月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第336話

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「えっ・・・・・・」
 自分の耳から入って来た言葉は、由にとってまったく予想もしていなかったものでした。そのため、それをきちんと理解して受け止めることは、とてもできませんでした。でも、理亜の言葉を聞いたとたんに、心が、そして、身体が急に熱くなってくるのでした。
 いま、理亜は何と言ったのでしょうか。由はもう一度それを思い返していました。
「オカアサン」、そうです、確かに「お母さん」と言っていました。「え、えっ、それでっ」と、由はドキドキしながら、その先を口に出そうとしました。もちろん、理亜がその先に話した言葉自体は頭に浮かんできているのですが、それが自分がそうであってほしいと心の底から願っている事を表しているのかどうか、はっきりと決めかねていて、口に出すことでもう一度確かめてみたかったのです。
「お母さん。あたしのお母さんが、地下にいた・・・・・・。ねぇ、あんた、いまそう言ったよねっ。あんた、さっき地面から飛び出して来たよね。まさか、地下であたしのお母さんに会った、とでも言うの? お母さんが地面の割れ目に飛び込んだのは、本当に昔の事なんだよ?」
 由は理亜の両肩を勢いよく掴むと、その顔を正面から覗き込んで尋ねました。由の言葉は、決して乱暴なものではありません。でも、これまでの長い時ずっと待ち続けていた母親に関することを耳にしたものですから、抑えきれない感情に後押しされた激しい勢いで理亜にぶつけられました。
 それでも、理亜は少しも怖がる様子を見せませんでした。それどころか、自分よりも少しだけ背が高く、ちょっと上から覗き込んでいる由の顔に向かって、安心させようとするかのように微笑んで見せるのでした。
「そうダヨ。地下でね、会ったの。由のオカアサンに、会ったの。由のコト、心配してたヨ」
 やはり、心を半分ずつ持ち合った二人だからでしょうか。理亜が本当のことを話していると、考えるまでもなく由には感じ取れていました。
「おか、お母さんが・・・・・・、地下にいるって・・・・・・。そして、あたしのことを・・・・・・・」
 由は理亜の肩を掴んでいた両手をバッと離すと、それで自分の顔を覆い、赤土の上にしゃがみ込みました。その丸まって小さくなった背中は、小刻みに震えていました。心の奥から湧き上がって来た安堵と嬉しさが、由の身体全体を内側から揺さぶっているのでした。
 いったい、由はどれほど長い間、母親を待ち続けていたのでしょうか。
 始まりは、遠い昔に流行り病に罹ってしまった時のことでした。高熱を発して命が危ぶまれた由を助けるためにではありましたが、母親は彼女を村に残したまま、幻とも言われる薬草を探しに行ってしまったのです。母親が村を出た後に、幸運にも由の病は癒えたのですが、彼女がいつまで待っても母親は帰って来ません。村の外に出て母親を待ち続ける由は、いつの間にか岩の像に変わってしまうのでした。
 その次は、由が砂岩の像に変えられてしまった後のことです。ずいぶんと時間が経った後ではありましたが、母親は薬草を手にして村へ帰って来ました。でも、村へと続く道筋に奇妙な形をした砂岩の像がある事に気が付くのです。それこそが、自分を待ち続けた娘が変化した姿だと気が付いた母親は、絶望のあまりに近くにあった地面の割れ目に身を投じてしまいます。
 その時からいままでの長い間、「母を待つ少女」の奇岩と呼ばれるようになった由は、その通り名のとおり、地中へと消えて言った母親がいつか帰って来ないかと、ずっと待ち続けていたのでした。
「ね、だから、大丈夫ダヨ」
 再び理亜は、由の身体に両腕を回しました。
 すると、しゃがみ込んで下を向いている由の胸が、さらには、彼女に寄せられた理亜の胸までもが、パァッと光を放ちだしました。
 それは、地面に注がれた水が発している夜の光により濃青色に染まっていたこの一角を、あっという間に黄白色に塗り替えてしまいました。
「うわっ、眩しいっ!」
 濃青色の光で満たされていたこの一角で、理亜と由の二人を遠巻きにしながら、「ここからだと中心部は良く見えないが、いったい何が起きているんだろう」と目を凝らしていた男たちは、その強い光で目を焼かれないように、手で光を遮ったり目を瞑ったりしなければならなくなりました。
 羽磋も冒頓も、例外ではありませんでした。事態の推移を僅かでも見落とすことが無いようにと、目を細めるに留めて中心部を見続けようとするのですが、やはり、その光の強さには耐えられず、手をかざさずにはいられませんでした。
 新たに発した黄白色の光。その中心部にいる由と理亜は、どうだったのでしょうか。
 周囲にいる男たちとは違って、二人が眼を閉じたり手をかざしたりする様子はなかったので、先ほどの濃青色の光と同じように、この光は二人に何の影響も与えていないように見えます。
 でも、黄白色の光は、そのような表面的な影響ではなく、目に見えないもっと深いところで、二人に大きな影響を与えていたのでした。
 二人の胸から発せられた、強い黄白色の光。周囲を明るく照らすそれは、どの光がどちらの胸から発せられたのか全く区別できません。それは、まるで二つの月がそれぞれの少女の胸の中に同時に現れて、身体の中から周囲に放っているかのようです。
 この光こそは、あのヤルダンの夜に二つに分けられてそれぞれの身体に納められていた、心の輝きでした。
 地下から飛び出してきた理亜は、地上で冒頓と激しい戦いを繰り広げていた「母を待つ少女」の奇岩、つまり、由を少しも恐れることはなく、彼女にまっすぐに近づいていきました。
 由は自分の感情が沸騰するままに、冒頓や護衛隊と戦っていました。その戦いの決着をつけるべき大事な一騎打ちの場面に、理亜が横やりを入れたことになるのですが、彼女に対して怒りをぶつけはしたものの、彼女を傷つけようとはしませんでした。
 これは、理亜と由が、心を分け合った二人だったからこそのことでした。
 そして、いま。
 理亜の身体に宿る「アオカアサンのことを伝えたい」という心と、由の身体に宿る「お母さんのことを知りたい」という心が、理亜が執り行った大地に水を注ぐ精霊の儀式の下で強く引き合い、更なる奇跡を起こしていたのです。
 二つの身体に納められていた心はいま、もう一度その身体を抜け出して合わさろうとしているのです。そして、その二人の心が発する光こそが、月の光にも似た黄白色の輝きだったのでした。
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