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第二章
84話 確かめたいこと
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使用人から女の伝言を受け取り、気になることがあったので、事実確認をする為に宰相を翌日呼び出した。一緒に連れて来られた人物は、俺の言葉を聞くなり、ふるふると全身を震わせる。
「はぁ!?私がフィン兄さまの悪口なんて言うわけないじゃない!どこのどいつよ!そんなことを言ったオバさんは!」
憤慨しているシャルロッテから視線をルッツに移すと、頭の痛そうな顔をしていた。
フィンの妹ということもあり、何度か顔を合わせており、比較的気安い仲(他の貴族と比べれば雲泥の差)ではあるが、一応、苦言を呈しておく。
「お前んとこの娘は、口が悪すぎやしないか?」
「申し訳ございません」
ルッツは俺に頭を下げた後、厳しい声で娘の名前を呼んだ。
その声音を聞き、さすがに不味いと思ったのか、シャルロッテは居住まいを正すと、きちんと謝罪してきた。
「失礼致しました。取り乱してしまい申し訳ございません。失言をお許しください。ヴィルヘルム殿下」
「許してやろう。今後は気をつけるように」
「はい。寛大な御心、感謝致します」
シャルロッテが座り直したので、俺は話を続ける。
「誤解のないように言っておくが、カタリーナがそう言ったわけではなく、貴族の娘たちが集まるお茶会で、一人の娘が話していたのを聞いたそうだ。『フィンは我儘放題で癇癪持ちな上、他人に当たり散らす人らしい』とな」
「我儘放題で癇癪持ちな上に、他人に当たり散らす?それって全部、私のことですわ!」
シャルロッテは、潔く胸に手を当てて言い切った。
ルッツは、それを堂々と自分のことだと認めた娘に、何とも言えない視線を送っている。
自分を客観的に見れるのは良いことだが、今日聞きたいのは、そんなことではない。
なので、シャルロッテの言葉を俺は無視した。
「カタリーナはフィンと面識がある。そんな嘘を信じているのかと、その時は笑い飛ばしたそうだ」
その話を使用人から聞いた瞬間、カタリーナの好感度が少し上がった。
あくまで、ほんの少しではあるが。
「だが、その娘は言ったそうだ。フィンの妹から聞いた話だから確かなのだと。妹と言えばお前しかいないだろう?ないとは思うが、念の為に確認しようと思ってな」
「確かに、フィン兄さまの妹は私しかいませんわ。父上に隠し子がいたら、また別でしょうけれど」
何てことを言うんだと、ルッツがシャルロッテを叱り始めたのを見て、説教は帰ってからにしろと、俺は二人を部屋から追い出した。
用は済んだ。
やはり、シャルロッテは白だ。
あそこの弟妹たちは、兄を自慢することはあっても、貶すことは絶対にない。
シャルロッテに会って、改めてそれを感じた。
では、一体誰が何のために、フィンの出鱈目な噂を流したのだろうと考え始めた時、ルッツが俺に話があると戻ってきた。
「やはり隠し子がいるのか?」
「ご冗談を。私の愛は、妻であるラーラに一生涯捧げておりますので。そんなことは万に一つもございません」
ルッツは、政治的手腕があり、時には非情な判断も厭わないことから、黒の宰相と呼ばれているが、仕事から離れれば愛妻家で親バカなただの一人の男だった。
「では、心当たりがあるのだな」
「はい。よもやあの子がフィンの妹だと自ら名乗り出るなどとは。何を考えているのか私には分かりかねますが、フィンにはいるんですよ。シャルロッテの他に、もう一人妹が」
もう一人妹がいる。
その意味を考えようとして、フィンが養子であることを思い出した。
「フィンは、私の妻の実弟の子どもです。フィンの母親は、フィンを産んでしばらくして、体調を崩し亡くなりました。その後、後妻を娶ったフィンの父親との間に、女児が生まれております」
「なるほど。では、そちらの妹の方か。だが、フィンの口からその妹の話が出たことはないぞ」
養子に出た後に産まれ、フィンが知らない可能性に思い至ったが、歳は二つしか離れてないという。
「フィンが我が家に来て以降、一度も交流はありませんでしたから、それも当然でしょうな」
俺は、ルッツの言葉に不自然なものを感じた。
フィンは、レオンたち弟妹を溺愛している。
養子に出されたとはいえ、実の妹に対してフィンが興味を示さないなんてことが、あるのだろうかと。
ルッツを見ると、厳しい顔をしていた。
宰相として、国王陛下の隣にいる時と同じような迫力を感じ、俺は身構えた。
「ヴィルヘルム殿下。一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「フィンのことをどう思われておりますか?」
意外な質問に、俺は目を見開いた。
直接問われたのは、これが初めてだ。
答えなど一つしかなく、俺は挑むようにルッツを見返した。
「心の底から愛している」
しばし二人で睨み合ったが、ルッツの方が先に目を逸らした。
再びこちらを向いた時には、フィンの父親として会う時のような、穏やかな顔に戻っていた。
「いつの間にか、立派な顔をなさるようになりましたね。いやはや、子どもの成長とは早いものです。フィンへ、そのような勿体ないお言葉を頂き、ありがとうございます」
「本気だぞ?」
「承知しておりますよ。ヴィルヘルム殿下がこのようなことを冗談で言うなどと思っておりません。ですが、フィンにはすでに二人も婚約者候補がおります。いかがなさるおつもりですか?」
「俺だけを選んで欲しいのが本音だが、フィンが望むのであれば、あの二人も一緒に面倒をみるつもりだ。あの双子は、俺にとっても大切な奴らだからな」
俺の言葉に、ルッツは目を丸くした後、珍しく声を上げて笑った。
何故笑われたのか分からず、俺はムッとしてルッツを睨みつける。
「ふふっ、いや失礼致しました。まさか殿下から、そのようなお言葉をお聞きするとは思わず。寛大な御心ですが、そのことを陛下はご存知なのですか?殿下は婚約者候補と交流を続けておられる。残念ですが、そのような状況では、とてもフィンを嫁がせることなどできませんよ?」
今度は意地悪な舅の顔になった。
自分でも感じている嫌なところを突かれ、俺はぎりっと歯噛みした。
「何度も言っておるのだが、聞いてもらえん!」
「そうでしょうな。陛下は一筋縄ではいきません。それを乗り越えることができれば、私も殿下をフィンの夫として認めて差し上げましょう」
「言ったな。その言葉、後悔するなよ。絶対に父上に認めさせてやる!」
二人の間で約束が交わされた。
フィンがここにいたならば『まだ僕はヴィルの気持ちに応えてないんですけど?』と戸惑い、突っ込みを入れただろうが、残念ながら不在だった。
「殿下の本気のお気持ちは、しかと受け取りました。では、殿下を信頼して、少しばかりフィンの過去をお話ししましょうか」
そして俺は聞いた。
一人の男の子の、寂しく悲しい生い立ちを。
「はぁ!?私がフィン兄さまの悪口なんて言うわけないじゃない!どこのどいつよ!そんなことを言ったオバさんは!」
憤慨しているシャルロッテから視線をルッツに移すと、頭の痛そうな顔をしていた。
フィンの妹ということもあり、何度か顔を合わせており、比較的気安い仲(他の貴族と比べれば雲泥の差)ではあるが、一応、苦言を呈しておく。
「お前んとこの娘は、口が悪すぎやしないか?」
「申し訳ございません」
ルッツは俺に頭を下げた後、厳しい声で娘の名前を呼んだ。
その声音を聞き、さすがに不味いと思ったのか、シャルロッテは居住まいを正すと、きちんと謝罪してきた。
「失礼致しました。取り乱してしまい申し訳ございません。失言をお許しください。ヴィルヘルム殿下」
「許してやろう。今後は気をつけるように」
「はい。寛大な御心、感謝致します」
シャルロッテが座り直したので、俺は話を続ける。
「誤解のないように言っておくが、カタリーナがそう言ったわけではなく、貴族の娘たちが集まるお茶会で、一人の娘が話していたのを聞いたそうだ。『フィンは我儘放題で癇癪持ちな上、他人に当たり散らす人らしい』とな」
「我儘放題で癇癪持ちな上に、他人に当たり散らす?それって全部、私のことですわ!」
シャルロッテは、潔く胸に手を当てて言い切った。
ルッツは、それを堂々と自分のことだと認めた娘に、何とも言えない視線を送っている。
自分を客観的に見れるのは良いことだが、今日聞きたいのは、そんなことではない。
なので、シャルロッテの言葉を俺は無視した。
「カタリーナはフィンと面識がある。そんな嘘を信じているのかと、その時は笑い飛ばしたそうだ」
その話を使用人から聞いた瞬間、カタリーナの好感度が少し上がった。
あくまで、ほんの少しではあるが。
「だが、その娘は言ったそうだ。フィンの妹から聞いた話だから確かなのだと。妹と言えばお前しかいないだろう?ないとは思うが、念の為に確認しようと思ってな」
「確かに、フィン兄さまの妹は私しかいませんわ。父上に隠し子がいたら、また別でしょうけれど」
何てことを言うんだと、ルッツがシャルロッテを叱り始めたのを見て、説教は帰ってからにしろと、俺は二人を部屋から追い出した。
用は済んだ。
やはり、シャルロッテは白だ。
あそこの弟妹たちは、兄を自慢することはあっても、貶すことは絶対にない。
シャルロッテに会って、改めてそれを感じた。
では、一体誰が何のために、フィンの出鱈目な噂を流したのだろうと考え始めた時、ルッツが俺に話があると戻ってきた。
「やはり隠し子がいるのか?」
「ご冗談を。私の愛は、妻であるラーラに一生涯捧げておりますので。そんなことは万に一つもございません」
ルッツは、政治的手腕があり、時には非情な判断も厭わないことから、黒の宰相と呼ばれているが、仕事から離れれば愛妻家で親バカなただの一人の男だった。
「では、心当たりがあるのだな」
「はい。よもやあの子がフィンの妹だと自ら名乗り出るなどとは。何を考えているのか私には分かりかねますが、フィンにはいるんですよ。シャルロッテの他に、もう一人妹が」
もう一人妹がいる。
その意味を考えようとして、フィンが養子であることを思い出した。
「フィンは、私の妻の実弟の子どもです。フィンの母親は、フィンを産んでしばらくして、体調を崩し亡くなりました。その後、後妻を娶ったフィンの父親との間に、女児が生まれております」
「なるほど。では、そちらの妹の方か。だが、フィンの口からその妹の話が出たことはないぞ」
養子に出た後に産まれ、フィンが知らない可能性に思い至ったが、歳は二つしか離れてないという。
「フィンが我が家に来て以降、一度も交流はありませんでしたから、それも当然でしょうな」
俺は、ルッツの言葉に不自然なものを感じた。
フィンは、レオンたち弟妹を溺愛している。
養子に出されたとはいえ、実の妹に対してフィンが興味を示さないなんてことが、あるのだろうかと。
ルッツを見ると、厳しい顔をしていた。
宰相として、国王陛下の隣にいる時と同じような迫力を感じ、俺は身構えた。
「ヴィルヘルム殿下。一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「フィンのことをどう思われておりますか?」
意外な質問に、俺は目を見開いた。
直接問われたのは、これが初めてだ。
答えなど一つしかなく、俺は挑むようにルッツを見返した。
「心の底から愛している」
しばし二人で睨み合ったが、ルッツの方が先に目を逸らした。
再びこちらを向いた時には、フィンの父親として会う時のような、穏やかな顔に戻っていた。
「いつの間にか、立派な顔をなさるようになりましたね。いやはや、子どもの成長とは早いものです。フィンへ、そのような勿体ないお言葉を頂き、ありがとうございます」
「本気だぞ?」
「承知しておりますよ。ヴィルヘルム殿下がこのようなことを冗談で言うなどと思っておりません。ですが、フィンにはすでに二人も婚約者候補がおります。いかがなさるおつもりですか?」
「俺だけを選んで欲しいのが本音だが、フィンが望むのであれば、あの二人も一緒に面倒をみるつもりだ。あの双子は、俺にとっても大切な奴らだからな」
俺の言葉に、ルッツは目を丸くした後、珍しく声を上げて笑った。
何故笑われたのか分からず、俺はムッとしてルッツを睨みつける。
「ふふっ、いや失礼致しました。まさか殿下から、そのようなお言葉をお聞きするとは思わず。寛大な御心ですが、そのことを陛下はご存知なのですか?殿下は婚約者候補と交流を続けておられる。残念ですが、そのような状況では、とてもフィンを嫁がせることなどできませんよ?」
今度は意地悪な舅の顔になった。
自分でも感じている嫌なところを突かれ、俺はぎりっと歯噛みした。
「何度も言っておるのだが、聞いてもらえん!」
「そうでしょうな。陛下は一筋縄ではいきません。それを乗り越えることができれば、私も殿下をフィンの夫として認めて差し上げましょう」
「言ったな。その言葉、後悔するなよ。絶対に父上に認めさせてやる!」
二人の間で約束が交わされた。
フィンがここにいたならば『まだ僕はヴィルの気持ちに応えてないんですけど?』と戸惑い、突っ込みを入れただろうが、残念ながら不在だった。
「殿下の本気のお気持ちは、しかと受け取りました。では、殿下を信頼して、少しばかりフィンの過去をお話ししましょうか」
そして俺は聞いた。
一人の男の子の、寂しく悲しい生い立ちを。
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