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キャラダイスの町

柳・八雲サイド

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・柳・八雲サイド
 何か、すごく重要な話をしているのだというのが周りの人たちの緊張感から伝わってくる。ギルドの上役らしい屈強な老人が転んだ2人を睨みつけている。傍にいた俺も本当はこの老人には俺のことが見えているのではないかと思うぐらいの眼光に思わずたじろいでしまった。
 しかし、状況を完全に把握することはできない。何しろ、タンポポがしゃべらないのだ。この状況で無駄口をたたく余裕がないのはわかるが……この話し合いがうまくいっているのかうまくいっていないのかすらわからない。すごくやきもきする。
 俺がやきもきしながら暫く待っていると……ようやくタンポポが口を開く。
「ぼ、ボボ……ボクは独断で行動できるほど強くあ、ありません。か、重ねて、変異種のゴブリンについて報告したいことがあります。変異種のゴブリンの色は白く……霊を食べていました。ボクが役に立たなかったのは事実ですが、それは名もなき洞窟の霊が軒並み白いゴブリンに食べられていたせいです」
「……タンポポ大丈夫か? 生きてるか?」
 俺はタンポポが心配になったのもあり、老人の視線から逃げるようにタンポポの傍へとやって来た。タンポポは俺の言葉に小さく手を動かして親指と人差し指をつまむような動きをして答えてくれる。
 チョット……ということなのだろうか? ちょっと死んでいるのか、ちょっと生きているのかどっちだろう……何にしても俺の質問に答えてくれる余裕はあるようなので少し安心する。俺が安心している間にも議論は進む。タンポポの言葉の後にあの2人が声を荒げて反応していた。その目線の先にはあの老人がいる。傍目から見ると顔色を窺っていることがとてもよくわかる。そして、その老人は目を閉じて何かを考えているように見える。2人の言葉が終わって少しすると強そうな見た目に反して冷静な声色で老人が話し始める。そして、同じ人が出したとは思えないほどの大きな声で指示が飛ぶ。字幕なしで外国の映画を見ているような気分である。動きや声色や周りの雰囲気、音で状況を把握するしかない。
「し、信じてくれてありがとうございます。名前はた、タンポポです。ランクはEです」
 そんな状況を察してくれたのかタンポポがほんの少しだけ状況を把握するための言葉を付け足して答えてくれた。なるほど、とりあえず、タンポポの言い分を信じてもらえているようだ。
 周りがあわただしく動き始める。ギルドの職員と思われる人たちが一斉に動き出し、掲示板に貼ってある紙を剥がしたり、どこかへ連絡を取る為なのか水晶に何かしゃべりかけている。俺は位置がわるかったのか数人のギルド職員が俺を通り抜けてぶるっと身体を震わせてしまう。仕方なく俺はどこか安全な場所はないかと周りを見渡すが、掲示板の前はもちろん、使われていなさそうな暖炉の前も埃がたつほどに職員たちが移動している……何処にいても邪魔になりそうだった。そこでようやく、少し高い位置にいればいいことを思い出しぷかぷかと浮かぶことにした。
 浮かんだ辺りで周りの状況が何やらおかしくなっていた。どうにもざわざわとしているのだ。タンポポに突き刺さる視線は畏怖や侮蔑とも撮れる視線。何か悪いことが起こっているらしい。
「■■■■!!!!!!!」
 そのざわめきを一瞬でかき消す老人の一喝。言葉がわからなくても分かる。これは静かにさせるための言葉なのだと。なんとなく爺さんに一喝されたことを思い出し、俺も姿勢を正す。再びタンポポに視線が集まるも、侮蔑や懐疑的な視線はなくタンポポの言葉のひとつひとつを聞き逃さないようにするための興味で溢れている。俺もきっと同じ視線をタンポポに送っている。
 タンポポが語ったのは俺と出会うまでの経緯だった。あそこで必死で反論していたのはジェイルとジェリカだということ、囮にされたこと等々……なんとなくさわりだけ聞いていた俺にとっては初めての情報もあれば聞いていた情報もあった。
「ボクはダメもとで周りにいる霊に助けを求めました……ごめんなさい。正直に言えば、来てもらった霊を囮にしてボクも逃げるつもりでした。そうしたら、霊が来てくれたんです……ボクはその霊にすくわれました」
「あ、あー……なるほど。うん、そっか」
 この時ばかりはタンポポは俺に目線を合わせてくれた。タンポポの話はショックと言えばショックだったが、怒りはない。タンポポがいなければまだ俺はあの洞窟の中で過ごしていただろうし、気が付かずに弱って白いゴブリンたちに食べられていたかもしれない。その前に孤独でおかしくなっていた可能性もある気がする。タンポポは俺を利用しようとしたわけではなく、周りあるものを活用して生きようとした。そこに偶然俺がいただけなのだ。そして、たぶん、そんな状況でもタンポポは――
 俺が気持ちと考えを整理している間にも周りの話は進んでいたようだ。
「リッチーロードです」
 タンポポの言葉で俺は現実に引き戻された。リッチーロード……タンポポが俺を初めて見た時にいっていた魔物の名前。たぶん、俺のことを話し始めたのだとわかる。その瞬間、周りの冒険者が爆笑を始める。屈強な老人すら真剣な表情を少し崩して呆れのような表情を一瞬のぞかせていた。どうやら、リッチーロードというのはかなり場違いな存在のようだ。周りの様子を見るに全く信じてくれていなさそうだ。
「ひょっとして、俺の存在信じられてない?」
「■■■■」
 思わず声に出してタンポポに聞いてしまった。屈強な老人も俺と同じタイミングで何かを質問したらしい。タンポポは視線を老人と俺の間で行ったり来たりさせながら
「そ。そうです」
 と答えてくれた。たぶん、俺にも老人にも言っているのだろう。しかし、このままではタンポポが大ぼら吹きになってしまう気がする。そうなると折角の証言も信憑性が無くなる。とりあえず、今の状況をうまく脱しないとタンポポに聞きたいことも聞けない。
「よし、わかった。タンポポちょっと待っててくれ」
「ほ、本当なんです……え、あれ、あのヤクモさん?」
 俺にはひとつ考えがあった。石に触ることができた……今の俺は一応物理的に干渉することができる。暖炉に向かって走り出し、煙突を上り一気に降りてくる。勢い余って落ちてすごい音がしてしまったが……痛みはない。音のせいで冒険者たちがものすごく暖炉を睨んでいるが、注目を集めたかったので結果オーライだろう。身体中に煤をつけて暖炉から出ると冒険者たちが息をのむ音が聞こえて来た。周りからぶつぶつと声も聞こえてくる。呪文の詠唱をしているのだろう……しっかりと周りの冒険者に俺が見えていることに安心して部屋の中を移動する。
『私の配下になりなさい……リッチーロードであれば私の魔力がどれだけ有用なモノかもわかるでしょう』
 俺という存在を見せつけるように部屋の中をゆっくり移動していると頭の中に声が響いてくる。この世界に来て初めてタンポポ以外の声で意味のある言葉を聞いた……しかし、魔力とか言われても俺にはわからないので無視しよう。
『ちょっと、無視しないで。わかってる? あなたは今、複数の魔法で狙われているのよ? これ全部受けたらさすがのリッチーロードでもただでは済まないわよ? ここで無事で済んでもランクの高い冒険者や聖職者があなたを浄化にくるわ。だから、私に協力しなさい。今ならこの死霊術士が詐欺師で幻術を使っただけでしたという形で納めることもできなくないわ』
 なるほど、それは良いことを聞いた。ただ存在を証明をしようと思っていたがそれだけでは今度は俺の身が危ないらしい。しかも、タンポポがこのままでは濡れ衣を着せられてしまいそうだということが分かった。声の主のことは完全に無視するとして、タンポポが詐欺師にならないためには俺がタンポポの仲間であるとアピールした方がいいのだろう。握手とか手をつなぐとかした方がいいんだろうか……
 そう思ったが、俺の手は煤で驚くほど汚れていた。そうだ、ここは異世界なんだ。少し恥ずかしいが、騎士の真似ごとをしてみよう。作法とか間違っているかもしれないが、忠誠を誓っているように見せればいいだろう。タンポポの傍によると俺は跪いて見せた。
「え!? あのあのあのあのあのあのあのぉ!? や、ヤクモさん!?!?」
「とりあえず、これであってるか?」
『はぁ!? ななななななななななな、なんでプロポーズしてるのよ!? そんなちんちくりんに! い、いえ、そ、そう。そういう事なら私にも考えがあるわ……絶対あなたの事手に入れて見せるわよ』
 ……なんだって???? え、なに? これプロポーズしたの? 俺が? タンポポに? あぁ、うん。そうだ、一応、言っておこう。
「俺、なにかやっちゃいましたか?」
 このセリフも出来れば拒否したかったな。そんなことを思っていると俺の身体から煤がすべて床に落ちて小さな山を作るのだった。
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