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第100話 一緒に行こう
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「だって……ルカは王子様なのに、お料理をして、洗濯をして、私の面倒を見て…… とても王子様にはみえません。普通なら、全部やってもらう方なのに、自分で何でもできちゃうんですから」
「ふふん、万能王子と呼んでほしいな」
茶目っけたっぷりに彼はいいました。
「ルカはお隣の国の、海国ラブールの王子様……で間違いないんですよね?」
「ああ」
「どうして最初に私に騎士だっていったんです?」
「騎士なのも間違いない。銀翼騎士団の騎士だったのは本当だからな。
何もかも最初から明かし過ぎるのはいいことじゃないし、それに……面白くないじゃないか。君だって、最初は聖女だと言わなかったろう」
「私は、あなたに会った時から今まで、ずっと聖女だったことはありませんよ。元聖女です」
まぁそうか、と彼は笑いました。
「このパイは君の母上のレシピなのか?」
「ええ」
「君の母上はどんな人だったんだ?」
「どんな、ですか。そうですね、よく笑う、明るい人でしたよ。
だから私、母の笑顔をよく覚えています。
ちょっとおせっかい焼きで親切で、人にも私にもいろんなことをしてくれました。一緒にハーブを育てたり、料理をしたり、お菓子やパイも作りましたね……母はなんでも料理が上手だったんですよ、ルカみたいに」
私は、遠い昔、子供の頃、一緒に暮らしていたお母さまのことを懐かしく思い出していました。
「あとは、すごく色んなことを知っていたんです。
森で食べられるもの、キノコとか、木の実とか……野草のことを教えてくれたのも母です」
「物知りだったんだな」
「ええ、何でも知っている人で、勇気のある、優しい人でした。
そうだ、ルカのお母さまは、どんな方だったんです?」
「優しい人だったよ」
「今はどうしているんです?」
「もう亡くなってしまった。ずっと昔に」
あ、しまった、なんてことを聞いてしまったんでしょう。
という顔をしていたのか、ルカは気にするな、と言いました。
「俺たちは似たもの同士だな、ルチル。親もなく、国に戻れなくなったってところが。まあ、今のところはだが」
はは、とおかしそうにルカが笑うので、私はどう反応したらいいのか困りました。
「笑い事じゃないでしょう。
王子様なら、もう少し国に帰りたがりそうなものですが」
「いやぁ、この森の方が、ある意味気楽で、いいところもある」
「あなたは国よりこちらの森が好きなのです?」
「ああ、そうかもしれないな」
「そうなのですか? てっきりこの森のことは、それほど好きではないのかと思っていました。呪いで……ここに来たとおっしゃっていたので」
「最初は……まぁ複雑な気持ちではあったが、住んでみればそう悪くはなかったよ。
後継者争いやなにやら、権力にまつわる煩わしいことも何もないし」
変わった人だなぁ、と私は思いました。
神殿から宮廷を見ていると、一度持ってしまった権力や立場を、何とも思わなくなるというのは、私から見て、とても難しいことのように思えました。
今の王と王兄のアライス殿下の確執と争い、日々聞こえてくる貴族たちの足の引っ張り合い。
誰もが今手にしている力を、いかに広げるか、維持するかに、やっきになっているようにも見えるのです。
「……ルカは、珍しい人なのですね。権力に近いのに、全然それに興味がないみたいに見えます」
「はは、そうかもな。
王宮よりも森の方がかえって楽しいくらいかもしれん。ここは妖精たちが遊びに来るし、アルドも時折きてくれる。何より、君がいるのが面白い」
「私……が面白い、ですか?」
「ああ。君がいると楽しいよ」
「そう思っていて下さるなら、とても嬉しいです」
えへへ、ほんとにちょっと嬉しかったのです。
「私も、ルカがいると楽しいです。
それに、最初に森に逃げてきたとき、誰もいなかった、なんてことにならなくて良かったって、今なら思いますもの。きっと、ルカがいなかったら困っていたと思います」
「そうか」
ルカはちょっと嬉しそうにすると、パイを食べる手を止め、私をじっと見ました。
「……ただ、な。森もいいところだが。
ルチル、俺の国に一緒に行かないか?」
「ふふん、万能王子と呼んでほしいな」
茶目っけたっぷりに彼はいいました。
「ルカはお隣の国の、海国ラブールの王子様……で間違いないんですよね?」
「ああ」
「どうして最初に私に騎士だっていったんです?」
「騎士なのも間違いない。銀翼騎士団の騎士だったのは本当だからな。
何もかも最初から明かし過ぎるのはいいことじゃないし、それに……面白くないじゃないか。君だって、最初は聖女だと言わなかったろう」
「私は、あなたに会った時から今まで、ずっと聖女だったことはありませんよ。元聖女です」
まぁそうか、と彼は笑いました。
「このパイは君の母上のレシピなのか?」
「ええ」
「君の母上はどんな人だったんだ?」
「どんな、ですか。そうですね、よく笑う、明るい人でしたよ。
だから私、母の笑顔をよく覚えています。
ちょっとおせっかい焼きで親切で、人にも私にもいろんなことをしてくれました。一緒にハーブを育てたり、料理をしたり、お菓子やパイも作りましたね……母はなんでも料理が上手だったんですよ、ルカみたいに」
私は、遠い昔、子供の頃、一緒に暮らしていたお母さまのことを懐かしく思い出していました。
「あとは、すごく色んなことを知っていたんです。
森で食べられるもの、キノコとか、木の実とか……野草のことを教えてくれたのも母です」
「物知りだったんだな」
「ええ、何でも知っている人で、勇気のある、優しい人でした。
そうだ、ルカのお母さまは、どんな方だったんです?」
「優しい人だったよ」
「今はどうしているんです?」
「もう亡くなってしまった。ずっと昔に」
あ、しまった、なんてことを聞いてしまったんでしょう。
という顔をしていたのか、ルカは気にするな、と言いました。
「俺たちは似たもの同士だな、ルチル。親もなく、国に戻れなくなったってところが。まあ、今のところはだが」
はは、とおかしそうにルカが笑うので、私はどう反応したらいいのか困りました。
「笑い事じゃないでしょう。
王子様なら、もう少し国に帰りたがりそうなものですが」
「いやぁ、この森の方が、ある意味気楽で、いいところもある」
「あなたは国よりこちらの森が好きなのです?」
「ああ、そうかもしれないな」
「そうなのですか? てっきりこの森のことは、それほど好きではないのかと思っていました。呪いで……ここに来たとおっしゃっていたので」
「最初は……まぁ複雑な気持ちではあったが、住んでみればそう悪くはなかったよ。
後継者争いやなにやら、権力にまつわる煩わしいことも何もないし」
変わった人だなぁ、と私は思いました。
神殿から宮廷を見ていると、一度持ってしまった権力や立場を、何とも思わなくなるというのは、私から見て、とても難しいことのように思えました。
今の王と王兄のアライス殿下の確執と争い、日々聞こえてくる貴族たちの足の引っ張り合い。
誰もが今手にしている力を、いかに広げるか、維持するかに、やっきになっているようにも見えるのです。
「……ルカは、珍しい人なのですね。権力に近いのに、全然それに興味がないみたいに見えます」
「はは、そうかもな。
王宮よりも森の方がかえって楽しいくらいかもしれん。ここは妖精たちが遊びに来るし、アルドも時折きてくれる。何より、君がいるのが面白い」
「私……が面白い、ですか?」
「ああ。君がいると楽しいよ」
「そう思っていて下さるなら、とても嬉しいです」
えへへ、ほんとにちょっと嬉しかったのです。
「私も、ルカがいると楽しいです。
それに、最初に森に逃げてきたとき、誰もいなかった、なんてことにならなくて良かったって、今なら思いますもの。きっと、ルカがいなかったら困っていたと思います」
「そうか」
ルカはちょっと嬉しそうにすると、パイを食べる手を止め、私をじっと見ました。
「……ただ、な。森もいいところだが。
ルチル、俺の国に一緒に行かないか?」
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