15 / 18
夢を纏う男
疑惑???
しおりを挟む
「何をして?…いえ、されてましたの?」
私は賄いの後片付けをマットスさんに任せて、マナラと自室に戻ったのだが…床にコロンと転がされた簀巻き状態のブランシュアンド殿下の姿を見て驚いて固まっていた。
殿下が簀巻き…なにこれ?まだ猿ぐつわを噛まされていないだけマシ…だろうか?
「あ~これね、ベッドには触れてないからね!」
ノクリッシュレド殿下の言葉に頬が引き攣った。
「ブランシュアンド殿下が私の…いえ、それ以上は殿下の名誉の為に伏せておきますわね…先程お父様がシファニアの部屋の軟禁を解いてきましたわ…私が煽りに行ってきますので、いつでも動けるようにしておいて下さいませ」
「え?煽…え?」
ポカンとしたノクリッシュレド殿下の顔を見て少し微笑んで見せてから、シファニアの部屋へと移動した。
「シファニア…入るわね」
私は、シファニアの部屋に入った。
「あ…」
その時に気が付いた。この甘い香り…ザフェリランド殿下達が居た回廊でも香っていた…やはりシファニアは…
ソファに座っていたシファニアはトロンとした目を私に向けてきた。
どうしてこうなったの…前妻の子供である私を冷遇する継母のせいなのか、物心つく頃にはシファニアはすでに私に無関心の、我儘女児だった。
私は濁った目で私を力なく見詰めて来るシファニアの前に腰を落とした。
「あなたを閉じ込めてしまってごめんなさいね…自由だからね、シファニアは自分を大事にしてね…」
本当はこんな囮なんてしなくても…と思うけれど、シファニアがザフェリランド殿下達と密会して薬の受け渡しをしている所を殿下達が目撃し、軍に取り押さえられなくてはいけないらしい。
そうしなければ、罪が揉み消される…それはザフェリランド殿下が王族だからという理由だ。
これは王族の間の派閥争いのようでもある。揚げ足を盗られる…まあザフェリランド殿下の方は自ら墓穴を掘っているけれど。
ザフェリランド殿下を「殿下」のまま存続させる為に足掻いている実家の公爵家やその周りの勢力の方々は、実際ザフェリランド殿下のことをどう思っているのだろうか?
こんな貴族社会に疎い私でも、周りの貴族子女にちょっと聞けば苦笑いされてザフェリランド殿下の醜態を聞かされるくらいのダメダメ殿下…
お飾り殿下…と、そう言えば親戚の伯爵家の次男が呟いていたっけ…殿下って王太子殿下のこと?と思っていたのだが、今なら分かる…ザフェリランド殿下のことだ。
側妃に入った公爵家の令嬢の為だけに整えられたお飾り殿下…彼に歪むなと言う方がおかしいのかもしれない。真っ直ぐ育つことの方が稀なのかもしれない環境なのは分かる。
だからと言って、自分から歪みの中に入っていくのは絶対に違うと思う。シファニアだってそうだ。育つ環境は素晴らしいのに恵まれているのに、何がおかしかったのか…大人に踏みにじられたから?でも今は違う、自分で違う方に進んで行ってしまっている。
「外に出てもいいの?お姉様…」
「ええ、構わないわよ?じゃあね」
私はシファニアの部屋から出ると涙を拭った。
「姫様…」
マナラが私の背中を擦ってくれた。
心配そうなマナラに何とか微笑んで見せてから急いで部屋に戻り、寝室の衝立の向こうで女性用のトラウザーズとシャツに着替えて…コートを羽織ると、髪を三つ編みにして一つに束ねて、ブランシュアンド殿下達の居る居間の方へ戻った。
流石にブランシュアンド殿下はもう拘束を解かれていた。
「勇ましいね~」
「本当について来るのか…」
蒼い弟と兄に溜め息混じりに声をかけられたが、私の意思は固い。息を詰めて外の様子を窺うと廊下の奥から誰かが歩いてくる靴音が聞こえる。私は少し開けた扉から廊下を覗き見た。
シファニアだ…フード付きのコートを羽織り、フラフラと横に揺れながら歩いている。
「行くぞ」
ブランシュアンド殿下が私の背中を軽く叩いた。
廊下に出ると窓際の観葉植物の影からマットスさんが覗いているのが見えた。大きく頷くマットスさんに頷き返し、私達は玄関に移動した。
シファニアは玄関から外へと出て行く。足元が覚束ない…何度も転びそうになっている。その度に飛び出しそうになってブランシュアンド殿下に制されて…を繰り返していた。
途中、シファニアが前から来た酔っ払いのような男と体がぶつかった時は小さく悲鳴を上げてしまった。男に何か罵声を浴びせられたようだが、そのままフラフラとまた前を向いて歩き出した。
やがて…黒塗りの馬車がシファニアの横に来た。馬車の中から誰かが声をかけている。誰だろう…
「!」
シファニアは開けられた馬車の車内に乗り込んでしまった!
私は思わず飛び出そうとしてまたブランシュアンド殿下に制された。
「案ずるな…ザフェリランドの手の者だ…暗部の監視もついている。丁度いい、あいつ達の隠れ家に案内してもらおう、ミツチ」
「はい…シファニア嬢の異能の追跡…可能です」
いつの間にかノクリッシュレド殿下の後ろに男の人が控えていた。この方?…ああっ!さっきシファニアにぶつかっていた酔っ払い!
「これは『感知』の異能力者だ…シファニア嬢の異能に体を触れさせて憶えたので、世界中どこにいても追える」
「すごいっ…」
思わず感嘆の声を上げると、茶色の帽子のつばを少し上げて私に微笑んで下さった。
意外にも美形でおまけに若い方だった…酔っ払いの演技、素晴らしかったです…と小声で褒めるともっと破顔された。こんな夜中に美形の笑顔で目が潰れそうだった。
シファニアを乗せた馬車は夜道を静かに進んでいる。
「よし…ここからは走るかな!」
ちょっと待って夢男……今アナログな表現が飛び出しませんでしたかね?
ブランシュアンド殿下が私を顧みた。
ん?と思ったが…それは瞬き一つの出来事だった。いつの間にか殿下に横抱き…つまりはお姫様抱っこをされていた!
内心悲鳴を上げながらブランシュアンド殿下とノクリッシュレド殿下と異能力者のミツチさんとマイラ大尉の四人はシファニアを乗せた馬車を走って追いかけていた。
いや…と言うか馬車って爆走って程は早くないんだよね…当たり前だけど競走馬くらいの速度で走ったら馬車がバウンドして車内で座っていられないものね。つまり平安時代の牛車並みにノロノロと街道を移動しているのだよ。
まあそれでも小走りくらいの速度ではあるけれど…確かに私では持久力が無いからすぐに走れなくなるとは思うけど…それにしても
…恥ずかしいっ!顔を両手で隠してブランシュアンド殿下の腕の中でひたすら小さくなっている私。
「殿下降ろして下さいっ…」
「ネリィ走れるの?」
「そ…それは長時間は難しいですが…」
「だったらこれでいいじゃないか!」
悔しいけどさっ悔しいけど…安定感抜群なのよ。ブランシュアンド殿下は息も乱さないで走っているし…明らかに私は抱っこされている方が皆様に迷惑をかけないのは分かっているけどさ
私っ前世と今世の年を足したらアラフォーなんだよ!恥ずかしいんだよっ!
無だっ……無の境地だ!
「馬車が停まったな…シタル、全隊員を招集」
「…御意」
くぐもったような声で例の変態忍びの声が聞こえた。あの人本当に忍びだわ…
「どこかの屋敷ですね…」
「降りていきますよ」
シファニアは男性に付き添われてその屋敷に入って行ってしまう。
「兄上、どうする?一応屋敷の警護している私兵がいるから戦闘にはなると思うけど…」
ノクリッシュレド殿下は屋敷の方を見て目を細めている。
「公爵家と侯爵家と王族…証言するには問題ない人選がこっちにはいるから、踏み込もうよ。じゃないとシファニア嬢が乱交騒ぎに巻き込まれるよ」
「っ!」
私が息を飲むと、ブランシュアンド殿下は私を降ろしてくれた。
「ネリィを危険には晒したくないけれど、仕方ない。リッシュ守れよ?」
「もっちろ~ん!マイラ~行くよぉ!」
「はいっ殿下!」
この時私はこの蒼い弟の攻撃力?が如何ほどのものか、知らなかった。
ノクリッシュレド殿下は一瞬で目の前からいなくなった。マイラ大尉は一応肉眼で追える速度で邸内に侵入して行った。
「…っ!」
しかし全然戦闘の効果音?みたいなものは聞こえてこない。あれ?これ戦っているの?
「うん…行こうかネリィ、終わったみたいだ」
「え?えぇ?もう…ですか?」
30秒経った…かなぁ~くらいだけど?嘘でしょう?何か殴り合いとか剣戟みたいな音は一切聞こえないままよ?
ブランシュアンド殿下が終わったというのだから仕方ない…恐々、屋敷の敷地内に入って行った。
「シファニア嬢はこのまま真っ直ぐ行った先におられます」
「分かった…」
感知の異能力者のミツチさんのナビゲートに従い、普通に庭を横切って行く。
警護の兵とか…いないわね。本当にノクリッシュレド殿下が片付けてくれたのかしら?普通に庭の回廊から建物内に入ると、半歩前を歩くミツチさんに促されて大きな扉の前に着いた。
すでにあの甘い匂いが立ち込めている。
「マイラを隊の迎えにやった。屋敷周りの私兵は戦闘不能にした」
「了解、相変わらずお前は規格外の強さだなぁ…」
私達の背後にノクリッシュレド殿下が急に現れた。兄弟殿下達の会話を聞いていると…この弟殿下が相当強いことが分かる。良かった…今後何かあったら蒼い弟を盾にしよう…
ブランシュアンド殿下は目の前の扉を一気に開け放った。
「お前達動くな!違法薬物使用及び違法薬物所持の嫌疑で邸内の者は全て捕縛する!」
甘い匂いの立ち込めた室内……まさに乱交パーティの真っ最中だった。夢男ことブランシュアンド殿下は最初は勢いが良かったが…全裸の女性達と男性達のとんでもない姿態を視界に入れてしまったからか、最初の宣言の後は振り向いて真っ赤になっている。
へっぽこ夢男めっ…ちっ!代わりに私が怒鳴りつけてやることにした。こうなりゃ侯爵令嬢とか輝花姫とかかなぐり捨ててやんよ!
私はお腹いっぱいに息を吸い込んで大声で叫んだ。
「この屋敷の周りは軍が包囲しております!速やかな投降を命じます!もし抵抗なさるならノクリッシュレド殿下をけしかけますので、命の惜しい方は大人しくしておいて下さいませ!」
「何気に俺の扱い酷いっ!でも恰好良い!」
ノクリッシュレド殿下に変な褒め方をされたけど、取り敢えず代打で夢男の分の働きは出来たはずだ。しかしそう言っていても逃げ出す馬鹿はいる訳で…服を掻き集めて窓から逃げようとしている男が数名いる!
「ノクリッシュレド殿下!突撃っ!」
私が命じるとノクリッシュレド殿下は吹き出した。
「やっぱり酷いっ!でも面白い~」
流石…ノクリッシュレド殿下、一瞬で窓を開けて逃げようとした男達の背後に走り込むと、首筋に手刀を入れて昏倒させている。
なるほど、弟殿下は体術で戦闘不能にしているんだね。
「女共は動くなよ?俺は兄上と違って容赦はしないからな…」
綺麗な顔の邪悪顔…怖いです。ノクリッシュレド殿下はベッドの上を見た。複数人の男の下に女の子がいる…シファニアじゃない…?シファニアは…と姿を捜すと…いた!
シファニアは壁を背にして床に座り込んでいた。やだっ!?もう上半身は胸がポロンと出ているじゃないの!?
私は急いでコートを脱ぐとシファニアの肩にかけた。
「シファニア…」
「あ…う…」
シファニアは目がトロンとして焦点が定まらない。まさかもう薬を使われたのかしら…
「お前達…」
フイに声がしてベッドの方を見ると、誰かがベッドから転がり落ちて来て、何故か真っ直ぐに私に向かって突進してきたじゃないの!?しかもよく見りゃ全裸の〇ル〇ンのザフェリランド殿下じゃないのぉぉ!?ぎゃあっ!ずんぐりむっくりの逆襲よ!
「ぃやだぁぁぁ!…きゃあ!……あれ?」
思わず〇ル〇ンを直視したくなくて、顔を背けようと体を低くした時にたまたま…そう、たまたま体を丸めて亀ガードをしたせいで、近付いて来ていたずんぐりむっくりが私の体に引っ掛かり、勢いよく前にスッ飛んだ。
「ぎゃああ!痛いっ痛いっ!」
ずんぐりむっくりはやっぱり運動神経が良くなかったみたいで、勢いよく走り込んできた反動で私の体の上で勝手にクルンと〇ル〇ン一回転をして、後頭部から床に落っこちたみたい。
しかもどこかを打ち付けてしまったのか、のたうち回っていた。首の骨折らなくて良かったわね…
「凄いねっ!ネシュアリナ嬢は攻撃も出来るんだ!」
「ノクリッシュレド殿下…馬鹿にしておられますか?私たまたま屈んだだけですわ…」
それにしても…ちょっと誰かそこの〇ル〇ン馬鹿王子を仕舞って下さいな…直視はしませんけど、ものすごい醜悪で見たくない。おまけにブランシュアンド殿下は裸体の女性達がいるので真っ赤になったまま中々近付いて来ないし…ちっ!
振り回して暴れるな!早く仕舞え!
私は賄いの後片付けをマットスさんに任せて、マナラと自室に戻ったのだが…床にコロンと転がされた簀巻き状態のブランシュアンド殿下の姿を見て驚いて固まっていた。
殿下が簀巻き…なにこれ?まだ猿ぐつわを噛まされていないだけマシ…だろうか?
「あ~これね、ベッドには触れてないからね!」
ノクリッシュレド殿下の言葉に頬が引き攣った。
「ブランシュアンド殿下が私の…いえ、それ以上は殿下の名誉の為に伏せておきますわね…先程お父様がシファニアの部屋の軟禁を解いてきましたわ…私が煽りに行ってきますので、いつでも動けるようにしておいて下さいませ」
「え?煽…え?」
ポカンとしたノクリッシュレド殿下の顔を見て少し微笑んで見せてから、シファニアの部屋へと移動した。
「シファニア…入るわね」
私は、シファニアの部屋に入った。
「あ…」
その時に気が付いた。この甘い香り…ザフェリランド殿下達が居た回廊でも香っていた…やはりシファニアは…
ソファに座っていたシファニアはトロンとした目を私に向けてきた。
どうしてこうなったの…前妻の子供である私を冷遇する継母のせいなのか、物心つく頃にはシファニアはすでに私に無関心の、我儘女児だった。
私は濁った目で私を力なく見詰めて来るシファニアの前に腰を落とした。
「あなたを閉じ込めてしまってごめんなさいね…自由だからね、シファニアは自分を大事にしてね…」
本当はこんな囮なんてしなくても…と思うけれど、シファニアがザフェリランド殿下達と密会して薬の受け渡しをしている所を殿下達が目撃し、軍に取り押さえられなくてはいけないらしい。
そうしなければ、罪が揉み消される…それはザフェリランド殿下が王族だからという理由だ。
これは王族の間の派閥争いのようでもある。揚げ足を盗られる…まあザフェリランド殿下の方は自ら墓穴を掘っているけれど。
ザフェリランド殿下を「殿下」のまま存続させる為に足掻いている実家の公爵家やその周りの勢力の方々は、実際ザフェリランド殿下のことをどう思っているのだろうか?
こんな貴族社会に疎い私でも、周りの貴族子女にちょっと聞けば苦笑いされてザフェリランド殿下の醜態を聞かされるくらいのダメダメ殿下…
お飾り殿下…と、そう言えば親戚の伯爵家の次男が呟いていたっけ…殿下って王太子殿下のこと?と思っていたのだが、今なら分かる…ザフェリランド殿下のことだ。
側妃に入った公爵家の令嬢の為だけに整えられたお飾り殿下…彼に歪むなと言う方がおかしいのかもしれない。真っ直ぐ育つことの方が稀なのかもしれない環境なのは分かる。
だからと言って、自分から歪みの中に入っていくのは絶対に違うと思う。シファニアだってそうだ。育つ環境は素晴らしいのに恵まれているのに、何がおかしかったのか…大人に踏みにじられたから?でも今は違う、自分で違う方に進んで行ってしまっている。
「外に出てもいいの?お姉様…」
「ええ、構わないわよ?じゃあね」
私はシファニアの部屋から出ると涙を拭った。
「姫様…」
マナラが私の背中を擦ってくれた。
心配そうなマナラに何とか微笑んで見せてから急いで部屋に戻り、寝室の衝立の向こうで女性用のトラウザーズとシャツに着替えて…コートを羽織ると、髪を三つ編みにして一つに束ねて、ブランシュアンド殿下達の居る居間の方へ戻った。
流石にブランシュアンド殿下はもう拘束を解かれていた。
「勇ましいね~」
「本当について来るのか…」
蒼い弟と兄に溜め息混じりに声をかけられたが、私の意思は固い。息を詰めて外の様子を窺うと廊下の奥から誰かが歩いてくる靴音が聞こえる。私は少し開けた扉から廊下を覗き見た。
シファニアだ…フード付きのコートを羽織り、フラフラと横に揺れながら歩いている。
「行くぞ」
ブランシュアンド殿下が私の背中を軽く叩いた。
廊下に出ると窓際の観葉植物の影からマットスさんが覗いているのが見えた。大きく頷くマットスさんに頷き返し、私達は玄関に移動した。
シファニアは玄関から外へと出て行く。足元が覚束ない…何度も転びそうになっている。その度に飛び出しそうになってブランシュアンド殿下に制されて…を繰り返していた。
途中、シファニアが前から来た酔っ払いのような男と体がぶつかった時は小さく悲鳴を上げてしまった。男に何か罵声を浴びせられたようだが、そのままフラフラとまた前を向いて歩き出した。
やがて…黒塗りの馬車がシファニアの横に来た。馬車の中から誰かが声をかけている。誰だろう…
「!」
シファニアは開けられた馬車の車内に乗り込んでしまった!
私は思わず飛び出そうとしてまたブランシュアンド殿下に制された。
「案ずるな…ザフェリランドの手の者だ…暗部の監視もついている。丁度いい、あいつ達の隠れ家に案内してもらおう、ミツチ」
「はい…シファニア嬢の異能の追跡…可能です」
いつの間にかノクリッシュレド殿下の後ろに男の人が控えていた。この方?…ああっ!さっきシファニアにぶつかっていた酔っ払い!
「これは『感知』の異能力者だ…シファニア嬢の異能に体を触れさせて憶えたので、世界中どこにいても追える」
「すごいっ…」
思わず感嘆の声を上げると、茶色の帽子のつばを少し上げて私に微笑んで下さった。
意外にも美形でおまけに若い方だった…酔っ払いの演技、素晴らしかったです…と小声で褒めるともっと破顔された。こんな夜中に美形の笑顔で目が潰れそうだった。
シファニアを乗せた馬車は夜道を静かに進んでいる。
「よし…ここからは走るかな!」
ちょっと待って夢男……今アナログな表現が飛び出しませんでしたかね?
ブランシュアンド殿下が私を顧みた。
ん?と思ったが…それは瞬き一つの出来事だった。いつの間にか殿下に横抱き…つまりはお姫様抱っこをされていた!
内心悲鳴を上げながらブランシュアンド殿下とノクリッシュレド殿下と異能力者のミツチさんとマイラ大尉の四人はシファニアを乗せた馬車を走って追いかけていた。
いや…と言うか馬車って爆走って程は早くないんだよね…当たり前だけど競走馬くらいの速度で走ったら馬車がバウンドして車内で座っていられないものね。つまり平安時代の牛車並みにノロノロと街道を移動しているのだよ。
まあそれでも小走りくらいの速度ではあるけれど…確かに私では持久力が無いからすぐに走れなくなるとは思うけど…それにしても
…恥ずかしいっ!顔を両手で隠してブランシュアンド殿下の腕の中でひたすら小さくなっている私。
「殿下降ろして下さいっ…」
「ネリィ走れるの?」
「そ…それは長時間は難しいですが…」
「だったらこれでいいじゃないか!」
悔しいけどさっ悔しいけど…安定感抜群なのよ。ブランシュアンド殿下は息も乱さないで走っているし…明らかに私は抱っこされている方が皆様に迷惑をかけないのは分かっているけどさ
私っ前世と今世の年を足したらアラフォーなんだよ!恥ずかしいんだよっ!
無だっ……無の境地だ!
「馬車が停まったな…シタル、全隊員を招集」
「…御意」
くぐもったような声で例の変態忍びの声が聞こえた。あの人本当に忍びだわ…
「どこかの屋敷ですね…」
「降りていきますよ」
シファニアは男性に付き添われてその屋敷に入って行ってしまう。
「兄上、どうする?一応屋敷の警護している私兵がいるから戦闘にはなると思うけど…」
ノクリッシュレド殿下は屋敷の方を見て目を細めている。
「公爵家と侯爵家と王族…証言するには問題ない人選がこっちにはいるから、踏み込もうよ。じゃないとシファニア嬢が乱交騒ぎに巻き込まれるよ」
「っ!」
私が息を飲むと、ブランシュアンド殿下は私を降ろしてくれた。
「ネリィを危険には晒したくないけれど、仕方ない。リッシュ守れよ?」
「もっちろ~ん!マイラ~行くよぉ!」
「はいっ殿下!」
この時私はこの蒼い弟の攻撃力?が如何ほどのものか、知らなかった。
ノクリッシュレド殿下は一瞬で目の前からいなくなった。マイラ大尉は一応肉眼で追える速度で邸内に侵入して行った。
「…っ!」
しかし全然戦闘の効果音?みたいなものは聞こえてこない。あれ?これ戦っているの?
「うん…行こうかネリィ、終わったみたいだ」
「え?えぇ?もう…ですか?」
30秒経った…かなぁ~くらいだけど?嘘でしょう?何か殴り合いとか剣戟みたいな音は一切聞こえないままよ?
ブランシュアンド殿下が終わったというのだから仕方ない…恐々、屋敷の敷地内に入って行った。
「シファニア嬢はこのまま真っ直ぐ行った先におられます」
「分かった…」
感知の異能力者のミツチさんのナビゲートに従い、普通に庭を横切って行く。
警護の兵とか…いないわね。本当にノクリッシュレド殿下が片付けてくれたのかしら?普通に庭の回廊から建物内に入ると、半歩前を歩くミツチさんに促されて大きな扉の前に着いた。
すでにあの甘い匂いが立ち込めている。
「マイラを隊の迎えにやった。屋敷周りの私兵は戦闘不能にした」
「了解、相変わらずお前は規格外の強さだなぁ…」
私達の背後にノクリッシュレド殿下が急に現れた。兄弟殿下達の会話を聞いていると…この弟殿下が相当強いことが分かる。良かった…今後何かあったら蒼い弟を盾にしよう…
ブランシュアンド殿下は目の前の扉を一気に開け放った。
「お前達動くな!違法薬物使用及び違法薬物所持の嫌疑で邸内の者は全て捕縛する!」
甘い匂いの立ち込めた室内……まさに乱交パーティの真っ最中だった。夢男ことブランシュアンド殿下は最初は勢いが良かったが…全裸の女性達と男性達のとんでもない姿態を視界に入れてしまったからか、最初の宣言の後は振り向いて真っ赤になっている。
へっぽこ夢男めっ…ちっ!代わりに私が怒鳴りつけてやることにした。こうなりゃ侯爵令嬢とか輝花姫とかかなぐり捨ててやんよ!
私はお腹いっぱいに息を吸い込んで大声で叫んだ。
「この屋敷の周りは軍が包囲しております!速やかな投降を命じます!もし抵抗なさるならノクリッシュレド殿下をけしかけますので、命の惜しい方は大人しくしておいて下さいませ!」
「何気に俺の扱い酷いっ!でも恰好良い!」
ノクリッシュレド殿下に変な褒め方をされたけど、取り敢えず代打で夢男の分の働きは出来たはずだ。しかしそう言っていても逃げ出す馬鹿はいる訳で…服を掻き集めて窓から逃げようとしている男が数名いる!
「ノクリッシュレド殿下!突撃っ!」
私が命じるとノクリッシュレド殿下は吹き出した。
「やっぱり酷いっ!でも面白い~」
流石…ノクリッシュレド殿下、一瞬で窓を開けて逃げようとした男達の背後に走り込むと、首筋に手刀を入れて昏倒させている。
なるほど、弟殿下は体術で戦闘不能にしているんだね。
「女共は動くなよ?俺は兄上と違って容赦はしないからな…」
綺麗な顔の邪悪顔…怖いです。ノクリッシュレド殿下はベッドの上を見た。複数人の男の下に女の子がいる…シファニアじゃない…?シファニアは…と姿を捜すと…いた!
シファニアは壁を背にして床に座り込んでいた。やだっ!?もう上半身は胸がポロンと出ているじゃないの!?
私は急いでコートを脱ぐとシファニアの肩にかけた。
「シファニア…」
「あ…う…」
シファニアは目がトロンとして焦点が定まらない。まさかもう薬を使われたのかしら…
「お前達…」
フイに声がしてベッドの方を見ると、誰かがベッドから転がり落ちて来て、何故か真っ直ぐに私に向かって突進してきたじゃないの!?しかもよく見りゃ全裸の〇ル〇ンのザフェリランド殿下じゃないのぉぉ!?ぎゃあっ!ずんぐりむっくりの逆襲よ!
「ぃやだぁぁぁ!…きゃあ!……あれ?」
思わず〇ル〇ンを直視したくなくて、顔を背けようと体を低くした時にたまたま…そう、たまたま体を丸めて亀ガードをしたせいで、近付いて来ていたずんぐりむっくりが私の体に引っ掛かり、勢いよく前にスッ飛んだ。
「ぎゃああ!痛いっ痛いっ!」
ずんぐりむっくりはやっぱり運動神経が良くなかったみたいで、勢いよく走り込んできた反動で私の体の上で勝手にクルンと〇ル〇ン一回転をして、後頭部から床に落っこちたみたい。
しかもどこかを打ち付けてしまったのか、のたうち回っていた。首の骨折らなくて良かったわね…
「凄いねっ!ネシュアリナ嬢は攻撃も出来るんだ!」
「ノクリッシュレド殿下…馬鹿にしておられますか?私たまたま屈んだだけですわ…」
それにしても…ちょっと誰かそこの〇ル〇ン馬鹿王子を仕舞って下さいな…直視はしませんけど、ものすごい醜悪で見たくない。おまけにブランシュアンド殿下は裸体の女性達がいるので真っ赤になったまま中々近付いて来ないし…ちっ!
振り回して暴れるな!早く仕舞え!
2
あなたにおすすめの小説
一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む
浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。
「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」
一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。
傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語
目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした
エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ
女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。
過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。
公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。
けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。
これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。
イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん)
※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。
※他サイトにも投稿しています。
勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!
エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」
華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。
縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。
そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。
よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!!
「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。
ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、
「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」
と何やら焦っていて。
……まあ細かいことはいいでしょう。
なにせ、その腕、その太もも、その背中。
最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!!
女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。
誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート!
※他サイトに投稿したものを、改稿しています。
本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます
氷雨そら
恋愛
本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。
「君が番だ! 間違いない」
(番とは……!)
今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。
本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。
小説家になろう様にも投稿しています。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました
ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!
フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!
※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』
……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。
彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。
しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!?
※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる