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7歳以降の僕 ♢就職編と見せかけて王宮編♢
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しおりを挟むムーラン皇子を案内したその日の夜。
ディー兄様と共に邸に帰った少し後に、父様とミー兄様も帰ってきた。
僕は毎日、仕事の終わる時間も帰る時間もきっちり決められているからいつも通りの時間に帰ってきたんだけど、父様への報告後からずっと僕と一緒にいてくれたディー兄様はもちろん、ディー兄様から報告を受けた父様とミー兄様もかなり早く仕事を切り上げて追い掛けるように帰ってきてくれたらしい。
他国の皇族を邸に招く事になったからその件についての話し合いの為だと思うけど、それぞれに休みが違う父様や兄様達だから、長期休暇で休みを合わせて以外でこんなに早い時間から家族全員が揃うのは本当に久しぶりだ。
父様も、父様の補佐のミー兄様も、軍部で二番目に偉いディー兄様もとっても忙しいから、全員の帰りが早いなんて皆が王宮に仕えるようになってからは初めて!
ディー兄様ともミー兄様とも一緒に寝れない日もあるのが当たり前になってきた最近は、もちろん三人で一緒に寝れる日も殆ど無くて。
今日久しぶりに三人で揃って寝られるかもしれないと、僕は一人とても浮かれた気持ちでいた。
難しい顔をしたまま夕食を摂りながら今日の事を話している父様と兄様達。
それに口を挟むことも無く、静かに耳を傾けながら優雅に食事を進める母様。
浮かれてにこにこしてるのは僕だけなんだけど、皆で顔を合わせての久しぶりの食事も、この後に一緒にお風呂に入って一緒に就寝出来るかもしれない事への期待も、とても僕の気持ちをふわふわと浮き立たせる。
嬉しいのが堪えきれないんだ。
にこにこしている僕を見て、母様がにっこり微笑んでくれる。
因みに僕は今、ミー兄様のお膝の上で給餌を受けてる。
今日はディー兄様がずっと僕と一緒だったからって。
最近はお仕事の関係で順番通りに交互にっていうのも難しいからか、二人揃った時はより僕と直近で一緒にいられなかった方が僕の世話をするって事になってるみたい。
この歳になっても兄様達といると全部兄様達がしてくれるっていうのは恥ずかしいを通り越して情けなくも思うんだけど、変わらず接して貰えるのは嬉しいし、ひとりの時はきちんと自分でしてるからって自分に言い訳してる。
して貰えるのが何時までも当たり前じゃ無くなるのが分かってるから、余計にこの時間を手放したくなくて。
それにしても父様がさっきから、絶対に他所にレティはやらんぞ!!!って意気込んでるんだけど、ちょっと血管切れそうな位になってきてる。
大丈夫かな…。
そんな雰囲気のまま進んだ夕飯も、最後にはやんわりと母様に宥められた父様が席を立ったのを合図に僕達も就寝の準備をする為に席を立つ。
そのままお風呂の準備をする為自室に戻ろうとしていたら(僕は戻ろうとするミー兄様の腕の中にいただけなんだけど)、母様に呼び止められて僕だけ母様の部屋に寄るように言われた。
母様がこの時間に僕だけ呼ぶなんて珍しい。
何だろう?
とっても不満そうなディー兄様と、不満そうな上に僕を降ろす気配が全くないミー兄様に声を掛けて、母様のご用が終わったら直ぐに僕も向かうことを告げ、渋々って様子のミー兄様に腕の中からそっと降ろして貰う。
持ち上げる時も降ろす時も凄くスムーズで、僕もそれなりに重くなってきたはずなのになって、昔から少しも変わらない安定感に感服する。
母様と一緒に母様の部屋に向かう僕を身動ぎもせず見送る兄様達に手を振って、ゆっくりと歩いてくれる母様の後ろにぴたりと着いて行く。
思えばサロンなんかでお茶を一緒にする事は多いけど、母様の部屋に招かれた事は殆ど無いなあ、なんてぼんやり考えながら。
そうしてるうちに、邸の奥まった方にある主寝室近くの母様の部屋に着いた。
ここに来られるのも社交に出る様になる歳までだろうから、もしかしたらこれが最後かもしれない。
──僕のデビュタントの話は未だに誰にも何も言われないけれど…。
「レティ、そちらに掛けて寛いで」
「はい、母様」
母様の専属使用人は皆、既婚者で、尚且つ出産経験者ばかりだ。
父様が母様を大切にしているから産む側の人間しか側に付けていないらしい。
その中でも僕で言う専属執事のルーの役割をしている使用人(母様の使用人のこの人は前世で言うならメイド長の役割の人)のリリサが紅茶を挿れてくれる。
リリサのフルネームはリリサナージャだったかな?
僕の邸では、使用人は皆愛称で短く呼ぶって決まってるんだよね。
我が家の家系独特の決まり事らしくて、昔からずっと続いてる仕来りらしいんだけど…その由来とか理由を詳しくは教えて貰えなかった。
僕がまだ子供だからか、家の事なんかで詳しく教えてもらえない事も結構多いんだよね…。
父様のお仕事とか、こう言う昔から続いてる慣例なんかの理由とか。
もっと大きくなったら教えて貰えるのかな?
リリサの淹れてくれた母様のお好きな紅茶は、母様の様に優雅で優しい味がした。
自然とうっとり口角が上がる感じ。
紅茶を味わって母様に目を移すと、こちらをじっと微笑んで見ていたみたいだ。
僕と目が合って、殊更にこりと笑まれる。
今日の母様もとても綺麗。
「レティ。レティのことは私達家族はもちろん、この邸や領地の邸の者達も含めて皆、とても愛している。
レティの父様も、私も、カディラリオも、ミスティラリも。
レティの専属執事のルーはもちろん、他の使用人達もね。
レティはこれからもずっと私達の宝であるし、それは何があっても変わらない。
レティの父様やお兄様達は、愛しくて大切なレティをこのままずっと手元に置いておきたいと思ってる。
私も勿論レティがずっと一緒に居てくれるのなら、それはとても幸せだよ。
でもレティの母である私は、レティの…レティシオの気持ちの一番の味方でいたいと思っているんだ。
レティシオが望むようにさせてあげたい。
…それがレティの父様やお兄様達の望みと違っていても、できる限りレティの気持ちを応援して支えてあげたいと思ってる。」
母様の、煌めく湖の様に澄んだ水色の瞳が、揺れることなくひたと僕を見詰めている。
「ねえ、レティ。レティシオ。
貴方の父様やお兄様達は、……私は、レティシオに無理をさせていないかい?
レティシオに我慢を、させてはいないかい?」
それまで真っ直ぐに見詰めてきていた母様の瞳が、最後の言葉を告げる時に、ゆらりと揺らめいた。
心配そうに。
不安そうに。
僕のこれからを憂う様に。
僕は母様の仰った言葉をゆっくりと咀嚼する様に考える。
父様や、母様や、兄様達が、僕に無理や我慢を?
赤子の頃から赤子らしくも子供らしくもなくて。
でも家族の誰よりも平凡でモブな僕を、何時も過ぎるほどの愛で包み、支え、導いてきてくれた皆が?
何時も僕を守ることに全力で、贅沢にも悩んでしまう程に甘やかし育ててくれている、僕の家族達が?
僕は、ここに生まれてから、一度も。
一度も。
何かを強要された事なんて無かった。
父様も、母様も、兄様達も、自分達の我儘の様に言いながらも何時も僕の事を考えてくれていたし、皆から与えられる全てが、嬉しいものばかりだった。
大きすぎる愛情に、どうすれば良いのか分からなくなることはあっても困らせられた事も無いし、僕の意見を聞かずに僕を無視して何かを決められた事も無い。
僕が大好きだから勝手に寂しくなることや辛くなることはあっても、故意に僕が傷付くことをされた事もない。
僕は、母様がそんな悲しそうな顔をする様な事は誰にもされていないのに。
どうしてそんなに不安そうなのだろう?
「母様。僕も、皆が…父様や、母様や、兄様達、お邸や領地にいる皆の事も大好きです。
とても。とても大切で……。
許されるならずっと…ずっと、一緒に、居たいです。
三男である僕は、いずれ何処かに嫁ぐんだろうって分かってます。
でも……。本当は、ずっと……」
そこまで口にして、胸の一番奥の底に無理矢理押し込めてた気持ちが一気に込み上げてきて、僕は言葉を詰まらせた。
ずっと。
ここに生まれついて、兄様達と出会ってからずっとずっと、どんどん大きくなる僕の本当の気持ち。
込み上げそうになる涙を、必死に堪える。
初めて口にする、僕の願い。
「ぼく……本当は、ずっと、ここに……、みんなで、みんなと…兄様達と、ずっと、一緒に………居たいです」
最後の方は、もう消え入りそうな程に小さくなってしまった。
でも、母様にはきちんと届いたみたいだった。
僕の言葉を聞いて、安堵したように微笑み、それから少し考えて、僕に再度語りかけてきた。
「ねえ、レティシオ。本日お会いしたムーラニアン殿下や、パスティリード殿下方のことは、どう思ってる?」
母様のその言葉に、涙を堪えるのに必死だった僕は、キョトンとした。
殿下方…?
「えっと、どう…うーんと、とても立派な方達です。
パスティリード殿下はいつでもお優しくて、自身のお立場もあるのに何時も周りを気にかけて下さって、僕なんかにもとても気さくに接して下さって…。
ムーラン殿下は、本日お会いしただけですがとても思慮深く、皇位継承者としての威厳に溢れた方だと思いました。
僕に感謝を伝えて下さる位に心広くて、えっと、あと、ユーモアのある方…なのかと…?」
あのブラックジョークって、ユーモア…だよね?
「……そう、では黒の君や…そうだね、宰相閣下や魔道士団団長様、総括騎士団長様…あとは、レティの秘書の方や専属護衛の方なんかは?」
「?えーっと、皆さんとても優秀でらして、それでいて幼い僕の事を気遣いはしても蔑ろにもせず、仕事も対等にお話下さって…見識も広く知識も深く実力も高く…皆様とても凄い方たちばかりです!!
リディは、父様や母様、兄様達とは違うけど、でもずっと一緒に居てくれるって、僕に大切な約束をくれた大事な友人です。」
そう、子供の僕なんかの下に付いたり僕と対等の立場で接したりされるのがとても申し訳なく感じるほどに、人としてもとても出来たすごい人達ばかりです!
「……そう!それ(レティの恋愛対象に入っていなくて)は良かった!」
僕の回答を聞いた母様は、とてもとても嬉しそうな、弾けるような笑顔で何度も頷き、納得したように満足そうに笑った。
僕が王宮で不便なく仕事出来てるか心配だったのかな?
安心して母様。僕、本当に吃驚するくらい良くして貰いすぎてるんだ!
本当に大丈夫なのか心配になるくらいに…。
それを確認してもう満足されたのか、引き止めて悪かったねと僕に告げた母様はその後、あっさりと僕を解放した。
結局なぜ母様が不安そうにしていたのかは分からなかったけど、このあとは兄様達と三人でゆっくりと一緒に居られると思うと、最後には満面の笑みだった母様の言葉をそれ以上深く考えることはしなかった。
思っていたよりも待たせてしまっているし、急いで兄様達の所に戻らなくちゃね!
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