毒花姫

浦 かすみ

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毒を纏う女

ビッチだよ?

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歩く姿は男の視線を引きつけ、女の嫉妬をその身に受ける。最高の美の結晶…至極の宝石、ネシュアリナ=ギナリアーダ侯爵家令嬢…人は彼女の事を『毒花姫』と呼ぶ。

その毒花姫ことネシュアリナは盛大に溜め息をついていた。不敬だろうな…いやもう不敬だからって理由で止めて欲しいんですけど…

私が王太子殿下、ブランシュアンド殿下と婚姻だってぇ?

なんの罠なんだろう?え…新たな継母の嫌がらせかい?あのババアたまには新しい嫌がらせ仕掛けてくるな~……そんなわけあるかっ!

だって本物のブランシュアンド=コニア=ツヴェイサーガ王太子殿下が目の前にいるんだもんなぁ。

継母と父親が揉み手でもしそうな勢いで、ニヨニヨしている。気持ち悪い…

「ギナリアーダ侯爵…暫し、ネシュアリナ嬢と2人きりにして欲しい」

「は…はいぃ」

ブランシュアンド殿下がそう言って微笑んだが、ここで親は嫌がらないだろうね、ええ…分かってますよ。

そう言って2人きりにされた。どんな罠だろうか…いきなり近衛のお兄様が飛び込んで来て取り押さえられちゃうのかな?

「さて…あなたに内密で話がある」

きたきたー!どんな罵詈雑言を浴びせてくるのかな?

ブランシュアンド殿下の濃いアッシュブルーの瞳を見詰める。

「私はあなたの妹であるシファニア=ギナリアーダ嬢を愛している」

「…はぁ」

予想外の話に気の抜けた返事をしてしまった。しかしブランシュアンド殿下はそのお綺麗な顔に満面の笑顔を浮かべている。

「故にあなたを愛することは絶対にないが、あなたを妃に迎えることで愛するシファニアの義兄という甘美な立場を手に入れることが出来る」

「はぁ」

「あなたには妃として政務をこなして欲しい。そして今までのような自堕落で尻軽な行いは許さない。どこの子種か分からない子供を身籠られたら困るのでな」

よく分からないけど…え~とつまり…

「殿下は妹を愛されてるのですよね?でしたら、妹に求婚なされば宜しいのでは?」

私がそう言うとブランシュアンド殿下は目を剥いた。

「何をっ…シファニアには婚約者のアリーフェがいるだろう!とても仲睦まじいと評判だ…私にはそんな2人を引き裂くような真似はしたくない」

なんだ、この殿下…カプ厨か。

「王太子殿下が申し込めば絶対受けると思うけどね…」

「え?」

「いえ、何でもありませんわ」

あのさ~妹のシファニアね、婚約者のアリーフェ様以外に3人も恋人いるよ?

シファニアは所謂、ビッチっていうのだよ?

あの2人はお互いに恋人居るよ?完全なる政略婚だからさ、だから王太子殿下が申し込めばあっさり受けると思うけど?

「シファニアのような可憐な令嬢を苦しめたくない。私の想いは秘めたる想いだっ高尚な尊き想いだ!」

「へぇ…」

思わず不敬を忘れて胡乱な目で見てしまう。コレあれだ、ブランシュアンド殿下はメルヘン野郎なんだ。女にめっちゃ夢見ているんだ…もしや処女厨か?

アホか…シファニアなんて10才でとっくに処女失くしてるよ…相手はカテキョの渋いおじ様だよ。私と婚姻して義兄のポジション手に入れてシファニアにベタベタしたいって?キモ…顔は綺麗でもやり方がキモいわ。

でもさ…相手はこの国の王太子殿下、私に拒否は出来ない。

まあいいか。王太子妃ということは…ゆくゆくは国王妃でしょう?国家事業に参画出来るのかな?そこだけは確認しておかないと……

「殿下、一つ確認させて下さいませ」

「何だろうか?」

「私が素案を作成して皆様に審議して頂いて問題なければ、地方再生法案や児童福祉法などの案を国の政策として採用して頂けますか?」

「…え?ああ、君が?」

「ええ、そこだけはご理解頂き許可して頂ければ、完璧な妃としてお勤めさせて頂きますわ」

そう、これは仕事だ。お勤めだよ、社畜宜しく国家プロジェクトに携われるまたとないチャンスだよ!

「ああ、構わないが…え?」

「分かりましたわ。ブランシュアンド殿下喜んでお受けさせて頂きます」

私は男を狂わせると噂される極上の笑みを浮かべてブランシュアンド殿下に微笑んで見せた。

私はその後、ブランシュアンド殿下の長々したシファニアの賛美を聞かされた。

そして夢見る殿下の会話の端々に、シファニアとアリーフェ様の2人の想い合う恋心尊い!が数多く語られていることに気が付いた。

これアレだ。ブランシュアンド殿下はメルヘン野郎で処女厨(仮)で、おまけにカプ厨な訳だ…あの2人は政略結婚でさぁ……まあいいか。

語りに語ってスッキリした表情のブランシュアンド殿下を屋敷の入口まで御見送りした。すると同じく見送っていた両親…継母が王族専用馬車が見えなくなるや否や、早速嫌味を連発してきた。

「いいこと?あなたのような頭からっぽの尻軽女が王太子妃の寵愛を受けるには体を使いなさいっ!いいわねっ喰らい付いたら離してはいけないわよっ!」

あのね、こんな昼間から大きな声を出しなさんな。そんな技、ごりごりの鋼鉄の処女の私には無理だよ。まあいいわ、あんなにお前に興味はねーを連発していたんだから、私のゴリゴリ処女が殿下にバレる心配はまずないだろう。

しかし取り敢えず、これから国家プロジェクトに携われるんだと思うと気分も浮上する。楽しみぃ。

とか思っていたらその日の夜…一日の家事が終わり部屋に戻ろうとしていると、シファニアに捕まった。

「ねえっ!?どういうことなの?お姉様がブランシュアンド殿下の妃候補ですって!?私がいるのに何でお姉様なのよ!どうして私の方を選ばないのよっ、何とか言いなさいよ!」

知らんがな。めんどくさ…

「言ったわよ?」

「え、何?」

「妹に婚姻を申し入れなされば?ってお聞きしたわよ。そうしたら婚約者のいるシファニアとアリーフェ様の仲を引き裂いてシファニアを困らせたくないって」

「…っ!だったら…」

「お父様にご相談すればぁ?」

私がそう言うとそれは嬉しそうに父の寝室の方へ駆けて行った。シファニアさ~こんな夜中までどこ行ってたのよ?異世界じゃ終電ギリギリの時間じゃないかね?不良だね!

私はシファニアに付いて来ていた執事のストエイスを見た。相変わらずシュッとした男前だね。

「こんな夜中までご苦労様ね、もう休んでね」

ストエイスは夜中なのに折り目正しく美しく微笑んだ。

「いつもネシュアリナ様にお優しいお言葉を頂けて、私はそれだけで疲れも癒されます」

「相変わらず大袈裟ね~」

私がそう言った後、ストエイスはその綺麗な顔を若干曇らせた。

「あの…それと先程のお話なのですが、ブ…ブランシュアンド殿下とご婚姻を?」

ストエイスのいつも切れ長の涼し気な目が見開かれている。瞳孔まで最大限まで開いてるんじゃないか?

「ええ、そうみたいね。あ…でもまだ妃候補でしょ?」

ストエイスの見開かれていた目がいつものクールなすっきりおめめに戻ったよ。何だか怖かった。

「そうですか、あくまで妃候補ですよね。では失礼致します」

何だったのあれ?

翌日

いつもの如く調理場で使用人達と一緒に朝食を取っていると、ストエイスに呼ばれた。

「旦那様がお呼びです」

はは~ん。シファニアに泣きつかれた例の婚姻の件だな?結果はどうだったんだろうかな~

食後のお茶を楽しんでいた継母、お父様、シファニアがいる食堂に入って行った。シファニアはウキウキして見えるね。

「昨日のブランシュアンド殿下からのご婚姻の打診の件だが、ネシュアリナお前のままでお受けするから、そのつもりで」

シファニアは顔色を変えた。

「そっそんなぁ!?イヤよお父様っ!私が殿下の妃になるのよぉ!」

いきなりMAX状態で泣き出したシファニア。しかしお父様は案外切れ者で常識人だ。

ここで公爵家であるアリーフェ様との婚姻を一方的に破棄して王太子妃にシファニアをゴリ押ししたら、シファニアは間違いなく醜聞に晒される。

だったらここはシファニア→アリーフェ様。ネシュアリナ→ブランシュアンド殿下。これ以外は有り得ない。それにだね、ここで強引にシファニアが婚約破棄をぶちかましても、ブランシュアンド殿下は受け入れないと思うのよね。

何て言ったって可憐でおしとやかな輝花姫だものね。ブランシュアンド殿下の拗らせがソレを認めないと思うよ。

せめてビッチ匂わせは隠しとけ!

「あなたが何とかしてよっ!」

泣きながらシファニアはそう言って私を睨むんだけどさ~いや、無理だし?だって一回言ったけど却下されたし?

「私の方から、妹に婚姻の申し入れをして下さい…とまた打診しますの?名指しされた私が何度も不敬なことは出来ませんわ…」

と至極まともに言い返すと、シファニアは泣き出した。嘘泣きだろうけど。

「ネシュアリナッ!あなた代わって御上げなさい!」

ババアは無茶言うぜっ!

「では侯爵夫人が殿下にお話下さいませ」

と丸投げしてさっさと部屋を出て行ってやった。後ろでキィキィ怒っている声が聞こえているけど知らないよ。

さて私の仕事をこなそうかね~私は一応侯爵家の令嬢だけど、使用人として生活している。別に嫌がらせで泣く泣く…というほどでもない。

正直、貴族のご令嬢の勉強は一切させて貰っていないので礼儀作法に関しては全て見様見真似だ。

一を聞いて十を知る…社畜の極意がここに生かされている!

つまりだね、勉強してないから暇なんだよね。という訳で食事も意地悪で与えられないこともあったから、自分で厨房に入って作り出した訳。

そうしたら私の異世界料理が使用人達に大絶賛を浴びて、今は完全に賄い料理を任されている。変な立ち位置だけど。

そうして、その日もいつもの様に平穏に過ぎる…はずだった。

夕刻、城からの使いでブランシュアンド殿下から私宛に手紙が届けられた。

昨日の今日で浮かれ…いや、まあいいか。手紙を読んでみた。……うん、なるほど。要は『お前の妹と早く会いたいんだっごるぁ!』だった。いやまあ~会ったっていいんだよ?でもさ、ブランシュアンド殿下さ、処女厨(疑)だよね?カプ厨(確定)だよね?

夢見てるところ悪いんだけどね、私は助けないよ?傍観しておくからね?

私はシファニアに王太子殿下がにお会いしたいと申しておりますので、準備しておいてね。と、言っておいた。

あ~あ、継母と一緒にドレス選び始めちゃったよ?そっちの準備じゃないよ?

私は仕事から帰ってきた父に王太子殿下の手紙の件をお伝えして、当日の茶器や菓子の準備を始めた。菓子は私が手作りするのだが…その前に父に再度確認をしておいた。

「本当に私がブランシュアンド殿下の妃候補をお受けしても宜しいのですね?」

父は目を一瞬鋭くしたが、頷いた。

「シファニアには無理だ」

父は継母とシファニアに甘いが、それ以外では侯爵として常識もあるし分別もある。私に対して苛烈に当たることも無ければ、買い物も自由にさせて貰えるし、そういう意味では普通の父親だ。

「ネシュアリナ」

「はい」

「シファニアがブランシュアンド殿下に失礼がないように頼む…」

お父様、胃痛かな?胃を押さえてるわ…

「お父様がしっかりシファニアにお伝え下さいな。私が言ったって聞かないことはご存知でしょう?」

「……はぁ」

お父様は無言で何度も頷いている。辛ぁ…

という訳で来ちゃいましたよ、ブランシュアンド王太子殿下。今日は期待からか、殿下のキラキラ度が増している気がするね。

それにね、シファニアがね…気合いが入り過ぎて厚化粧で夜会のドレスみたいな胸元パッカーンと開いてるドレス着ちゃってんだわ。

どう見てもエロエロしいから、ソレ。

今この場では言えないけど、ブランシュアンド殿下って清楚な女子が好きだと思うんだよね。ビッチ剥きだしは止めた方がいいと思うよ。

さあて、シファニアのビッチぶりを見学させてもらおうかな!
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