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第二章

81話 君への気持ち

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 フィンのことを思い温かくなった俺の心は、他の奴らの発言を聞き、急激に冷めることとなった。

「魔法を使った相手に勝つなんて、ゴットフリートはすごいね」

 アルフレートの側にいた一人が、俺たちの会話に割り込んできた。
 珍しく聞かれたことに答えた俺の態度に、自分も会話に加われると思ったらしい。
 それに続いて他の奴らも口を開き始めた。

「聞いたけど、宰相の息子って貧弱な奴らしいじゃん。真剣扱えないからって、相手に合わせて木剣で勝負してやるなんて、ゴットフリートも人が良いよな」
「それなのに魔法を使ってくるなんて卑怯な奴だ」
「でもゴットフリートは勝った。さすがは騎士団長の息子だよな。すごいぜ!」
「宰相の息子は泣いて逃げて帰ったんだろ?」
「自分で勝負を挑んでおいて、情けない奴だな」

 いったい誰の話をしているんだ。
 そもそも勝負の趣旨すら理解していない上に、何を知ったかぶりで喋り続けているんだと、俺はふつふつとした怒りが増していくのが分かった。
 誰からそんな話を聞いたのか知らないが、フィンを卑怯呼ばわりされたことが一番腹が立つ。
 そいつから殴るかと、座った目でアルフレートを見たら、小さく首を振られた。

『お前からにするか?』
『勘弁してくれ!』

 八つ当たりはやめろと目で訴えられた。
 その時、授業開始の鐘が鳴り、教師が入って来たので、他の奴らは残念そうに席に戻り、その話はそこで終わった。


 放課後。

「アルフレート。どういうつもりだ?」
「いたっ、いたたたたっ!やめろ!締まってるから!」

 頭を脇に抱えて締め上げると『悪かった!』と言ってバシバシ腕を叩かれた。
 仕方なく解放してやる。

「はぁ。毎日毎日、ゴットフリートが宰相の息子と本当に勝負したのか聞けって、色んな奴から言われる俺の身にもなって欲しいぜ」
「知るか。何で他の奴らはそんなこと聞いてくるんだよ」
「お前に興味があるんだろ。ラインハルトだけじゃなく、お前のこと好きな奴も多いんだぜ?会話の糸口を見つけようと必死だし何でも知りたいんだろ」
「嬉しくない」
「贅沢な奴だな」

 贅沢なもんか。
 好きな奴から好かれるだけでいいだろ。
 他の奴から秋波を送られても、煩わしいだけだ。
 そして何より。

「少なくとも、あいつのことを悪しざまに言うような奴には、嫌悪感しか湧かない」
「まぁ、それには同意するけど。知りもしないのに、よくあれだけ悪口言えるなとは俺も思った。悪かったよ。止められなくてごめんな」

 アルフレートが素直に謝ったので、俺も少し罰が悪くなった。
 そもそもアルフレートは悪くないのだ。

「いや。俺こそ悪かった。八つ当たりだ。ごめん」
「いや。大切な幼馴染だもんな」
「あぁ」

 みんな知らないから仕方ないさ、とアルフレートは言うが、知らないからいいと言う問題でもない。
 ヴィルヘルムと俺とラインハルトが、フィンの幼馴染だということは、あまり知られていない。
 ヴィルヘルムの遊び相手として、フィンが後宮に通っていたのは一ヶ月にも満たない期間だ。
 その後は、領地と王都を行き来しているフィンとは、たまにしか会えていないので、交流が続いてると知っている人は少なかった。
 そして、何故かは知らないが、フィンはあまり表舞台に出てこない。
 侯爵家で宰相の息子となれば、それなりに社交の場に出てきそうなものだが、ヴィルヘルムの誕生日パーティーなど、どうしても出席が必要な場合以外は顔を出さないのだ。
 だからこそ、他の奴らは『宰相の息子』と言葉では知っていても、顔や人物像を知らないので、好き勝手言ってくるのである。
 この際だと、騎士団の訓練場に向かいつつ、ついでにアルフレートに疑問に思ったことを聞いてみた。

「何で、あいつらはあんなに宰相の息子を悪く言うんだ?」
「噂が流れてるんだよ」
「噂?」
「あくまで噂だぞ。俺が言ったわけじゃないからな」

 そう前置きして、アルフレートは流れている噂について教えてくれた。

『宰相の息子は学校に入学できないくらい頭が悪いらしい』
『宰相の息子は実子に嫉妬して我儘放題で遊び回っているらしい』
『宰相の息子は人前に出てこれないくらい醜い顔をしているらしい』
『宰相の息子は気分屋で気に入らないことがあると癇癪を起こし使用人に当たり散らすらしい』
『宰相の息子は養子に出されたことを恨んでいて生家を呪い続けているらしい』

「などなど、まぁ変な噂が最近流れてる」

 本人を知っている俺からしたら、かけ離れた人物像過ぎて、誰のことを言っているのか分からなかった。

「念の為に聞く。宰相の息子は四人いるが」
「俺たちと同い年の一番上の子のことだ。その子が養子なのは確かなんだろ?」
「あぁ、そうだったな」

 ついうっかり忘れそうになるが、フィンは宰相であるルッツとは血が繋がっていない。
 ルッツの溺愛ぶりを見ているので、養子なんて本当は嘘じゃないかと昔は思っていた。

「この間のゴットフリートとの勝負についても、何故か宰相の息子からお前に勝負をふっかけたことになってるし。負けて泣いて逃げ帰ったとか、あいつら言ってたな…一緒に仲良く帰ったんじゃなかったっけ?」
「一緒に帰った。あいつ魔力使い過ぎて疲れて寝落ちしたからな。抱いて馬車まで連れて行ったら、途中で起きて真っ赤になって可愛かった」
「そんな詳細聞いてねーよ」

 アルフレートに顔を顰められた。

「まぁ、とにかくだ。悪意ありまくりの噂が流れてる。その子、誰かに恨まれてるのかもな。お前の話を聞く限りじゃ、すごい良い子そうだけど」
「人の恨みを買うような奴じゃない」

 だがふと、そういえば昔もフィンについての悪意ある噂が流れていたことを思い出した。

『お前か。母親に毒を盛ったっていう宰相の息子は』

 ヴィルヘルムの遊び相手として出会う少し前だ。
 その噂を聞き、ヴィルヘルムはやたらと警戒していたし、そんな奴を寄越すなど、父上は俺のことが嫌いなのだと、当時ショックを受けていた。
 だが実際は、フィンは誰かを恨んだり嫌がらせをするような奴じゃなかった。
 根性があり努力家で、優しく誠実だ。
 噂なんて当てにならないと思ったものだった。
 もしかして、あの噂も故意に誰かが流したものだったのだろうか。

「まぁ、恨みじゃなくても、妬まれている可能性もあるだろ。俺に名前も教えたくないくらい、お前が大切にしている子だしな」

 バレていたのかと、俺は目を逸らした。

「おい、誤魔化すなよ。まったく。お前のことを好きな奴が、その子の存在を知ったら確実に嫌がらせしてくるぜ。気をつけろよ」
「そんなこと、絶対にさせない」

 きっぱりと言い切った俺に、アルフレートは驚いた顔をした後、破顔した。

「よっぽど好きなんだな、その子のこと。一度会ってみたいな。今度、紹介しろよ」
「断る」
「即答すんなよ。ケチだな」
「ケチでいい」

 すごくすごく好きだ。
 誰にも見せず、箱の中にそっとしまっておきたいくらいに、好きで愛しい。
 フィン。
 お前に会いたいよ。
 次に会った時は、ちゃんとこの気持ちを伝えよう。
 そして、もしも誰かがフィンに牙を剥こうとしているのなら、絶対に守ってみせると、俺は心に誓った。
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