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5歳の僕 ♢学園編 2♢
34歳マガリット公爵の思案(レティパパ視点)
しおりを挟むうちにはそれはそれは可愛くて聡明な末息子がいる。
生まれた時から天使のように愛らしく、赤子の頃からその才をみせていた。
普通の赤子とは明らかに違うその様子も、私達からすれば何の不思議もなかった。
それも我が家の血筋が特殊な故にありえない事では無いからだ。
我がマガリット公爵家は、『公爵』という表の地位を名乗ってはいるが、王家とは対等な力関係にある。
国の表の顔としてこの国を治めている王族と、表以外のあらゆる事に目を配っているのが我が家だ。
表向きは大臣職を賜っている事になっているし、我が家の本当の顔を知っている一部の者達も影で王家を支えている王直属の配下、と思っているようだが、実際は王族ですら裁く事の出来る我が家は王家とは対等な立場である。
王家と我が家の成り立ちは、それこそ国の興ったその時の祖先達とその子孫の我々しか知らぬ事だが、知らされていなくとも聡いものは気が付いているだろう。
我が家の上の子2人にしてもそうだ。
未だ学生の2人には告げていないが、幼い頃から悟っている風であった。
しかし、その2人も流石に我が家に神の血が交わっているとは気が付いていないだろう。
それも国が興った時に我が家が王家と対等な立場になった由縁であるのだが…
まあ、そんな事は些細なことだ。
問題は、我が家の末息子が愛らしすぎる事だろう。
我が家の血筋の者は総じて、その血筋ゆえか役割ゆえか己以外に執着する者が少ない。
自分の生みの親には辛うじて情も持つが、酷い者は己自身にも執着できなくなる。
2番目の息子がいい例だ。
あの子はうちの裏の特性を濃く引き継ぎ過ぎている。
それに我が家に従事する者たちもまた同じような者たちばかりだ。
そもそも我が家に仕える者は元を辿ればみな我が家の血縁のものばかりだ。
血がかなり薄くなっている者もいるが、その特性は似通った者が多く、それが顕著であればある程我が家に従事する事になる。
我が家の使用人達もまた、我が家の裏の顔として動いているからだ。
そんな、他人から見れば冷たくも感じるであろう我が家はレティシオが生まれた時から全く違うものになった。
そもそもレティシオは産まれる前から母子ともに無事に生まれることは難しいだろうと言われていた。
これは主治医と私たち夫婦しか知らない事だが、レティシオは胎児である時から魔力の素養が酷く高く、その力の強さに母体が耐えられなくなるだろうと言われていた。
その医師の言葉の通り、胎の中のレティシオが育つにつれ、妻の容態は比例するように悪くなっていった。
このまま王都にいても悪化するだけだと、祖先たる神の庇護のある領地の本邸に無理をおして母体を移した。
それが良かったのか、それとも胎児であるレティシオが母を慮ったのか、妻の容態はそれからゆっくりとだが安定していき、無事にレティシオを出産した。
主治医は奇跡だと言った。
目も開かぬ赤子の頃から天使のようであったが、目が開くようになり、その瞳の色を見た時、やはりこの子は神に愛されているのだろうと思った。
赤子の頃より周りの様子に敏感で、我々の言葉も理解しているようであった。
ある時には本人も気付かぬ病を知らせる事もあった。
ある世話役のメイドの腹を頻りに気にして、折に触れて撫でさするのだ。
不思議に思い私に報告したメイドの腹を主治医に見せたら本人に自覚症状もないままの疾患が初期段階で見つかった。
それを魔術により治すと、その後にメイドにあったレティシオは満面の笑顔で笑いかけていた。
その時に、やはりこの子の目には我々とは違うものも見えているのだと、祖先の神の血が継がれているのだと確信した。
しかし、それを抜きにしてもレティシオは我が家の天使だった。
愛くるしい見た目だけではなく、微笑みは常に周りを癒すものだったし、常に周囲の者達を気遣っていた。
レティシオが我儘を言うことは、まだ1度も聞いたことがない。
私や妻はもちろん、普段は殺伐としている本邸の使用人達もレティシオの前では常に笑顔で人間らしいし、1歳の誕生日の折に王都に戻る時には誰がついて戻るかで血をみる勝ち抜き戦が行われた。
王都に戻ったら戻ったで、生まれる前にはレティシオに何の感情も持っていなかった上の息子達が、レティシオを見た途端にレティシオにだけ愛を向け始めた。
それが兄弟としてのものでは無さそうな事にも気付いてはいるが、レティシオの事を考えると我が家からは出さない方が良いと考えている。
血のことや才能のことを抜きにしても、可愛いレティシオを他の家にやる事など考えられない。
レティシオの成長に合わせ、本人の欲するままに本を買い与えた。
レティシオは酷く自分への評価が低いようで、どれだけ褒めても親の欲目で言っていると思っているようだったが、実際1度もあの子に学ぶことを勧めたことは無かった。
それでもあの子は自分の心の欲するままに自分で知識を身につけていく。
上の兄が2人とも優秀な所為で、どれだけ物を知ろうともそれが周りより優れている事だとは思っていないようだった。
それもあり、言明した訳でも無いのに皆自然とレティシオをより守らんとしていった。
レティシオに我が家の裏の顔を悟らせない事は、誰が口にせずとも暗黙の了解となっていた。
家族の誰もがレティシオをなるべく世俗の目に触れさせまいとしていたが、公爵家の子息として成長すれば全く世に出ないと言うのも無理なことであるし、出た時にも守れる様に、と密かに手の者を動かしていた。
とりあえずは、王立学園に1人で入学しなくてはならなくなった時だろう。
私の危惧していたその問題を解決したのは、幸か不幸かレティシオ自身だった。
1番上の息子に誘われ嬉しそうについて行った学園で、学園長にたまたま会ったのだと言う。
その時に第1王子もいたらしいが、その2人の抱えていた国が優先的に進めていた魔道具の魔道回路図の問題点を、レティシオが見ただけで見抜き、改善点を指摘したのだそうだ。
国の最高機関で最高位の権威を持つ者が悩む事案を一瞬で解決したのだ。
レティシオがいかに素晴らしいのかを分かるには、十分な出来事だっただろう。
それを理解出来ぬ愚者ではない学園長はすぐさま第1王子から長男にと話を聞き、すぐさま私の元に学園への入学の打診をしてきた。
前夜に、レティシオの事以外には眉一つ動かさぬ息子から事のあらましは聞いていたからかなりの条件を付けて渋々だが了承した。
まあ、レティシオ本人が興味がなければその話自体なかった事にと思っていたが、レティシオ本人は兄達と共に学園に通えると大層喜んでいた。
妻はレティシオとの時間が取れない事に落胆していたし、私も息子達ばかりが共に過ごせるのを妬ましく思ったが、我が家の天使が幸せそうにしているのならば問題ない。遅かれ早かれレティシオの愛らしさも才能も知られるのは避けられないのだから、レティシオ1人で学園に通わせる心配が無くなっただけ良しとしよう。
そう、その時には思った。
学園に通い、人の目に多く触れるようになり、レティシオを手に入れようと釣書や招待状の類等が家に大量に送られてくるのも、我が家の事も満足に知らぬ愚かな輩達がレティシオを誘拐せんと画策するのも、王子をはじめ多くの者に懸想されるのも予測の範囲内だった。
例えそれが、我が家の使用人達ですら溜息し愚痴を影で呟く程だったとしても(実際レティシオ宛だから呟きたくなったのだろうが)、誘拐の主犯が国内のみならず他国からの者も多くいたとしても、だ。
そんなものは王都の邸内の者だけで対処可能だったし、レティシオには常に息子達かルデニアルがついている。
それ以外にも、万が一にもレティシオの目に触れさせない為に影を付けてはいるが、まず出番はそうないだろう。
それで学園に通う3年間は安心だろうと思っていた。
それがまさか、レティシオが私の思っていた以上に優れているが為に揺るがされるとは思っていなかった。
入学してすぐの聖魔の森へのレクリエーションは学園の伝統であるから、もちろん知っていたし、まあ聖獣様に好まれるのも血筋やレティシオの事を考えれば当たり前の事だと思う。
レティシオを愛さぬ者などこの世にはいないと思っているからな。
これも親の欲目ではなく、純然たる事実として。
神にも愛される者を愛しいと思わぬ者はこの世界にはいないだろう。
寧ろ、見目も良く、心も美しく、才能の塊のあの子を愛さぬ者などいるのだろうか?と普通に思う。
しかし、レティシオの才能は溢れすぎていた。
レティシオの世間話として話しているつもりらしい見解で、魔道具研究所では今まで作り上げることの出来なかった物から発想すらした事の無かった物まで次々と出来上がるし、レティシオの魔法が使えるようになったらこうしたい、ああしたい、こうすれば…と言った普通ならば空想とも取れる様な話で今までの魔術行使の根本が見直され、改善され、より強く、早く使えるようになり、挙句には今まで誰が挑んでもなし得なかった防護結界の複合化まで成し得てしまった。
それらの情報には関係者以外への全ての情報が規制され箝口令が敷かれているが、関係者達の崇拝ぶりを見れば悟る者もいるだろう。
その箝口令もレティシオが学園を卒業するまでという、何とも裏の意図ありありの表面ばかりのものだ。
実際、探れば容易にレティシオに辿り着ける。
それでなくとも、王宮に呼ばれるようになってから益々レティシオを目にする者が増え、その見目だけに惹かれる馬鹿者共も増えているというのに。
国王も、宰相も、騎士団総括も、魔道士団団長も、学園長も、それぞれがレティシオを王宮に囲うつもり満々のようだし。
レティシオがいくら聡明だろうと、あの子はまだ5歳の幼子だというのに。
今朝上の息子達から、レティシオに付かせた専属執事から詳細を聞き出した報告を受けた私は、今非常に腹を立てている。
とりあえずこれは、それぞれにキツく仕置をせねば。
あの子の意思であの子の将来が拓けるのは構わない。
あの子には自分の好きなように生きて欲しいと思っているからだ。
しかし、あの子が今後また負担を強いられる様な事があれば、その時にどうなるのかをきちんと教えておく必要はあるだろう。
私はレティシオには決して見せない顔で王宮の最奥の一室を目指した。
まずはこの国の表の最高権力者からだ。
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