教師真由美の密かな「副業」 〜教師と生徒、2人だけの交換条件〜

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2つの現実の狭間で

2つの現実の狭間で ~自分だけの「もう1人」の先生~ 3

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 優也は廊下の突き当たりにある面談室の前で立ち止まると、一呼吸置いて気持ちを落ち着かせてから静かにノックをしました。

「森沢先生、真壁です」
「どうぞ入りなさい」

 ドアの向こう側から真由美先生の声がします。いつも優也に向けている少し冷たそうなトーンの声が、彼の心を更に刺激しました。

 緊張しながらゆっくりとドアを開けると、パーテションで仕切られた部屋の真ん中に一つのテーブルがあり、その両側に3つづつ椅子が並んでいます。
 真由美先生はテーブルの上に置いたノートパソコンに向かってキーボードを操作していました。部屋に入る優也に少しだけ視線を向けると、正面の椅子に座るように促しました。

「ちょっと待っててね」

 言われた通り椅子に座ると、視線の置き場に戸惑い、無言のまま顔を伏せました。部屋の中は、真由美先生が操作するキーボードとマウスの小さな音以外は何も聞こえません。
 ずっと想い続けている先生と2人きりだからなのか、彼にとっては少しの沈黙がとても長い時間に感じられました。


「真壁君、ちょっとこれを見て」

 真由美先生はノートパソコンの画面を優也に向けました。

「今日はね、昨日みたいな進路指導じゃなくて、カウンセリングだと思って先生の話を聞いてね」

 その声はいつもと違って、優也に優しく語りかけるような話し方でした。

「このグラフを見て欲しいの。真壁君の成績が下がっているのは今年の4月からなのね…… それまでは平均よりは少し良かったのに、急に下がった感じかな」

 先生の正面に座らせられた優也は気持ちが落ち着かず、パソコンの画面に表示されているグラフや数値を見せられても上の空でした。彼はマウスに触れる先生の美しい指先や、語りかける柔らかそうな唇に気持ちが行ってしまったのです。

「下がっている科目は主に英語と数学なの。勉強時間がそのまま成績に表れる科目ばかりが下がっている感じかな……」

 真由美はその場を取り繕おうと頷く優也を見て、原因は根深いところにあるのではと思いました。

「ねえ、勉強に集中出来ないような悩み事とかあるの?」

 優也はハッとして真由美の目を見ると、慌ててまた顔を伏せました。先生に対する想いがつのって、4月頃から何も手に付かないなどとは言えません。
 ましてや、その感情を鎮めるために、毎晩、先生を想い浮かべながらの自慰にふけり、勉強が疎かになっているなど絶対に口に出来ないのです。

 暫くの間を置いてから、彼女の問いかけを否定するように首を振りました。

「先生、さっきも言ったでしょ。今日は進路指導じゃなくてカウンセリングだって」

 頑なに口を閉ざす優也を見て、真由美自身も少し申し訳ない気持ちになっていました。

(無理もないか…… 今まで少しきつい言葉で話しかける事が多かったのに、急に悩みを打ち明けろって言っても……)

 彼の成績が下がっていることで、自分でも少し厳しい態度で接していたとは感じていました。だけどそれは生徒のためを思えばこそで、彼女の教育方針でもあったのです。

 彼女は今まで、自分自分に対しても厳しく律してきました。大学受験も高い目標を定めて勉強に打ち込み、難関の国立大に合格することが出来たのです。
 学生時代も真面目に授業に取り組み、イベント企画のサークル活動でも、周りの目を引くような華やかな活躍をしてきました。

 真由美は生徒達に対しても、高い目標を持ってそれに向かって努力することを求めていました。そのため、成績が下がる生徒はきっと勉強を怠けているからだと思ってしまうのです。時々、そんな自分に自己嫌悪を感じることもありました。

 生徒一人ひとりが、それぞれ違う事情を抱えていることも理解していましたし、特に思春期が過ぎたばかりの年頃の子は、それなりの悩みを抱えていることも理解していました。

 それもあって、真由美は成績の思わしくない子に少し厳し目に接してしまうことを改めたいと思っていたのです。

 真由美はノートパソコンの画面を自分に向けると、再びマウスとキーボードでデータを操作していました。

「真壁君、ちょっとこっちに来てくれるかな」

 彼女は優也に対して、隣りの椅子に座って一緒に画面を見るように言いました。彼は少し戸惑いながらも彼女の隣に来ました。

 優也の脈拍は、焦れば焦るほど早まります。今までこんなに真由美先生に近づいたことはありませんでした。手を少しでも動かせば真由美先生に触れそうな距離でした。

 …… 触れてみたい ……
 …… 一瞬でもいいから真由美先生の綺麗な肌に触れてみたい ……

「この棒グラフと折れ線グラフ、ちょっと比べてみて。テストでの弱点がわかるのよ。ちょっとグラフが小さいから見えにくいかな。近づいて見比べてね」

 優也は顔を画面の方に向けたまま、さらに真由美の側に近づきました。

 微かに甘い香りが漂います。
 それはとても甘くて、心地よくて、淡く纏わる切ない香りでした。

 先生の艶々した髪からなのか、それとも美しく透き通るような肌からなのか、まるで自分の理性をくすぐって弄ぶような微かな香りでした。

 それは性の願望に苛まれる年頃の優也にとっては、心を大きく乱す罪深い芳香なのかも知れません。彼は真由美に悟られないよう、その香りの心地よさに惹かれていたのです。
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