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PART4

課長とウキウキご飯デート…のはずが!?

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◆◆◆


割と重要な案件が重なっていたけど、月曜に回せるものは回して、私と課長は珍しくも同時に定時で退社した。
いつもだったら『今日できる事は明日に回すな』と、働き方改革を無視した台詞を冷たく言い放たれるのだけど、ご飯の約束をしてからの課長は何故だか優しい。
それだけで人生楽しくって、笑い転げてしまいそうだった。

丸善屋の大好きなニンニク入りの激辛味噌、白髪ネギとほうれん草山盛りのラーメンを前にして、私は真っ白な紙エプロンを首の後ろで結んだ。

この時の為に昼休みはランチも食べず、仕事しまくって定時に切り上げたんだから。
たっぷり食べよう!そう意気込んでいると、カウンターの隣の席にいる無表情の課長が私を見つめてきた。


「え。お前、ラーメン屋に来て紙エプロン着けるの?」


「えー、着けます着けますぅ。だって服にスープがはねるじゃないですかあ!」


「大人で服に汁がはねるなんてお前だけだよ」


バキッと割り箸を豪快に割って嘲笑されるも、箸の割れ目が歪な線を描いていて、課長らしいと何だか可笑しく思えた。


「そんな事ないですってー!みんな着けてます!」


「みんなって誰だよ、アホか」


「アホって……!もー課長はいつも私をバカとかアホとかブス呼ばわりするんだからぁ!」


ニンニクの効いた油ギトギトのラーメンをズルズルすすりながら上司とこんな話をするのも悪くない。
前職での劣悪な環境を思い出しながらしみじみとチャーシューを噛み締めた。


「いつもじゃねーよ」


「え?毎日ですよ?1日1バカは頂いてますけど?」


「俺、そんなにお前の事バカとか酷い事言ってる?」


「ふぇえ!?課長、若年性認知症ですか?」


「お前こそ俺の事バカにしてんだろ」


そう言いながら課長は眼を細めて笑った。
嗚呼、心臓が激しくバウンドするのを感じる。

課長曰く、そこまで毎日暴言を吐いている覚えはないらしい。パワハラを隠蔽しようとしているのか、本当にそんなつもりはないのか定かではないが、今日のところはそう言う事にしておこう。


◆◆◆


食事を終え、課長の年齢に見合わない高級車に乗り込んだ。


「さっきの話の続きじゃないんですけど、私、けっこう課長にバカって言われるの嫌じゃないですよ」


そりゃあ言われるとたまには堪える時もあるけれど、基本的には悪意のあるニュアンスは感じないし、私の事を信頼した上での言動である事は認識しているからだ。

私みたいな受け取り手も存在するから、この世からパワハラが撲滅しないのだろうか?と頭の片隅で思案した。


「あ、そう。お前も変わってるな……。
俺が作業所に配属されてた頃は、20も30も歳上の下請けの職人とも対等にやり合っていかなきゃならなくて、指示を出せば相手から『バカ』とか『はっ倒すぞ』とか『殺すぞ』とか怒鳴られる社員もいたし、歳上と働くという事はそんなものかと真面目に捉えてた」


「職人さんに殺すぞなんて言われるんですか?現場って怖い……」


「そりゃ全員が全員そうではないし、言ってきたのは一部の人間だが、まあ相手も悪意があって言ってるわけじゃないからな。それ位、建築ってのは命懸けでやらないと、人がそこに入って生活するわけだからミスがあれば人の命に関わる。
……で、そのノリでうちの本社の人間と接してたら総務部に飛ばされた」


「と、言うと?」


「だから。入社したての新人がミスした時なんかに、お前に言うみたいにバカだのアホだの言って注意してたら、そいつパワハラだって上に報告しやがったんだよ。
幸い、それまでの業績があったから今もそれなりの役職は付いてるけど。ぬるい世の中になったよな」


「まあ、殺すってワード自体が恫喝ですからね……バカやアホも思いっきりパワハラですし。時代は変わったと実感します。
……私は前職にいた頃、上司に無視されていた時期がありまして。私にとってはバカやアホ等の暴言よりも、無視の方が堪えました。だから、課長から色々と言われても、反応を示してくれるだけありがたいと言うか」


シートベルトを指で弄り回しながら俯いて、昔の苦い記憶を反芻する。話の流れとは言え、課長に前職の上司の話をするのは避けたかった。


「なぜ無視なんかされた」


夕暮れの西日が眩しいのか、課長は訝しげに目を細めて単刀直入すぎる質問を寄越してきた。
注目して欲しかったのは、それが暴言だとしても反応を示してくれる課長に私は好感を持っているという点なのだが、それとは違う部分にフォーカスを当てられてしまい、思わず言い淀む。


「えと……それは、実は……こんな事、私も課長に言うのははばかられるのですが、当時の上司に私は恋心を持ってしまい、ですね。居ても立ってもいられず告白してしまったんです。そしたら、見事に振られてしまって。まあ、そこまでは恋愛のよくある出来事として受け入れてたんですけど、何故か翌日から無視されるようになったんです」


「はあ、意味分かんねえ奴だなそいつ」


少し苛立ったような口調で課長は言った。
その様子に何故だか嬉しくなってしまい、自分はこの反応を実は期待していたのでは無いかと心の片隅で分析をしていた。


「とても生真面目で厳格な人でしたので、おそらく私が振られた腹いせにセクハラだと騒ぎ出す事を懸念していたんじゃないかと……。
大半の人は、上司から無視をされ続けられたら居づらくなって辞めるじゃないですか。まあ、私はブラックな勤務形態も重なった事もあり、心身共に辛くなってその目論見通り辞めちゃいましたけどね」


「……俺はそいつの心情が解せない。
普通そういう状況になったら、自分に好意を抱く女には優しくするもんじゃないのか?俺だったら嬉しいし、むしろ次の日から構い倒したくなるけど」


胸の中が暖かくなり心拍数は高くなった。ドキドキする心音の大きさを確認すると、今度は胃の辺りも脈を打っているのを感じた。
頭の芯から血の気が引いていく。課長へのときめきで、ついに性器を触らずしてオーガズムを得られる体に進化したのか。そう自分に感心していると、どうやら事態はそれとは違う方向へシフトしている事に気付いた。

ひどく胃が痛みだし、頭の芯が冷たくなっていく。
オーガズムに似たそれは、すぐに身体の危険信号だと察した。胃の経験した事のない痛みと、もたつきを覚える。
クールにハンドルを握る運転姿が最高にカッコいい課長を脳内に焼き付ける絶好の機会なのに、私の体調は絶不調に陥った。


「……この後、どうする」


ああああ。胃が私に怒りをぶつけているとしか思えない位、暴れ回っている。
まるで体内で関ヶ原の合戦が繰り広げられているかの如くだ。
せっかく課長が、実は照れ屋で不器用でツンデレなのを一生懸命に隠して、キザっぽく私を夜の大人デートにリードしてくれてるのに!!
私の胃よ!!後生のお願いだから、鎮まりたまえ!

これまでの人生で積んでおいた全ての徳を使い果たしたのか奇跡的に痛みの波が下がり、私は数秒の間を空けて課長に返事をする事が出来た。


「あ……、その前にちょっとコンビニ寄ってくれませんか?喉乾いちゃって」


冷や汗がジワジワと沸き出るのを生々しく感じながら、何も悟られないように自然な感じを演出して私は言った。
これ、すぐトイレに行かないと、次こそでっかい波がくる奴だ……!!
そう脳内で叫び、今度は脂汗を掻きながら、課長が何も聞かずにコンビニに駐車してくれる事を切に願った。


「そこの角のとこでいいか?」


「はい!」


良かったあぁー!!
私は転職活動の面接の時の如く、冷や汗と脂汗をブレンドしたような灰汁を全身から排出させて、身動きひとつせずコンビニに着くのを待った。

課長が車を駐車させると、私は慌てた様子を見せないように不自然な咳払いをしながらシートベルトを解除してゆっくり車内から出た。このタイミングで急ぎ足でトイレに行くと、絶対に『こいつギリギリだったんだな』と悟られてしまうからだ。

幸運な事にトイレに先客はおらず、個室に入り込むなり私は急いで便座に座った。お花畑の映像と共に極楽浄土へ召される。

胃の痛みと下腹部のゴロつきは収まったものの、頭の芯が冷える。
ひどい貧血のような症状だ。

もう二度と激辛ラーメンなんかデートで食べるもんか!!!


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