上 下
11 / 17
第1章裏 謀略

聖女

しおりを挟む
 絢爛な部屋に通され、艶やかな着物を着させられた少女がいた。彼女の名は安城陽毬。

「………」

 陽毬は傷心状態にあった。言葉を発さず、少し前に女神との会合を終え、与えられた自分の部屋に戻っていた。近くには女中が付き、陽毬の側にずっと控えている。

「(あのときの黒髪の女は…)」

 陽毬は自分の置かれた状況を整理していた。
 夢を見た。
 あの稲荷神社にある本殿ともう一つの本殿の存在があるという夢。ぼんやりとした記憶を引っ張りながらも夢を見ていた時のことを思い出す。陽毬は長い間その夢を見ていた。陽毬の記憶は完璧ではなかったが、同じ夢を21日連続で見ていた。訪れたことのない裏本殿の存在を認知させるように誰かが夢を見させていたに違いないと陽毬は考える。でなければ、現状の説明にならない。異世界に攫われ、女神から解けかかっている封印を強固にするために祈祷して欲しいと頼まれた。

「食事はいつ頂けるのかしら?」
「2刻ほどお待ちくださいませ」
「そう」

 まるでマリー・アントワネットにでもなった気分ねと陽毬は今の状況を省みる。来賓として最高峰のもてなしを受けている。現代とはまるで違う。昔の日本のような世界で不便さも感じるだろう。だが、それほど陽毬に苦痛がないのは待遇が良いからだろう。

「仁志…」

 陽毬は攫われる直前まで一緒にいた幼馴染のことを思い出していた。巻き込んでしまった。今、彼はどうしているだろう。攫われた時、無理やりに引き剥がされ、気づいたら異世界に来てしまった。あのときの仁志の表情を思い出して陽毬の表情が曇る。

「(また、あんな顔させちゃったな…)」

 天井を見上げて表情が曇るのを止める。涙は流さない。陽毬は近くに控える女中の存在を忘れていたが、ふと横に流し目をして女中の存在に気づく。陽毬の精神はもうほとんど耐えられる状態ではなかった。 

「少しの間1人になりたいの」
「わかりました」

 女中は部屋を出る。おそらく部屋のすぐ外に待機しているのだろう。陽毬は敷かれていた布団に倒れこむ。涙を堪えられなくなった。枕に顔を埋めながら仁志の名をかすれるような小さな声で呼び続けた。



 陽毬はいつの間にか寝ていた。布団の上からうつ伏せになっていたのに仰向けの状態で寝かしつけられていた。寝起きの頭の回らない状態でも、少しの羞恥心を感じて顔を赤くしていた。例の女中が直したのだろう。

「失礼します。お休みになられていた体勢を正させていただきました」
「そう…」

 心を殺したような女中を相手に素直に感謝の言葉をかけられないでいた。人間不審になりつつある。陽毬は水を要求し、女中の持って着た布と合わせて顔を拭く。

「化粧直しをさせていただきます」
「何かあるの?」
まつりごとの場に顔を出していただきたく存じます」
「顔出し…ね」
「はい」

 ずっと側にいた女中が他の女中を呼びつけ、7人くらいの女性に囲まれ化粧直しが行われる。陽毬はただじっとしているだけ、着物を着替え、また別の艶やかさのある上等な代物を召す。着付けもすぐに終わり、重みのある着物を引きずりながら政が行われている場所へ向かう。

「(まるで十二単ね)」

 おそらく宮中と思われる建物の中、神聖な力の溢れる場所の前にたどり着く。

「到着したようね」

 中から例の光の女神の声が聞こえた。陽毬は心臓を締め付けられるような苦しい感覚を覚える。陽毬は光の女神と呼ばれる存在に対して危機感を募っていた。陽毬をこの世界に攫った例の黒髪の女はこの世界に到着した時には確認ができなかった。一方で、この大和国の中心にある宮中に突然現れた陽毬に対し、第一発見者の光の女神は陽毬のことを聖女として扱った。その後、他の神々の前で性質判定というものを受け、聖女として扱われた。
 陽毬にとっては都合のいいことばかりだが、陽毬は1つの大きな疑問が残っていた。黒髪の女と光の女神と呼ばれる存在が同一人物であるということだ。陽毬は彼女のいうことを鵜呑みにはできなかった。話が出来すぎていた。謎の存在に攫われたと思えば、攫われた先の国で重要人物扱いで過保護にされる。生活にはまるで苦労せず、境遇に関しては神隠しということで、お涙頂戴の同情をされる始末。敵意を誰もが抱かない。突然現れた存在に光の女神の言葉が鶴の一声となり、誰もが疑問を抱かない。少なくとも宮中にいたときの周りの人物を見ればそう感じていた。

「先ほど話にあがった聖女の陽毬です。陽毬こちらに」
「はい」

 陽毬の周りを何かが漂う。

「この人が?」
「ええ、封印強化の役割を担っていただきます」
「そうですか」

 光の女神に話しかけたのは人間の将軍や文官ではなく神々の1柱である。神々も人間も反論したりせず、ただ陽毬の顔を覚える。陽毬に手を出せば光の女神に反感を食らう。光の女神は絶対であった。陽毬もその雰囲気を感じ取った。

「陽毬、ありがとうね」

 誰もが見惚れるだろう笑顔に陽毬は鳥肌がたった。



「疲れたわ」

 部屋に戻った後、女中に一言告げ、風呂の準備をさせる。どんなにわがままを言っても無理難題でなければ陽毬の言うことはすべてが叶った。カニを食べたいといえば出てくる。そして殻を剥くのが面倒と言えば、女中が代わりに剥いて綺麗な形で提供された。風呂は何も言わなくても壊れ物を扱うかのように何人もの女中が体を洗った。
 寝る準備を終え、陽毬は天井を眺める。

「(お父さんとお母さん、心配してるかな?…捜索願とか出してるのかな?………仁志は警察とかに事情の説明とかしているのかな?………試験半分くらいすっぽかしちゃったなあ。それに…)」

 陽毬はまた表情が曇る。

「(ダメ、考えちゃダメ、…考えない。辛いだけだから…)」

 陽毬は自分に言い聞かせて思考を止めようとするが、どうしても考えてしまうことがある。両親と離れ離れになったことよりも仁志に辛い思いをさせていることが辛い。仁志が自分を見捨てるような冷徹な人間なら陽毬は心を痛めなかっただろう。

「仁志…」

 涙を流して陽毬は心労で眠りにつく。その光景を女中はただ眺めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

16世界物語1 趣味人な魔王、世界を変える

海蛇
ファンタジー
剣と魔法が支配したりする世界『シャルムシャリーストーク』。 ここは人間世界と魔族世界の二つに分かれ、互いの種族が終わらない戦争を繰り広げる世界である。 魔族世界の盟主であり、最高権力者である魔王。 その魔王がある日突然崩御し、新たに魔王となったのは、なんとも冴えない人形好きな中年男だった。 人間の女勇者エリーシャと互いのことを知らずに出会ったり、魔族の姫君らと他愛のない遊びに興じたりしていく中、魔王はやがて、『終わらない戦争』の真実に気付いていく…… (この作品は小説家になろうにて投稿していたものの部分リメイク作品です)

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

異世界二度目のおっさん、どう考えても高校生勇者より強い

八神 凪
ファンタジー
   旧題:久しぶりに異世界召喚に巻き込まれたおっさんの俺は、どう考えても一緒に召喚された勇者候補よりも強い  【第二回ファンタジーカップ大賞 編集部賞受賞! 書籍化します!】  高柳 陸はどこにでもいるサラリーマン。    満員電車に揺られて上司にどやされ、取引先には愛想笑い。  彼女も居ないごく普通の男である。  そんな彼が定時で帰宅しているある日、どこかの飲み屋で一杯飲むかと考えていた。  繁華街へ繰り出す陸。  まだ時間が早いので学生が賑わっているなと懐かしさに目を細めている時、それは起きた。  陸の前を歩いていた男女の高校生の足元に紫色の魔法陣が出現した。  まずい、と思ったが少し足が入っていた陸は魔法陣に吸い込まれるように引きずられていく。  魔法陣の中心で困惑する男女の高校生と陸。そして眼鏡をかけた女子高生が中心へ近づいた瞬間、目の前が真っ白に包まれる。  次に目が覚めた時、男女の高校生と眼鏡の女子高生、そして陸の目の前には中世のお姫様のような恰好をした女性が両手を組んで声を上げる。  「異世界の勇者様、どうかこの国を助けてください」と。  困惑する高校生に自分はこの国の姫でここが剣と魔法の世界であること、魔王と呼ばれる存在が世界を闇に包もうとしていて隣国がそれに乗じて我が国に攻めてこようとしていると説明をする。    元の世界に戻る方法は魔王を倒すしかないといい、高校生二人は渋々了承。  なにがなんだか分からない眼鏡の女子高生と陸を見た姫はにこやかに口を開く。  『あなた達はなんですか? 自分が召喚したのは二人だけなのに』  そう言い放つと城から追い出そうとする姫。    そこで男女の高校生は残った女生徒は幼馴染だと言い、自分と一緒に行こうと提案。  残された陸は慣れた感じで城を出て行くことに決めた。  「さて、久しぶりの異世界だが……前と違う世界みたいだな」  陸はしがないただのサラリーマン。  しかしその実態は過去に異世界へ旅立ったことのある経歴を持つ男だった。  今度も魔王がいるのかとため息を吐きながら、陸は以前手に入れた力を駆使し異世界へと足を踏み出す――

異世界楽々通販サバイバル

shinko
ファンタジー
最近ハマりだしたソロキャンプ。 近くの山にあるキャンプ場で泊っていたはずの伊田和司 51歳はテントから出た瞬間にとてつもない違和感を感じた。 そう、見上げた空には大きく輝く2つの月。 そして山に居たはずの自分の前に広がっているのはなぜか海。 しばらくボーゼンとしていた和司だったが、軽くストレッチした後にこうつぶやいた。 「ついに俺の番が来たか、ステータスオープン!」

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

女神様から同情された結果こうなった

回復師
ファンタジー
 どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

処理中です...