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第二章

83話 面倒な

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 笑顔を向けられても、全く心に響かない。
 ティーカップに口をつけながら、こんなに違うものかと、向かい側の席でお喋りを続ける女を見て、改めて思う。
 婚約者候補として選ばれた相手と定期的に会うように、父上から命令された。
 受ける気はないと、何度言っても聞き入れてもらえない。
 会い続ければ気が変わるかもしれないとでも思っているのだろう。
 舐めるなよ、と内心で悪態をつく。
 顔を見ただけで、声を聞いただけで、心が弾むのはフィンだけだ。
 それが変わることは、きっとこの先もない。
 今年の夏に会った時も、恥ずかしそうに上目遣いで見られ、可愛くて思わず真顔になってしまった。
 とうとう俺のことを好きになってくれたのかと、周りにないはずの花が舞うほど期待した。

「ヴィル。あの、僕、ラインに告白されちゃった」

 幻の花が、ボトボトと落ちる音がした。
 俺を、瞬時に深く落ち込ませることができるのも、フィンだけだ。

「…知ってる。ラインから聞いた」
「あ…そ、そっか」

 フィンは俺の言葉に、ほっとしたように肩の力を抜いた。どう報告しようかと気を揉んでいたようだ。
 以前、フィンたちが婚約者候補の契約を交わしたことを教えてもらえず、俺が拗ねてしまったことを覚えていたのか、二人とも律儀に報告してくる。
 ラインハルトは返事待ちだと言っていた。

『返事を急かしたら俺は絶対フラれる。ヴィルでさえ、まだ返事をもらってないんだからな。嫌がられはしなかったし、気長に待つよ。ちなみに、ヴィルを選んでもいいから俺も選んで欲しいと言ってあるんで。お互いに選ばれたら、末永くよろしく!』

 ラインハルトは堂々とそう宣言した。
 フィンの一番になれなくてもいい。
 二番でも三番でもいいから、もしフィンが受け入れてくれたら、そばにいさせて欲しいと、ラインハルトは俺に言ってきた。
 まるで、一番はヴィルヘルムに決まってる、と思ってるような言い方だった。
 ラインハルトからは、フィンが俺に惹かれてるように見えたのだろうか。
 そうだったらいいな、という淡い期待を胸に抱いていたのだが、本人を目の前にし、道のりはまだまだ長そうだと肩を落とす。

「フィン。これだけは言っておく。俺はお前を諦めないし、誰かに渡すつもりもない」

 フィンは俺の言葉に、ぱっと顔を赤くした。

「ラインを受け入れて、俺を断るなんて選択肢があると思うなよ?」

 この曖昧な関係の終止符が別れの時などと、想像しただけで、ぞっとする。
 それならばいっそ、と思う考えは、ラインハルトと同じになった。

「百歩譲って、どちらも選ぶなら許してやる。だが、俺以外の相手も選ぶ場合、あの双子までだからな。それ以外の奴は許可せん。覚えておけよ」

 そう言った後、拒絶の言葉を言わさないために、可愛い唇を塞いでやった。
 口付けは受け入れてくれるのだから大丈夫。
 俺は自分に言い聞かせた。

 あんな偉そうなことをフィンに言っておきながら、別の相手と会わなければならない状況に嫌気がさす。
 フィンには、父上から無理矢理やらされているから誤解しないように、と説明はしてあった。
 だが、こんな状況が続けば『やっぱり第二王子として相応しい女性と結婚した方がいいよ』などと、フィンが言い出しかねない。
 それに、例え両思いになったとしても、周りがそれを許してくれなければ、フィンに辛い思いをさせてしまう。
 そんなことになる前に早く父上を説得せねばと考えつつ、興味のない話に耳を傾けるのも疲れてきた。
 早く終わらないだろうかと思っていたら、やっと使用人が終わりの合図を出してきた。

「ご歓談中、失礼致します。申し訳ございません。お時間でございますので、本日はここまでとさせていただきます」

 使用人の言葉を聞いて、女は大袈裟に驚いたような声を出す。

「まぁ、もうそんな時間?もう少しよろしいのではなくて?」

 よろしいわけないだろ。
 ほとんど一人で喋っていたのにまだ喋る気かと、俺はげんなりした。

「申し訳ございません。ヴィルヘルム様はこの後、陛下とお約束がございまして」
「あら。それでは仕方ありませんわね」

 女は陛下の名前を出され、ゴリ押しはできないと諦めたのか、あっさり引き下がった。
 俺は椅子から立ち上がる。

「今日はありがとう。それでは」

 失礼する、と続けようとした言葉は、『そういえば!』と言った女の甲高い声に遮られた。
 俺が喋ってるのに不敬だぞ、とイラッとする。

「ヴィルヘルム殿下。お耳に入れたいお話があったのを忘れておりましたわ」

 女の顔を見て、嘘だな、と思った。
 俺が興味を持つと確信しているような、楽しげな笑みを浮かべている。
 この帰り際のタイミングで切り出すつもりだったのだろう。
 話に乗る気はないし、この女の顔をこれ以上見ていたら胸焼けがしそうで、俺はさっさと退散することにした。

「時間がない。後で聞くから、そこの者に伝えておいてくれ」
「宰相の御子息に関するお話なのですけれど!」

 歩き出した背中に向かって、女が叫ぶように言った。
 俺は思わず足を止めてしまう。
 振り返ると、勝ち誇ったような女の顔があった。

「本当に聞かなくてもよろしくて?」

 女は扇で口元を覆ったが、そこが弧を描いているであろうことは、見なくても分かった。
 こういう勿体ぶるような、試すような行動は嫌いだ。
 だから、興味があろうともないふりを貫き通す。

「聞こえなかったのか?時間がない。私の耳に入れたいと言う言葉が本当なら、そこの者に伝えろ。後で必ず聞く。言っておくが、私は嘘を吐かれることを好まん。伝言がないということは、そういうことだと受け取る。まぁ、私に対して、そんな不敬なことをする者などいないと思うがな」

 伝えなければ嘘をついたと見なし、不敬な行いと判断する。
 俺の言葉の意味を理解したであろう女の顔が強張った。
 その顔を見て少し溜飲を下げ、今度は何を言われても振り返ることなく、俺はその場を立ち去った。

 自室に戻り、どさりとソファに座り込む。
 我慢のし過ぎで頭痛がしてきた。
 先程のやりとりを思い出し、嘘だけでなく、あの女そのものが好きじゃない、むしろ嫌いだと苦々しい気持ちになった。
 何て時間の無駄なんだ。
 絶対に父上を説得して、今後一切誰とも会わんと、俺は決意した。
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