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職質、再び

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「ワンワン…グルルル…ワン!」

「しーっ!静かにしてよ」

と、家の塀の隙間から吠えているワンコにお願いはしているが、怪しい異世界人の気配?を察知しているのか、住宅街を歩く私とスワ君は、各御家庭の飼い犬の大型犬から小型犬まで色んなワンコに移動先で軒並み吠えられていた。

「何だか煩い生き物がいるな…」

住宅の庭から大型の毛足の長い犬に吠え付かれて、スワ君は険しい顔をしている。スワ君、ワンコは魔物じゃないからね?

「犬という愛玩動物です。まあ犬種によっては家を守る仕事をしている動物なので、怪しい人物を見て吠えるのも仕事の内です」

スワ君はヒコルデラ皇太子の魔力を探査しながら歩いている。深夜なのだが屋根の上を飛んで移動しようとしたら、このようにワンコ達の遠吠えでご近所のワンコに伝達?されてしまい、一斉に吠えられている…という訳だ。

私は早くこの住宅街から離れたかった。近い…多分すごく近い所を通っている。早く…

「ヒコルデラ皇太子の魔力が弱いな…界渡りで無理矢理に飛んだから大量の魔力を消費しているみたいだ。皇太子の居場所が特定し辛いな…」

そうして、内心焦っている私とスワ君は何とか皇太子の魔質を辿り…住宅街の中のコンビニの前に着いたのだが…そのコンビニの前の駐車場で揉み合う銀髪の大きな不審者とポリスメン達と遭遇した。

「また皇太子のくせに職質受けてる…」

「懲りないな…何をしたのだろうか」

野次馬がコンビニを囲んでいるので、野次馬の人達の話に聞き耳を立てていると、どうやら銀色の不審者はコンビニに押し入って無銭飲食をしたらしい。仮にも一国の皇太子殿下が無銭飲食…買い物のルールが分からなかったのかもしれないけれど…取り敢えず、お金もクレカも持ってないのは分かっている。

「仕方ないな…少し魔法を使うか…」

スワ君はそう言って空中に何か指を動かして魔法を放った。

すると…夜空が急に光った。

「何だ!?」

「やべーっ!?」

「何々?」

野次馬と警察官が光の方を見た時に、虚空からあの翼竜がブワッと現れた。

「ぎゃああ!」

野次馬達から叫び声が上がる中、スワ君は私の手を引き一瞬でヒコルデラ皇太子の前へ行くと、そのまま…界渡りをした。後でスワ君に聞いたのだが、あの翼竜は幻影…幻を作り出したそうだ。良く出来た映像だったよ…私も本気で叫んだしね。

それにしても界渡りってすぐ出来るんだね。暗転したと思ったらもう帰って来たので驚いた…あっけないほど簡単なんだ。と、その時は思ったけど後で魔術師団の団員さんやカイン兄様に

「界渡りどうだった?体が千切れそうなくらいに痛いとか、魔力を半端なく使うから使った後はヘロヘロになるって聞いたけど?」

とか聞かれて気が付いたのだ。

いえ、すこし体が回転?するみたいな感覚はあるけど、千切れないけど?と答えると皆が仰け反って驚いていた。

どうやら所持していた魔輝石とスワ君の飛び抜けてすごい魔力量のお陰でスムーズな界渡りになったらしい。

私達にこちらの世界に連れ戻されたヒコルデラ皇太子は、先に拘束されていたシアヴェナラ皇女殿下と共にエーカリンデ王国に引き渡されて行った。旧ジュエルブリンガー帝国はエーカリンデ王国の属国として再出発をする方向で調整が進められている。

ヒコルデラ元皇太子とシアヴェナラ元皇女殿下は今現在も尋問を受けている。

その尋問の中でわざわざヒコルデラ皇太子が私の前にやって来て、強引な界渡りをしようとした理由が明かされていた。

エーカリンデ王国と共にジュエルブリンガー帝国の障壁を破ろうとスワ君達が帝国に侵入した時に、ヒコルデラ皇太子が発動させた『記憶誘導』で異世界人の私の記憶を見て閃いたということだった。

魔法で覗き見た元異世界人の私の記憶は、不可思議なモノと得体のしれないモノが溢れていて、とても魅力的だったそうだ。スワ君達に追い詰められた時に、私の記憶にあるあの世界へ、あの街へ逃げようと思い立ち私を襲ったという訳だった。

まさか私達も一緒に界渡りをしてしまうのは誤算だった…と、ヒコルデラ皇太子は言っていたそうだ。そもそもの誤算はお巡りさんに職質を受けてしまって、目立ってたのもいけなかったと思うけどねぇ~?

今回の界渡りの恐竜時代で、スワ君は若干鬼畜君になってはいたけれど、魔術師としてはやっぱりすごい天才なんだな…と改めて思ったのだった。

色々な後片付けを終えて城から商店街近くのMYお城、小料理屋ラジーに帰ると待っていたマサンテとキマリに抱き付かれて、泣かれてしまった。

お店も臨時休業にしてくれていて、私は風邪を引いて寝込んでいることにしてくれていた。

「心配したんですよぉ…」

マサンテごめんね…キマリはずっと泣いている。背中を擦っているとやっと落ち着いてきたみたい。

お料理の仕込みをしながら、2人に界渡りの話を話して聞かせた。向こうの世界の紙幣でも持っていたら、お土産買ってくるんだったね~なんて話していると夕方になったので仕込みは止めて、今日は早めに休むことにした。

体は疲れているけど、目が冴えて眠れない。

久しぶりに見たコンビニ…携帯電話を操作する人達…警察官。信号、雑踏…犬。あの住宅街…

どれも当たり前に存在していたのに、急に世界から自分が切り離されて会えなくなったモノ達だ。そうだ…怯えていないで、両親や兄妹達に会いに行けばよかったかな。そんな時間は無かったけど…。急に触れあってしまって懐かしさと衝撃と後悔…恐怖で胸が痛くなる。

眠れなくて、ベッドから出て窓から外を見てみると……路地裏にスワ君が立っていた。

びっくりしてスワ君を見詰めているとみられたスワ君も驚いて固まっているようだった。

『ちょっと話がしたい』

「うおっ!」

耳元でスワ君の声が聞こえて、叫んでしまったが声を飛ばす魔法だと気が付いた。窓の外のスワ君に頷いて見せて、寝ているマサンテを起こさないように静かに階下に降りて行った。

「あ…」

護衛のギナイセ卿がスワ君を店内に招き入れていて、静かに頭を下げてから反対に店外に出て行かれた。

スワ君は夜目に分かるほどオドオドしていた。

「もう一度…」

「うん」

「もう一度謝っておきたいと思って…決して驚かせるつもりもなくて…」

いやいや、夜中に路地裏に立って窓を見ている事がすでに驚きより狂気だから!

「まあ…座んなさいよ」

スワ君は大人しくカウンターに座った。

「ラジーを界渡りとか…危ない目に遭わせてしまってゴメン」

「それはヒコルデラ皇太子が巻き込んだんでしょう?文句ならあの皇太子に言ってやるわ」

スワ君は、うん…とかそうだな…とか小声で返してくる。

「夜中に来たのは、その…ラジーの別れ際に視た魔質が気になって…」

「魔質?」

「界渡りをして…あのコンビニとか言う店の前から、ずっとラジーの魔質は…戸惑っていた。故郷なのに嬉しくないのかな?何故かなと思ったけど…あのよく吠える獣の住んでいる民家を歩いている時に分かった。怖いんだって…焦ってて怯えてた」

「流石…スワ君。魔質か…よく分かったね」

スワ君の座ったカウンターの机にお茶を入れて出した。

「私ね…異世界でそこそこのおばさんの年まで生きてたのよ。それなりに1人でも頑張って生きてたの。でもね、死んだ時の記憶ってあまり無いのよね。多分、急性の病で倒れたのだと思う。昔は不健康に太ってたしね…ハハ…急にね、あちらの世界から切り離されてしまったの。戸惑っている間にラジェンタとしての生活が始まって…それでスワイト殿下はあなたの婚約者ですよ~て言われてもね。こんな小さい男の子と私が婚約?…困るよって思ったのが本音」

「うん」

「まだ前に死んだことを認めていないとか、面倒臭いことをちょっと考えていてね、もしかして本当に自分のお墓とか死んでいる事実が目の前に突きつけられたら…もう私には帰る所無いんじゃないかと思ってね…懐かしいのに怖くて…早く逃げたかった」

自然と涙が零れた。

「この世界が嫌いとかじゃないのよ?誰だって死んだら自分の生活していた全てから切り離されてしまうのは、理屈として分かってはいるんだけど、記憶として思い出として抱えている私には…異世界に戻るのはきつかった」

スワ君はカウンターを回って私の側にくると、優しく私を抱き締めてくれた。トントン…と優しく背中を叩いてくれる。

スワ君大きくなったなぁ…本当に天使みたいに可愛い男の子だったのにね。もう背中に手を回しても手が届かないくらい背中大きいし…

「本当あの、ヒコルデラ皇太子…余計な界渡りに巻き込んでくれちゃって…思い出の中でぼんやりしていた昔が、目の前にさらされて動揺したよ」

スワ君は頭も撫でてくれている。

「あの追いかけている時に通った住宅街ね、両親が住んでいた実家の近くだったのよ。今も同じ所に住んでいるのかは分からないけど…親や兄妹に会うんじゃないかって馬鹿みたいに緊張した。怖かった…」

情けないな…自分はもうスワ君なんかより老成しているし、しっかりした『大人』のつもりだったけれど、全然しっかりしてなかった。

スワ君は随分長い間抱き締めてくれていた。こんな体勢のまま話すのは忍びないけど…

「スワ君…」

「何?」

思い切ってスワ君に言ってみた。きっとこれで諦めるというか、これ以上は踏み込んで来ないと思うことを言ってみた。

「私ね、スワ君に熱い想いを持っていないというかね。恋愛のような燃え滾るような情熱?を感じないのね。でもねスワ君が嫌いとかそういうのでなくて、一緒にいるのは穏やか~な気持ちでいられるので…何て言うのかな、激しい恋とか愛とかには発展しないかも?と思うの。だからスワ君の大好きな燃え上がるような恋愛は難しいから、だからスワ君にはもっと…」

「いいよ」

「へ?」

スワ君は私を抱き締めたまま呟いた。

「ラジーとはそんな急転直下な男女の仲になりたい訳じゃないんだ。こうやって自然に寄り添って…体を温め合う仲でいたい。ゆっくりとでいい…このままゆっくりと穏やかでいたい」

何だか今…すごい告白を受けている気がする…!

「本当にこんな感じなんだよ?友達とか親友の延長線上にいるというか…」

「じゃあさ聞くけど、ラジーは俺と口づけするの気持ち悪いと思う?」

「っぃ?」

至近距離にスワ君の顔がある状態で、そんなことを聞かれて慌ててしまう。こういう風に抱き締められるのも別に気持ち悪くないし?だったらキスは?と聞かれたら…想像したけれど気持ち悪くは無いと…思う。

「大丈夫……だと思う」

「試していい?」

「え?」

スワ君の顔が近付いて来る…!ぎゃああああ…と思っている間に視界一杯にスワ君の顔が映って。慌てて目を閉じた。

フワッと軽く口付けられた。唇と唇がくっついたのか疑わしいほどの触れ方だった。

「どう?大丈夫だった?」

「う…うん」

嫌悪感も拒絶反応も無かった。こう言っちゃなんだけど、唇触れたな~という感触でホッとしたという、ドキドキ感ゼロのとんでもない感想しかなかった。

ドキドキとかそんなの無かったのも自分でもガッカリだけど…妙な安心感?いや安堵感が胸いっぱいに広がっている。

でもスワ君はそれでも満足しているみたいに、体から力が抜けて脱力したみたいに私にしがみついている。

う~ん何だか盛り上がっても盛り下がってもいないけど、いいのかな?
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