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月の砂漠のかぐや姫 第338話
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理亜と由の方でも、周りで見守っている男たちのことが、気にはなるようでした。二人は両手を取り合って親しげに言葉を交わしていましたが、その声は自分たちにだけ聞こえるような小さなものに留められていました。
「ああ、間に合って良かった・・・・・・。冒頓殿が奇岩を破壊してしまっていたら、どうしようかと思ったよ」
羽磋は、「母を待つ少女」の奇岩が由と言う元の少女の姿を取り戻し、理亜としきりに話をするようになったのを見て、ホッと胸をなでおろしていました。
理亜の身体に何が起きていたのか、それに、「母を待つ少女」の奇岩がどうして生まれたのかについて、この場で一番詳しく事情を理解しているのは羽磋でした。ですから、理亜や由の様子を遠くから眺めているだけで、混ぜ合わされていた二人の心が元通りになって、それぞれの身体に戻っているのだろうと、推測することができたのでした。
理亜の身体に起こっていた、他人の身体を通り抜けてしまったり、夜になったら消えてしまったりする不思議な現象も、おそらくは彼女の身体の中に「母を待つ少女」の奇岩の心が入り込んでいたことが原因だと思われます。その状態が解消されたのですから、彼女の身体に起きていたそれらの不思議な現象は、きっと消えている事でしょう。理亜をこのヤルダンにまで連れて来た目的は達せられたのです。
理亜と一緒に過ごした時間は決して長いとは言えませんが、地下世界での探索を共に行うなどした中で、羽磋にとっても彼女はとても近しい存在となっていました。ですから、理亜がようやく自分自身の心を取り戻した様子を確認できて、羽磋の顔には、安堵と嬉しさによる笑みが、自然と浮かび上がって来るのでした。
緊張のあまり強張っていた羽磋の身体から、ふうっと力が抜けた、その時です。「やれやれ」と、冒頓が呟くのが聞こえました。
冒頓の声の調子は、決して鋭くも無ければ激しいものでも無かったのですが、羽磋の耳には、とても冷たくて哀しい響きを持つものとして感じられました。
「何だ? 冒頓殿は何かをしようとしているのか?」
羽磋が覚えた不安は、彼の身体を一気に冷やし、その中から安堵や達成感をはじき出してしまいました。
理亜は自分自身の心を取り戻しました。「母を待つ少女」の奇岩は、遠い昔に掛けられた精霊の力を打ち消し、元の姿に戻りました。もちろん、王柔と言う大切な存在を地下世界に取り残したままなのは残念なのですが、この場に限って言えば、一件落着と言って良いのではないのでしょうか。
それなのに、どうして冒頓が発した「やれやれ」という呟きは、これほどまでに不安を掻き立てる力を持っているのでしょうか。
自分自身ではそれに応えることができない羽磋は、冒頓に問いかけずにはいられませんでした。
「冒頓殿! 何かなさるおつもりですか? 理亜も元の状態に戻ったようですし、『母を待つ少女』の奇岩も無くなってしまっています。だから、この場はもうこれでおさまった、ということで良いんですよね?」
意外な展開に確認をせずにはいられないという様子の羽磋に対して、冒頓は肩をすくめて見せました。羽磋からそのように問われること自体が、冒頓にとっては意外だったからでした。
「おいおい、羽磋。どうしたよ? 本当にこれで終わりだと思っているんじゃないだろうな。そりゃ、これが昔話か何かだったら、『母を待つ少女』と呼ばれた奇岩は元の姿に戻りました、めでたしめでたし、としても良いのかもしれねぇが、現実ではそうはいかねぇだろう。あの奇岩の像とサバクオオカミの像には、王花の盗賊団も俺の護衛隊も、それにお前を吐露村に送り届けるために組まれた交易隊も、みんなが大きな損害を受けているんだぜ。物も、時間も、それに、人もだ」
「そ、それは、確かにそうですが・・・・・・」
「お前も月の民の男ならわかるだろう。俺の故郷の匈奴でもそうだ。自分がやったことに対しては、きっちりと報いを受けてもらわないといけねぇ。奇岩の正体があの女の子だってんなら、奇岩がしたことはあの女の子の責任だ。流石に、この場でその首を撥ね飛ばして終わらせようとは俺も思わねぇが、無罪放免ってわけにはいかねぇよ。少なくとも、アイツを縛り上げて王花の酒場か土光村の村長の所に突き出さないと、俺の請け負った仕事は終わらねえんだ」
「冒頓殿・・・・・・」
何とか言葉を続けようとした羽磋でしたが、由と理亜を見つめる冒頓の視線の強さを見ると、それはできませんでした。
それに、冒頓に言われてみると、「確かに、このまま何も無しでは済まないのかもしれないな」と、羽磋も考えざるを得なかったのでした。
ゴビと言う乾燥した荒地で遊牧を行う月の民。草地を求めて氏族や部族単位で移動しながら家畜を養うその生活は、長や年長者の指示の下でお互いに協力をしなければとても成り立ちません。個人がそれぞれに勝手な振る舞いや仕事の手抜きをすれば、家畜が獣に襲われたり、水辺を見失ったりして、皆の命に危険が及ぶ事さえ有り得ます。
そのため、彼ら遊牧民族の間では、自らの経験や蓄えた知識を元に人々に指示を出す長や年長者は大いに敬われ、その言葉は大変に尊重されます。それと同時に、個人についても、それぞれの行動がもたらす結果については、しっかりと責任を取ることが求められているのです。
「ああ、間に合って良かった・・・・・・。冒頓殿が奇岩を破壊してしまっていたら、どうしようかと思ったよ」
羽磋は、「母を待つ少女」の奇岩が由と言う元の少女の姿を取り戻し、理亜としきりに話をするようになったのを見て、ホッと胸をなでおろしていました。
理亜の身体に何が起きていたのか、それに、「母を待つ少女」の奇岩がどうして生まれたのかについて、この場で一番詳しく事情を理解しているのは羽磋でした。ですから、理亜や由の様子を遠くから眺めているだけで、混ぜ合わされていた二人の心が元通りになって、それぞれの身体に戻っているのだろうと、推測することができたのでした。
理亜の身体に起こっていた、他人の身体を通り抜けてしまったり、夜になったら消えてしまったりする不思議な現象も、おそらくは彼女の身体の中に「母を待つ少女」の奇岩の心が入り込んでいたことが原因だと思われます。その状態が解消されたのですから、彼女の身体に起きていたそれらの不思議な現象は、きっと消えている事でしょう。理亜をこのヤルダンにまで連れて来た目的は達せられたのです。
理亜と一緒に過ごした時間は決して長いとは言えませんが、地下世界での探索を共に行うなどした中で、羽磋にとっても彼女はとても近しい存在となっていました。ですから、理亜がようやく自分自身の心を取り戻した様子を確認できて、羽磋の顔には、安堵と嬉しさによる笑みが、自然と浮かび上がって来るのでした。
緊張のあまり強張っていた羽磋の身体から、ふうっと力が抜けた、その時です。「やれやれ」と、冒頓が呟くのが聞こえました。
冒頓の声の調子は、決して鋭くも無ければ激しいものでも無かったのですが、羽磋の耳には、とても冷たくて哀しい響きを持つものとして感じられました。
「何だ? 冒頓殿は何かをしようとしているのか?」
羽磋が覚えた不安は、彼の身体を一気に冷やし、その中から安堵や達成感をはじき出してしまいました。
理亜は自分自身の心を取り戻しました。「母を待つ少女」の奇岩は、遠い昔に掛けられた精霊の力を打ち消し、元の姿に戻りました。もちろん、王柔と言う大切な存在を地下世界に取り残したままなのは残念なのですが、この場に限って言えば、一件落着と言って良いのではないのでしょうか。
それなのに、どうして冒頓が発した「やれやれ」という呟きは、これほどまでに不安を掻き立てる力を持っているのでしょうか。
自分自身ではそれに応えることができない羽磋は、冒頓に問いかけずにはいられませんでした。
「冒頓殿! 何かなさるおつもりですか? 理亜も元の状態に戻ったようですし、『母を待つ少女』の奇岩も無くなってしまっています。だから、この場はもうこれでおさまった、ということで良いんですよね?」
意外な展開に確認をせずにはいられないという様子の羽磋に対して、冒頓は肩をすくめて見せました。羽磋からそのように問われること自体が、冒頓にとっては意外だったからでした。
「おいおい、羽磋。どうしたよ? 本当にこれで終わりだと思っているんじゃないだろうな。そりゃ、これが昔話か何かだったら、『母を待つ少女』と呼ばれた奇岩は元の姿に戻りました、めでたしめでたし、としても良いのかもしれねぇが、現実ではそうはいかねぇだろう。あの奇岩の像とサバクオオカミの像には、王花の盗賊団も俺の護衛隊も、それにお前を吐露村に送り届けるために組まれた交易隊も、みんなが大きな損害を受けているんだぜ。物も、時間も、それに、人もだ」
「そ、それは、確かにそうですが・・・・・・」
「お前も月の民の男ならわかるだろう。俺の故郷の匈奴でもそうだ。自分がやったことに対しては、きっちりと報いを受けてもらわないといけねぇ。奇岩の正体があの女の子だってんなら、奇岩がしたことはあの女の子の責任だ。流石に、この場でその首を撥ね飛ばして終わらせようとは俺も思わねぇが、無罪放免ってわけにはいかねぇよ。少なくとも、アイツを縛り上げて王花の酒場か土光村の村長の所に突き出さないと、俺の請け負った仕事は終わらねえんだ」
「冒頓殿・・・・・・」
何とか言葉を続けようとした羽磋でしたが、由と理亜を見つめる冒頓の視線の強さを見ると、それはできませんでした。
それに、冒頓に言われてみると、「確かに、このまま何も無しでは済まないのかもしれないな」と、羽磋も考えざるを得なかったのでした。
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