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6歳の僕♢学園編 3♢
真綿に包まれている君(パスティリード視点)
しおりを挟むここ最近になって、マガリット公爵家三男レティシオの誘拐未遂案件が急激に増えた。
以前からもあったそれは、彼の功績がここ最近目に見えて分かるようになった事と、今後の、彼の将来に関する件が持ち上がった事で想定以上に増加した。
私が情報を掴む頃には、マガリット公爵家の者達によって既に捕らえられているか、始末された後なのでその魔の手がレティシオの目に未だ届いていないのは幸いだが。
高貴な身分の子供ともなると、誘拐なんて話はあってはならない事だが珍しい事では無い。
それ故皆自分を護れるように、護身術なり剣術なりを学ぶのだ。
しかしあの子はあの家門に生まれたにも関わらず、そういった教育は殆ど施されて居ないようだった。
それは初めて出会った私の初めての王立学園学園祭のあの日から、私が卒業するまでの間の彼の様子を見ていれば容易に分かる事だ。
本人は兄達に憧れて学びたそうにしていたが、当の家の者たちが止めていたらしい。
それはマガリット公爵家の事情を思えば、かなりの特例だろう。
あそこは当主を筆頭に、使用人までもが皆裏のプロなのが当たり前だからだ。
本人に学ばせない代わりに、彼には常に側近と複数の影と護衛が付いている。
本人は傍らにいる専属執事と黒の君、そして溺愛してくる兄達だけだと思っているが、なまじ気配を察してしまう私が時々薄ら寒く感じてしまう時がある程に隙なく守られている。
本人には悟らせないよう、細心の注意を払われたそれは、彼に僅かな煩いも齎さないようにという家族達の多大なる愛情、なのだが。
裏で有名な暗殺集団やプロの人攫い達、他国の間者すらも見逃さず静かに消していく様は、将来自分に仕える者達だとしても恐ろしいものがある。
真実、彼の家の者には王家を裁く事が出来るのだ。
王の直属という表の顔と、王にですら必要あらば牙を向く裏の顔。
正しく王家と唯一対等な者達だ。
しかしあの子はそんな自分の家の事情すら知らないでいる。
私も初めて見たあの日から、あの子の事は特別に思っているが、偶にその真綿に包まれ何も知らされていないその様子が、酷く可哀想にも見えてしまう。
家柄的にも利害的にも、年齢にさえ少し周りに目を瞑って貰えれば、あの子とは十二分に釣り合う…私の伴侶に据えられる、決して手の届かぬ相手ではないのだが。
それすらもあの子に伝える事さえ出来ないでいる。
あの子の父親は勿論だが、私の側近であるはずのあの子の兄2人の囲い込みが凄すぎるのだ。
現公爵も、次期公爵も、次期マガリット後継者も、あの子を手放す気は微塵も無いらしい。
正直、王家としてもあの子は欲しい。
現国王である父もその右腕たる宰相も彼の能力や功績抜きにしてあの子の事を酷く気に入っているし、現在国を束ね護る立場にいる王宮魔道士団団長や魔道士団団員、魔道具研究所一同とその責任者の王立学園学園長に、直接の接触がないにも関わらず、総括騎士団長、各騎士団団長団員達までもが畏敬の念を抱いている。
それにはレティシオが生み出し作り出した技術によって、命を救われた者が少なくないからだろう。
始まりはあの、学園祭の日に出会って少しでも長く接点を持ち続けたいと、学園内の案内を申し出た時だった。
偶然魔道具研究所で行き詰まっていた私が依頼していた案件を、あの子があっさり解いてしまったのだ。
あの後飛んで魔道具研究所に戻っていった学園長は、翌日早朝から私を訪ねてくるほどに興奮していた。
その後王家の根回しで特例として学園に入学させ、そこで次々に彼は功績を積み重ねていった。
行き詰まっていた魔道具研究の殆どを、遊びの延長の様に完成まで導いていったし、今までは成し得なかった複合魔法や魔術式、魔道回路を次々に編み出し、多くの研究者や技術者、術者を唸らせ、容易く今までの常識をひっくり返してしまった。
それも本人が無自覚のまま。
周りの誘導の手腕が凄いのか、単純にあの子の能力が人の域を超えているのか。
ともすれば、呆れるほどのその大きな功績に、王家としても放っておくことは難しくなった。
何せ、あの子が入学した学園であの子の存在を知ったこの国の未来の重鎮、技術者、能力者、権力者達は、あの子を守るために卒業後次々に王宮に入廷し、着々と彼の為の基盤や体制を調えていっている。
それを主導しているのがまた、マガリット公爵家のあの次男なのだから、王国の将来はレティシオの肩に掛かっていると言っても過言ではない。
それ故に、王家も本当は喉から手が出るほど欲しいのだ。
私としても、あの子と添い遂げられるのならば、王族の特権である側室制度の権利は勿論破棄するし、何よりも大事にする気概もある。
まあ、その気概すらも少しの吐露も許されぬ現状なのだが。
そんなあの子であるから、国内、国外問わず欲しいと願うものは当然多い。
多すぎるうえに、周りが鉄壁なものだから実力行使に出る者が当然増えてくる。
何せあの子は唯1人。唯一しか存在しないのだ。
学園を卒業する前の今ならば、まだただの公爵家三男だ。
力ずくでもと思う者達からすれば、今が最後のチャンスだろう。
卒業してしまえば、更に守りが強固になる上に、この先は問題が国としての事になる。
リスクが恐ろしく跳ね上がるのだ。
そりゃあ必死になるのだろう。
分からんでもない。
確かに今を逃せばと思う。
そう思う他の者達よりも先に。この最後の機会を逃さぬように。
だからと言って、数多の国の暗殺ギルドやら、誘拐組織やら、裏世界での大物やらを総動員して同日深夜に公爵邸に奇襲をかけるのは如何なものかと思う。
正直、私には絶対差し向けて欲しくはないと思う程には異常な事だ。
そしてそんな異常事態をモノともせず、何故か事前に公爵家には情報が入っていて、何故か今他国にて職務中である筈の長男までもがその殲滅に混ざっているらしい、とまさに今その大捕物中であろう夜半に私はその知らせを受けた。
その時の私は唖然とした。
何故、私にも事前に知らせてくれなかったのかと。
彼らは、私が介入することによってレティシオと私に接点が出来る可能性を早々に切り捨てたらしい。
そして公爵はじめ長男、次男と公爵家使用人、そしてそれ以外の手の者たちだけで非常識極まりない規模の奇襲を退けてしまったようだ。
私は翌日、流石にレティシオも気が付いて怯えているのではないかと、先駆けを送ると同時に公爵家に訪ねに行ったのだが。
(断じて昨夜察した公爵家の思惑に腹が立ったからでは無い。断じて。)
私を出迎えてくれたレティシオはいつもと変わらず、その可愛らしくも麗しい顔に僅かな緊張を湛えながら私をもてなしてくれた。
未だに私には貴族然と接しようとしてくるその様子が、可愛らしくもあり、初めて出会ったあの日にはそれに確かに感心したにも関わらず、今は酷く寂しく感じてしまう。
どうすればこの子の内側に入れるのだろうか。
どうすれば、ジル、と名を呼んで貰えるのだろう。
その可愛らしい口で王族だけに許される名を呼んで、私を婚約者として受け入れて欲しい。
私と同じく王族となって、ジルと呼び続けて欲しい。
レティシオに貴族としての挨拶を受ける度、ついそんな益体もない事を考えてしまうのだが、今はそれよりも本来の目的を果たさねば、と態と必要以上に近い距離を取る。
今までのように距離を空けて会話をすれば、この賢い子は悟らせまいと気を揉むかもしれない。
そう思い、以前から羨ましく見ていた膝に乗せるという体勢を取らせ、その体を支えつつ菓子や茶を手ずから与えた。
戸惑いと恥じらいを浮かべながらも、私を気遣い抵抗も出来ないその様子に、理性を保つのは大変であったが、耐え抜いた結果昨夜の事もレティシオは少しも気がついてさえいないという事が判った。
恋しい子との尊い時間を得ると共に、改めて公爵家の恐ろしさを再認識してしまった。
それでも腕の中の存在が可愛らしすぎて、愛しすぎて、自分の立場としての振る舞いも公爵家の中ならば他に知られることもないという確証の元、少々行き過ぎる程に愛でてしまったのだが、この時を逃せば次はいつ機会があるかも分からないと開き直るのに時間はかからなかった。
もうあと数える程の月日で、レティシオも卒業だ。
そうすれば、もっと機会も共に過ごせる時間も増えるだろう。
あの兄弟に負けぬよう、私も地盤を更にしっかりとした物にせねばな。
レティシオが未だ真綿に包まれていることに、今回ばかりは安堵し、存分に愛でた後、その日の私は幸せな気持ちのまま王宮に帰った。
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