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「おかえり」
玄関に六十六歳になる母親が出てきた。
この年老いた小さな母を見る度にTの精神は二つに引き裂かれる。
心の底から軽蔑し憎む一方、頭の中では島津亜矢の『感謝状~母へのメッセージ~』が流れ、居たたまれない気持ちになる。
二律背反、発狂寸前の毎日。
「ただいま」
「朝御飯できてるよ」
「その前に風呂入るわ」
二十四時間着っ放しだった制服を洗濯かごに押し込み全裸になると浴室に入った。
頭からシャワーを浴び、熱い湯の張った浴槽に浸かる。
狭いので膝を折り曲げ全身を湯に沈める。
鼻から大きく息を吸い、口から長く吐き出した。
あ~っ、このまま消えてしまいてぇ~……
その気持ちに嘘はなかった。
しばらく目を瞑っていた。
目を開くと当然自分の下半身が視界に入る──はずだった。
なっ、なんだとぉ~っ!
視線の先にあるのは浴槽の壁だけだった。
「オレの両腕も胴体も何もかも見えなかった。だがオレの体が存在していることは感覚でわかった。見えない手で見えない自分の体を触れたしな。とんでもなく妙な感覚だった。風景は見えてるけど、ある意味目を瞑ってるみたいな。オレは立ち上がり浴槽から出て風呂場の壁についてる等身大の鏡を見たんだ。そしたら、やっぱり何も写ってないんだよ、オレの姿は。焦ったね。パニックになったよ。どうなってんだって。なんで見えねえんだって。 やったー! 女湯覗きに行けるぜぇー! なんてそのときは思いもしなかったな」
岐阜の山小屋だったらそこまで焦ることはなかったかもしれない。
実際は実家で両親と暮らしている身には死活問題だった。
彼らがこんなTを見ればショック死するのは間違いなかった。
死に物狂いで念じた。
元に戻れ、元に戻れと。
すると何もない空間にだんだん肌の色が浮かんできた。
数分後には全身が鏡に映っていた。
「助かったー、と心から思ったよ。まぁ、そのあと色々あってだな、今のオレに至っているわけだよ」
「なにそれ、端折り過ぎぃ~。消える以外の技はどうやって身に付けたのぉ?」
「まず風呂場で自分が消えたことが幻覚じゃなかったかどうか確認しようと思って、おっかなびっくりまた念じてみたんだよ、消えろ、消えろって。そしたらやっぱりできたんだよ、消えることが。当然そのあと元に戻ることもな。それで自分の意思で肉体を変化させることができるって確信できた。あとは意思の力でどこまで体を変化させられるか実験を繰り返したってわけだ」
玄関に六十六歳になる母親が出てきた。
この年老いた小さな母を見る度にTの精神は二つに引き裂かれる。
心の底から軽蔑し憎む一方、頭の中では島津亜矢の『感謝状~母へのメッセージ~』が流れ、居たたまれない気持ちになる。
二律背反、発狂寸前の毎日。
「ただいま」
「朝御飯できてるよ」
「その前に風呂入るわ」
二十四時間着っ放しだった制服を洗濯かごに押し込み全裸になると浴室に入った。
頭からシャワーを浴び、熱い湯の張った浴槽に浸かる。
狭いので膝を折り曲げ全身を湯に沈める。
鼻から大きく息を吸い、口から長く吐き出した。
あ~っ、このまま消えてしまいてぇ~……
その気持ちに嘘はなかった。
しばらく目を瞑っていた。
目を開くと当然自分の下半身が視界に入る──はずだった。
なっ、なんだとぉ~っ!
視線の先にあるのは浴槽の壁だけだった。
「オレの両腕も胴体も何もかも見えなかった。だがオレの体が存在していることは感覚でわかった。見えない手で見えない自分の体を触れたしな。とんでもなく妙な感覚だった。風景は見えてるけど、ある意味目を瞑ってるみたいな。オレは立ち上がり浴槽から出て風呂場の壁についてる等身大の鏡を見たんだ。そしたら、やっぱり何も写ってないんだよ、オレの姿は。焦ったね。パニックになったよ。どうなってんだって。なんで見えねえんだって。 やったー! 女湯覗きに行けるぜぇー! なんてそのときは思いもしなかったな」
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すると何もない空間にだんだん肌の色が浮かんできた。
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「助かったー、と心から思ったよ。まぁ、そのあと色々あってだな、今のオレに至っているわけだよ」
「なにそれ、端折り過ぎぃ~。消える以外の技はどうやって身に付けたのぉ?」
「まず風呂場で自分が消えたことが幻覚じゃなかったかどうか確認しようと思って、おっかなびっくりまた念じてみたんだよ、消えろ、消えろって。そしたらやっぱりできたんだよ、消えることが。当然そのあと元に戻ることもな。それで自分の意思で肉体を変化させることができるって確信できた。あとは意思の力でどこまで体を変化させられるか実験を繰り返したってわけだ」
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