超人ゾンビ

魚木ゴメス

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 Tもそんなことは覚えていなかった。

「あ? どのへんでだったかな~、気付いたら死んどった、ぶははははははは!」
 
 それは寿司ルーレットでひとつだけ大量にワサビの入った寿司に当たった人が次の瞬間、口の中のものをいっぺんに噴き出すような笑い方だった。涙目になっていた。ワサビのせいではもちろんない。
 
 そのときの情景を思い出し、それがおかしくて堪らないといった様子だった。
 おぞ気が走った。
 
 死亡推定時刻はちょうど日付が変わった四月五日午前零時。
 殺害が行われた寝室は完全防音だったため、近所の住人は惨劇に気付かなかった。
 事件は屠塚の運転手によって発覚した。

 「あー、ははは。さて、じゃあ次。屠塚の次に殺ったジジイ、なんつったかな、ああそうそう蚊藤(かとう)、蚊藤の話行こうか」

 両手の中指で涙を拭きながらTが言った。

「ちょっと待て」
 
 制止する村西。

「今の話はまだ終わっていない。どうやって屠塚Z務事務次官の部屋に入った? 後で言うって言ってたろう」

「んー? ああそうだったな」
 
 言ってTは鷹揚おうように頷く。

「後で言うってのは全部話した後だ。ていうのは、全部同じ方法でだからだ。最後に言えば無駄が省けていい。そうだろ」

「同じ方法だと」
 
 村西はキリリと引き締まった濃い眉毛の下にあるミミズクのような目を細めてTをを見た。

 全部同じ方法……言われてみればそうなのかもしれない。
 Tは連続Z務事務次官殺害事件の最後の十人目の被害者の現場で逮捕された。

 そのときの状況はあたかもそこで逮捕されることは予定通りであったかのようなわざとらしさがあり、その点でも大いに不可解であったが、そんなこととは比較にならないくらいの不可解極まる共通点が、それら十件の犯行現場にはあった。

 端的に言うと犯人を特定できる痕跡が皆無だったということ。
 
 指紋はなく、靴跡もなく、当然靴裏に付いているはずの小石、土なども発見できなかった。

 あらゆる侵入可能な場所においても、鑑識係が徹底的に現場検証したにも関わらず、微塵みじんも痕跡を発見できなかった。

 これはどういうことであろうか? 
 確かにTに指紋はなく、靴跡も靴に布でも巻けば残さず済むだろう。

 だがたとえ靴に何かを巻いていたにしてもだ、そこについていたであろう砂利、土すら落としてないとはどういうことか。

 更に、現職一人に元九人のZ務事務次官の邸宅ていたくのどの防犯カメラにも、その邸宅を取り巻く周辺一帯の防犯カメラにもTの姿は影も形も全く写っていなかったのだ。
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