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第1章裏 謀略
聖女
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絢爛な部屋に通され、艶やかな着物を着させられた少女がいた。彼女の名は安城陽毬。
「………」
陽毬は傷心状態にあった。言葉を発さず、少し前に女神との会合を終え、与えられた自分の部屋に戻っていた。近くには女中が付き、陽毬の側にずっと控えている。
「(あのときの黒髪の女は…)」
陽毬は自分の置かれた状況を整理していた。
夢を見た。
あの稲荷神社にある本殿ともう一つの本殿の存在があるという夢。ぼんやりとした記憶を引っ張りながらも夢を見ていた時のことを思い出す。陽毬は長い間その夢を見ていた。陽毬の記憶は完璧ではなかったが、同じ夢を21日連続で見ていた。訪れたことのない裏本殿の存在を認知させるように誰かが夢を見させていたに違いないと陽毬は考える。でなければ、現状の説明にならない。異世界に攫われ、女神から解けかかっている封印を強固にするために祈祷して欲しいと頼まれた。
「食事はいつ頂けるのかしら?」
「2刻ほどお待ちくださいませ」
「そう」
まるでマリー・アントワネットにでもなった気分ねと陽毬は今の状況を省みる。来賓として最高峰のもてなしを受けている。現代とはまるで違う。昔の日本のような世界で不便さも感じるだろう。だが、それほど陽毬に苦痛がないのは待遇が良いからだろう。
「仁志…」
陽毬は攫われる直前まで一緒にいた幼馴染のことを思い出していた。巻き込んでしまった。今、彼はどうしているだろう。攫われた時、無理やりに引き剥がされ、気づいたら異世界に来てしまった。あのときの仁志の表情を思い出して陽毬の表情が曇る。
「(また、あんな顔させちゃったな…)」
天井を見上げて表情が曇るのを止める。涙は流さない。陽毬は近くに控える女中の存在を忘れていたが、ふと横に流し目をして女中の存在に気づく。陽毬の精神はもうほとんど耐えられる状態ではなかった。
「少しの間1人になりたいの」
「わかりました」
女中は部屋を出る。おそらく部屋のすぐ外に待機しているのだろう。陽毬は敷かれていた布団に倒れこむ。涙を堪えられなくなった。枕に顔を埋めながら仁志の名をかすれるような小さな声で呼び続けた。
陽毬はいつの間にか寝ていた。布団の上からうつ伏せになっていたのに仰向けの状態で寝かしつけられていた。寝起きの頭の回らない状態でも、少しの羞恥心を感じて顔を赤くしていた。例の女中が直したのだろう。
「失礼します。お休みになられていた体勢を正させていただきました」
「そう…」
心を殺したような女中を相手に素直に感謝の言葉をかけられないでいた。人間不審になりつつある。陽毬は水を要求し、女中の持って着た布と合わせて顔を拭く。
「化粧直しをさせていただきます」
「何かあるの?」
「政の場に顔を出していただきたく存じます」
「顔出し…ね」
「はい」
ずっと側にいた女中が他の女中を呼びつけ、7人くらいの女性に囲まれ化粧直しが行われる。陽毬はただじっとしているだけ、着物を着替え、また別の艶やかさのある上等な代物を召す。着付けもすぐに終わり、重みのある着物を引きずりながら政が行われている場所へ向かう。
「(まるで十二単ね)」
おそらく宮中と思われる建物の中、神聖な力の溢れる場所の前にたどり着く。
「到着したようね」
中から例の光の女神の声が聞こえた。陽毬は心臓を締め付けられるような苦しい感覚を覚える。陽毬は光の女神と呼ばれる存在に対して危機感を募っていた。陽毬をこの世界に攫った例の黒髪の女はこの世界に到着した時には確認ができなかった。一方で、この大和国の中心にある宮中に突然現れた陽毬に対し、第一発見者の光の女神は陽毬のことを聖女として扱った。その後、他の神々の前で性質判定というものを受け、聖女として扱われた。
陽毬にとっては都合のいいことばかりだが、陽毬は1つの大きな疑問が残っていた。黒髪の女と光の女神と呼ばれる存在が同一人物であるということだ。陽毬は彼女のいうことを鵜呑みにはできなかった。話が出来すぎていた。謎の存在に攫われたと思えば、攫われた先の国で重要人物扱いで過保護にされる。生活にはまるで苦労せず、境遇に関しては神隠しということで、お涙頂戴の同情をされる始末。敵意を誰もが抱かない。突然現れた存在に光の女神の言葉が鶴の一声となり、誰もが疑問を抱かない。少なくとも宮中にいたときの周りの人物を見ればそう感じていた。
「先ほど話にあがった聖女の陽毬です。陽毬こちらに」
「はい」
陽毬の周りを何かが漂う。
「この人が?」
「ええ、封印強化の役割を担っていただきます」
「そうですか」
光の女神に話しかけたのは人間の将軍や文官ではなく神々の1柱である。神々も人間も反論したりせず、ただ陽毬の顔を覚える。陽毬に手を出せば光の女神に反感を食らう。光の女神は絶対であった。陽毬もその雰囲気を感じ取った。
「陽毬、ありがとうね」
誰もが見惚れるだろう笑顔に陽毬は鳥肌がたった。
「疲れたわ」
部屋に戻った後、女中に一言告げ、風呂の準備をさせる。どんなにわがままを言っても無理難題でなければ陽毬の言うことはすべてが叶った。カニを食べたいといえば出てくる。そして殻を剥くのが面倒と言えば、女中が代わりに剥いて綺麗な形で提供された。風呂は何も言わなくても壊れ物を扱うかのように何人もの女中が体を洗った。
寝る準備を終え、陽毬は天井を眺める。
「(お父さんとお母さん、心配してるかな?…捜索願とか出してるのかな?………仁志は警察とかに事情の説明とかしているのかな?………試験半分くらいすっぽかしちゃったなあ。それに…)」
陽毬はまた表情が曇る。
「(ダメ、考えちゃダメ、…考えない。辛いだけだから…)」
陽毬は自分に言い聞かせて思考を止めようとするが、どうしても考えてしまうことがある。両親と離れ離れになったことよりも仁志に辛い思いをさせていることが辛い。仁志が自分を見捨てるような冷徹な人間なら陽毬は心を痛めなかっただろう。
「仁志…」
涙を流して陽毬は心労で眠りにつく。その光景を女中はただ眺めていた。
「………」
陽毬は傷心状態にあった。言葉を発さず、少し前に女神との会合を終え、与えられた自分の部屋に戻っていた。近くには女中が付き、陽毬の側にずっと控えている。
「(あのときの黒髪の女は…)」
陽毬は自分の置かれた状況を整理していた。
夢を見た。
あの稲荷神社にある本殿ともう一つの本殿の存在があるという夢。ぼんやりとした記憶を引っ張りながらも夢を見ていた時のことを思い出す。陽毬は長い間その夢を見ていた。陽毬の記憶は完璧ではなかったが、同じ夢を21日連続で見ていた。訪れたことのない裏本殿の存在を認知させるように誰かが夢を見させていたに違いないと陽毬は考える。でなければ、現状の説明にならない。異世界に攫われ、女神から解けかかっている封印を強固にするために祈祷して欲しいと頼まれた。
「食事はいつ頂けるのかしら?」
「2刻ほどお待ちくださいませ」
「そう」
まるでマリー・アントワネットにでもなった気分ねと陽毬は今の状況を省みる。来賓として最高峰のもてなしを受けている。現代とはまるで違う。昔の日本のような世界で不便さも感じるだろう。だが、それほど陽毬に苦痛がないのは待遇が良いからだろう。
「仁志…」
陽毬は攫われる直前まで一緒にいた幼馴染のことを思い出していた。巻き込んでしまった。今、彼はどうしているだろう。攫われた時、無理やりに引き剥がされ、気づいたら異世界に来てしまった。あのときの仁志の表情を思い出して陽毬の表情が曇る。
「(また、あんな顔させちゃったな…)」
天井を見上げて表情が曇るのを止める。涙は流さない。陽毬は近くに控える女中の存在を忘れていたが、ふと横に流し目をして女中の存在に気づく。陽毬の精神はもうほとんど耐えられる状態ではなかった。
「少しの間1人になりたいの」
「わかりました」
女中は部屋を出る。おそらく部屋のすぐ外に待機しているのだろう。陽毬は敷かれていた布団に倒れこむ。涙を堪えられなくなった。枕に顔を埋めながら仁志の名をかすれるような小さな声で呼び続けた。
陽毬はいつの間にか寝ていた。布団の上からうつ伏せになっていたのに仰向けの状態で寝かしつけられていた。寝起きの頭の回らない状態でも、少しの羞恥心を感じて顔を赤くしていた。例の女中が直したのだろう。
「失礼します。お休みになられていた体勢を正させていただきました」
「そう…」
心を殺したような女中を相手に素直に感謝の言葉をかけられないでいた。人間不審になりつつある。陽毬は水を要求し、女中の持って着た布と合わせて顔を拭く。
「化粧直しをさせていただきます」
「何かあるの?」
「政の場に顔を出していただきたく存じます」
「顔出し…ね」
「はい」
ずっと側にいた女中が他の女中を呼びつけ、7人くらいの女性に囲まれ化粧直しが行われる。陽毬はただじっとしているだけ、着物を着替え、また別の艶やかさのある上等な代物を召す。着付けもすぐに終わり、重みのある着物を引きずりながら政が行われている場所へ向かう。
「(まるで十二単ね)」
おそらく宮中と思われる建物の中、神聖な力の溢れる場所の前にたどり着く。
「到着したようね」
中から例の光の女神の声が聞こえた。陽毬は心臓を締め付けられるような苦しい感覚を覚える。陽毬は光の女神と呼ばれる存在に対して危機感を募っていた。陽毬をこの世界に攫った例の黒髪の女はこの世界に到着した時には確認ができなかった。一方で、この大和国の中心にある宮中に突然現れた陽毬に対し、第一発見者の光の女神は陽毬のことを聖女として扱った。その後、他の神々の前で性質判定というものを受け、聖女として扱われた。
陽毬にとっては都合のいいことばかりだが、陽毬は1つの大きな疑問が残っていた。黒髪の女と光の女神と呼ばれる存在が同一人物であるということだ。陽毬は彼女のいうことを鵜呑みにはできなかった。話が出来すぎていた。謎の存在に攫われたと思えば、攫われた先の国で重要人物扱いで過保護にされる。生活にはまるで苦労せず、境遇に関しては神隠しということで、お涙頂戴の同情をされる始末。敵意を誰もが抱かない。突然現れた存在に光の女神の言葉が鶴の一声となり、誰もが疑問を抱かない。少なくとも宮中にいたときの周りの人物を見ればそう感じていた。
「先ほど話にあがった聖女の陽毬です。陽毬こちらに」
「はい」
陽毬の周りを何かが漂う。
「この人が?」
「ええ、封印強化の役割を担っていただきます」
「そうですか」
光の女神に話しかけたのは人間の将軍や文官ではなく神々の1柱である。神々も人間も反論したりせず、ただ陽毬の顔を覚える。陽毬に手を出せば光の女神に反感を食らう。光の女神は絶対であった。陽毬もその雰囲気を感じ取った。
「陽毬、ありがとうね」
誰もが見惚れるだろう笑顔に陽毬は鳥肌がたった。
「疲れたわ」
部屋に戻った後、女中に一言告げ、風呂の準備をさせる。どんなにわがままを言っても無理難題でなければ陽毬の言うことはすべてが叶った。カニを食べたいといえば出てくる。そして殻を剥くのが面倒と言えば、女中が代わりに剥いて綺麗な形で提供された。風呂は何も言わなくても壊れ物を扱うかのように何人もの女中が体を洗った。
寝る準備を終え、陽毬は天井を眺める。
「(お父さんとお母さん、心配してるかな?…捜索願とか出してるのかな?………仁志は警察とかに事情の説明とかしているのかな?………試験半分くらいすっぽかしちゃったなあ。それに…)」
陽毬はまた表情が曇る。
「(ダメ、考えちゃダメ、…考えない。辛いだけだから…)」
陽毬は自分に言い聞かせて思考を止めようとするが、どうしても考えてしまうことがある。両親と離れ離れになったことよりも仁志に辛い思いをさせていることが辛い。仁志が自分を見捨てるような冷徹な人間なら陽毬は心を痛めなかっただろう。
「仁志…」
涙を流して陽毬は心労で眠りにつく。その光景を女中はただ眺めていた。
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