48 / 115
第二章
83話 面倒な
しおりを挟む
笑顔を向けられても、全く心に響かない。
ティーカップに口をつけながら、こんなに違うものかと、向かい側の席でお喋りを続ける女を見て、改めて思う。
婚約者候補として選ばれた相手と定期的に会うように、父上から命令された。
受ける気はないと、何度言っても聞き入れてもらえない。
会い続ければ気が変わるかもしれないとでも思っているのだろう。
舐めるなよ、と内心で悪態をつく。
顔を見ただけで、声を聞いただけで、心が弾むのはフィンだけだ。
それが変わることは、きっとこの先もない。
今年の夏に会った時も、恥ずかしそうに上目遣いで見られ、可愛くて思わず真顔になってしまった。
とうとう俺のことを好きになってくれたのかと、周りにないはずの花が舞うほど期待した。
「ヴィル。あの、僕、ラインに告白されちゃった」
幻の花が、ボトボトと落ちる音がした。
俺を、瞬時に深く落ち込ませることができるのも、フィンだけだ。
「…知ってる。ラインから聞いた」
「あ…そ、そっか」
フィンは俺の言葉に、ほっとしたように肩の力を抜いた。どう報告しようかと気を揉んでいたようだ。
以前、フィンたちが婚約者候補の契約を交わしたことを教えてもらえず、俺が拗ねてしまったことを覚えていたのか、二人とも律儀に報告してくる。
ラインハルトは返事待ちだと言っていた。
『返事を急かしたら俺は絶対フラれる。ヴィルでさえ、まだ返事をもらってないんだからな。嫌がられはしなかったし、気長に待つよ。ちなみに、ヴィルを選んでもいいから俺も選んで欲しいと言ってあるんで。お互いに選ばれたら、末永くよろしく!』
ラインハルトは堂々とそう宣言した。
フィンの一番になれなくてもいい。
二番でも三番でもいいから、もしフィンが受け入れてくれたら、そばにいさせて欲しいと、ラインハルトは俺に言ってきた。
まるで、一番はヴィルヘルムに決まってる、と思ってるような言い方だった。
ラインハルトからは、フィンが俺に惹かれてるように見えたのだろうか。
そうだったらいいな、という淡い期待を胸に抱いていたのだが、本人を目の前にし、道のりはまだまだ長そうだと肩を落とす。
「フィン。これだけは言っておく。俺はお前を諦めないし、誰かに渡すつもりもない」
フィンは俺の言葉に、ぱっと顔を赤くした。
「ラインを受け入れて、俺を断るなんて選択肢があると思うなよ?」
この曖昧な関係の終止符が別れの時などと、想像しただけで、ぞっとする。
それならばいっそ、と思う考えは、ラインハルトと同じになった。
「百歩譲って、どちらも選ぶなら許してやる。だが、俺以外の相手も選ぶ場合、あの双子までだからな。それ以外の奴は許可せん。覚えておけよ」
そう言った後、拒絶の言葉を言わさないために、可愛い唇を塞いでやった。
口付けは受け入れてくれるのだから大丈夫。
俺は自分に言い聞かせた。
あんな偉そうなことをフィンに言っておきながら、別の相手と会わなければならない状況に嫌気がさす。
フィンには、父上から無理矢理やらされているから誤解しないように、と説明はしてあった。
だが、こんな状況が続けば『やっぱり第二王子として相応しい女性と結婚した方がいいよ』などと、フィンが言い出しかねない。
それに、例え両思いになったとしても、周りがそれを許してくれなければ、フィンに辛い思いをさせてしまう。
そんなことになる前に早く父上を説得せねばと考えつつ、興味のない話に耳を傾けるのも疲れてきた。
早く終わらないだろうかと思っていたら、やっと使用人が終わりの合図を出してきた。
「ご歓談中、失礼致します。申し訳ございません。お時間でございますので、本日はここまでとさせていただきます」
使用人の言葉を聞いて、女は大袈裟に驚いたような声を出す。
「まぁ、もうそんな時間?もう少しよろしいのではなくて?」
よろしいわけないだろ。
ほとんど一人で喋っていたのにまだ喋る気かと、俺はげんなりした。
「申し訳ございません。ヴィルヘルム様はこの後、陛下とお約束がございまして」
「あら。それでは仕方ありませんわね」
女は陛下の名前を出され、ゴリ押しはできないと諦めたのか、あっさり引き下がった。
俺は椅子から立ち上がる。
「今日はありがとう。それでは」
失礼する、と続けようとした言葉は、『そういえば!』と言った女の甲高い声に遮られた。
俺が喋ってるのに不敬だぞ、とイラッとする。
「ヴィルヘルム殿下。お耳に入れたいお話があったのを忘れておりましたわ」
女の顔を見て、嘘だな、と思った。
俺が興味を持つと確信しているような、楽しげな笑みを浮かべている。
この帰り際のタイミングで切り出すつもりだったのだろう。
話に乗る気はないし、この女の顔をこれ以上見ていたら胸焼けがしそうで、俺はさっさと退散することにした。
「時間がない。後で聞くから、そこの者に伝えておいてくれ」
「宰相の御子息に関するお話なのですけれど!」
歩き出した背中に向かって、女が叫ぶように言った。
俺は思わず足を止めてしまう。
振り返ると、勝ち誇ったような女の顔があった。
「本当に聞かなくてもよろしくて?」
女は扇で口元を覆ったが、そこが弧を描いているであろうことは、見なくても分かった。
こういう勿体ぶるような、試すような行動は嫌いだ。
だから、興味があろうともないふりを貫き通す。
「聞こえなかったのか?時間がない。私の耳に入れたいと言う言葉が本当なら、そこの者に伝えろ。後で必ず聞く。言っておくが、私は嘘を吐かれることを好まん。伝言がないということは、そういうことだと受け取る。まぁ、私に対して、そんな不敬なことをする者などいないと思うがな」
伝えなければ嘘をついたと見なし、不敬な行いと判断する。
俺の言葉の意味を理解したであろう女の顔が強張った。
その顔を見て少し溜飲を下げ、今度は何を言われても振り返ることなく、俺はその場を立ち去った。
自室に戻り、どさりとソファに座り込む。
我慢のし過ぎで頭痛がしてきた。
先程のやりとりを思い出し、嘘だけでなく、あの女そのものが好きじゃない、むしろ嫌いだと苦々しい気持ちになった。
何て時間の無駄なんだ。
絶対に父上を説得して、今後一切誰とも会わんと、俺は決意した。
ティーカップに口をつけながら、こんなに違うものかと、向かい側の席でお喋りを続ける女を見て、改めて思う。
婚約者候補として選ばれた相手と定期的に会うように、父上から命令された。
受ける気はないと、何度言っても聞き入れてもらえない。
会い続ければ気が変わるかもしれないとでも思っているのだろう。
舐めるなよ、と内心で悪態をつく。
顔を見ただけで、声を聞いただけで、心が弾むのはフィンだけだ。
それが変わることは、きっとこの先もない。
今年の夏に会った時も、恥ずかしそうに上目遣いで見られ、可愛くて思わず真顔になってしまった。
とうとう俺のことを好きになってくれたのかと、周りにないはずの花が舞うほど期待した。
「ヴィル。あの、僕、ラインに告白されちゃった」
幻の花が、ボトボトと落ちる音がした。
俺を、瞬時に深く落ち込ませることができるのも、フィンだけだ。
「…知ってる。ラインから聞いた」
「あ…そ、そっか」
フィンは俺の言葉に、ほっとしたように肩の力を抜いた。どう報告しようかと気を揉んでいたようだ。
以前、フィンたちが婚約者候補の契約を交わしたことを教えてもらえず、俺が拗ねてしまったことを覚えていたのか、二人とも律儀に報告してくる。
ラインハルトは返事待ちだと言っていた。
『返事を急かしたら俺は絶対フラれる。ヴィルでさえ、まだ返事をもらってないんだからな。嫌がられはしなかったし、気長に待つよ。ちなみに、ヴィルを選んでもいいから俺も選んで欲しいと言ってあるんで。お互いに選ばれたら、末永くよろしく!』
ラインハルトは堂々とそう宣言した。
フィンの一番になれなくてもいい。
二番でも三番でもいいから、もしフィンが受け入れてくれたら、そばにいさせて欲しいと、ラインハルトは俺に言ってきた。
まるで、一番はヴィルヘルムに決まってる、と思ってるような言い方だった。
ラインハルトからは、フィンが俺に惹かれてるように見えたのだろうか。
そうだったらいいな、という淡い期待を胸に抱いていたのだが、本人を目の前にし、道のりはまだまだ長そうだと肩を落とす。
「フィン。これだけは言っておく。俺はお前を諦めないし、誰かに渡すつもりもない」
フィンは俺の言葉に、ぱっと顔を赤くした。
「ラインを受け入れて、俺を断るなんて選択肢があると思うなよ?」
この曖昧な関係の終止符が別れの時などと、想像しただけで、ぞっとする。
それならばいっそ、と思う考えは、ラインハルトと同じになった。
「百歩譲って、どちらも選ぶなら許してやる。だが、俺以外の相手も選ぶ場合、あの双子までだからな。それ以外の奴は許可せん。覚えておけよ」
そう言った後、拒絶の言葉を言わさないために、可愛い唇を塞いでやった。
口付けは受け入れてくれるのだから大丈夫。
俺は自分に言い聞かせた。
あんな偉そうなことをフィンに言っておきながら、別の相手と会わなければならない状況に嫌気がさす。
フィンには、父上から無理矢理やらされているから誤解しないように、と説明はしてあった。
だが、こんな状況が続けば『やっぱり第二王子として相応しい女性と結婚した方がいいよ』などと、フィンが言い出しかねない。
それに、例え両思いになったとしても、周りがそれを許してくれなければ、フィンに辛い思いをさせてしまう。
そんなことになる前に早く父上を説得せねばと考えつつ、興味のない話に耳を傾けるのも疲れてきた。
早く終わらないだろうかと思っていたら、やっと使用人が終わりの合図を出してきた。
「ご歓談中、失礼致します。申し訳ございません。お時間でございますので、本日はここまでとさせていただきます」
使用人の言葉を聞いて、女は大袈裟に驚いたような声を出す。
「まぁ、もうそんな時間?もう少しよろしいのではなくて?」
よろしいわけないだろ。
ほとんど一人で喋っていたのにまだ喋る気かと、俺はげんなりした。
「申し訳ございません。ヴィルヘルム様はこの後、陛下とお約束がございまして」
「あら。それでは仕方ありませんわね」
女は陛下の名前を出され、ゴリ押しはできないと諦めたのか、あっさり引き下がった。
俺は椅子から立ち上がる。
「今日はありがとう。それでは」
失礼する、と続けようとした言葉は、『そういえば!』と言った女の甲高い声に遮られた。
俺が喋ってるのに不敬だぞ、とイラッとする。
「ヴィルヘルム殿下。お耳に入れたいお話があったのを忘れておりましたわ」
女の顔を見て、嘘だな、と思った。
俺が興味を持つと確信しているような、楽しげな笑みを浮かべている。
この帰り際のタイミングで切り出すつもりだったのだろう。
話に乗る気はないし、この女の顔をこれ以上見ていたら胸焼けがしそうで、俺はさっさと退散することにした。
「時間がない。後で聞くから、そこの者に伝えておいてくれ」
「宰相の御子息に関するお話なのですけれど!」
歩き出した背中に向かって、女が叫ぶように言った。
俺は思わず足を止めてしまう。
振り返ると、勝ち誇ったような女の顔があった。
「本当に聞かなくてもよろしくて?」
女は扇で口元を覆ったが、そこが弧を描いているであろうことは、見なくても分かった。
こういう勿体ぶるような、試すような行動は嫌いだ。
だから、興味があろうともないふりを貫き通す。
「聞こえなかったのか?時間がない。私の耳に入れたいと言う言葉が本当なら、そこの者に伝えろ。後で必ず聞く。言っておくが、私は嘘を吐かれることを好まん。伝言がないということは、そういうことだと受け取る。まぁ、私に対して、そんな不敬なことをする者などいないと思うがな」
伝えなければ嘘をついたと見なし、不敬な行いと判断する。
俺の言葉の意味を理解したであろう女の顔が強張った。
その顔を見て少し溜飲を下げ、今度は何を言われても振り返ることなく、俺はその場を立ち去った。
自室に戻り、どさりとソファに座り込む。
我慢のし過ぎで頭痛がしてきた。
先程のやりとりを思い出し、嘘だけでなく、あの女そのものが好きじゃない、むしろ嫌いだと苦々しい気持ちになった。
何て時間の無駄なんだ。
絶対に父上を説得して、今後一切誰とも会わんと、俺は決意した。
応援ありがとうございます!
73
お気に入りに追加
6,898
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。