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PART12

君の事を好きになる確率は0%

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◆◆◆◆◆◆◆◆◆


課長に連れられるままに、空港まで来てしまった。
旅行シーズンでは無いこの時期のロビーは、人通りもまばらで、私が知る限りで一番ゆったりとした時間が流れている。

桜庭くんと待ち合わせしたカフェに着き、腕時計に目を落とすと、ちょうど約束の時間の15分程前だった。

いつも待ち合わせの時間より早く待ってくれた彼の姿はまだない。


「俺、その辺で待ってるから」


課長はそう言い残すと飄々とカフェから離れて行った。
相変わらず目に温度を宿していない、冷めた瞳をしていたが、どことなく優しさのような暖かさを感じてしまう。

私が逆の立場なら、こんな風に思い遣る事なんて出来ただろうか。
嫉妬だとかそんな心情とは無関係に、きっと面倒臭がって相手を空港まで送り届けて、更に事が終わるまで待ってたりなんかしないだろう。

持て余した時間でコーヒーをオーダーすると、見覚えのある女性が窓際のカウンター席に座っているのが見えた。
何で……?こんな所に……。

様々な疑念が頭の中で渦巻く。


「祥……子……?」


祥子は長い黒髪を眼鏡のつるの部分に掛けて、私を見上げてきた。彼女は眉を上げて『あら?』と、偶然また再会した旧友に懐かしむようにして言葉を発する。


「里帆っ、こんな所で会うなんて。旅行でも行くの?」


「いや、仕事でちょっと、ね……。祥子こそ……そのキャリーバッグは、……旅行?」


祥子の足元にはかなり大きめのキャリーバッグが2つもあり、一泊や二泊の荷物では無い事は明らかだった。


「旅行じゃないわ。私、アメリカで仕事しようと思って。昔から夢だったの。いつの日か大好きな映画に出てくる主人公みたいにアメリカでバリバリ働きたいって」


目を伏せてホットコーヒーを優雅にすする祥子。
曇る眼鏡を見つめながら私は困惑してしまい、次に掛ける言葉を探していた。

その時、耳に心地の良いテノールボイスが私達の背後から聞こえてきた。


「榊原さんって、もしかして行き先セントルイス?」


「桜庭くん!奇遇ねこんな所でまた会えるなんて。そうなの。もしかして桜庭くんも?」


「桜庭くん?って……」


苺とチョコのソースがたっぷりと乗った生クリーム入りのコーヒーを片手に、桜庭くんは可笑しそうにクスクスと笑った。

私は呆然と立ち尽くし、祥子の顔をチラリと盗み見る。
桜庭くんと会えてよほど嬉しいのか、祥子の顔はいつになく満面の笑みが浮かんで張り付いているようだった。


「同じ日にセントルイスへ発つなんて、こんな偶然あるのね」


「偶然……ねぇ。俺、一言もセントルイスに行くだなんて言ってないのに。
俺の行き先、マンハッタンの方だよ」


「え……嘘よ、セントルイスのはずじゃ」


祥子の顔から血の気が引いたと同時に、桜庭くんの口の右端が釣り上がって乾いた笑いに拍車がかかった。


「え、昨日変更したよ?俺、間違えてセントルイス行きの便を予約してたみたいで。空きの席があって良かったよ」


「そんな、え、だって、昨日?」


「そんな狼狽えてどうしたの、榊原さん。俺がマンハッタンに行く事で何かお困りでしょうか?
それとも何?俺が自分のスマホだけで予約変更すると思ってたんだ?昨日は前の会社の社用スマホを返却しそびれてて、何となくその端末で予約ページの操作をしてたんだよねー……」


桜庭くんは大きな瞳をニッコリとした笑顔で細めて、祥子の青ざめた顔を覗き込んだ。


「俺さ、ハッキングとか盗聴とかを専門にやってる探偵の友達いるんだよね。大分前から分かってたよ、榊原さん。里帆の事、ストーキングして盗撮したのも君でしょ?」


嫌な予感が的中してしまった。しかもここまで深刻な内容だったとは、夢にも思わなかった。


「皮肉にもそのお陰で里帆の浮気は明るみになったけど、こんな事をしても俺が君を好きになる確率なんて今後も0%だから。ね?」


祥子の土気色の顔を見て私は膝が震えるのを感じ、一歩ずつ後退りをした。


「同窓会にわざと里帆だけを誘わなかったのも榊原さんでしょ?
委員長で幹事だもんね。里帆、今でも君のこと親友だと思ってるみたいなのに。可哀想な里帆」


桜庭くんは手に持っていたコーヒーのカップを、祥子の頭上に掲げてゆっくりと逆さにした。

祥子の顔に、ボタボタと苺とチョコのソースにまみれた生クリームと氷が落ちていく。









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