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第三章

115話 ドラゴンの恩返し

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「ひぇぇぇ、お願いだから落とさないでよ~」

 体に巻きついている鋭い爪がついた脚に、俺はぎゅっと抱きついた。

「グルッ」

 俺を掴んで空を飛んでいるドラゴンが『心配すんな』みたいに返事をする。
 周りを飛んでいるドラゴンたちも、ググッ、ギャオ、と俺を励ますように鳴いた。
 一頭が島を離れたと同時に、他のドラゴンたちも一斉に同じ方向へ飛び出した。
 ドラゴンの群に囚われた人となってしまった俺はどうしようもなく、大人しく連行されている。

「どこに連れて行く気なの?」
「グルルっ」
「何て言ってるか分かんないよ」

 ドラゴンたちは、興奮しているわけではなく至って穏やかな状態なので、殺されたり食べられる心配はしていない。
 俺を潰さないように掴んでいることからも配慮が感じられたが、逃す気はないようだった。
 海を通り過ぎて、森や山を越えて緑から茶色に景色が変わった。
 ゴツゴツとした岩肌が見え、高い岩山の間を通り抜けていく。

「もしかして、これが世に言う竜谷ってやつか?」

 奥に進むにつれ、ちらほらと違うドラゴンたちが現れ出して、俺は心持ち手足を引っ込めた。
 その時、ドラゴンたちがギャアギャアと騒いでいる声がどこからか聞こえてくる。

「グルルっ!」

 俺を掴んでいたドラゴンが、その鳴き声を耳にするなり、方向転換して飛ぶ速度を上げ出した。

「わっ、わっ」

 ぐるんっと目が回る。
 酔いそうだと口元を手で押さえていた俺は、見えてきた光景に目を見開き、ぐっと眉を寄せた。

「あれは…」



 ルーカスは、ゴツゴツした岩肌の上を歩きながら、息を切らしていた。

「どうして、アイツは、あんなに、不用心なんだ」
「まぁ、否定はできんな」

 小さな声で呟いたのに、前を歩いているディルクの耳には入ったようで、ルーカスは内心で舌打ちをした。
 フィンがドラゴンに連れ去られ、慌てて騎士団と共に追いかけている最中である。
 あっという間の出来事で止める事は叶わず、ドラゴンを攻撃しようとした騎士団と、それを止めようとしたドラゴン愛護団体の団員が揉めているうちに、フィンは連れ去られてしまった。
 自身もそこそこ強いはずなのに、フィンのあのボンヤリ加減は何なんだと、ルーカスは脱力する。
 使い魔もいるし、一人で対処するだけの能力もあるだろうが、ただ待ってるわけにもいかない。
 ドラゴンの飛び去った方向が、ドラゴンの生息地方面であったことから、巣に帰ったのではないかと推測された。
 比較的穏やかな気性のドラゴンといえど、巣に人間が立ち入ったとなれば、襲って来る可能性は高い。見つからないように隠れながら岩山を進んでいくのは苦労した。
 そして、やっと追いついたとフィンの姿を発見したルーカスは、けろっとして元気な様子に安堵したと同時に、帰国までの間はこき使ってやると密かに決意したのだった。



「あっ、ルーちゃんにディルちゃん!」

 俺は、数人を捕らえた縄が外れないようにぎゅうっと引っ張っている最中だった。
 縄の中にいる強面のおじさんたちは、少しお仕置きしたので気絶している。

「グルッ!」
「ん?あっ、まだいた!ココ!」

 ドラゴンの鋭い鳴き声に反応して顔を向けると、何処かに隠れていたであろう一人の男がコソコソと逃げ出そうとしているのが見えた。
 ココは、素早く走りだすと牽制に炎を吐き、男が怯んだ隙に噛み付いた。
 男が悲鳴を上げる。

「ココ!食いちぎったら駄目だよ」
「きゅ!」

 ガブガブと痛めつける程度に噛んだ後は、男の襟元を咥えて、ココは走り寄って来た。
 男は、ひぃひぃ泣きながら噛まれた所から血を流し、恐怖からか失禁までしていて哀れな姿になっていた。

「よし。よくやった!殺さなくて偉いぞ!」
「きゅ!」

 ココはポイっと男を放り出し、俺に褒めてもらおうとすり寄ってくる。
 俺は、ココの頭と体を撫で撫でして労ってやった。
 その時、縛られた男たちを見ていた騎士団の人の一人が、いきなり驚いたような声を上げた。

「この男は指名手配犯じゃないか!」
「えっ?そうなんですか?」
「密猟や窃盗でね。半年前に、あとちょっとのところで取り逃したと、情報が回ってきていた」

 騎士団の人は、指名手配犯の似顔絵が書いてある紙の束を持っていて、その中の一枚を見せてもらうと、縛られている男の一人と特徴がそっくりだった。

「知らずに捕まえたのかよ」

 ルーちゃんたちと一緒に追いかけてきてくれたニコラが、俺に呆れたような眼差しを向けてきた。
 俺は、むうっと頬を膨らませる。

「そんなの知るわけないじゃない。このおじさんたちが、ドラゴンの卵を盗もうとしてたからさ。返せって言ってもきかなかったから、ちょっと懲らしめてやっただけだもん」
「激しい懲らしめ方だな」

 失禁してブルブル震えている男を見たスヴェンが、ポツリと呟いた。
 えっ、やり過ぎたかなと焦ったが、グルグル唸っているドラゴンたちの姿を見て、これくらいはされて当然だと思い直す。

「そんなことないよ。ドラゴンに呪具を使ったのも、この人たちだったみたいだし。それに、卵を盗もうとするなんて言語道断!二度とそんな気を起こさないようにしなくちゃ」
「呪具があったのか?」
「うん。あそこだよ」

 ディルちゃんに聞かれて、俺は呪具があった場所まで案内する。
 ドラゴンたちの通り道の両サイドに一つずつ置かれていた香炉のような形の呪具だった。
 発動すると二つが反応し合い、そこを通過するドラゴンに影響を与える物のようだった。
 騒いでいたドラゴンたちが、そこを何度も通過するうちに弱っていくのを見て、変だと気づいた。
 呪具は見つけて速攻で破壊してやった。
 壊れていても犯罪の証拠品にはなるだろう。
 犯罪者たちと呪具は騎士団の人にお任せして、男たちが盗もうとしていた卵を回収し、俺たちはドラゴンの巣に戻す作業を始めた。
 ドラゴン愛護団体の人は、俺の周りをウロチョロし『ドラゴンが人に助けを求めるなど、新発見だ!』としきりに興奮していた。
 非常に邪魔である。
 それにしても、どれがどのドラゴンの卵か分からないな。

「この卵は、君のとこのお子さんかな?」

 巣にいたドラゴンは、俺を警戒しつつも卵を嗅いで『グルルっ』と嬉しそうに鳴き、そっと咥えた。
 合っていたようだ。
 俺を連れ去ったドラゴンが付き添っていることもあり、他のドラゴンたちに攻撃されることもなく、スムーズに作業は終了した。

「任務完了!これでいい?」
「グルルルルっ」

 ぶんっとドラゴンが尻尾を振ったので、そばにいたニコラとスヴェンが慌てて避けた。

「危ねぇぞ!」
「グル?」
 
 わざとではないので、ドラゴンは何故ニコラが怒っているのか分からず、首を傾げていた。

「あははっ。じゃあ、帰ろっか」
「笑い事じゃねえぞ。ったく」

 プンスカ怒るニコラを宥めつつ歩き出した俺は、再びドラゴンに捕まった。
 今度は襟元を咥えられ『ぐぇ』とカエルが潰れたような声が出る。
 そのまま、ポイっと空中に飛ばされた俺は、ドラゴンの背にコロンっと着地した。
 バサリと翼を大きく動かしたドラゴンは地面を蹴り上げ、俺を乗せたまま空に向かって飛び立つ。

「またかよ!」
「フィン!」

 ドラゴンは、今度は近くの岩山の頂上目掛けて、ぐんぐん上昇していった。
 ニコラの『お前、いい加減にしろよ!』とドラゴンか俺に向けたのか分からない怒声が聞こえた後は、地上の声は届かなくなった。
 背から振り落とされないようにと、俺は必死にドラゴンの首にしがみつく。
 先細った頂上付近まで来ると、ドラゴンは岩山に脚を引っ掛け、そこにあった洞穴に俺を導いた。

「グルルっ」
「ここに入れって言ってるの?」
「グルっ」

 肯定されたようなので、仕方なくドラゴンの体をよじ登り、小さな洞窟へと入った。
 そこは、屈まないと頭が当たりそうに天井が低く、一畳くらいの広さで、すぐに突き当たった。

「何もないよ?」
「グルっ?」

 おかしいな、みたいな不思議そうな顔をされた。
 どういうことだ。
 一体何がしたいのか分からず眉を下げた俺は、ふと手をついた岩壁が不自然な形に凹んでいることに気付いた。

「んん?何か彫ってある?」

 薄暗かったので魔法で光の玉を出し、壁を照らした。
 そこには、ドラゴンのような生き物と古い文字が彫られており、壁画のようだった。
 周りを順に照らしていくと、壁一面に絵が彫られ、そこには三種類のドラゴンがいた。
 そのうちの一頭の近くには、雲と雷のマークが彫られている。

「これ…このドラゴンは雷使いなのかな?」

 雷といえば、自然とヴィルヘルムを思い出す。
 ヴィルヘルムには、まだ使い魔がいない。
 もしも雷属性のドラゴンがいて、ヴィルヘルムと相性がよければ、最強のタッグになるのではないかと思い、そうなったら素敵だなと口元が緩んだ。
 しかし残念ながら、野生にいる雷属性のドラゴンは気性が荒く、使い魔には向かない上に希少種だった。
 会えたら幸運なレア級のドラゴンである。
 この壁画は人が作った物であろうが、こんな高い場所にどうやって作ったのだろうか。
 どれもドラゴンを祀るような存在として描かれており、よく見ると下の方に人間が平伏していた。

「昔はドラゴンが神様みたいな存在だったのかな?よし。ヴィルに素敵な使い魔が現れるようにお祈りしとこうっと」

 俺は手を組んで目を閉じ、祈る。

 ヴィルに素敵な使い魔が現れますように。
 強くて、人懐っこくて、ヴィルのことを守ってくれるような頼りになる子が希望です。
 俺にも懐いてくれるような子だったら嬉しいな、なんて。

 少し自分の希望も混ぜて祈り終え、目を開けると、何と壁画が光っていた。

「えっ!?」

 ピシッ、ピシッピシッピシッ!

「ななななななっ!何事!?」

 壁画に亀裂が入り、ボロボロと岩壁が崩れ始めた。
 あわあわしているうちに、壁から何か大きな丸い物がポロリと落ちて来て、俺は咄嗟に受け止める。
 それは岩よりは軽く、丸みを帯びていて、全体的に黒いが、斜めに黄金色の筋が入っていた。

「卵?」

 それはまるで、先程見たドラゴンの卵のような大きさだが、不思議な模様をしていた。

「グルっ!」

 俺が受け止めた卵を見たドラゴンは、嬉しそうに喉を鳴らした。
 勝手に持ち出すわけにもいかないと、壁に戻そうとしたら、ドラゴンに怒られ、卵を抱いていないと背に乗せてもらえなかった。

「持って帰って大丈夫なの?」
「グルっ!」

 うんうんとドラゴンに頷かれ、反応が人間みたいだなと思いつつ、俺は壁画に向かってお礼を言ってから、不思議な卵らしき物を落ちないように体に固定し、地上へと戻った。
 地上では、二度も連れ去られた俺を叱るために、ルーちゃんとディルちゃんが待ち構えており、俺は卵を見せびらかす前に、先に正座で一時間も二人からのお説教を受けることになる。

 おい、そこのドラゴン。
 何を知らんぷりしているんだ。
 お前のせいなんだから、一緒にお説教されなさい!

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