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7歳以降の僕 ♢就職編と見せかけて王宮編♢
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しおりを挟む王宮内でも一等豪奢な、特別な方を持て成す為の客間。
その品が良くも煌びやかな内装よりも、更に一等輝く笑顔で僕の前に跪き、淡いピンクを浮かべた朱の瞳を眩しいものを見る様に緩めながら、艶っぽい目線を真っ直ぐ僕に向けてくる目の前の明褐色の美形。
その笑みは心の底から嬉しそうで、頬も高揚しているのか僅かに色付いている。
視察案内前の顔合わせの為に向かった客室で既に寛いでいたその褐色美形は、入室した僕の前に優雅に進み出て、挨拶する間もなく僕の眼前にいきなり跪いた。
王宮編に出てくる攻略対象、ドルトン帝国の第一皇子ムーラニアン・セニ・ムル・ドルトンその人だ。
僕はあまりに突然の事で、息を飲んだそのままにその艷やかに艶めく満面の笑顔をただ見つめてしまった。
その目からは感じられるのは崇拝、憧憬、敬愛…だろうか、何だかとても僕の事をキラキラと見つめてくる。
「初めまして、麗しの君。ドルトン帝国皇帝が第一子、ムーラニアン・セニ・ムル・ドルトンと申します。
大恩ある貴方にお逢い出来るのを心待ちにしておりました。
私の事はどうぞムーラン、とお呼びください。」
「無作法をお許し下さい、ムーラニアン殿下、私はー「ムーラン」」
ムーラン皇子の穏やかながらもどこか色を含んだお言葉にハッと我に返って、王族に先に挨拶をさせてしまうという無礼に慌てながらも、先ずは謝罪と名乗りをしようと口を開いてすぐ、ムーラン皇子の名前を口にした直後にハッキリと遮る様に声を被せられてしまった。
驚いて僅かに目を見張る僕に、変わらず穏やかに、けれど先程よりも強調するように、「ムーラン、と呼んでください。レティシオ」と促され、僕はついそのままに「ムーラン皇子…」とオウム返ししてしまった。
その僕の、呟きよりも僅かに大きい位の言葉に満足したように、またにっこりと微笑みかけられる。
その温かな笑顔とは反対に、周りの温度が幾らか下がった気がしたけれど、呆気に取られてしまった僕にはその時そちらにまで気を回す余裕がなかった。
僕に大恩があると穏やかに微笑む目の前の彼は、確かに僕の知るキミセカ攻略対象のムーラン皇子であるはずなのに、その雰囲気も口調もゲームの彼とはかけ離れていた。
キミセカでの彼は、『お祭り好き』『陽気』『チャラ男』という仮面をどんな時も誰に対しても被った、人好きしそうな表向きの雰囲気とは逆に、実際は誰のことも信じていない、そんな複雑な内面をしたキャラだった。
明褐色の肌に映える腰までの白銀髪、頭部に巻いたバンダナが特徴的で、体格もディー兄様程では無いけれどがっしりとした風貌。
ピンクの虹彩が淡く縁取る朱眼が見るものを魅了する、そんな第一印象は快活さと陽気さ、時に軽薄さを受けるのにふとした時滲み出る妖しい色気を感じさせる人物設定だったはずだ。
けれど目の前の彼からは『お祭り好き』『陽気』『チャラ男』さのどれも感じられず、確かに色気は感じるけれど、それは妖しさよりも艶然とした雰囲気であるし、何よりこんなに穏やかに微笑んで王族としての気品や所作をするようなキャラではなかったはず。
それに時期で言えば、今頃は彼が人を信用しなくなる出来事が起きている、若しくは起きた直後位のはずで…。
こんなに少しの陰も感じさせない笑顔が出来る彼に、取り繕う事も出来ずに呆然としてしまった。
僕が想像していたムーラン皇子との初対面の想像とは、色々な意味で予想外だ。
それに、昼食の誘いを断られた事も気に留めてないのか、憤りや嫌悪、彼のゲームのキャラなら出るだろう揶揄いの言葉やこちらを試す様な視線、値踏みや探る様な視線も全く感じられない。
見た目は確実にムーラン皇子なのに、内面は全く違って見える。
それが僕には酷く違和感に映ってしまって、情けないことになかなか混乱した頭の中が整理できない。
国の代表者としても家名を背負った貴族としても未熟な自分に、混乱している頭の片隅で俯瞰している自分がこれ以上の失態は危険だと警告している位だ。
どうしよう、と焦る僕の内面を察してか、ムーラン皇子とはまた違った煌びやかな人がスッと僕の横に並び立った。
パスティリード殿下だ。
「ムーラニアン殿下、その様にされては聡い彼に負担を強いてしまいます。
それにここで話をするのも彼を疲れさせてしまうだけでしょう。
一先ずあちらに座って落ち着きませんか。」
僕の知っているパスティリード殿下よりも幾分硬い笑顔と声音に、思わず見上げてしまう。
パスティリード殿下はそっとムーラン皇子に取られたままの僕の手を外させて、僕に目線を合わせ、にこりと僕の見慣れたいつもの柔らかい笑みを向けてくれた。
僕の手はムーラン皇子の手の中からパスティリード殿下の手の中に移り収まっている。
僕は無意識にホッと息を吐き出した。
自分で思っていた以上に混乱していたみたいだ。
そんな僕の様子を見遣りながらムーラン皇子も立ち上がって、目線をゆっくりとパスティリード殿下に移した。
その口元には笑みが湛えられているけれど、パスティリード殿下を見る目は先程まで僕を見ていたものと違って、冷たく光っているような気がした。
「……そうですね、余りの嬉しさに気が早ってしまったようです。
─── すみませんでした、レティシオ。」
前半をパスティリード殿下に向けて、後半を僕に目線を戻して告げたムーラン皇子は、僕に目線を戻した時には本当に申し訳なさそうに悲しげに眉を下げていた。
そしてそのまま先程までムーラン皇子が寛いでいた応接セットのソファーへと皆で移動して、護衛と僕の秘書以外の面々でその上等な座面に腰掛ける。
ムーラン皇子と対面するように座った僕の横に並んで座っているパスティリード殿下。
笑顔のはずのその目線はムーラン皇子を真っ直ぐと見つめていて、ムーラン皇子も微笑みを湛えたまま見返している。
他の皆(護衛メンバー以外)も笑顔で和やかなはずなのに、何だか室内の空気がとてもピリピリと張り詰めているように感じて、僕は内心首を傾げてしまった。
ムーラン皇子とパスティリード殿下の視線の間にバチバチッと効果音がしたような気がして、僕は思わず二度見してしまった。
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