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第2章表 闇

世界の真理?

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「仁?」
「ん?なんだ?」
「いや、考え事してばっかだから」
「ああ、まあな」

 前を歩く5人組を眺める。向かう先は諏訪の市街であり、女侍の夕実の一行と目的地を共にしていたため、その後ろをついて行っている。
 手を取らなかった俺に夕実は苦笑いしていたが、俺も今しがた会ったばかりの夕実を新らししたりすることはできない。何よりも10年前に神隠しにあって、それで同郷の者がいて、自分が帰りたいという主張の1つでもすれば、もしかしたら多少は信じることはできたかも知れない。だが、そうしないのであれば、この地に縛られている可能性もあるわけで、この世界に破滅を齎すことになるかも知れない俺を排除しようと動くことも考えられる。

「そういえば聞いていなかったな」
「うん?」
「柊は俺との旅、その終着点は何にするんだ?」
「強くなるまでだよ」
「具体的には?」
「仁に勝つ」
「そら人間やめる覚悟ないと不可能だな」
「仁の冗談って結構珍しいね」

 そのまんまの意味だけどな。俺が仁志だったなら勝てるだろうけど。
 岡谷から諏訪までは2時間ほどで着く距離にある。歩いている俺たちだが、ちょうど昼に差し掛かり、飯を食べる手筈となった。

鰻屋うなぎやか」
「ここらの名物だって」
「諏訪湖で取れるのだろうか?」
「私も食べたことないや、どんな魚なんだろう?」
「にょろにょろした蛇みたいな生き物だぞ」
「え?、………え?そうなの?」
「うまいぞ」
「その話聞いて美味しそうに思えないんだけど!?」

 あまりいじめるのもかわいそうだ。俺たちは5人とは違う席に座り、鰻を注文する。柊は鰻を恐る恐る食べていたが、口に含むとがっついて食べていた。

「仁、ちょっといいか?」
「なんだ?」

 肩を怪我していたおっさんの早川に呼ばれる。外に出て近くにある公園のような広場で切り株に腰掛ける。おっさんは何か言いづらそうにしている。

「夕実のやつがお前を気にしすぎていてな。あの娘のことは聞いているのか?」
「多少はな」
「そうか…、俺は勘が良い方だと思う」
「…何か?」
「表情には出なくとも警戒しているのが丸わかりだぞ。夕実の態度でわかったが、どうやらお前さん向こうの世界の人間らしいな」
「だとしたら?」
「複雑怪奇なことだ」

 確かにそうだろう。異世界の人間がこうも頻繁に現れればそういう感情を抱いてもおかしくはない。

「俺自身がな」
「ん?」
「お前さん、大切な人が攫われたとかそういう可能性を俺は考えた。そしてその場合、お前さんがこの世界のもっとも危険な魔神の封印を邪魔する存在だってこともな。違うか?」
「………」
「その場合、俺はどうするべきだ?」
「さあな?」
「俺はお前さんを殺してでも止めるべきなのだろうな」
「だろうな。危険な存在を世に放とうとする人物を野放しにする方がどうかしている」
「ああ、だとすれば、俺はどうかしているのだろう」

 このおっさん、いや、この男はどうやら相当な阿呆らしい。

「10年前、俺は夕実を助けた」
「あんたが?」
「ああ、生贄になる少女を逃したんだ。当時は封印の強化に人員があまり割かれていなかったからな、目を盗んで夕実を逃した。夕実は自分が生贄になることさえ知らず、ただ祈りを捧げればいいと洗脳されていた」
「………なるほどな」
「封印の強化に必要なのは闇の性質だ。その辺は理解しているか?」
「いや、まったく」
「封印自体は光の性質で行われている。大和国の主神である光の女神が直接施した封印だしな。それで必要になるのが、性質の相反性だ。闇と光は互いに食い合う性質を持ち合わせている。少ない方が食われ、食った方の糧になる。この世界でもっとも希少な性質が闇だ。それも少量の闇を持った存在は極めて珍しい。つまり光の封印を継続するには生贄になる闇の力が必要になってくるわけだ」
「そこで必要になるのが異世界の住人だと?」
「いや、違う。俺たちは最初、異世界の住人がすべて闇の性質を持っていると仮定した。だが、夕実の話を聞いていくうちに1つの可能性が湧いて出てきた。それはこの世界と夕実のいた世界、つまりお前さんのいた世界は鏡のような存在という仮定だ」
「鏡の世界?」
「心当たりはあるだろう?」

 心当たりはあるにはある。この世界の地名、そしてその方位を考えるに都道府県に当たるものが地方という分類にはなっているが、それはすべて昔の日本の地名である。だが、鏡だという理由にはならない。

「まだ確信に至ってはいないみたいだな。俺たちがなぜ鏡の世界と仮定した理由は単純なものだ。光の女神が連れてくる、いや、神隠ししてくる人間はすべて闇だった。本人は光の女神なのにな」
「全員か?」
「ああ、例外なく全員が確実に闇の性質だった。選定をしていたとも考えたが、闇どころか性質を解放したことのない異世界の人間をこの地に召喚しそのすべてが闇だとしたら、向こうの世界でも話題くらいにはなっているだろう。それはもう神隠しという名前ではごまかすことのできない事件になっていたはずだ」
「なるほどな」
「だから俺たちは鏡の世界であるという仮定をした。光の女神は異世界では反対の属性の闇の性質であり、それを利用して闇の性質を付与した生贄を用意しているとな」

 あのとき見た黒い髪の女か。不気味すぎる気配だっただ、神の反対に位置する存在だとすればああいうものなのだろうか。

「そしてその仮定はもう1つの仮説が否定されたことで真実味を帯びてきたわけだ」

 早川のおっさんが俺を指差す。

「俺は今のところ闇ではないな」
「そういうことだ」

 だとしても闇でない可能性を排除できたわけでもない。

「だが、俺が闇である可能性を排除できたわけではないだろう?」
「いや、できている。お前さん加護持ちだろう」
「はあ…、あんた一体何者だ?」
「まあまあ、そのうちわかるさ。ただ、都に仕えていた時間が長いだけの男だよ。神様ってもんをよく見てきたつもりだぜ。それで言えることだが、加護持ちは基本的に闇にはならない。というか、闇の反対に位置する性質は光と考えられていたが、もう1つ決定的に反対なのが神の性質だ」
「俺はさながら神だと?」
「神の化身であることには違いないさ。じゃねえと蛟を簡単には引かせることはできんよ。つまりお前さんは闇ではなかったということだ」

 確かに、あの裏本殿が奴の俺たちの世界での社なら、あの場にいく人間の選定なんてできない。そして来た人間を片っ端から連れ去り、闇の性質を付与が完了していれば問題はない。だとすればほぼ確定的にあの黒髪の女がこの世界の光の女神に該当するだろう。

「それで?それを俺に伝えて何になる?」
「情報は武器だぜ知っておいて損はないはずだ」
「仮定の話を情報に加える気にはならない」
「可愛げのないやつだな。まあ、なんだ。率直に言うなら手伝うぞ」
「いらん」
「そういうな」
「いらないと言っている。俺の目的を知った上でお前が協力する理由なんて何一つないはずだ。むしろ何故妨害しない?」

 俺の目的は、この世界に害ある存在の封印を解除することにつながる。この世界に破滅をもたらす使者みたいなものだ。

「…それを話すには俺の事情も話せと?」
「…」
「参ったね。俺には特に大層な理由は持ち合わせていないからな。俺の理由は単純明快、大和国の神々が信用ならない。それだけだ」
「そうか、なら俺に手を貸さなくていい。勝手に大和国と戦っていればいい」
「そうなんだけどよ。魔神を解放しなければ大和国と武蔵国が戦えば日の目をみるより明らかに大敗する。武蔵はほとんど人間しかいないからな陸奥国や山陽国のような仙人も少ねえ」
「それで禁忌の力を借りようと?」
「そういうわけだ」

 どうなのだろうな。この男、飄々としながら、こちらの気になるところにきちんと足を踏み入れてくる。

「おっさん」
「早川さんだ」
「蛟相手に苦戦するならおっさんで十分だろ」
「お前だって加護なきゃボロ雑巾になってるわ」
「…あの女侍、夕実となら協力関係を築いてもいい」
「ふん、生意気な」

 そのニヒルな笑みは大して格好良くはないぞ。年齢考えろ。
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