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番外編

兄と弟妹

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 ザクザクザクザクザク。
 スコップで芋を傷つけないように周りの土を掘った後、それをじっと見つめる小さな頭に俺は声をかけた。

「ティオ。この蔓を持って引っ張ってみようか」

 コクンっと頷いたティオは、蔓をぎゅっと両手で持つと、言われた通りにグッと引っ張った。
 すると、スポンッと呆気なく芋が土から抜ける。
 出てきた大ぶりな芋を見て、ふわぁっとティオの顔が輝いた。
 ティオは芋を掴むと、俺に自慢げに見せてくれる。
 ズッシリと重そうなサツマイモだ。
 屋敷の畑で使用人と一緒にサツマイモ掘りをしていたら、ティオにも体験させてあげてほしいと母上から頼まれた。
 俺は芋掘りに夢中で気づいていなかったのだが、ティオはずっと屋敷の窓からこちらを見ていたらしい。

「やったね。さっきより大きいや」

 汚れた軍手を一度脱いでから、ティオの頭をわしゃわしゃと撫でた。
 気軽にスキンシップできるようになるまで時間がかかったが、俺はティオと仲良くなれた。
『フィン兄ちゃま』と初めて呼ばれた時には、あまりの可愛さに内心で身悶えてしまった。
 ティオとは歳も離れているから、より可愛く感じるんだよな。
 もちろんレオンとラルフも初めての弟で、しかも双子だからダブルで可愛いし、シャルロッテは小さくてふわふわしててお喋りで、女の子って感じでめちゃくちゃ可愛い。
 つまり俺の弟妹たちは全員可愛いんだな、と再認識していると、様子を見に来た母上が声をかけてきた。

「フィン、ティオ。どう?たくさん採れた?」

 母上の言葉に、ティオは再び自慢げに掘ったばかりのサツマイモを母上に見せた。

「まぁ!大きなサツマイモね。すごいわ、ティオ」

 母上から褒められて、ティオの頬が赤く染まる。
 嬉しくて照れているようだ。

「フィン兄さまと、とったの」

 そう言って恥ずかしげに笑ったティオを、母上は愛おしげに見つめた。

 はぁ、何これ。
 めっちゃ癒される光景なんですけど。

「先程のフィン様とティオ様のやりとりも癒される光景でしたよ」
「成長されてもフィン様は皆の癒しです」

 畑の横で待機していたエリクに心を読まれ、一緒に芋掘りをしていたトリスタンからはよく分からない賛辞を頂戴した。

「それはどうも?」


 芋掘りを終えた後、俺は自室に戻り、汚れてしまった服を着替えるついでに風呂に入った。
 湯船につかると、冷えてしまった体がポカポカと温かくなる。風呂から上がると、エリクが冷たいハーブティーを用意してくれていた。

「はぁ~。美味し」

 ハーブティーで渇いた喉を潤してから体をソファに横たえた。

「何か思った以上に疲れたな」

 芋掘りをしただけなのに、ぐったりと体が重かった。
 年かな、と言いたいところだが、まだ十六歳で体はピチピチの若者である。
 学校を卒業して帰国し、俺は九月から魔法士として就職した。
 研修を経て配置された職場が想像以上にハードで、残業続きだったせいか疲れが溜まっているようだ。
 昼食までまだ時間がある。
 少しだけ、と思って目を閉じたが、俺はそのままぐっすりと眠ってしまった。



 食堂の扉をじっと見つめる。
 だけど、なかなか開かない。
 自分の体から、くぅ~と音がして、急いでお腹を押さえた。
 まだ鳴いちゃ、ダメ。

「ティオ様。先にお召し上がりになられてはいかがですか?」

 ハーゲンの言葉に、僕はふるふると首を振った。

 待つの。

 そう思いながらジッと見つめると、ハーゲンはハンカチを取り出し、出てもいない自分の涙を拭った。

「なんと健気な!」

 けなげって何だろう。
 そんなことより、フィン兄さま遅いなぁ。
 僕、お腹すいちゃった。
 でも、一緒に食べたいから待つの。

『楽しかったね。ティオ』

 芋掘りの後、そう言ったフィン兄さまは、きらきらしてた。
 にっこり笑いかけられると、お胸がポカポカして、ほっぺもポポってなる。
 フィン兄さまは、優しくて、ふんわりしてて可愛い。
 たくさん一緒にいたいけど、フィン兄さまはお仕事で毎日忙しい。
 だから、お休みの今日は少しでも一緒にいたいんだ。
 それなのに、芋掘りの後は汚れてしまったから『お着替えしましょう』と言われ、マヤに自分の部屋へ連れ戻されてしまった。
 お昼ご飯の時ならまた会えると思い、食堂で待っていたけど、フィン兄さまは結局現れなかった。
 様子を見に行ったエリクから、フィン兄さまは疲れて寝てしまっていると教えてもらった。
 それを聞いたハーゲンが、勝手に僕の分の食事を持ってきてしまう。
 母上はお出かけしてしまったし、レオン兄さまとラルフ兄さま、シャルロッテ姉さまも朝からお出かけしていない。
 仕方なく、僕は一人でちまちまと食べた。


 お昼ご飯の後も気分は晴れず、しょんぼりしながら積み木で遊んでいたら、トリスタンが部屋にやってきた。

「フィン様が起きられたそうですよ。今からお部屋にお食事をお持ちしますけど、ティオ様も一緒に行かれますか?」
「っ!」

 僕はすぐに頷いた。
 

 喜んでトリスタンとエリクについて行った僕は、部屋に入ってフィン兄さまを見た瞬間、固まった。

「んっ?どうしたの?」

 フィン兄さまは、不思議そうに首を傾げた後、隣から尻尾でさわさわって触れられて視線を移した。

「何?ココ」

 ココ、と呼ばれた動物は大きくて、僕は震え上がった。
 兄さまを囲うように、でんっとソファに乗り上げているココは、こちらをじっと見つめてくる。
 僕は、トリスタンの背後に、しゅっと隠れた。
 隠れてしまった僕を見て、フィン兄さまは苦笑した。

「ティオはココを見るのは初めてか。ティオ、この動物さんは僕の使い魔でココって名前だよ。ココ、あの子は僕の弟のティオだよ」

 フィン兄さまは、ココに話しかけながら頭や首元を撫で撫でしていた。
 ココは僕から視線を外し、フィン兄さまに大人しく撫でられている。
 尻尾を嬉しそうにフリフリしていた。

「ティオ。そんなとこに立ってないで、こちらにおいでよ」
「…っ!!」

 フィン兄さまの言葉に、僕は思わずトリスタンの足にしがみついた。
 ぷるぷる震える僕は、どうしたらいいのか分からない。
 それを見たエリクが、フィン兄さまの食事の準備をしながら、僕の気持ちを代弁してくれた。

「フィン様。ティオ様はココが怖いみたいですよ」
「そっかぁ。ココ大っきいもんな」

 フィン兄さまは、僕が使い魔を怖がっても気分を害することはなく、顎に手を当てて何やら考え出した。

「ねぇ、ココ。小さくなれない?」
「きゅ?」
「ほら、僕と出会った頃の子獣くらいの大きさにさ」

 ココは、フィン兄さまの言葉が分かるようだ。
 言われた意味を考えるように首を傾げた後、ココは立ち上がるとソファから降りた。
 その場で、ぐっと上体を屈めた次の瞬間、ポンっと破裂音がしてココの姿が消えてしまった。

「っっ!?」

 僕は驚き過ぎて、更にぎゅうぅっとトリスタンの足にしがみついた。
 トリスタンとエリクは動じず、フィン兄さまはココがいた場所を見ながら嬉しそうな声を上げた。

「おぉ~!すごい!ココやればできるじゃん!」
「きゅ!」

 消えたと思ったココは小さな姿に変わっていた。
 ココは、器用にフィン兄さまの体をよじ登って肩まで到着すると、フィン兄さまの頬に擦り寄った。
 まるで、褒めて褒めてと強請っているみたいだ。
 その姿は、とても可愛かった。

「ティオ。これなら怖くないかな?」

 フィン兄さまの言葉に、僕は自然に頷くことができた。


 フィン兄さまが食事をしているソファの隣の席に僕は座らせてもらった。
 膝の上には白いモフモフ。
 そっと背中を触ると、ふわっとした感触がした。
 手をお尻に向かって動かすと、柔らかくて、するんっとする。

「ふわふわの毛でしょ?毎日ブラッシングしてるからね」
「んっ。ふわふわ」

 楽しくて、何度も撫でる。
 ココは大人しく撫でられながら、フィン兄さまをジトっと見つめていた。
 ココがあまり嬉しくなさそうなことに気づいて、僕は手を止めた。

「ココ、や?」
「ココ。嫌なの?」
「………きゅ」

 僕とフィン兄さまの問いかけに、ココは低い声で一声鳴いた。
 何て言ってるんだろう。
 フィン兄さまを見上げると、ふっと笑いかけられた。

「ココ?ティオは優しいだろ。僕の大切な弟だから、ココとも仲良くなって欲しいな。アプーフェル分けてあげるからさ。機嫌直してよ。ねっ?」

 デザートについていた果実を指で摘んだフィン兄さまは、ココの口元まで持っていった。
 ココの顔は変わらず不機嫌そうだったが、フィン兄さまの手を拒むことはなく、シャリっと果実に食いついた。
 シャク、シャクと食べている姿も可愛い。

「ココ、かわい」
「そう。僕のココはとっても可愛いんだ」

 そう言って満面の笑みを浮かべたフィン兄さまも、僕は可愛いと思った。



 それぞれの用事を済ませ帰宅したレオンたちは、フィンが今日はずっと屋敷にいたことを初めて知った。
 休日でも出かけることが多く、一度も顔を合わせない日も多い。
 今はティオと一緒に部屋にいると聞いて、三人はフィンに会いたくて部屋を訪れた。


「ずるい…」

 シャルロッテの言葉に、レオンとラルフは顔を見合わせた。

「それは、兄さまに抱き締められてるティオが?」
「それともティオを抱き締めながら眠っている兄さまが?」
「どっちも!」

 スヤスヤと一緒に眠っている一番上の兄と末っ子を見て、シャルロッテは頬を膨らませた。
 大好きな兄の腕の中にいるティオも羨ましいし、可愛い末っ子に抱きつかれているフィンも羨ましい。
 その二人の間に入れたら一番いいのだが、そこにはすでに小さな白いモフモフが丸まって眠っていた。

「この子、ココかしら?」
「ココって小さくなれたのか?」
「さぁ?でも、高位の魔獣なら体の大きさ変えられるって、前にお祖母様が言ってたよ」

 大きさを除けばココと瓜二つ。
 それに、もし他の魔獣であれば、フィンにくっついてる時点でココに牽制されていたであろう。
 もう一匹の使い魔であるピューイを受け入れたことが不思議な程、ココは嫉妬深い。
 同系統の種族はもちろん、ゴットフリートやラインハルトでさえ、フィンと仲良くしていれば邪魔をされるらしい。ココの線引きの基準が不明だが、自分たちはフィンの弟妹であるから大目に見てもらえてる節がある。
 きっとこれはココなのだろうと三人が結論を出した時、フィンが寝返りを打ち仰向けになった。
 フィンの左側が空いたのを見たシャルロッテは、我先にと靴を脱ぎ捨て、そこへ飛び込みフィンに抱きついた。
 片腕の中に入ってきたシャルロッテを、フィンは無意識に抱き寄せる。
 シャルロッテは嬉しくて『うふっ』と笑った。

「「ロッテ!」」
「ふふん。羨ましかったら、兄さまたちも一緒に寝たらいいんだわ」
「「えぇ~」」

 兄のベットに勝手に上がるなんてと思いつつ、目配せした二人は、仲間外れは嫌だしと靴を脱ぎ捨てた。


 夕方帰宅して、誰も子どもたちが顔を見せないことに気づいたラーラは、皆の所在をハーゲンに尋ねた。
 すると『あそこは今、楽園なのです』とよく分からないことを言われた。
 最近は五人が一緒にいることは珍しいと思い、様子を見るためにラーラはフィンの部屋を訪れる。
 部屋に入りその光景を見て、ラーラは目尻を下げた。

「あらあら」

 五人と一匹がフィンのベットで、ぎゅうぎゅうに寄り添いスヤスヤと眠っていたのだ。

「ふふっ。みんな仲良しね」
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