月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第313話

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 実際には、次に理亜が口を開いたのは、ほんの僅かな沈黙の後でした。
 たくさんの記憶の中から、思い当たることを探し出せたのでしょうか。理亜の視線が宙の一点に定まり、その小さな口からポツポツと言葉が生まれるようになりました。
「あ、あの・・・・・・。女の子の形の岩の・・・・・・。そうだ。うん、そうだヨ。見たヨ。夜だった。ワタシ、とても・・・・・・」
「ええっ! やっぱり、母を待つ少女の像を見ていたのかい、理亜!」
 王柔は理亜が話す邪魔にならないようにと静かにしていましたが、彼女の口から「母を待つ少女」の奇岩を見たと語られるのを聞いて、興奮して声を高めてしまいました。
 でも、理亜は思い出すことに集中していて、すぐ近くで王柔が上げた声にも全く反応を見せませんでした。彼女の耳も目も、母を待つ少女の奇岩と出会ったあの時あの場所、つまり、夜のヤルダンに、向けられているのでした。
「ワタシ、疲れてた。病気だった。それで、ミンナいなくなった・・・・・・。だけど、頑張ったんダヨ。オージュに会いたかった。オカーサンに会いたかった。だからネ、歩いた。すごく頑張って・・・・・・。砂と岩ばっかりで、どこに行けばいいかわからなかったし、とてもとても、しんどかったけど・・・・・・。それで、夜になって。寒くて。オカーサン。オージュ。会いたくて。だけど・・・・・・。疲れちゃって。そこで、会ったヨ」
 羽磋が指摘したように、めったな事では「しんどい」だの「疲れた」だのとは口にしない理亜でしたが、記憶を辿る彼女の口からはそれらの言葉が次々と零れてきました。
 理亜が記憶の世界に没していることを悟った王柔は、こんどこそ彼女の邪魔をしないようにと、努力して自分の興奮を抑えしっかりと口を閉じていましたが、それでも、身体が小刻みに上下したり、無意識の内に「そう」、「それで?」と小さな声が漏れたりするのを、防ぐことはできていませんでした。
 理亜は話を続けます。
 でも、その言葉は途切れ途切れですし、聞く人に対してどういう場面なのかの説明もありません。それは、彼女が、記憶の中から拾い出したものを、自分の思いや目に映ったその場の光景等に整理せぬままに、思い浮かんだ言葉そのままで表していたからでした。
 そのため、理亜が実際にどのようなことを話そうとしているのかを理解することは、決して簡単な事ではありませんでした。
 特に気の短い人でなくても、「それで、結局は何が言いたいんだ!」と結論を求めたくなるような状況でしたが、王柔だけではなく、羽磋や「母を待つ少女」の母親も、小さな子供を急かすと返って言葉が続かなくなる場合がある事を理解していたので、口を挟む代わりに全身を耳にして彼女の話に聞き入っていました。
 その甲斐があったのでしょう。
 理亜の話は、彼女が記憶を探るために短く止まることはあっても、完全に停止して尻切れトンボになることもなく、最後まで続きました。そして、その場にいた全員が、理亜が記憶の中から取り出した内容を、受け取ることができたのでした。

「それでネ、オージュに会えた。オカーサンにも会えた。嬉しかったヨ・・・・・・」
 理亜はそう話すと、ゆっくりと口を閉じました。それが、彼女の話の終わりだったのでした。
 理亜が覚えていることを話し出す前に生じた僅かな間よりもよほど長い間が、それも、より静かで重苦しい間が、その場を満たしました。
 理亜が語った話は、彼女が夜のヤルダンを一人で歩いている時に母を待つ少女の奇岩と出会った、というものでした。
 ヤルダンはゴビの荒れ地の象徴とも言うような場所で、乾燥に強いアカシアや駱駝草の姿もなく、ただただ黄白色の砂岩の台地と赤茶色のゴビが広がっています。とても人が住むような場所ではないのです。近年は王花の盗賊団が管理をするようになって幾分かマシにはなったものの、野盗や獣が頻繁に出没する場所でもあります。それだけではありません。ヤルダンには人や動物ではない存在、つまり、精霊の力が強く働いている場所ともされているのです。
そのような恐ろしい場所に、どうして理亜は一人でいたのでしょうか。それは一体いつの事なのでしょうか
 それらについての細かな説明が理亜の口から語られることはなかったのですが、王柔と羽磋には直ぐに「あの時だ」とわかりました。
 王柔と理亜が最初に出会ったのは、寒山と言う男が率いていた交易隊においてでした。その交易隊は遠い西国から月の民へ戻ってきたところで、交易隊にヤルダンの案内人として雇われたのが王柔、そして、交易隊が荷の一つとして連れていた奴隷の一人が理亜でした。
 王柔は子供の頃に流行り病で両親を亡くし、妹ともに父の親族に引き取られていました。でも、その妹は彼が放牧の手伝いに出ている間に、養母により奴隷として売り飛ばされてしまいます。王柔はその妹を探すために村を飛び出し、王花の盗賊団の一員となったのです。その自分の妹の姿を、王柔は理亜に重ねていました。理亜の方でも、異国からこの地へ連れて来られる間に母親を亡くしていましたから、辛く困難な状況の中で自分に優しくしてくれる王柔を実の兄のように慕うのでした。
 でも、交易隊がちょうどヤルダンに差し掛かった時に、理亜は高熱を発して倒れ込んでしまいます。その彼女の顔や身体には恐ろしい流行り病である風粟の病の印が現れていました。交易隊の長である寒山は、風粟の病が自分たちや他の奴隷たちに広がることを恐れ、理亜をヤルダンの中に捨てていくことを決めました。そうです、小さな女の子である理亜が、一人でこのヤルダンを歩いていたのはそのためだったのでした。彼女は交易隊と一緒にヤルダンの中まで来たものの、病気で満足に動かぬ身体のままそこに放置されていたのでした。
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