矛と盾 ぶらり二人旅

浦 かすみ

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旅路

矛の敵

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プロイテ村の診療所をお借りして、診察をしています。まあ今日も、村のお姉さん達からモテてますね、シーダ兄さんは…

ふーーん。非常に複雑な気持ちでその集団を見てしまう。先日からシーダに甘々攻撃を受けて…私もやっと気が付いたというか、シーダはいつから私を好きだったの?ということに疑問を抱いた訳だ。

恐る恐る聞いたら

クイデが夜襲をかけて来た夜に助けに来てくれたララーナに惚れた…とか何とか真顔で言うんだもん。もうどうしたらいいのか分からないぃ…。

「奇跡の使い手様?大丈夫ですか?」

「ぅわあ、はいっ。おじいちゃんの腰も大丈夫ですよ~。お大事に!」

シーダはすぐに女の子達の集団から離れると、村の入口まで出て行った。え~とチラチラと私の方を見ながらではありますが…。

ゴメンね、シーダ。私…恋愛スキルが低すぎて今のシーダの心境が読み取れないです。

午後の診療の合間に差し入れてもらった梨に似た果物、スーリーを頂く。シャコッと音をたてて噛む度に果汁が飛び出して、めちゃくちゃ美味しい。

今ってシーダは構って欲しいのかな?それとも仕事中だし気にすんな!どっちなんだろう?

前世では中学生で死んだし、恋愛の知識って漫画とラノベレベルだし…今世でもエロ本的なものすら、15才で孤児院出るまで存在すら知らなかったくらいだし…。私は世間一般の人が知っていることを知らないかも…ていう不安は常にある。

異世界人というのか、何かそういうのがバレたら殺されたり実験とかさせられたり…恐ろしい目に合わされるんじゃないかって思うと、無知を装うことしか出来ない。

嘘をつくって…疲れるな。

「ララーナ」

「ひゃっ!」

いつの間に診療所に入って来ていたのだろう…急にシーダに声をかけられて変な声が出てしまった。

シーダは私の手に持った器に入ったスーリーを1つ取ると、自分の口に放り込んだ。

「疲れてないか?」

「はい、大丈夫です」

スーリーをシャコシャコ噛んでいる姿もイケメンですね、シーダ兄さん。

こんな格好いい人が私の彼氏か…

ん?

あれ?私……付き合って下さいとか言われたっけ?これって彼氏になったって言うの?私がシーダの彼女?あれ…?

こういうのって何て言うんだっけ。

「シーダ…」

「ん~?」

シーダを見上げると言い淀んでしまう。恋愛スキルが欲しい…

「わ…私、慣れてなくてどうしていいのか分からないから、すぐ聞いちゃいますが…私、シーダの彼女でいいんですよね。誰かにシーダとお付き合いしていますって言ったっていいんですよね?」

話している途中なのにシーダに抱き締められた。

「ヤバい…可愛い…滾る…はぁぁ…ララーナは俺の恋人、勿論周りには大声で叫んでおいて牽制してくれ」

「…うん」

牽制が何かは分からないけど…

兎に角恥ずかしいぃぃ…シーダの言葉に気分が浮上する。

シーダの背中に手を回した、その時

「奇跡の使い手様!」

急に診療所の入口に男の人が駆け込んで来た。うん、ビビッて2mは椅子から飛び上がったね。

「子供が魔獣に襲われた!」

「!」

私はシーダと一緒に外に駆け出した。

「山裾で兄弟で遊んでいたら、シーペンサみたいな魔獣が数匹突然現れたそうです!」

山裾に村人達が集まっている。

「魔獣は俺が倒してくる。治療頼む」

「了解しました!」

そう言ってすごい速度で山へ入って行ったシーダに返事をしてから、私は人だかりの中心に駆け込んだ。

魔獣に襲われた兄弟は全身血だらけだった。

「使い手様!」

「お願いしますっ!」

私は彼らの体を診た。大丈夫だっ虫の息だが間に合う!私は2人同時に治療を開始した。

本来存在する魔力が瀕死の状態のせいで、ほとんど感じられないので私自身の魔力を最大限に子供達に移した。よし…体内の魔力が巡っている。

「大丈夫です、治りました。ただ血を失っているので、暫くは安静にして下さい」

「ああっ…良かった!」

周りにいる人達からは歓声と鳴き声と安堵の声が聞こえた。私は魔力を使い過ぎてフラフラになり山裾の岩の上で座り込んでいた。

「大丈夫ですか?使い手様…」

年配の女性が数名、良い匂いのするスープを持って来て手渡してくれた。

「はい、少し魔力使い過ぎたみたいなので~時間が経てば戻ります、スープありがとうございます」

スープ皿を受け取って一口飲んだ。鳥ミンチの入ったスープだ~美味しい!

その時一瞬、視界が暗くなった。体が横に引っ張られて…頭をグルッと一回転したような眩暈を感じ、膝にスープがかかる感触があって…暗い視界の中、倒れないようにと手を下に向けた時に急に視界が開けた。

「……」

足元は絨毯だ…。室内?自分の周りに人がいる。その人達の魔質に気が付いて防御障壁を張ろうとした時には遅かった。

一瞬で腕を捩じ上げられ、あまりの痛みに唇を噛んでしまって血が出たようだ。

「おおっと…障壁は張らせないよ」

私は腕を捩じ上げている男、シーダの恋人だと一時誤解していた腹黒クイデを何とか体を捻って睨み上げた。

この腹黒ちびっ子めっ…。おまけにシーダが切り落とした腕が元に戻っている。

クイデはニヤリと笑いながら気持ちの悪い魔質を垂れ流していた。

「奇跡の使い手様にお願いしたいことがあるんだよ~」

「…っお断り」
  
私が間髪入れずに断るとクイデは目を細めて魔圧を上げてきた。

「お前に断ることが出来ると思うのか?」

クイデは益々腕を捩じ上げてきた。

「っく…!」

「カッセルヘイザー王国のガリューシダ殿下の正妃、スリハナイデ妃の病を治せ」

はぁ?腕を捻り上げておいて、治療しろだって?それが人にものを頼む態度か?

「うっ…王族ならっ治療を受けられるでしょう!?私が診なくてもっ…いぃっ…!」

顔を殴られた。畜生ぅぅぅ…私を誰だと思っているんだこの腹黒ちびっ子めっもう許してやらんぞっ!

私はちびっ子の体を巡る魔質を視た。魔流の渦巻く渦の中心…体内のそこに向けて思いっきり魔法をぶつけてやった。攻撃魔法ではない。魔力防御障壁だ。

「っ!いたっ…え?何をした?」

聞かれても答えてやるもんか。その時、室内に別の魔術の気配が充満した。この魔質は…!

「ちっ…勘付かれた!引くぞ!」

クイデと数人の男?達は一瞬でいなくなった。転移魔法だ…そしてそのクイデ達と入れ替わりにシーダが転移魔法で現れた。

「ララーナッ!」

「シーダ…」

ふらついて倒れかけた私をシーダが抱き留めてくれた。

「大丈夫か!?どこか触られたか!?」

シーダが私の顔を覗き込んで顔を歪ませた。

「殴られたのかっ!?あんのっ糞チビ!」

私は自分の頬を手で触った。ああ…血の味がするから口の中切れたのかな…。自身の顔に治療魔法をかけた。ついでに捩じ上げられた腕にも念の為に治療を施した。

「っ…腕も怪我したのか?」

シーダの魔質が怖いいい。

「念の為ですぅ念の為ぇ!」

さて、自身の治療を終えて今頃気になってきたことがある。この絨毯の敷かれた豪華そうな部屋はどこだろう?

キョロキョロと辺りを見て外の魔質を探ろうと意識を外に向けたら、シーダに肩を掴まれた。

「探らなくていい。すぐ転移するぞ」

「え…?」

聞き返した時にはすでに転移していた。転移した先はプロイテ村の山裾だった。

「ああっ使い手様!」

「大丈夫でしたか!?」

私達の周りに村人が集まってくる。先程私にスープを渡してくれたご婦人方は涙ぐんでおられた。何でもスープを渡して一口飲んだ私の後ろに、何か黒い影が現れた…と思ったら一瞬で私が消えていたらしい。

驚きました、良かったです…と私のお母さんくらいの年齢のご婦人方はずっと泣いておられた。驚かせちゃったよね…ご心配かけてすみません。

そう…村人の皆さんはいいのだよ。いいのだけど……兎に角、シーダが怖い。ひたすら怖い、めっちゃ怒っている。今近づいたら魔圧で弾き飛ばされてしまいそうなくらい、怖い魔質を放っている。

私の無事が分かり、皆さんは帰って行かれた。先程、怪我の治療をした兄弟はまだ貧血でふらつくので眠っているが、経過は順調だそうだ。良かった…

いや、こっちは良くない。めっちゃピリピリしています。シーダと2人、無言で本日泊る宿に向かっている。そして宿泊手続きを済ませて、部屋に向かった。え~とシーダに手を掴まれていますので、逃げられません。

無言のまま、シーダと共に部屋に入りました。

シーダから放たれる魔圧でグググッと私の体とか部屋の空気を圧縮しております。このままいけば空間圧縮現象が起こって、亜空間が開きそうです。

「クイデ達から何か言われたか?」

「ク、クイデェ?」

すみません、不意打ちだったので声が裏返ってしまいました。

シーダはまるでギャランデスドラゴンと対峙しているような鋭い目で私を見ていた。

もしかして私…今日が命日になるのかな?

「あいつらはお前を攫って、お前に何を吹き込んだんだ?」

え?クイデ達が私に話したこと?え~と…

「『カッセルヘイザー王国のガリューシダ殿下の正妃、スリハナイデ妃の病を治せ』だったかな?」

シーダの魔力が跳ね上がり急激に上昇した。私は慌ててシーダの周りに魔物理防御障壁を張った。部屋が破壊されたら弁償しなくてはならないし、もしかしてもっと大きな爆発でも起こったら国に弁償しなくちゃいけなくなる。

恐ろしすぎる!

メキメキ…と障壁に魔圧がかかる音が聞こえる。おまけに障壁の中が魔力のせいで空間が歪んで見える。怖いよぉ…

シーダは目を瞑り拳を握り締めている。どの単語がシーダの気持ちを乱しているのかな。

カッセルヘイザー?ガリューシダ殿下?スリハナイデ妃?

「ララーナが気にする必要はない。そんなつまらん話など聞く価値もない。今度あの糞チビに会ったらぶっ殺してやる」

ひええっ!?魔王シーダが降臨しているっ!

そんな状態のシーダに気にするなと言われてももっと気になっちゃうんだけど、でもね…。

「あの糞チ…クイデはそう簡単には来ないと思うよ?」

シーダが瞑っていた目を開けて私を見た。私は説明をした。

「クイデの体内に私が小さな魔術障壁を張っておいたの、本当に小さいのね。普通に視た分には治療術師にすら気が付かれない大きさなんだけど、体内を巡る魔流が通る魔道をすこーし遮断する障壁なんだ。それが魔力量が少なめの人は気にならないと思うんだけど、魔力量が多い人には魔流の廻りを阻害するくらいの障壁なんだ…ほんのすこーしだけどね。つまりね、魔力を大量に消費する魔法は術が上手く発動しなくなるの。気にしない人は、術が上手くかからないな~で終わりだろうけど、神経質な人は発動する度に引っ掛かりを覚えて何回かに一回は魔法が不発になってしまって地味に気になると思う」

「つまりなんだ…クイデに嫌がらせをしてきたのか?」

シーダが魔力を下げてきた。私は苦笑いをして見せた。

「そう、嫌がらせ!攻撃なんていう程じゃないし、体内に障壁魔法をかけただけ。でも確実に原因不明の嫌がらせは出来る。だからクイデは転移魔法を駆使して遠方への移動は出来なくなっていると思うよ。ざまあみろでしょ?」

シーダは二度三度、深呼吸を繰り返してからいつもの魔質に戻った。私はシーダの周りの障壁を解術した。

「すまんな…」

「ううん…助けに来てくれてありがとう」

シーダは私を抱き寄せると頭や額にキスをくれた。うん…いつもの優しいシーダの魔質に戻っている。

きっとシーダには触れて欲しくないことだったんだ。『カッセルヘイザー王国のガリューシダ殿下の正妃、スリハナイデ妃』この言葉がシーダの過去に繋がっている。

以前感じたシーダの恨み、憎悪、妬み、悲しみ、嘆き…引きずられそうな負の魔質が先ほどは充満していた。

クイデ達に襲われる理由とカッセルヘイザー王国は繋がっている。

私はそう確信していた。
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