私は泣かない。

神奈川雪枝

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I Cant'

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雨が降っていた。

6月の中旬。

傘を差して歩いて帰る道は、
蒸し暑く、
じっとりと汗が滲む。

時々吹く風は肌寒さを与えてくる。


ふと思い出す。
あれは、1年前のことだったか。

会社の後輩と一緒に帰っていたあの日々を。

家が偶然隣の部屋になったのがきっかけだった。

引っ越しして、隣の部屋に挨拶に行くと、
出てきたのは1個下の後輩だった。

「え、神崎さん?」

「うそ、蔦屋くん?」

奇遇だと二人で笑った。

「これから夜ご飯食べ行こうと思ってて、よかったら一緒にどうですか?」

「もうそんな時間か。」

「引っ越し作業してると、時間ってあっという間ですよね(笑)」

「全然片付かなくて。」

「近くに美味しい和食屋さんあるんですよ。」

「え、本当?」

「神崎さん、確か前は00地区でしたよね?
 こっちとは真逆から全然わからないんじゃないですか?」

「そうなの!気分変えようと思って思い切ってきてみたの。」

「わかります。たまに何にも知らない町とかふらっと行きたくなる時ってありますよね。」

二人で彼のおすすめの和食屋へと足を運んだ。

「このお店はですね、揚げ出し豆腐が美味しいんですよ。」

「へぇ。」

仕事の話もそこそこにこの町について色々と話を聞かせてもらった。

ご飯を食べ終わると、居心地のいい公園が近くにあると案内してくれた。

「公園なんてくるの、久しぶり。」

「ですよね(笑)俺も全然だったんですけど、ある日飲み会の帰りにふらっと立ち寄ってみたんですよ。」

「ブランコだぁ。懐かしい。」

「乗ります?(笑)」

二人でブランコに乗った。

「神崎さん、上見てください。」

「え、上?」

上を見れば、空が広がっていて星が輝いていた。

「綺麗。」

「俺も見て感動したんです。」

「蔦屋くんとこんなに話したことなかったけど、なんか落ち着く(笑)」

「ほんとですか?(笑)部署違いますもんね。」

その日の夜は後片付けを手伝うという彼の申し出を素直に受け取った。

そのおかげで片づけは一人でやるよりも早く終わることが出来た。


それからも会社では全く話す事はなかったが、

帰り道が一緒になったり休みの日も暇だと二人で町をぶらぶらすることが増えた。

気が付けば、先輩後輩というよりは恋人に近い雰囲気になっていた。

「ねぇねぇ、蔦屋くん。」

「ん?」

「来週は、ここいってみない?新しくできたお店みたいなんだけど。」

「あ、そこですか?たしかに、俺も気になってました。いきましょうか。」


ある日、2人で居酒屋で飲んだ帰り道の事だった。

部屋の前でいつもみたいに、
またねといって別々の部屋に帰るはずだった。

腕に温かい感触。

「神崎さん。」

「な、なに?」

「俺の部屋、きませんか?」

「え?」

「嫌なら手、振り払ってください。」と、
ぎゅと力が入った。

ごくりと、生唾をのんだ。

考えてないことではなかった。

いずれ男女の関係になるのではないか。

なっても私は構わないとすら考えていた。

「お、お茶だけ、もらって、いこうかな。」

そうドキドキして話すと、
蔦屋君がほっとした顔をしていた。

「部屋、あんまり綺麗じゃないですけど。」と
入った部屋は、
物があまりなく、
本が綺麗に本だなに並べられていた。

「本、好きなの?」

「インドアで。休みの日はよく読んでました。」

「そうなの?お店詳しいからでかけるの好きな人かと思った。」
といい終わらないうちに彼に抱きしめられていて、
耳元で、
「全然出かけないから毎週どこ行こうかなって必死で探してた。」と、
彼が囁いた。

その後はもう流れのままに身を任せた。
顔をあげれば彼の顔が近づいてきて、
優しい口づけから激しい口づけに変わり、
彼の手が私の身体を触りだして、

そのままベッドに押し倒された。

するすると服を脱がされ、
彼にしがみついていた。

彼の部屋で目が覚めた時には、
ぎゅっと彼に抱きしめられていて、
思わず彼の頭を撫でた。


「んん。」

「おはよう。」

「おはようございます。朝見ても綺麗ですね、神崎さんって。」と、
彼が抱き付いて来る。

そのまま私たちは朝から求め合った。


遅めの朝食兼昼食を彼の部屋でとり、
食後のコーヒーを飲んでいたときだった。

急に真面目な顔した蔦屋くんが、
「神崎さん。」と私の目を見てきたのだ。

「な、なに?」

「順番逆になっちゃいましたけど。その。」

「ん?」

「神崎さんのことずっと気になってて。
 隣の部屋になれたのをきっかけに仲良くなれてすごく嬉しくて。
 毎週楽しくて。
 神崎さんのこと、その。」

「うん。」

「 す、好きになってしまって。」

「うん。」

「お付き合い、していただけないでしょうか?」

「私も、蔦屋くんと過ごすの楽しくて。
 こんな私で良かったらよろしくお願いします。」

「やった。」と小さくガッツポーズする蔦屋くんをみて、
私は自然と笑みがこぼれた。



一人で帰る帰り道に戻っただけなのに、
なんでこんなにも寂しいのだろう。

今、私の部屋の隣は空室だ。

楽しかった1年前を思い出して、切なくなる。



でも、この未来を望んだのは間違いなく私自身なのだ。
後悔などできる立場ではない。

付き合って半年のときだった。

彼に転勤の案内がきてしまったのだ。

遠く離れた場所だった。

別に会いに行けない距離じゃないと冷静な私がいた。

離れるのは嫌だと彼は珍しく感情をあらわにした。

ついてきてほしいとも言われた。

でも仕事を辞める選択肢は私たちは互いに持ち合わせていなかったのだ。

仕事は仕事でやりがいを感じていたのだ。

転勤して3か月目の時に、
彼は会いに来てくれた。

「元気?」と久しぶりに見る彼を思わず抱きしめた。

時間はあっという間で。

またそれから3ヵ月後に今度は私が彼のもとへ会いに行った。

彼のアパートに向かうと、彼の部屋らしきところから女の子が出てきたのだった。

「え?」

「のぞみー。わすれもん。」

「あ、ごめーん。」

思わず身を隠した。

「じゃぁ、またね。光。」と玄関前で口づけを交わす二人を見て、

私は全身がすっと青ざめていった。

寒気が止まらないなか、先程来た道を一人戻る。

彼から連絡は来た。

「何時ごろつきそう?」

「道迷ってる?」

「おーい。」


彼はどんな気持ちで何を思って私に連絡してきているのか考えもできなくて、
吐き気がした。

そのまま彼のことはブロックした。


彼は寂しさに勝てなかったのだと、
ついていかなかった私が悪かったのかと色々考えたが、

やはり、浮気については許す事ができなかった。



そんな彼のことを思いだした数日後だった。

家に帰ると、部屋の前に彼が待っていた。

「え?」

「神崎さん。」

「な、なんで?」

「なんでって!おかしいでしょう。突然連絡とれなくなって、俺がどんな気持ちだったか。」

「だって。」


「なんであの日来なかったんですか?俺ずっと待ってたんですよ?」

(どの口が言ってんの?)


言葉よりも先に手が出てしまっていた。

バチンと彼の頬を叩いていた。

「痛っ。なにするんですか?」


「こっちの台詞だよ。どの面下げて会いに来てるの?」

「会いに来るに決まってるじゃないですか、俺たち付き合ってるんですよ?」

「浮気。」

「へ?」

「あの、私が会いにいくって言ってたあの日、蔦屋くん、浮気してたでしょ?」

「え。」

「見たの。会いに行ったら、部屋から女の子が出てきて玄関前でちゅーしてた。」

「ち、ちが、ちがうんです、神崎さん!」

「言い訳しないで。」

蔦屋くんの顔は青ざめていた。

そのまま彼に構うことなく、私は自分の部屋に入り鍵をかけた。

がちゃん。





















 私 は 泣 か な い 。











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