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30.脱走

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 ――――小さな離宮。

「ヘンリー様、こちらを……」

 面会に来た貴族が見張りの騎士の隙を窺い、俺に届け物をする。通常の物品は検閲が入るが……

 届け物をこっそり確認すると近日中に脱走の手引きをしてくれるらしい。

 ジュールの立太子を快く思わない連中が俺を支援してくれるようだ。くっくっくっ……あのような妾腹より俺の血統の方が優れているのだからな!


 遂にその日が来たようで……食事を持ってきたメイドが小声で呟いた。

「ヘンリー様、私がこちらに残ります。これにお着替え下さい」
「あ、ああ……」

 隙を窺い、メイドは服を脱ぎ、俺も着ている物を脱いだ。互いの服装を交換し、最後にカツラをかぶり、ブリムを付ける。

 これしかないのか! と怒りたかったが、無理なく出るにはこれしかないと返されてしまった。空になった食器を持ち、俯き加減にドアを開け、騎士を出し抜く。

 メイドを装ったまま、支援者達と落ち合うために王宮の裏口まできたのだが……支援者達が怪しまれ、騎士から問いた質されていた。

 しかし、馬車は用意されている!

「ハーッ!」

 パシンッ!

 後ろからソーッと回り、馬車に飛び乗り、手綱を打って発車させた。

「なっ!? 怪しいメイドが馬車に乗って逃げたぞ!」

 ふはははは! もう遅いわ!

 全速力で荷馬車を駆り、王宮の城門を突破し、門番達を振り切る。駆けながら、思い出すのは……

 くそっ、どいつもこいつも……俺をコケにしおって! 特にアーシャ! 再起を果たしたならば、ヴェルナーとか抜かす婚約者の目の前で犯してやる!

 だが今は逃げる切ることが先決……

 母上の兄である隣国の王の伯父上と会談さえ出来れば、この状況を脱せるかも知れぬ。俺を蹴落とし、妾の子のジュール如きを王太子に据えたと訴えれば、軍を動かし、援助してくれるに違いない!

 内戦にはなろうが俺の知ったことではない! 要は俺が王太子……いや、国王になれば良いのだからな!!!


 しかし、問題は魔物の森を抜けねば、伯父上の下にたどり着けぬ……それにもたもたしていれば、あのくそ忌々しい騎士団どもが俺を捕らえに来るに違いない……

 どうしたものか……

 人気のない路地で荷台を捨て、馬に跨がる。服は……替えもないが、この方が女だと油断して、声を掛けてくる馬鹿どもから略奪しやすいからそのままで行く。

 このような格好をするのは腹立たしいことこの上ないが背に腹は変えられない。

 王都と外を隔てる城門へとたどり着き、門番達が商人達の馬車の臨検に気を取られている内に突破を試みた。

「暴れ馬だああああーーー!!!」

 俺はなるべく高い声で叫び、馬が勝手に走り出したように装う。

 荷車を捨ててきて正解だったな……

 全速力で駆け抜ける俺に人集りは道を譲り、まんまと城門を突破し、街道へと出ることができたのだった。


 夜になる前に森を抜ければ、街がある。原野で野営は避けたい……今からならば、夜までには抜けられるはずだ!

 追っ手は来ていなかったが追い付かれ、捕らえられては返り咲くことも潰える……危険だが賭けに出たのだった。

 順調に馬は森を駆けて行ったのだが……

「うわああああーーー!!!」

 ガツンと強い衝撃が伝わったかと思うと俺は態勢を崩して、地面に叩き付けられた。

「待て! どこへ行くぅぅーー!!」

 どうやら、馬が木の根に足を取られてしまったらしい。俺を振り落とした馬は走り去ってしまう。

 くそっ、くそっ! 馬にまでコケにされるか!

 怒りがこみ上げて来るが立ち上がろうとしたときだった。

「うぐぅ……」

 片足が動かない! どうやら落馬で骨折してしまったらしい。

 そのときだった……草むらがガサガサ、ガサガサと揺れ動き、大きな影が見え隠れしている。

 まさか……魔物か!?
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