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第二章
父は寂しい 番外編
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「ひどいです!父上!」
「ひどいわ!父上!」
そう言って、口をへの字に曲げて抗議しているのは、ラルフとシャルロッテだった。
シャルロッテはまだしも、ラルフが父親に抗議することはあまりない。
二人の後を追いかけてきたレオンは、それを呆気にとられて見ている。
久しぶりの休日で、昼食後にラーラと居間でお茶を飲んでいたルッツは、息子と娘に突然詰め寄られ、戸惑っていた。
一体何の話だ。
ルッツが子どもたちに問いかける前に、見ていたラーラが二人をピシャリと叱った。
「ラルフ、シャルロッテ。お父様に対して、何て口の利き方なの」
「「だって!」」
二人は母親に叱られて、揃って顔をくしゃくしゃに歪めると、うわぁーんと泣き出した。
口の利き方を咎めただけで、いきなり泣き出した二人に、ラーラも驚く。
いつもなら『だって!』と言った後に、自分がどれだけ不満を持っているか、理不尽な目にあったのかと、主張するために言葉を重ねてくる。
「二人とも、ちょっと落ち着けよ」
唯一、冷静なレオンが二人を引き寄せて、体をさすりながら宥め始めた。
その姿を見たルッツとラーラは、今は隣国に留学中のフィンを思い出した。
あの子も弟たちが泣いていたら、頭や体を撫でて、気持ちを落ち着かせるように優しく接していた。
『どうしたの?そんなに泣いて。ラルフもロッテもこっちにおいで。何がそんなに悲しいのか、兄さまに聞かせて?』
ラルフとシャルロッテは、よく喧嘩をして泣いては、フィンに宥められていた。
フィンは、二人を抱き寄せて、まずは両方の話を聞く。
話を最後まで聞き、『それは悲しかったね』とか『それは嫌だったね』など、フィンは相手の気持ちに共感する姿勢をとる。
その後に、よくないことがあれば、諭すようにしていた。
二人は、自分の話をちゃんと聞いてもらえた後で、大好きな兄から優しく注意されると、素直に頷き、余程のことがない限り、その場で仲直りしていた。
その兄を見て育ったレオンも、フィンがいない時に二人が喧嘩をすると、仲裁する役目を自然と担うようになっていた。
フィンがいない間は、自分が一番上だという自覚もあるのだろう。
レオンなら、二人が何に対して怒っているのか知っているのではないかと、ルッツは問いかけた。
「レオン。私は知らないうちに、二人に何かしてしまったのかな?」
ルッツの言葉に、レオンは気まずそうに口を開く。
「いえ、二人にではなくて。その~、兄さまにされたことに対して、二人は嫌だったみたいで」
「フィンに?」
「僕も少しショックでした」
「レオンもかい?」
「はい。でも、兄さまが決めたことなら、仕方ないかな、とも思いました」
フィンが決めたことなら仕方ない。
何のことだろうか。
そもそも今は、フィンはここにいない。
留学に関しては本人が言い出して決めたことであるし、ルッツは当初反対していた。
ルッツがレオンの言葉に内心で首を傾げていると、ラルフとシャルロッテが、今度はレオンに抗議し始めた。
「何言ってるのさレオン!」
「そうよ!仕方なくなんかないわ!」
「兄さまには、まだそんなこと早いよ!」
「きっと父上に無理やりキョーヨーされたんだわ!」
酷い言われようである。
興奮して捲し立てる二人に、レオンもたじたじだ。
「えぇー、でも、フィン兄さまは、嫌なら嫌ってはっきり言うと思うよ?」
優しいけど、フィンは気弱なわけではない。
しっかり自分の意見を持ち、相手に対して物怖じしない度胸もある。
ルッツは、レオンはフィンのことをよく見ているなと感心した。
「で、でも」
「だ、だって」
レオンの言葉に、ラルフもシャルロッテも本当は分かっているけど、分かりたくないとでもいうように、再び、ぶわわっと泣き出した。
「「フィン兄さまが結婚しちゃうなんて嫌!」」
「!!」
そのことか!とルッツはようやく理解できた。
だが、何故三人はフィンが婚約者候補を作ったことを知っているんだ、とルッツはラーラの方を見た。
ラーラも戸惑うようにルッツを見る。
「私はこの子たちに言ってませんよ」
「私も言ってない。それに一部の人しか知らないはずだが」
フィン本人も、まだ正式に結婚が決まったわけでもないから、内密にして欲しいと言っていた。
弟妹たちが、今みたいに騒ぎ出すのも分かっていただろうし、三人には話していないはずだ。
いったい誰が、と思った答えはすぐに現れた。
「邪魔するよ」
「まぁ!母様」
扉から入ってきたのは、ラーラの母親のイザベルだった。
従者に大きな箱を持たせて、優雅に近づいてくる。
「久しいね。ところで、フィンは今日は留守なのかい?せっかく祝いの品を持って来てやったのにさ」
「祝い、ですか?」
「あぁ、そうさ!結婚が決まったんだってね!」
にっこりと笑ったイザベルを見て、ルッツとラーラは、すんっと表情を無くした。
これは仕方ないな、と諦めの境地に入る。
ここに知られたら、防ぎようもない。
しかし、間違った情報は訂正せねばとルッツは口を開く。
「いえ、正式にはまだ決まっておりません。婚約者候補の段階ですし、仮交際中です。どこからその話をお聞きになったのですか?」
「相手の母親さ。息子に相手が決まったって喜んでたよ。ルー坊の勧めでフィンから申し込みがあったって言って、感謝してたさ」
「…そうでしたか」
ルッツがあの二人を勧めたわけではないのだが、婚約者候補を作るように、フィンに留学の条件として提示したのはルッツである。
少し間違ったニュアンスで必要ないことまで伝わっていたらしい。
相手が喜んで話してたなら、口止めもしにくい。
フィンが歓迎されているということだからだ。
相手にとっては隠すようなことでもないし、フィンはあの二人なら、最終的に結婚してもいいと選んだのだろうから。
だけど、この惨事を引き起こした原因として、夫である騎士団長に責任をとってもらおう。第一騎士団の来年度予算削減で手を打つか、と公私混同で考えるルッツであった。
深い深いため息を夫婦で吐いた後、ラーラが何度目か分からない注意をイザベルにする。
「母様。来る時は事前に連絡してくださいと何度も言ってるでしょう?」
「したさ。あれ?届いてないかい?新しい方法で試してみたんだが…もしかしてフィン宛にしたから、本人の所へ直接行ったのかもしれないね」
「新しい方法ですか?」
新しく発売された魔道具で、音声を記録できる伝達用の玉があり、それを使用したらしい。
返信もできる優れ物なのだとか。
「フィンは今、留学中で国内にはいませんが、そんな遠くまで飛ぶ物なんですか?」
「ありゃ。もう行っちまってたのかい。少し遅かったようだね。んー?説明の時には、遠方まで届くとしか言ってなかったような…うん。分からないね!」
あっけらかんと答えられた。
もし届いてたとしても、フィンにはどうすることもできないし『僕は留学中だって言ったのに!』と今頃は憤ってることだろう。
そんなことをルッツたちが思っていると、イザベルの前に突然、ふっと青い玉が現れた。
それは、ふわふわと宙に浮いている。
「おっ、届いてたみたいだね。フィンから返事が来たよ」
その言葉に、先程まで大泣きしていたラルフとシャルロッテが、イザベルに駆け寄る。
「兄さま!?」
「フィン兄さまから!?」
「それがお返事なのですか?」
レオンもやってきて、玉を不思議そうに見る。
「そうさ。せっかくだ。みんなで聞いてみるかい?」
「「「はい!」」」
孫たちの元気な返事にイザベルは笑うと、青い玉を壁に向かって投げた。
ぱしゃん、と玉が弾け飛び、みんなが大好きなフィンの声が響く。
『ベルちゃん!』
あまりにもクリアな声に、ルッツとラーラは驚き、レオンたちは喜んだ。
「兄さまの声だ!」
一方的に記録する玉なので、会話ができるわけではない。手紙の音声タイプなので、フィンが話すだけとなり、そのまま言葉が続いていく。
『僕は九月から留学するって言ったでしょ!サプライズ禁止って言ったから、律儀に連絡寄越してくるのはいいけど、それが訪問してくる五分前とかやめてっていつも言ってるじゃん!』
ルッツたちの予想通り、フィンはプンプン怒っていた。
『どうせもう屋敷についてる頃だよね?これ、皆聞いてるのかな?今日は日曜だけど、父上は仕事かな?それとも久々のお休み?母上は編み物始めた頃かな?レオンとラルフはお勉強頑張ってる?シャルロッテの今日の洋服の色は黄色かな?」
当たっているわ!とシャルロッテは嬉しそうに、着ている薄黄色のスカートを持ち上げた。
『ティオは今日も大人しくお昼寝してそうだね。僕は元気にやってます。友達もできました。海も近くにあって、とても良いところです。勉強は大変だけど、毎日頑張ってます。またお休みの時に帰りますね。みんなに会える日を楽しみにしてます。それから、あっ!ベルちゃん、そのお祝いはせっかくだから有り難く頂きますけど、まだ決定じゃないんで!大々的にパーティー計画とかしないように!それでは!』
そこでフィンの声は途切れた。
「うん?何だ、決定じゃなかったのかい。困ったね。会場を手配しちまったよ」
イザベルの言葉に、ルッツはフィンの勘の良さを称賛しつつ、しっかり説明せねばと決心したのだった。
「何でそんなことを留学の条件にしたんだい?関係ないじゃないか」
書斎に移り、改めて説明をした後、イザベルに呆れたように言われ、ルッツの頬が引き攣った。
正論だからだ。
ルッツは咳払いをしつつ、言い訳を始めた。
「いや、あの子は無自覚ですが、他人に好かれやすいんです。防波堤になるような人をきちんと決めておいた方が、安心かなと思いましてね」
「防波堤?そんなことをしなくても、フィンはそっち方面は鈍そうだから、秋波を送られても、笑顔でスルーするだろうさ」
確かに。
「ですが、流されやすいところもあります。側にいれば、私たちが守ってやれるのですが」
ルッツの言い訳を聞きながら考えていたイザベルは、ピンっときてニヤリと笑った。
「ははぁーん。そうか、分かったよ。フィンが奥手なのをいいことに、無理難題を条件に出して、留学を諦めさせようとでも思ってたんじゃないのかい?」
「!!!」
ズバリと本心を当てられ、ルッツは言葉に詰まった。
思わず視線を逸らしてしまう。
「あははははっ!ルー坊、あんた可愛いとこもあるねぇ。そんなにフィンと離れるのが寂しかったのかい?」
「ちょっと、母様!ルッツをあまり苛めないであげてください」
ラーラはルッツの思惑を薄々理解していたが、そっとしておいたのだ。
結果、ルッツはフィンに見事条件をクリアされ、離れ離れになっただけでなく、嫁の行き先までも決定してしまい、しばらく落ち込んでいた。
再び、しょんぼりし始めたルッツをラーラが慰める。
それを見ながら、イザベルは嬉しそうに呟いた。
「愛されてるねぇ、あの子は。この家に来て、良かったじゃないか」
「ひどいわ!父上!」
そう言って、口をへの字に曲げて抗議しているのは、ラルフとシャルロッテだった。
シャルロッテはまだしも、ラルフが父親に抗議することはあまりない。
二人の後を追いかけてきたレオンは、それを呆気にとられて見ている。
久しぶりの休日で、昼食後にラーラと居間でお茶を飲んでいたルッツは、息子と娘に突然詰め寄られ、戸惑っていた。
一体何の話だ。
ルッツが子どもたちに問いかける前に、見ていたラーラが二人をピシャリと叱った。
「ラルフ、シャルロッテ。お父様に対して、何て口の利き方なの」
「「だって!」」
二人は母親に叱られて、揃って顔をくしゃくしゃに歪めると、うわぁーんと泣き出した。
口の利き方を咎めただけで、いきなり泣き出した二人に、ラーラも驚く。
いつもなら『だって!』と言った後に、自分がどれだけ不満を持っているか、理不尽な目にあったのかと、主張するために言葉を重ねてくる。
「二人とも、ちょっと落ち着けよ」
唯一、冷静なレオンが二人を引き寄せて、体をさすりながら宥め始めた。
その姿を見たルッツとラーラは、今は隣国に留学中のフィンを思い出した。
あの子も弟たちが泣いていたら、頭や体を撫でて、気持ちを落ち着かせるように優しく接していた。
『どうしたの?そんなに泣いて。ラルフもロッテもこっちにおいで。何がそんなに悲しいのか、兄さまに聞かせて?』
ラルフとシャルロッテは、よく喧嘩をして泣いては、フィンに宥められていた。
フィンは、二人を抱き寄せて、まずは両方の話を聞く。
話を最後まで聞き、『それは悲しかったね』とか『それは嫌だったね』など、フィンは相手の気持ちに共感する姿勢をとる。
その後に、よくないことがあれば、諭すようにしていた。
二人は、自分の話をちゃんと聞いてもらえた後で、大好きな兄から優しく注意されると、素直に頷き、余程のことがない限り、その場で仲直りしていた。
その兄を見て育ったレオンも、フィンがいない時に二人が喧嘩をすると、仲裁する役目を自然と担うようになっていた。
フィンがいない間は、自分が一番上だという自覚もあるのだろう。
レオンなら、二人が何に対して怒っているのか知っているのではないかと、ルッツは問いかけた。
「レオン。私は知らないうちに、二人に何かしてしまったのかな?」
ルッツの言葉に、レオンは気まずそうに口を開く。
「いえ、二人にではなくて。その~、兄さまにされたことに対して、二人は嫌だったみたいで」
「フィンに?」
「僕も少しショックでした」
「レオンもかい?」
「はい。でも、兄さまが決めたことなら、仕方ないかな、とも思いました」
フィンが決めたことなら仕方ない。
何のことだろうか。
そもそも今は、フィンはここにいない。
留学に関しては本人が言い出して決めたことであるし、ルッツは当初反対していた。
ルッツがレオンの言葉に内心で首を傾げていると、ラルフとシャルロッテが、今度はレオンに抗議し始めた。
「何言ってるのさレオン!」
「そうよ!仕方なくなんかないわ!」
「兄さまには、まだそんなこと早いよ!」
「きっと父上に無理やりキョーヨーされたんだわ!」
酷い言われようである。
興奮して捲し立てる二人に、レオンもたじたじだ。
「えぇー、でも、フィン兄さまは、嫌なら嫌ってはっきり言うと思うよ?」
優しいけど、フィンは気弱なわけではない。
しっかり自分の意見を持ち、相手に対して物怖じしない度胸もある。
ルッツは、レオンはフィンのことをよく見ているなと感心した。
「で、でも」
「だ、だって」
レオンの言葉に、ラルフもシャルロッテも本当は分かっているけど、分かりたくないとでもいうように、再び、ぶわわっと泣き出した。
「「フィン兄さまが結婚しちゃうなんて嫌!」」
「!!」
そのことか!とルッツはようやく理解できた。
だが、何故三人はフィンが婚約者候補を作ったことを知っているんだ、とルッツはラーラの方を見た。
ラーラも戸惑うようにルッツを見る。
「私はこの子たちに言ってませんよ」
「私も言ってない。それに一部の人しか知らないはずだが」
フィン本人も、まだ正式に結婚が決まったわけでもないから、内密にして欲しいと言っていた。
弟妹たちが、今みたいに騒ぎ出すのも分かっていただろうし、三人には話していないはずだ。
いったい誰が、と思った答えはすぐに現れた。
「邪魔するよ」
「まぁ!母様」
扉から入ってきたのは、ラーラの母親のイザベルだった。
従者に大きな箱を持たせて、優雅に近づいてくる。
「久しいね。ところで、フィンは今日は留守なのかい?せっかく祝いの品を持って来てやったのにさ」
「祝い、ですか?」
「あぁ、そうさ!結婚が決まったんだってね!」
にっこりと笑ったイザベルを見て、ルッツとラーラは、すんっと表情を無くした。
これは仕方ないな、と諦めの境地に入る。
ここに知られたら、防ぎようもない。
しかし、間違った情報は訂正せねばとルッツは口を開く。
「いえ、正式にはまだ決まっておりません。婚約者候補の段階ですし、仮交際中です。どこからその話をお聞きになったのですか?」
「相手の母親さ。息子に相手が決まったって喜んでたよ。ルー坊の勧めでフィンから申し込みがあったって言って、感謝してたさ」
「…そうでしたか」
ルッツがあの二人を勧めたわけではないのだが、婚約者候補を作るように、フィンに留学の条件として提示したのはルッツである。
少し間違ったニュアンスで必要ないことまで伝わっていたらしい。
相手が喜んで話してたなら、口止めもしにくい。
フィンが歓迎されているということだからだ。
相手にとっては隠すようなことでもないし、フィンはあの二人なら、最終的に結婚してもいいと選んだのだろうから。
だけど、この惨事を引き起こした原因として、夫である騎士団長に責任をとってもらおう。第一騎士団の来年度予算削減で手を打つか、と公私混同で考えるルッツであった。
深い深いため息を夫婦で吐いた後、ラーラが何度目か分からない注意をイザベルにする。
「母様。来る時は事前に連絡してくださいと何度も言ってるでしょう?」
「したさ。あれ?届いてないかい?新しい方法で試してみたんだが…もしかしてフィン宛にしたから、本人の所へ直接行ったのかもしれないね」
「新しい方法ですか?」
新しく発売された魔道具で、音声を記録できる伝達用の玉があり、それを使用したらしい。
返信もできる優れ物なのだとか。
「フィンは今、留学中で国内にはいませんが、そんな遠くまで飛ぶ物なんですか?」
「ありゃ。もう行っちまってたのかい。少し遅かったようだね。んー?説明の時には、遠方まで届くとしか言ってなかったような…うん。分からないね!」
あっけらかんと答えられた。
もし届いてたとしても、フィンにはどうすることもできないし『僕は留学中だって言ったのに!』と今頃は憤ってることだろう。
そんなことをルッツたちが思っていると、イザベルの前に突然、ふっと青い玉が現れた。
それは、ふわふわと宙に浮いている。
「おっ、届いてたみたいだね。フィンから返事が来たよ」
その言葉に、先程まで大泣きしていたラルフとシャルロッテが、イザベルに駆け寄る。
「兄さま!?」
「フィン兄さまから!?」
「それがお返事なのですか?」
レオンもやってきて、玉を不思議そうに見る。
「そうさ。せっかくだ。みんなで聞いてみるかい?」
「「「はい!」」」
孫たちの元気な返事にイザベルは笑うと、青い玉を壁に向かって投げた。
ぱしゃん、と玉が弾け飛び、みんなが大好きなフィンの声が響く。
『ベルちゃん!』
あまりにもクリアな声に、ルッツとラーラは驚き、レオンたちは喜んだ。
「兄さまの声だ!」
一方的に記録する玉なので、会話ができるわけではない。手紙の音声タイプなので、フィンが話すだけとなり、そのまま言葉が続いていく。
『僕は九月から留学するって言ったでしょ!サプライズ禁止って言ったから、律儀に連絡寄越してくるのはいいけど、それが訪問してくる五分前とかやめてっていつも言ってるじゃん!』
ルッツたちの予想通り、フィンはプンプン怒っていた。
『どうせもう屋敷についてる頃だよね?これ、皆聞いてるのかな?今日は日曜だけど、父上は仕事かな?それとも久々のお休み?母上は編み物始めた頃かな?レオンとラルフはお勉強頑張ってる?シャルロッテの今日の洋服の色は黄色かな?」
当たっているわ!とシャルロッテは嬉しそうに、着ている薄黄色のスカートを持ち上げた。
『ティオは今日も大人しくお昼寝してそうだね。僕は元気にやってます。友達もできました。海も近くにあって、とても良いところです。勉強は大変だけど、毎日頑張ってます。またお休みの時に帰りますね。みんなに会える日を楽しみにしてます。それから、あっ!ベルちゃん、そのお祝いはせっかくだから有り難く頂きますけど、まだ決定じゃないんで!大々的にパーティー計画とかしないように!それでは!』
そこでフィンの声は途切れた。
「うん?何だ、決定じゃなかったのかい。困ったね。会場を手配しちまったよ」
イザベルの言葉に、ルッツはフィンの勘の良さを称賛しつつ、しっかり説明せねばと決心したのだった。
「何でそんなことを留学の条件にしたんだい?関係ないじゃないか」
書斎に移り、改めて説明をした後、イザベルに呆れたように言われ、ルッツの頬が引き攣った。
正論だからだ。
ルッツは咳払いをしつつ、言い訳を始めた。
「いや、あの子は無自覚ですが、他人に好かれやすいんです。防波堤になるような人をきちんと決めておいた方が、安心かなと思いましてね」
「防波堤?そんなことをしなくても、フィンはそっち方面は鈍そうだから、秋波を送られても、笑顔でスルーするだろうさ」
確かに。
「ですが、流されやすいところもあります。側にいれば、私たちが守ってやれるのですが」
ルッツの言い訳を聞きながら考えていたイザベルは、ピンっときてニヤリと笑った。
「ははぁーん。そうか、分かったよ。フィンが奥手なのをいいことに、無理難題を条件に出して、留学を諦めさせようとでも思ってたんじゃないのかい?」
「!!!」
ズバリと本心を当てられ、ルッツは言葉に詰まった。
思わず視線を逸らしてしまう。
「あははははっ!ルー坊、あんた可愛いとこもあるねぇ。そんなにフィンと離れるのが寂しかったのかい?」
「ちょっと、母様!ルッツをあまり苛めないであげてください」
ラーラはルッツの思惑を薄々理解していたが、そっとしておいたのだ。
結果、ルッツはフィンに見事条件をクリアされ、離れ離れになっただけでなく、嫁の行き先までも決定してしまい、しばらく落ち込んでいた。
再び、しょんぼりし始めたルッツをラーラが慰める。
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