザベル殿。もしかしてフィンは名前を知らないのではないか?五歳の時に会ったのが最後なのだろう?」
先生がベルちゃんにかけた言葉で、俺はその人物が誰なのか何となく分かった。
「…もしかして、僕の父さま?」
養父のルッツではなく、血の繋がった実父の方だ。
俺の理解が追いついたのが分かり、ベルちゃんは、ほっと息を吐くと『実父の存在を記憶から抹消したのかと思った』と言った。
失礼な。
それに、忘れたくても忘れられるものでもない。
「あぁ、そうさ。アルベルトはあんたの父親の名前だ。知らなかったのかい?」
「うん。ごめんなさい。言われてもよく分からなかった」
実家にいた頃はあまり会う機会もなく、使用人は旦那様と呼んでいたし、子どもたちは父さまと呼んでいた。
誰も父さまの名前を教えてくれなかったことに、今更気づく。
ルッツとラーラは俺に気を遣ってか、あまり俺の両親の話をしなかった。
ベルちゃんは俺の頭をくしゃりと撫でると、謝らなくていいと言った。
「母親の名前は?」
「知らない、です」
「そうか…ヴェレーナという名だよ。お前を産んでくれた人の名前だから、覚えておいてやってくれ」
アルベルトとヴェレーナ。
俺の父さまと母さま。
会うと、いつも俺を辛そうに見ていた父さま。
「父さまが危篤?病気か何かだったんですか?」
「いや。私も長いこと会ってなかったから、確かなことは言えないが、病気ではないみたいなんだ。だけど、酷く衰弱しているようで、医者の話では今夜が峠だそうだよ」
つまり、今夜を乗り越えなければ死んでしまうということだ。
俺は今は異国の地にいて、普通なら今日中に帰ることなどできない。
しかし、その情報を持ってきたのは、大魔法使いのイザベルである。
ベルちゃんは静かな瞳で俺を見下ろすと、問いかけてきた。
「フィン。父親に会う気はあるかい?」
どちらでも構わない。
会わないという選択をしても、あんたを責めないよ、とベルちゃんは言った。
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