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7歳以降の僕 ♢就職編と見せかけて王宮編♢
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しおりを挟むソファーに皆で移動すると、程なくして城の侍従が護衛以外の全員分の紅茶を用意してくれる。
さっきの混乱からか指先が僅かに冷たくなっていたから、正直とても助かった。
砂糖も何も入れて無いけど、添えられている銀のティースプーンを琥珀色の中に潜らせて、毒の有無を確認してから口を付ける。
口に含んで飲み込んだ程よい温かさに、まだ僅かに強ばったままだった肩の力がゆっくりと抜けるのを感じながら人心地ついた。
ルーやベルの入れたもの程では無いけれど、茶葉が上等なのがよく分かる香り高く美味しい紅茶だ。
さすが王族が口にする物だけあるなあ、なんて本題から逸れた事を考えながら、僕は気分を落ち着ける。
体の力がいい感じに抜けたのを確認して、僕は心の中で再度大丈夫、とヘジィの言葉を繰り返した。
ソーサーにカップを戻して、目線を紅茶から改めてムーラン皇子に向ける。
よく見れば頭にバンダナもしていないし、服装もゲームで見ていた時よりも落ち着いた色味のものを纏っている。
もちろん色味が落ち着いているだけで、王族として相応しい装いなんだけど。
何だかゲームのムーラン皇子よりも、気品に溢れて見えるなあ。
緩く編み込んでいるらしい背中に流された白銀の髪が光に照らされてキラキラと輝いて見える。
色の明るさ的には僕と同じくらいなのに、ムーラン皇子の髪はとても綺麗だ。
やっぱり攻略対象はモブの僕とは違うなあ、なんて少しぼんやりと思ってしまう。
ゲームの彼と比べると違和感しか感じなかったけど、こうして改めて目の前にいるムーラン皇子だけを見てみると、その雰囲気はとても誠実そうで接しやすそうに感じた。
いや、うん。
接しやすそうって言っても皇族だから、気安くなんて出来ないけどね!
「改めてレティシオ、今日は私の要望を受けてくれてありがとう。
先程も言った通り、貴殿は私の恩人だ。
会いたいが余り無理を通してしまった事が貴殿の負担になっている事も分かっているのだが、矢張り会えた事に悦びを感じるよ。
貴殿にはもっと気安く接して欲しいと思う。
恩ある貴殿と私との間に身分等故の憚りなど、無粋以外の何者でも無いのだから。
だから貴殿には私の事を愛称で呼んで欲しいし、私も許されるなら愛称で呼ばせて欲しい。
ひとまずは貴殿の友人にして欲しいのだ」
そう穏やかながらも気品ある姿でムーラン皇子は僕に語りかけた。
さっきも言われた僕への恩とは何だろうと思いながらも、ムーラン皇子の言葉には偽りや裏など全くない様に感じるし、皇族である彼に対する僕の返答は「是」しか有り得ない…。
僕は無様にならないように密かにコクリと喉を鳴らし、返答する為に口を開いた。
友に、と口にされたのだからこのままさっきから気になっている恩についても聞いてみよう!
「大変光栄です、… ムーラン皇子殿下。
僕の事はレティ、とお呼びください。親しい方からはその様に呼ばれています。
─あの、不躾ついでにひとつ伺いたいのですが、僕にある恩とは何でしょうか?」
そう口を開いた僕に、ムーラン皇子は緩りと目を優しく細めて、ふふっと笑みを零された。
ゲームでは無かった笑い方だ。
「ああ、矢張りいきなり親しく、とはなれないか。
残念だが…国の者としてこの場にいるのだし、まあ、仕方ないよね。
ありがとう、これからは私もレティと呼ばせて貰うよ。早く慣れて貰えるよう、レティには口調も砕けさせて貰おうかな。
レティも早く私に慣れてね、レティが私にする事に不躾な事などひとつも有りはしないから。
─ああ、私が感じている恩だったね。
実は身内の恥でお恥ずかしいのだけれどね、我が国では王位継承権を巡って、ここ暫く激しく争っていてね。
ここで詳しくは話せないのだけれど、レティの考案してくれた魔道具達のお陰で私も母も命拾いしたのだよ。
それだけではなく、私達の命を狙った者も判り捕らえることが出来た。
それによって私が立儲(立太子)する事も確定した。
君がそんな事を考えて創り出したのでは無いと言うことは勿論分かっているが、私は本当に、心から感謝しているんだよ。
私達が今無事でいられるのも、これからの日々を穏やかに過ごせるようになったのも、全て君の…、レティのお陰だと思っている。
この場で公式に頭を下げる事は叶わないが、この感謝の気持ちだけは伝えたかったのだ。
私達を救ってくれて、本当に、有難う。」
そう、とても清々しそうに、気色満面に笑みを浮かべる彼からは、ゲームで垣間見せていた心の陰りは全くない。
そうか、彼の母君は助かったのか。
ゲームで彼のルートを選ぶと、この王位継承を巡る話は必ず出てくる。
ムーラン皇子が心に闇を抱える原因になった事柄だし、主人公と共に国に帰り、その事を克服すると言うのも彼を攻略する上では重要な鍵だった。
ムーラン皇子は第一皇子ではあるけれど、母親は側妃(側室)で、ムーラン皇子の二つ下の第二皇子が皇妃(皇后)の子供と言う難しい立場だった。
元々の性格が優しく、誰にでも分け隔てない優秀な、だけれど側妃という母親の立場が第二皇子よりも弱いムーラン皇子と、血筋故か生まれた時から甘やかされて育ち、階級意識が強く横柄な第二皇子は常に第一皇子派と第二皇子派という周りの派閥も手伝って幼い頃から王位を争い合う関係だった。
第二皇子には階級意識が強いことからもその威光に肖りたいと言う貴族が中心となって後ろ盾になり、分け隔てなく相手を思いやれる人格者のムーラン皇子はその優秀さもあって皇宮の中でも優秀な人材達が家柄、役職問わず挙って後押しした。
そんなムーラン皇子を一番疎ましく思っていたのは皇妃で、ゲームでは丁度今位の時期に皇妃がムーラン皇子を毒殺しようとして、ムーラン皇子の代わりにムーラン皇子の母親である側妃が亡くなると言う出来事があった。
その毒殺を手伝ったのがムーラン皇子の乳兄弟でムーラン皇子派の筆頭とされていた家で、実行犯もムーラン皇子と生まれた時から共に居た乳兄弟と言う、本当に心が痛くなる設定だった。
その出来事がきっかけで、ムーラン皇子は心に闇を抱えてしまって誰のことも信じられず、亡命してきたここアイカラリティ王国ではそんな闇を隠すため、自分を偽り相手を欺き自国へ戻り復讐する為の足掛かりを作る為に、明るく陽気で皇族としての意識が低いお調子者のチャラ男を演じるんだ。
……そうか。多分学園にいた時に学園長さんや魔道具研究所の人達と話して、皆さんが作ってくれた魔道具のどれかが交易か個人の伝手かは分からないけどムーラン皇子の手元に届いて、ムーラン皇子とムーラン皇子の母君を護ってくれたんだね。
そっか、ムーラン皇子はお母さんを喪わなくて済んだんだ。
僕はムーラン皇子のストーリーを選択した時、その王族皇族ではきっと珍しくも無いのだろう争いで母親を亡くした彼にとても心を痛めていた。
それが同情してだったのか、自分に重ねてだったのかは思い出せないけれど…。
ムーラン皇子のその境遇が辛くて、ムーラン皇子ルートは周回出来ずにいた気がする。
でもこの世界の彼は…。
ここにいる彼は、救われたのか。
喉の奥が熱くなって、鼻の奥がツンとする。
何だか少し泣きそうだ。
でも今ここで泣く訳にはいかない。
今の僕は国の代表者で。
ここには我が国の王子も、国の要職に就く方達もいる外交の場なのだから。
だから、僕は涙の代わりに、精一杯の笑みを浮かべた。
この安堵の気持ちと、彼がこれから幸福な日々を送れますようにと言う気持ちを、心から込めて。
「そうですか、─それは、本当に良かったです。
貴方のお力になれたのなら、本当に良かった。」
僕の笑顔と心からの祝福を受けたムーラン皇子は、顔を真っ赤にして固まった。
モブが出しゃばった事を言って怒ったのかも。
ごめんなさい、ムーラン皇子。
でも、本当に、本当に、ここだけはゲームの通りにならなくて良かった。
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