月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第342話

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 ヤルダンへ来る途中の崖際の道でサバクオオカミの奇岩に襲われたときに、自分は理亜と王柔と一緒に落下したが、崖下を流れる川の中に落ちたおかげで助かったこと、川の流れが激しくてそのままヤルダンの地下へと運ばれたこと、気を失っていた自分たちは地中にあった池のほとりで目覚め、外に出るために洞窟の奥の方へと進んでいったこと・・・・・・。
 羽磋は冒頓や男たちに、自分たちが地下で経験したことや、自分が理亜と「母を待つ少女」との関りをどのように考えるようになったかについて、できるだけ手短に話そうと努力しました。
 もちろん、羽磋の方にも、地下で出会った不思議な出来事についてもっと詳しく話したい、自分の考えについて皆の意見を聞きたい、という気持ちはありました。青く輝く水を湛えた地下の湖や、想像したこともないほど広い大空間のこと、それに、昔話で聞いていた「母を待つ少女」の母親とのやり取りは、地上で経験できることとまったくかけ離れた出来事であり、それらを自分の限られた経験に基づいて受け止めるのには、限界がある事を理解していたからでした。
 ただ、一度それらについて詳しく話し始めると、瞬く間に多くの時間が過ぎ去ってしまうことになるのは、容易に想像することができました。ですから、この場では、必要最低限と思われることを、さらっと報告するだけに留めようとしたのでした。
 詳しい話は移動の途中の馬上でもできますし、何なら焚火を囲んで野営をする際にでもできます。ああ、そうです。あれほど不思議な体験は、太陽の光の下で話すのではなく、むしろ夜の闇を背景にした方が、話しやすくなるかもしれません。やはり、この場で話すことは、少なくした方が良さそうです。
 その様な考えで話を進めようとした羽磋でしたが、地下での話は地上での常識をまったく外れた話になりますので、一つの出来事を話すにも必ず状況の説明が必要になってしまいます。ですから、どうしても、短く話すのにも限界がありました。それに、話を聞く方からも、「え、それって、どういうことなんだ」とか、「いくら何でも、それは見間違いじゃないのか」等の合いの手が入ったものですから、それに対して答えを返す必要もありました。
 そのため、自分たちが崖下に落下してからこの地上に帰って来るまでの出来事を、羽磋はできるだけ掻い摘んで説明しようとしたのですが、実際にはかなりの時間を掛けることになってしまいました。
 ヤルダンの特徴である、襞のように入り組んだ砂岩の台地の影が、いつのまにかずいぶんと長く伸びてきていました。護衛隊の男たちが駆る馬とサバクオオカミの奇岩とが巻き上げたゴビの赤土が、太陽の光を反射してキラキラと輝いていたこの広場も、その半ば以上が薄暗い影に覆われるようになっていました。
 その伸びて来た影の先端部分に、理亜が座り込んでいました。
 彼女は、羽磋が男たちに囲まれて説明に追われている間も、じっと由が姿を消した亀裂を見つめ続けていました。
 理亜も羽磋と行動を同じくしていたのに、どうして、理亜は羽磋の話に加わるのではなく、一時も眼を離さずに、その亀裂を注視し続けていたのでしょうか。
 自分が心を分け合っていた由が、亀裂の中へと身を投じてしまったことが、悲しくて仕方なかったからでしょうか。
 いいえ、理亜自身が彼女に告げたはずです。「地下にお母さんが居るヨ」と。そして、それを聞いた由は、嬉しさを顔一杯に表しながら、亀裂へ身を投げたのです、
 その亀裂は、先ほどには由を飲み込み、遠い昔には彼女の母親を飲み込んだものです。でも、それだけでは、ありません。その逆に、少し前にはその亀裂を通じて、羽磋と理亜は地下から地上へと戻ってきたのです。
 ああ、そうなのです。
 理亜は、地下へと消えてしまった由の背中を、追い求めているのではなかったのです。
 彼女は、待ち続けていたのです。
 自分たちと同じように、その亀裂を通じて、王柔が地上へ戻って来ることを。
「オージュ・・・・・・。後から来てくれるって、言ってタヨネ? マダ? マダ?」
 自分の口からそのような言葉が漏れ出ている事にも気が付かないほど、理亜は意識の全てをその亀裂に向けていました。羽磋が地下で経験したことを話し始めると、冒頓や護衛隊の男たちは直ぐに彼の周りに集まってきましたが、理亜は羽磋の方に近寄るどころか彼の傍から離れて行き、独りになっていました。それは、誰にも邪魔をされずに、亀裂に何か変化が生じていないかを、確かめたかったからでした。
 羽磋の話は直ぐには終わりませんでしたが、彼女がそこから目を逸らしたり、注意を他所に向けたりしたことは、一度もありませんでした。
 でも。どれだけ理亜が神経を集中して見つめていても。
 由が飛び込んだ大きな亀裂には、僅かな動きも見られなかったのでした。
「オージュ、オージュ・・・・・・。ねぇ、オージュッ」
 いつしか、亀裂を見つめ続ける理亜の身体が、細かに震えるようになっていました。
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