異世界転生したら養子に出されていたので好きに生きたいと思います

佐和夕

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第二章

58話 学校生活

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 授業の終わりを告げる鐘が鳴り、先生が締め括りの言葉を口にすると、室内の空気が緩んだ。
 一斉に皆が動き出す。
 俺も出していた教科書とノートを片付け、後ろを振り返った。

「イド。お昼食べに行こ」
「おう」

 ルームメイトのイドとは、クラスも同じで席も前後だった。
 一年のクラスはAからFまであり、俺とイドはFクラスだった。
 一年のクラスは入試の順位によって振り分けられている、と誰かが話していたのを聞いたが、本当かどうか分からない。
 入学してすぐに行われた学力テストの結果では、イドが学年三位だったからだ。
 ちなみに俺は四十五位だった。
 三位と四十五位が同じクラスになるのはおかしいし、成績順ならイドはAクラスのはずで、Fクラスなのは変だ。
 まぁ、入試は筆記の他に魔法実技の試験もあったから、勉強ができるだけで順位が上、というわけでもなさそうなのだが。
 俺は横を歩いているイドをチラリと見上げた。
 イドは学校では、顔の四分の三を覆うことができる面をつけていた。
 顔の右下部分、口元の半分と右頬だけ肌が露出している。

『見て気持ちのいいもんでもないからな』

 そう言って、蔓のような模様が浮き上がっている左顔面を隠すように、外では面をつけるようにしているらしい。
 暑くないのかと聞いたら、温度調整ができる魔法がかかっているらしく、特に気にならないそうだ。
 俺がイドの顔を気持ち悪く感じるなら、部屋でも面をつけると言われたが、それは断った。

『別に気持ち悪くないし、部屋でも面をつけてるなんて、しんどいじゃん』
『気を使わなくてもいいぞ』
『使ってないし』
『本当か?』
『うん。顔に模様があるだけでしょ?』
『模様…』

 俺の言葉に、イドは目を丸くすると、しばらく腹を抱えて笑っていた。何がそんなにツボに入ったのか、さっぱり分からん。
 イドは意外と笑いの沸点が低かった。

 イドと連れ立って食堂へと向かうと、中はすでに多くの人で賑わっていた。
 この学校は土地がとても広く、食堂も充分な広さで作られており、席が空いてなくて座れない、ということはあまりなかった。
 ただ、注文カウンターは二つしかないので、そこはどちらも差はあれど、長い列ができている。
 二つのカウンターで出されているランチのメニューはそれぞれ違い、端的に言うと、一つは金持ち向けの豪華ランチで、もう一つは庶民のお財布に優しい安価なランチだった。
 その為、金銭的な事情で、ほぼ身分とイコールで二つに自然と別れた。
 俺とイドは、安価なメニューを出す注文カウンターの方に並んだ。
 その時、自分の名前が呼ばれ、どきりと心臓が高鳴った。
 
「フィン様」

 俺は反射的に振り返りそうになったのを、ぐっと堪える。
 ここで、フィンと呼ばれることはない。
 少し間をおいて、そっと振り返ると、入寮の日に俺を突き飛ばした男が座っているのが見えた。
 相変わらず取り巻きの男たちに囲まれており、高飛車そうな態度だ。
 その男に向かって、取り巻きの一人が声をかける。

「フィン様。今日は何のランチがよろしいですか?」
「そうだな。今日は特Aランチにしよう」
「かしこまりました。運んで参りますので、少々お待ちくださいませ」
「あぁ、五分だけなら待ってやる」

 その言葉を聞いて、話しかけていた取り巻きの人の頬が引き攣ったのが、遠目で見ても分かった。
 注文カウンターには大勢の人が列に並んでおり、五分など並んでいるうちに過ぎてしまう。

 なーにが、待ってやる、だ。
 自分で取りに行けよな。
 それか、待てないなら食べなくていい。

 俺は嫌なものを見たと、視線を前に戻した。
 校訓の中には"生徒すべてが貴賤なく、平等である"というものがある。

『学校の中では、王族、貴族、平民などの生まれは関係なく、すべての人は同じ生徒であり、対等の立場です。お互い切磋琢磨し、共に成長していきましょう』

 入学式の時に、校長先生が言った言葉だ。
 だが、それがただの綺麗事であり、大きな顔をして、平民をゴミと一緒みたいな目で見て扱う貴族がいたとしても、誰もそれを咎めないのが実情だ。
 そして、平民をゴミと思って扱う代表格が、あのってやつだ。
 俺と同じ侯爵家で、瞳の色も本来の俺と同じ青色だった。髪色も近く、ベージュのような色に、パーマをかけたようなキツい癖がある髪質だった。
 あんな奴と共通点が多く、しかも同じ名前なんて、と俺はこっそりため息を吐いた。
 その時、後ろから少し強めに背中を押される。

「おい、五号。次、お前の番だぞ」

 前を見ると、すでに注文カウンターの一番前まで来ていた。
 後ろを振り返ると、オレンジ色の髪に少しつり目の小柄な人がいて、早くしろと睨まれたので、慌てて頭を下げる。

「ごめんなさい!すいません。Cランチ一つください」
「はいよ!」

 素早くトレイに乗せられたランチを持って、カウンターから離れた。
 ちらりと先程後ろにいた人に視線を向ける。
 知らない顔だったが、ネクタイの色が違うので、上級生だろう。
 上級生にまで『五号』って呼ばれた。
 正確に言うなら『五番目のフィン』だ。
 この学校には、フィンという名前の人が、何と俺も合わせて五人もいる。
 フィンって名前が、こんなにメジャーだなんて知らなかった。


『名前はそのままでいいんじゃないか?』

 俺の家庭教師である、ユーリ・シュトラオスはそう言った。

『ここら辺ではあまり聞かないが、フィンが留学する国では、フィンという名前の人は多い。学校に入学したら、多分、二、三人はいると思う』

 前世でいうところの、佐藤さん、鈴木さんみたいなものだろうか、とその時は思った。

『木を隠すなら森。フィンを隠すならフィンだ。平民は苗字がないから、ただのフィンとして入学すれば問題ないだろう』

 先生は、上手いこと言ったみたいな顔して一人で頷いている。
 何だ。フィンを隠すならフィンって。
 こいつもフィンかって思われて、逆に目立たないだろうか。
 その時は不安に思ったが、慣れない環境で、違う名前で生活するのも大変かもな、と思いそのままでいくことにした。
 しかし、まさかの五人もいるとは。
 一年に二人、二年に一人、三年に二人いるらしい。
 入学して二日目に、三年生のフィンと名乗る人物の一人が、友人と共に教室までやって来た。
 フィンという名の奴は出てこい!と一年Fクラスの教室に向かって、大声で突然叫んできた。
 昨日、クラスで自己紹介したばかりだというのに、教室にいた生徒の視線が一斉に俺に突き刺さる。
 一番チビだったから、すぐに覚えられたんだろうか?
 隠れることも出来ず、俺はしぶしぶ、その男の前まで名乗り出た。

「僕の名前はフィンですけど、それが何か?」

 その男は、ちょこんと出てきた俺を見て『何と嘆かわしい』と言いながら額に手を当て、首を振った。
 いきなり何だ。そしてあんたは誰だ。

「私はジモン・スフィン・アルツハイン。私が三年生で一人目のフィンだ」

 目の前の男は、腕を組み胸をそり返して、横柄にそう、のたまった。
 いや、フィンですよね。
 それはフィンじゃないと思います。
 しかもそれはミドルネームで、ファーストネームはジモンですよね。
 ジモンさんではないでしょうか。
 心の中で突っ込み、とりあえず表面上は同意してみる。

「はぁ、フィン先輩でしたか。同じ名前ですね」
「違う!大いに違う!」

 いや、違うけど。あんたが無理矢理一緒の名前だと言ったんでしょうが。
 エセフィン先輩は、自分は祖父の名前を継いだ高貴なるフィンであり、平民でショボい俺とは雲泥の差があると、力説してきた。
 この国の前国王がフィンという名前だったことは知っている。
 この目の前の先輩は、前国王の孫で、現国王の姉の息子らしい。
 前国王は民に慕われた偉人で、前国王が亡くなった後に、自分の子どもにフィンと名付ける国民が多かった。だから、その数年間に生まれた子どもの中には、多くのフィンが存在するようになった、と先生が言っていたことをを思い出す。

「だから、お前は五号だ。今この瞬間から、学校内でフィンと名乗ることは許さん」

 フィンって名前なのに名乗るなとは、随分と自分勝手な言い分だ。
 別に許してくれなくても結構ですけど?

「五号、ですか?」
「この学校には私も含め、他に四人のフィンがいるからな。平民のお前が一番身分が低い。だから五号だ」

 当たり前のように、身分で差別発言をする。
 俺は首を傾げた。

「学校内では皆、平等。身分の貴賎はないはずでが」
「そんなもの、建前に決まっているだろう」

 そんな戯言を信じるなど愚かだな、と鼻で笑われた。
 俺は、眼鏡の下の目をすっとすがめる。

「平民も貴族も王族さえも、皆、同じ人間であり、尊い命だ。そこに優劣はない。身分など些細なことで、皆、友になれる。…この言葉をご存知で?」
「知らんな」
「フィン前国王のお言葉ですが」
「もちろん知っている」

 あっさりと先輩は前言を撤回した。
 我が祖父ながら、素晴らしい言葉だと頷いている。

「ご存知のはずなのに、先程の先輩の発言は、フィン前国王のお言葉と反しているように思えますが」
「他の者が、それを気にするのだ。私は構わんのだがな。仕方ないのだ」
「そうなんですか」

 そうなのだ、と頷いて、エセフィン先輩は『とりあえずそういうことだ!』と言って、友人と共に去って行った。
 一体何だったんだ。
 俺が自分の席に戻ろうと教室内を振り返ると、室内にいた皆がさっと顔を逸らした。
 どうやら、俺が先輩とやりとりしていたのを、皆が注目して見ていたらしい。肩を震わせて笑いを堪えている人が数人いるのだが、何故だろうか。
 見ていたなら話は早いと、俺はさっそくクラスメイトに向かって宣言した。

「僕は今日から五号になったらしいので、ゴーちゃんって呼んでください」

 その瞬間『ぶはっ!』と盛大に吹き出したのは、俺のルームメイトであるイドだった。




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