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第1章表 神隠し
妖
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午前8時。現実世界なら出勤時間帯。俺と柊は村に貢献するための食材を狩りに森に入る。険しい山脈に囲まれた場所で森といっても山の中であるから、常人であれば移動は困難を極める。
「縄張りに入ったか?」
「うーん、あまりみたことない爪跡だなあ」
「熊じゃないのか」
「熊の爪は縦に3本。これは横向きに3本。しかも木々のあちこちにある」
「縦の爪痕もあるといえばあるな」
「なんだろう?…警戒は怠らないでね」
「ああ」
さらに山に深入りをする。爪痕はいくつか見られるが、そのほとんどが横に3本入った痕である。
「横向きといえば鎌鼬とかの可能性もあるかな?」
「鎌鼬?」
「鎌鼬も知らないの!?まだ見かけるほうの妖だと思うんだけど」
妖ってなんぞ?聞いていないんだが…。
「でも、3本線だから熊のイタズラだと思うけどね。普通鎌鼬は横に1本もしくは木が切断されていたりするし」
「鎌鼬って強いのか?」
「私と互角くらいだよ」
なら勝てるか。柊は決して弱くはない。大人の男相手に勝てるくらいには強いが、それでも互角レベル。鎌鼬はかなり強い部類なのだろう。
「人間は数の上で勝てるか」
「そうだね。でも仁なら1人で楽勝だよ」
確かに俺と柊の実力差はあるが、果たして初見のしかも人間じゃない相手にどこまで戦えるだろうか。加護が敵対する人間にのみ適用されるとかではなければいいのだが…。
「ちょっと爪痕が増えてきたね」
「ああ、しかも一直線に爪痕が進んでいる。爪痕のある木の奥側の木は何にもない」
「自然というよりは人為的か、ますます妖っぽい」
人為的ならば妖とは?
一段と険しくなる森の中、柊はふと足を止める。俺も気がついた。
血の匂いだ。
「血の匂いか」
「うん、たぶん熊だね」
「熊?」
「熊の爪痕を追っているような感じだったし、件の妖が見れるかもよ?」
山1つを超えた先、山の中腹の谷間になっている場所に倒れる熊がいた。そしてその熊に顔を突っ込んでいる何かがいる。
「あいつは?」
「…鎌鼬だ」
「鎌鼬って3本の傷跡を残すのはおかしいのではなかったのか?」
「そのはずなんだけど…」
「特殊な個体ということか?」
「わからない。わからないものに無闇に特攻するのは阿呆の所業だよ。一旦引こう」
「そうも言っていられないみたいだが?」
食事をしながらこちらの気配に気づいているようだ。
「もうこっちに来ている」
俺は刀を抜いて鎌鼬の爪の攻撃を防ぐ。視界の奥にはまだ鎌鼬らしき姿が残っている。
「あれは残像だ」
「残像!?」
爪は1本の小さいナイフのようなものだ。なるほど、風を纏っているな。一回の斬撃が3回分の攻撃に分離しているのだろう。俺は他の2回の攻撃も刀で防ぐ。柊はあまりに強いイタチを前に、腰が引けてしまっているが、きちんと集中はできている。
「ずっと風の性質を保っている。光の性質みたいに」
「…ということは、風と光の合わせ技か」
「風と光…」
推測するに光の性質の特徴である持続的な強化。それを風に混ぜ合わせた感じだろう。盗賊の頭のような火力はないが、ずっと強いというのはそれはそれで厄介だ。残像は光の屈折やらを弄るのだろう。
「隙あり!」
攻撃後の硬直時間に一撃を喰らわせようとしたが、空を切る。
「それも残像!?」
「やりづらい相手だな。っ!」
残像で時間を稼いで、その間に狙われたのは柊、俺は柊の後頭部から攻撃を仕掛ける鎌鼬の爪と鍔迫り合いに持ち込む。虚を突かれたが、柊も素早い身のこなしで鎌鼬と距離を取る。
「くっ!こうなったら符術を使います」
どんな符術を使うのだろうか?何も聞かされていないんだが…。
柊は辺りにお札を飛ばし、五芒星の陣が地面に浮かび上がる。それが拡大していき、ドーム状になり、俺と鎌鼬も包み込んだ。
「これは…」
「結界です。結界内であれば私は探知できます。ですが、結界の外に逃げられればわかりません」
「出入り自由か?」
「え、ええ」
鍔迫り合いを弾き、鎌鼬はこちらを観察しながら警戒を怠らない。柊も弓を構える。
「そうか。でも必要なかったかもな。こちらから行こうか」
1歩。
「さすがに野生に生きているだけはあるか」
一撃で沈めるつもりだったが。左手の爪で相打ち。しかしながら鋭さと踏み込みと重さ、あらゆる要素で優っていた。俺の刀が鎌鼬の右爪を斬り裂き、そのまま右脇腹を斬る。
鎌鼬は悲鳴のような鳴き声をあげる。
「終わりだ」
怯んだ鎌鼬の首を斬り落とした。結界を貼って対処しようとしたが、俺があっという間に倒してしまい柊は少し膨れっ面だ。
「鎌鼬って食べれるのか?」
「鎌鼬はイタチの仲間なので食べられますよ」
「仲間…、妖と動物の違いってなんだ?」
「性質を持っているか、性質を持っていないかですね」
「なるほどな」
「妖は人間よりも性質を持つことが多いのです。性質を持てない妖はすぐ死んじゃうとか。…京の方で研究している人なら詳しいことがわかると思いますが、私はただの村人なので詳しいことはわかりません」
ちょっと御機嫌斜めな柊だった。その後、俺たちは深山に入れ込み、普通の猟師が狩りに入り込まない奥地で次々と獣を狩る。主に鹿を狙い、たまに兎を狩る。
「さすがにすごいですね」
「そうか?」
「普通狩りって罠か弓ですよ」
「確かにな、だが、近づいて斬った方が早い」
「いや、普通の人にはできませんから」
俺は鹿1頭と兎6羽。柊は鹿1頭の狩猟結果となった。川に出て血抜きして少し軽くなった獲物をインド人のように頭に乗せて運ぶ。俺は鹿、柊が兎を運ぶ。
「重たくないんですか?」
「その質問はもう6回目だぞ、兎の数だけ同じ質問するなよな」
「気になりますよ。そんな風に運ぶ人初めて見ました」
俺もテレビの中でしか見たことないけどな。血抜きの間、小休止だったため、柊の光の性質が復活し、身体能力を向上させて移動している。かなりの距離を移動しているが、疲れ知らずに歩みを進める。
「そういえば、妖はこの1匹だけだったな」
「ここは一応大和国ですからね。神様が過去に妖の撲滅運動をしていました」
撲滅運動って、そんな俗世っぽいことするのか。
「そのおかげで比較的安全に山にも入れたりしますが、ここは大和国の外れの外れですから、妖に遭っても不思議ではありませんよ」
「そうか」
「陸奥国ならたくさん見かけると思いますよ」
「陸奥国って北国か?」
「ええ、東の武蔵国、西の山陽国も大和国より妖は見かけると思いますが、討伐もしない陸奥国の方が見ると思いますよ」
「陸奥国は妖を倒さないのか?」
「妖には基本的に不干渉らしいです」
各地で妖への対応一つとっても特色のある国々なんだな。会話しながら小さな道に出てあとは村方面に向かうだけだ。前から笠を被った人影が近づいてくる。そして横をそのまま通り過ぎた。
「浪人か?」
「そうみたいですね」
通り抜けざまに浮浪者のような匂いがした。刀に手を掛けそうになっていたところから、もしかしたら食料を奪おうと考えたのかもしれない。
「たぶん仁さんの腰にある鎌鼬の死骸を見て、引いたんだよ。妖に勝てるのはそのほとんどが性質を解放しているから」
「逆に考えれば、性質を解放していない落ちこぼれが浪人になりやすいと?」
「うん、まあそうなるかな」
村の方から来たということは村を少し睨んだのだろう。厄介払いされたに違いない。あの村では剣術の師範が在籍した過去があり、そのおかげでほぼすべての村人が性質を解放している。山賊の襲撃があった噂を聞いて、山賊のおこぼれにでも預かろうとしたのかもしれない。
「柊と仁が帰って来たぞー」
村の門番に声がこちらを見つけると声をあげる。
「盛大なお出迎えだな」
「そりゃ、そんなもの頭に乗せてるからね」
村に入ると村人たちがわらわらと群がってきた。
「こりゃすげえ」
「鹿2頭も狩ってくるなんて」
「頭に乗せて臭くねえのか?」
「あの細身でよく運べるなあ」
村人たちはそれぞれが思い思いの言葉を発する。その後ろから人混みをかき分けて村長が近づいてきた。
「こらこら、通さんか。…おお、本当にこんなに狩猟してくるとはのう」
「深山幽谷の地まで足を運んだ。5里くらい(20km)だと思う」
「5里じゃと!?そんなところまで」
「私は性質のおかげでなんとかなったけど、仁はすごかったよ」
柊と村長が盛り上がる中、近くに榎と周三の気配を感じる。
「さすがだな、仁」
「榎か」
「食料は余ってはいたが、狩猟で得られる肉が足りなかったからな。礼をいう」
「俺も世話になったし、なっている。お互い様だ」
榎たちは供養を済ませたらしい。村の中で燃えた家屋の一角が取り壊され、そこに墓標があった。火葬らしく燃やした後がある。匂いは風が運んだのだろう。先の喜んでいた村人たちの目元には泣きはらした痕があった。
墓標を眺めていると、周三が話しかけてきた。
「須之仁さん」
「仁でいい」
「仁さん、明日には村を発つんですよね」
「ああ、松本に向かう」
「実は刀の件なんですけど」
俺は周三の後ろに付いていき、前もって話していた山賊たちが持っていた刀をもらう。
「これなんですけど」
人影のない村の一角に置かれた武器の中で、一際目立つものが目に入る。山賊の頭が使っていた槍の1つだ。
「これか」
手にとって振るうが、うまく振れない。刀は斬るものであって、突くものではない。慣れない武器に悪戦苦闘する。
「使えん」
「そ、そうですか…。なんか意外です」
「刀は3本ほど貰っておく」
「どうぞ」
振るって斬れ味のよさそうなものを見る。あまり持ちすぎると荷物がかさばる。今使っている2本の刀だが、1本がもうほとんど使い物にならない。もう片方はある程度使えるだろうが、近いうちに使えなくなるだろう。
「また村に寄った際は声かけてください。俺が持っておくので」
「ああ、別に捨てても構わんぞ」
「ははは、もったいないっすよ」
村の人間が斬られた刀でももったいないと思えるのか。俺なら使いたいと思わないけど…。
「縄張りに入ったか?」
「うーん、あまりみたことない爪跡だなあ」
「熊じゃないのか」
「熊の爪は縦に3本。これは横向きに3本。しかも木々のあちこちにある」
「縦の爪痕もあるといえばあるな」
「なんだろう?…警戒は怠らないでね」
「ああ」
さらに山に深入りをする。爪痕はいくつか見られるが、そのほとんどが横に3本入った痕である。
「横向きといえば鎌鼬とかの可能性もあるかな?」
「鎌鼬?」
「鎌鼬も知らないの!?まだ見かけるほうの妖だと思うんだけど」
妖ってなんぞ?聞いていないんだが…。
「でも、3本線だから熊のイタズラだと思うけどね。普通鎌鼬は横に1本もしくは木が切断されていたりするし」
「鎌鼬って強いのか?」
「私と互角くらいだよ」
なら勝てるか。柊は決して弱くはない。大人の男相手に勝てるくらいには強いが、それでも互角レベル。鎌鼬はかなり強い部類なのだろう。
「人間は数の上で勝てるか」
「そうだね。でも仁なら1人で楽勝だよ」
確かに俺と柊の実力差はあるが、果たして初見のしかも人間じゃない相手にどこまで戦えるだろうか。加護が敵対する人間にのみ適用されるとかではなければいいのだが…。
「ちょっと爪痕が増えてきたね」
「ああ、しかも一直線に爪痕が進んでいる。爪痕のある木の奥側の木は何にもない」
「自然というよりは人為的か、ますます妖っぽい」
人為的ならば妖とは?
一段と険しくなる森の中、柊はふと足を止める。俺も気がついた。
血の匂いだ。
「血の匂いか」
「うん、たぶん熊だね」
「熊?」
「熊の爪痕を追っているような感じだったし、件の妖が見れるかもよ?」
山1つを超えた先、山の中腹の谷間になっている場所に倒れる熊がいた。そしてその熊に顔を突っ込んでいる何かがいる。
「あいつは?」
「…鎌鼬だ」
「鎌鼬って3本の傷跡を残すのはおかしいのではなかったのか?」
「そのはずなんだけど…」
「特殊な個体ということか?」
「わからない。わからないものに無闇に特攻するのは阿呆の所業だよ。一旦引こう」
「そうも言っていられないみたいだが?」
食事をしながらこちらの気配に気づいているようだ。
「もうこっちに来ている」
俺は刀を抜いて鎌鼬の爪の攻撃を防ぐ。視界の奥にはまだ鎌鼬らしき姿が残っている。
「あれは残像だ」
「残像!?」
爪は1本の小さいナイフのようなものだ。なるほど、風を纏っているな。一回の斬撃が3回分の攻撃に分離しているのだろう。俺は他の2回の攻撃も刀で防ぐ。柊はあまりに強いイタチを前に、腰が引けてしまっているが、きちんと集中はできている。
「ずっと風の性質を保っている。光の性質みたいに」
「…ということは、風と光の合わせ技か」
「風と光…」
推測するに光の性質の特徴である持続的な強化。それを風に混ぜ合わせた感じだろう。盗賊の頭のような火力はないが、ずっと強いというのはそれはそれで厄介だ。残像は光の屈折やらを弄るのだろう。
「隙あり!」
攻撃後の硬直時間に一撃を喰らわせようとしたが、空を切る。
「それも残像!?」
「やりづらい相手だな。っ!」
残像で時間を稼いで、その間に狙われたのは柊、俺は柊の後頭部から攻撃を仕掛ける鎌鼬の爪と鍔迫り合いに持ち込む。虚を突かれたが、柊も素早い身のこなしで鎌鼬と距離を取る。
「くっ!こうなったら符術を使います」
どんな符術を使うのだろうか?何も聞かされていないんだが…。
柊は辺りにお札を飛ばし、五芒星の陣が地面に浮かび上がる。それが拡大していき、ドーム状になり、俺と鎌鼬も包み込んだ。
「これは…」
「結界です。結界内であれば私は探知できます。ですが、結界の外に逃げられればわかりません」
「出入り自由か?」
「え、ええ」
鍔迫り合いを弾き、鎌鼬はこちらを観察しながら警戒を怠らない。柊も弓を構える。
「そうか。でも必要なかったかもな。こちらから行こうか」
1歩。
「さすがに野生に生きているだけはあるか」
一撃で沈めるつもりだったが。左手の爪で相打ち。しかしながら鋭さと踏み込みと重さ、あらゆる要素で優っていた。俺の刀が鎌鼬の右爪を斬り裂き、そのまま右脇腹を斬る。
鎌鼬は悲鳴のような鳴き声をあげる。
「終わりだ」
怯んだ鎌鼬の首を斬り落とした。結界を貼って対処しようとしたが、俺があっという間に倒してしまい柊は少し膨れっ面だ。
「鎌鼬って食べれるのか?」
「鎌鼬はイタチの仲間なので食べられますよ」
「仲間…、妖と動物の違いってなんだ?」
「性質を持っているか、性質を持っていないかですね」
「なるほどな」
「妖は人間よりも性質を持つことが多いのです。性質を持てない妖はすぐ死んじゃうとか。…京の方で研究している人なら詳しいことがわかると思いますが、私はただの村人なので詳しいことはわかりません」
ちょっと御機嫌斜めな柊だった。その後、俺たちは深山に入れ込み、普通の猟師が狩りに入り込まない奥地で次々と獣を狩る。主に鹿を狙い、たまに兎を狩る。
「さすがにすごいですね」
「そうか?」
「普通狩りって罠か弓ですよ」
「確かにな、だが、近づいて斬った方が早い」
「いや、普通の人にはできませんから」
俺は鹿1頭と兎6羽。柊は鹿1頭の狩猟結果となった。川に出て血抜きして少し軽くなった獲物をインド人のように頭に乗せて運ぶ。俺は鹿、柊が兎を運ぶ。
「重たくないんですか?」
「その質問はもう6回目だぞ、兎の数だけ同じ質問するなよな」
「気になりますよ。そんな風に運ぶ人初めて見ました」
俺もテレビの中でしか見たことないけどな。血抜きの間、小休止だったため、柊の光の性質が復活し、身体能力を向上させて移動している。かなりの距離を移動しているが、疲れ知らずに歩みを進める。
「そういえば、妖はこの1匹だけだったな」
「ここは一応大和国ですからね。神様が過去に妖の撲滅運動をしていました」
撲滅運動って、そんな俗世っぽいことするのか。
「そのおかげで比較的安全に山にも入れたりしますが、ここは大和国の外れの外れですから、妖に遭っても不思議ではありませんよ」
「そうか」
「陸奥国ならたくさん見かけると思いますよ」
「陸奥国って北国か?」
「ええ、東の武蔵国、西の山陽国も大和国より妖は見かけると思いますが、討伐もしない陸奥国の方が見ると思いますよ」
「陸奥国は妖を倒さないのか?」
「妖には基本的に不干渉らしいです」
各地で妖への対応一つとっても特色のある国々なんだな。会話しながら小さな道に出てあとは村方面に向かうだけだ。前から笠を被った人影が近づいてくる。そして横をそのまま通り過ぎた。
「浪人か?」
「そうみたいですね」
通り抜けざまに浮浪者のような匂いがした。刀に手を掛けそうになっていたところから、もしかしたら食料を奪おうと考えたのかもしれない。
「たぶん仁さんの腰にある鎌鼬の死骸を見て、引いたんだよ。妖に勝てるのはそのほとんどが性質を解放しているから」
「逆に考えれば、性質を解放していない落ちこぼれが浪人になりやすいと?」
「うん、まあそうなるかな」
村の方から来たということは村を少し睨んだのだろう。厄介払いされたに違いない。あの村では剣術の師範が在籍した過去があり、そのおかげでほぼすべての村人が性質を解放している。山賊の襲撃があった噂を聞いて、山賊のおこぼれにでも預かろうとしたのかもしれない。
「柊と仁が帰って来たぞー」
村の門番に声がこちらを見つけると声をあげる。
「盛大なお出迎えだな」
「そりゃ、そんなもの頭に乗せてるからね」
村に入ると村人たちがわらわらと群がってきた。
「こりゃすげえ」
「鹿2頭も狩ってくるなんて」
「頭に乗せて臭くねえのか?」
「あの細身でよく運べるなあ」
村人たちはそれぞれが思い思いの言葉を発する。その後ろから人混みをかき分けて村長が近づいてきた。
「こらこら、通さんか。…おお、本当にこんなに狩猟してくるとはのう」
「深山幽谷の地まで足を運んだ。5里くらい(20km)だと思う」
「5里じゃと!?そんなところまで」
「私は性質のおかげでなんとかなったけど、仁はすごかったよ」
柊と村長が盛り上がる中、近くに榎と周三の気配を感じる。
「さすがだな、仁」
「榎か」
「食料は余ってはいたが、狩猟で得られる肉が足りなかったからな。礼をいう」
「俺も世話になったし、なっている。お互い様だ」
榎たちは供養を済ませたらしい。村の中で燃えた家屋の一角が取り壊され、そこに墓標があった。火葬らしく燃やした後がある。匂いは風が運んだのだろう。先の喜んでいた村人たちの目元には泣きはらした痕があった。
墓標を眺めていると、周三が話しかけてきた。
「須之仁さん」
「仁でいい」
「仁さん、明日には村を発つんですよね」
「ああ、松本に向かう」
「実は刀の件なんですけど」
俺は周三の後ろに付いていき、前もって話していた山賊たちが持っていた刀をもらう。
「これなんですけど」
人影のない村の一角に置かれた武器の中で、一際目立つものが目に入る。山賊の頭が使っていた槍の1つだ。
「これか」
手にとって振るうが、うまく振れない。刀は斬るものであって、突くものではない。慣れない武器に悪戦苦闘する。
「使えん」
「そ、そうですか…。なんか意外です」
「刀は3本ほど貰っておく」
「どうぞ」
振るって斬れ味のよさそうなものを見る。あまり持ちすぎると荷物がかさばる。今使っている2本の刀だが、1本がもうほとんど使い物にならない。もう片方はある程度使えるだろうが、近いうちに使えなくなるだろう。
「また村に寄った際は声かけてください。俺が持っておくので」
「ああ、別に捨てても構わんぞ」
「ははは、もったいないっすよ」
村の人間が斬られた刀でももったいないと思えるのか。俺なら使いたいと思わないけど…。
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