月の砂漠のかぐや姫

くにん

文字の大きさ
上 下
340 / 342

月の砂漠のかぐや姫 第337話

しおりを挟む
 二人を完全に飲み込んでしまっている大きな光球は、しばらくの間、強烈な光を周囲に発散していました。それでも、少し時間が経つと、僅かずつではありますが、それが発する光は穏やかになってきました。
 ようやく目を開けることができるようになった男たちは、欠けていた情報を集め直そうとするかのように、すぐに光の源の方へ顔を向けます。
 そこで彼らが見たものは、まるで大きく広げた天幕の敷布をクルクルと巻き取っていくかのように、黄白色の光が中心部に向かって集約していく光景でした。また、いままでは見ることがかなわなかったその光の中心部には、あちこちで黄白色の光の強弱が生じ、また、それが消えていくのが見えました。
 実は、外側から眺める男たちにとっては、単なる光の変化に思えるそれは、内側にいる二人の女の子にとっては会話に等しいものでした。それも、とても濃密で、情報量に飛んだ会話でした。
「あのね、地下でこんなことがあったノ」
「あたしは地上で男たちとこんなふうに戦ってたよ」
 このような会話を交わして、理亜と由が情報を共有する必要はありません。なぜなら、それぞれが地上で、地下で活動していた時に、その身体の中には理亜と由の心が半分ずつ入っていて、その経験を分け合っていたのです。そして、いま、それぞれの身体から離れて自由になった二人の心は、もう一度混ぜ合わされた後に二つに分けて、それぞれの本来の身体へと戻ろうとしているのです。
 二つの身体。二つの心。確かに数の上では揃っていますが、いままでそれは、対応する一つと一つが組み合わされてはおりませんでした。その歪な状態が元に戻ろうとする大きな動きの中で、二人の心は言葉など介さずに、直接に気持ちや情報を遣り取りしていたのでした。
 どれぐらいの時間が経ったのでしょうか。ヤルダンのこの場所で、それを正確に把握している者はおりません。ただ、男たちは光の集約が終わる時まで注意力を切らさずに見続けることができたので、それはそれほど長い時間を要しはしなかったようです。
 少しずつ力を弱めて行った光。それが照らす範囲はどんどんと小さくなっていき、最後には消えてなくなってしまいました。そして、それが去ったところには、未だ空にかかり続けている太陽が、再び日光を注ぐようになりました。
 その太陽の光を浴びて、男たちの前に姿を現したのは、二人の女の子でした。
「オオオッ? 何だあ!」
「おい、あれは誰だ!」
 護衛隊の男たちの間から、どよめきが起きました。
 もちろん、その二人の女の子のうち、赤髪の小柄な子が理亜ですし、黒髪の上に白い頭布を巻いた子が先ほど本来の姿を取り戻した由です。でも、「母を待つ少女」の奇岩の姿であった由が元の女の子の姿に戻ったのは、あの激しい黄白色の光の中でしたので、外側からそれを見ることはできませんでした。男たちにとってみれば、黄白色の強い光に奇岩と理亜が包まれて見え無くなり、ようやくそれが治まって二人がいたところを見直すと、奇岩の姿はいつの間にか消えていて、その代わりに見たことも無い女の子が立っているという、不思議な状況が生じているのでした。
「おい、羽磋。ひょっとして、あれが・・・・・・」
「はい、そうです、冒頓殿。あの女の子が、『母を待つ少女』と呼ばれる奇岩の元の姿です。遠い昔に、精霊の力の働きで、あんな砂岩の塊に変えられてしまっていたんです」
 流石に、冒頓が驚きの声を上げることはありませんでした。それでも、羽磋に確認をする声が細かに震えるところまでは、冒頓にも抑えることができないのでした。
「そうか・・・・・・。参るぜ、あの子があの奇岩の中に入ってたのかよ」
 冒頓の歪めた口元から、苦々しい声が漏れました。
 それはそうでしょう。
 この複雑に砂岩の台地が入り組んでいるヤルダンの中にぽっかりと開けた広場で、先ほどまで冒頓と彼の部下たちは、あの「母を待つ少女」の奇岩やサバクオオカミの奇岩たちと、命懸けの戦いを繰り広げていたのです。そして、その戦いは容易に決着がつかず、ついにはそれぞれの首領である「母を待つ少女」の奇岩と冒頓とが、一騎打ちを行うところにまで及んでいたのです。
「母を待つ少女」の奇岩と正面から戦った冒頓は、それがどれほど力強く、そして、機敏に動くかを、自分の身をもって知っていました。なおかつ、奇岩の心の底には他者への激しい怒りと憎しみが沸々と湧き上がっていることを、対峙している間ずっと、感じ続けていました。
 その「母を待つ少女」の奇岩の正体が、理亜の前に立っているあの女の子だとは。
 確かに、理亜よりは少しだけ背が高く、幾らか年上かもしれませんが、まだ成人前の少女です。その身体つきは華奢ですし、手足にしたって至ってか細いものです。もしも、この女の子が水を満たした水瓶を持って目の前を歩いていたら、きっと冒頓は手助けをしてやるでしょう。
 もちろん、このヤルダンに入る前に、冒頓たちは「母を待つ少女」の奇岩にまつわる昔話を調べていました。いまヤルダンで生じている一連の不可思議な出来事と、その昔話に何か関わりがあるかもしれないとも考えていました。
 でも、それが「母を待つ少女」の奇岩に対する冒頓の意識に、大きな影響を与えることはありませんでした。それは、ヤルダンの通行を管理している王花の盗賊団を襲いだした怪異でした。それに、いまとなっては自分の可愛い部下を傷づけた敵でした。
 とは言え、です。実際に子供らしく細い身体をした由の姿を目の当たりにすると、冒頓の腹の中にあった彼女への敵愾心が、スッと小さくなっていくのでした。
 冒頓だけではありません。理亜と由を遠巻きにしている護衛隊の男たちの間からも、「おい、アイツが奇岩の正体らしいぞ」、「母を待つ少女っていうからには、アイツがずっと母ちゃんを待っていた女の子ってことか・・・・・・」という会話が漏れ聞こえては来るものの、彼女に走り寄ってその頭上に剣を振り降ろそうとするような者は、一人もおりませんでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

(完)私の家を乗っ取る従兄弟と従姉妹に罰を与えましょう!

青空一夏
ファンタジー
 婚約者(レミントン侯爵家嫡男レオン)は何者かに襲われ亡くなった。さらに両親(ランス伯爵夫妻)を病で次々に亡くした葬式の翌日、叔母エイナ・リック前男爵未亡人(母の妹)がいきなり荷物をランス伯爵家に持ち込み、従兄弟ラモント・リック男爵(叔母の息子)と住みだした。  私はその夜、ラモントに乱暴され身ごもり娘(ララ)を産んだが・・・・・・この夫となったラモントはさらに暴走しだすのだった。  ラモントがある日、私の従姉妹マーガレット(母の3番目の妹の娘)を連れてきて、 「お前は娘しか産めなかっただろう? この伯爵家の跡継ぎをマーガレットに産ませてあげるから一緒に住むぞ!」  と、言い出した。  さらには、マーガレットの両親(モーセ準男爵夫妻)もやってきて離れに住みだした。  怒りが頂点に到達した時に私は魔法の力に目覚めた。さて、こいつらはどうやって料理しましょうか?  さらには別の事実も判明して、いよいよ怒った私は・・・・・・壮絶な復讐(コメディ路線の復讐あり)をしようとするが・・・・・・(途中で路線変更するかもしれません。あくまで予定) ※ゆるふわ設定ご都合主義の素人作品。※魔法世界ですが、使える人は希でほとんどいない。(昔はそこそこいたが、どんどん廃れていったという設定です) ※残酷な意味でR15・途中R18になるかもです。 ※具体的な性描写は含まれておりません。エッチ系R15ではないです。

赤ん坊なのに【試練】がいっぱい! 僕は【試練】で大きくなれました

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はジーニアス 優しい両親のもとで生まれた僕は小さな村で暮らすこととなりました お父さんは村の村長みたいな立場みたい お母さんは病弱で家から出れないほど 二人を助けるとともに僕は異世界を楽しんでいきます ーーーーー この作品は大変楽しく書けていましたが 49話で終わりとすることにいたしました 完結はさせようと思いましたが次をすぐに書きたい そんな欲求に屈してしまいましたすみません

処理中です...