328 / 342
月の砂漠のかぐや姫 第325話
しおりを挟む
「いいぞ、頑張ってくれっ。あの大きな割れ目を通じて、理亜たちを地上に吹き出してくれっ!」
ギュッと両の拳を握り締めながら、王柔は叫びました。
その声に奮い立ったのか、月夜に輝く湖面のようなキラキラとした青い光で周囲を照らしながら、水柱は素早く立ち上がっていきます。
でも、その様に一気に進んでしまって良いものでしょうか。もしもその狙いが少しでもズレていれば、水柱は天井にある亀裂を通り抜けるのではなく、硬い岩盤でできた天井そのものにぶつかってしまいます。そうすると、その水柱で打ちあげられた羽磋たちにも、大きな影響があるのではないでしょうか。
いまの羽磋たちがどのような状態であるのかは王柔にはよくわかりませんが、激しい勢いで固いものにぶつかれば、水柱は分解して広く飛び散ってしまうでしょうから、その中にいる羽磋たちも無事では済まないであろうことはわかります。それに、地下世界の天井はとても高い所にありますから、そこから地下世界の地面に落下したとしたら、それだけでも命に係わる大けがを負うことは間違いないでしょう。やはり、水柱が地上に向けて立ちあがった事だけで、全てが成ったように喜び安心するわけにはいきません。
水柱の昇って行く先を凝視している王柔は、理亜と羽磋が無事に地上に辿り着くようにと、月の精霊への祈り言葉を何度も心の中で繰り返さずにはいられませんでした。
空気を切り裂きながら飛ぶ矢のような鋭い音を立てながら、水柱は地下の大空間を登り続けます。それは、よほど大きな力で噴出されたのでしょう。通常、間欠泉が吹き上げる水柱の勢いは、始めは強くても高さが上がるほどに衰えてしまいます。やがてその空に向かっていた水先は解けて、地上に向けてバラバラと落下していきます。ところが、この青い水柱は、勢いが弱まる気配をまったく見せていませんでした。
そして、濃青色の球体が放った水柱は、ついにその狙ったとおりの場所に到着しました。
地下世界の天井に生じている亀裂のいくつかは地上にまで繋がっています。王柔たちの頭上に開いていた亀裂からは、太陽の光が黄白色の帯のようになって地下世界にもたらされていましたから、それはまちがいなく地上に通じている亀裂の一つでした。
水柱はその明るく輝く開口部にとてつもなく強い勢いで入り込みました。恐れていたように天井を形成する分厚い岩盤にぶつかったのではないのですが、水柱が到達した時に生じたゴゴオゴンッと地震に似た大きな振動が、王柔の所にまで伝わってきました。
地上から地下世界まで亀裂の内部が繋がっているのは、地下世界に光が差し込んできていることから間違いは無いのですが、それは決して広くて真っすぐな通路ではありません。そのため、天井の開口部から入った水柱が地上にまで吹き上がるためには、その内部の砂岩を削り取りながら進まなければならなかったのです。
パラパラと、水滴や細かな岩の破片が、丘の上に立つ王柔の周りに落ちてきました。
水柱は全量が打ち出され、それが周囲に発していた鮮やかな青の光は消えてなくなりました。地下世界の地面にはこれまでに球体が流した青い水が流れていますから、そこが完全に闇で満たされてしまったわけではないのですが、王柔には周囲が急に真っ暗になってしまったように感じられました。
王柔はじっと水柱を飲み込んだ天井の亀裂を見上げ続けていました。少しの間をおいて、彼の口から小さな独り言が漏れ出ました。
「理亜、元気で・・・・・。羽磋殿、理亜をよろしくお願いします」
その時、彼の近くで、ドドンッと重い音が響きました。
天井の亀裂の中に消えた理亜と羽磋の事に思いを馳せていた王柔が、驚いてその音のした方を見ると、そこには濃青色の球体の姿がありました。ただ、それはこれまでのように地面から少し浮き上がってはおらず、まるで崖下に転がる落石のように地面の上に横たわっていました。
濃青色の球体は、昔話で語られる「母を待つ少女」の母親が姿を転じたものです。彼女は、「母を待つ少女」と呼ばれる奇岩に転じてしまった自分の娘を助けるために、理亜と羽磋を飲み込み、青い水の噴出と共に地上へ送り出しました。
でも、そのためには、傷ついた身体に残されていた力の全てを必要としたのでしょう。もはや、わずかな高さでさえも浮かぶことができずに、多くの亀裂を無防備に晒しながら、地面に転がるしかなくなってしまったのです。
王柔は、濃青色の球体を「お母さん」と呼ぶ理亜や、諸々の事情を考えて納得した様子の羽磋とは違って、単純にこの球体を「怖い」と思っていました。でも、いまの濃青色の球体の様子を見る彼の目には「恐怖」の色は映っていませんでした。それは、自分の娘のために全力を振り絞った母親の気持ちが、理亜のことを妹のように思って大事にしている彼にはよくわかったからでした。
グラ、グラアア・・・・・・。ドドドンッ。またもや、大きな地震が起きて、地下世界全体が大きく揺れ動きました。
地面に落ちた濃青色の球体は、地面の揺れに逆らうこともできずに、落ちた場所の周囲をゴロゴロと転がりました。いままでは、見たことも想像したことも無い異形とは言え、特定の面を自分たちに向けて話しかけてくるこの球体を「生きているもの」と王柔は感じていたのですが、この地面の揺れに従って転がる球体の様を見ると、その命は無くなってしまったのではないかとさえ思えるのでした。
ギュッと両の拳を握り締めながら、王柔は叫びました。
その声に奮い立ったのか、月夜に輝く湖面のようなキラキラとした青い光で周囲を照らしながら、水柱は素早く立ち上がっていきます。
でも、その様に一気に進んでしまって良いものでしょうか。もしもその狙いが少しでもズレていれば、水柱は天井にある亀裂を通り抜けるのではなく、硬い岩盤でできた天井そのものにぶつかってしまいます。そうすると、その水柱で打ちあげられた羽磋たちにも、大きな影響があるのではないでしょうか。
いまの羽磋たちがどのような状態であるのかは王柔にはよくわかりませんが、激しい勢いで固いものにぶつかれば、水柱は分解して広く飛び散ってしまうでしょうから、その中にいる羽磋たちも無事では済まないであろうことはわかります。それに、地下世界の天井はとても高い所にありますから、そこから地下世界の地面に落下したとしたら、それだけでも命に係わる大けがを負うことは間違いないでしょう。やはり、水柱が地上に向けて立ちあがった事だけで、全てが成ったように喜び安心するわけにはいきません。
水柱の昇って行く先を凝視している王柔は、理亜と羽磋が無事に地上に辿り着くようにと、月の精霊への祈り言葉を何度も心の中で繰り返さずにはいられませんでした。
空気を切り裂きながら飛ぶ矢のような鋭い音を立てながら、水柱は地下の大空間を登り続けます。それは、よほど大きな力で噴出されたのでしょう。通常、間欠泉が吹き上げる水柱の勢いは、始めは強くても高さが上がるほどに衰えてしまいます。やがてその空に向かっていた水先は解けて、地上に向けてバラバラと落下していきます。ところが、この青い水柱は、勢いが弱まる気配をまったく見せていませんでした。
そして、濃青色の球体が放った水柱は、ついにその狙ったとおりの場所に到着しました。
地下世界の天井に生じている亀裂のいくつかは地上にまで繋がっています。王柔たちの頭上に開いていた亀裂からは、太陽の光が黄白色の帯のようになって地下世界にもたらされていましたから、それはまちがいなく地上に通じている亀裂の一つでした。
水柱はその明るく輝く開口部にとてつもなく強い勢いで入り込みました。恐れていたように天井を形成する分厚い岩盤にぶつかったのではないのですが、水柱が到達した時に生じたゴゴオゴンッと地震に似た大きな振動が、王柔の所にまで伝わってきました。
地上から地下世界まで亀裂の内部が繋がっているのは、地下世界に光が差し込んできていることから間違いは無いのですが、それは決して広くて真っすぐな通路ではありません。そのため、天井の開口部から入った水柱が地上にまで吹き上がるためには、その内部の砂岩を削り取りながら進まなければならなかったのです。
パラパラと、水滴や細かな岩の破片が、丘の上に立つ王柔の周りに落ちてきました。
水柱は全量が打ち出され、それが周囲に発していた鮮やかな青の光は消えてなくなりました。地下世界の地面にはこれまでに球体が流した青い水が流れていますから、そこが完全に闇で満たされてしまったわけではないのですが、王柔には周囲が急に真っ暗になってしまったように感じられました。
王柔はじっと水柱を飲み込んだ天井の亀裂を見上げ続けていました。少しの間をおいて、彼の口から小さな独り言が漏れ出ました。
「理亜、元気で・・・・・。羽磋殿、理亜をよろしくお願いします」
その時、彼の近くで、ドドンッと重い音が響きました。
天井の亀裂の中に消えた理亜と羽磋の事に思いを馳せていた王柔が、驚いてその音のした方を見ると、そこには濃青色の球体の姿がありました。ただ、それはこれまでのように地面から少し浮き上がってはおらず、まるで崖下に転がる落石のように地面の上に横たわっていました。
濃青色の球体は、昔話で語られる「母を待つ少女」の母親が姿を転じたものです。彼女は、「母を待つ少女」と呼ばれる奇岩に転じてしまった自分の娘を助けるために、理亜と羽磋を飲み込み、青い水の噴出と共に地上へ送り出しました。
でも、そのためには、傷ついた身体に残されていた力の全てを必要としたのでしょう。もはや、わずかな高さでさえも浮かぶことができずに、多くの亀裂を無防備に晒しながら、地面に転がるしかなくなってしまったのです。
王柔は、濃青色の球体を「お母さん」と呼ぶ理亜や、諸々の事情を考えて納得した様子の羽磋とは違って、単純にこの球体を「怖い」と思っていました。でも、いまの濃青色の球体の様子を見る彼の目には「恐怖」の色は映っていませんでした。それは、自分の娘のために全力を振り絞った母親の気持ちが、理亜のことを妹のように思って大事にしている彼にはよくわかったからでした。
グラ、グラアア・・・・・・。ドドドンッ。またもや、大きな地震が起きて、地下世界全体が大きく揺れ動きました。
地面に落ちた濃青色の球体は、地面の揺れに逆らうこともできずに、落ちた場所の周囲をゴロゴロと転がりました。いままでは、見たことも想像したことも無い異形とは言え、特定の面を自分たちに向けて話しかけてくるこの球体を「生きているもの」と王柔は感じていたのですが、この地面の揺れに従って転がる球体の様を見ると、その命は無くなってしまったのではないかとさえ思えるのでした。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした
月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。
それから程なくして――――
お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。
「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」
にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。
「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」
そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・
頭の中を、凄まじい情報が巡った。
これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね?
ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。
だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。
ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。
ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」
そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。
フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ!
うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって?
そんなの知らん。
設定はふわっと。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる