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月の砂漠のかぐや姫 第305話
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でも、地下世界に天井があるということは、その上には地面の層があるということを意味しますし、さらにその一番上には地表があるということでもあります。
頭上を仰ぎ見ている王柔には、地下に閉じ込められている自分たちのちょうど真上に当たる地上で、いま正に繰り広げられているであろう光景が、容易に思い浮かべられました。
弓矢を背負い短剣を腰紐に差した冒頓の騎馬隊が、太陽の強い日差しに晒されて脆くなったゴビの赤土を巻き上げながら、勢いよく馬を走らせています。彼らは遠掛けをしたり家畜を追ったりしているのではありません。ヤルダンに転がる砂岩の塊の間から次々と襲い掛かって来るサバクオオカミと戦っているのです。しかも、そのサバクオオカミは命ある動物ではなく、サバクオオカミの形をした砂岩の塊に過ぎないのです。心を持たないその敵は、どれだけ戦いを続けても疲れを感じることが無く、どれだけ自分が傷ついても怯むことは無いのです。
馬上の男たちは皆、冒頓によって厳しく鍛えられた壮健な者たちであるとは言え、彼らがこれまで行ってきた鍛錬は交易隊に襲い掛かる野盗たちを退けるためのものですから、自分たちの常識の通じない敵との戦いは、とても厳しいものになっていることでしょう。
冒頓が率いる騎馬隊を襲うサバクオオカミの奇岩を操っているのは、そう、「母を待つ少女」の奇岩です。
冒頓の騎馬隊とそれに同行していた羽磋たちは、ヤルダンを目指す道の途中で、母を待つ少女の奇岩が率いるサバクオオカミの奇岩に襲われたことがありました。その際に王柔は、母を待つ少女の奇岩の姿を目にしていましたが、動くはずもない砂岩でできた身体を自在に動かし、手下のサバクオオカミの奇岩に次々と指示を出すその姿は、「とても理解できない恐ろしいもの」としてしか映りませんでした。
でも、いま王柔が思い浮かべた「母を待つ少女」の奇岩の姿の印象は、その時とは大きく違っていました。
どうしてでしょうか。
それは、いまでは、王柔が知るようになっていたからでした。その冷たい砂岩の塊の内側に、少なくとも半分は、理亜の心が宿っていることをです。
王柔が思い浮かべた光景の中で、「母を待つ少女」の奇岩は、大きく両腕を動かしてサバクオオカミの奇岩に指示を出し、相手に突き刺さるような鋭い視線を騎馬隊の主である冒頓に飛ばしていました。その身体の中で、母を待つ少女と理亜が持っていた「怒り」や「悲しみ」や「絶望」の気持ちが激しく燃え上がっているのが、王柔には遠目からでもよくわかりました。
「あ、危ないっ」
離れたところから両者の戦いを見るような形で戦場を思い浮かべていた王柔は、無意識の内に大きな声を上げてしまいました。少し離れたところを走る騎馬隊の男が、馬上で「母を待つ少女」の奇岩に向かってギリギリと弓を引いているのが目に入ったのです。
冒頓に対して意識を集中している「母を待つ少女」の奇岩は、その男の動きに気が付いていません。
シュウオンッ!
男が放った矢は、「母を待つ少女」の奇岩に向かって一直線に飛んで行きます。
そして。
ズフッ!
その矢は、奇岩の頭部に後ろから突き刺さりました。
大きく体勢を崩す「母を待つ少女」の奇岩。
そこへ勢いよく馬を走らせてきたのは、騎馬隊の隊長である冒頓です。
冒頓の方でも、砂漠オオカミの奇岩を率いる母を待つ少女の奇岩の動きに、常に注意を払っていたのでしょう。彼はこの機会を逃しはしませんでした。矢を受けた母を待つ少女の奇岩が地面に膝をついたところに、馬上から飛びつきます。そして、腰に下げていた短剣を素早く引き抜くと、彼女の胴を一息に薙ぎ払いました。
冒頓の剣を受けて胴の部分が砕かれた母を待つ少女の奇岩は、上下二つに分かれてゴビの大地に転がりました。もともとは砂岩が固まって形となったものですから、人間や動物のように切り口から血が流れ出すことなどはありません。でも、これは何でしょうか、ふわふわとした雲のようなものが二つ、切り口から浮かび上がってきます。
「なんだこれはっ。ええいっ」
冒頓は、ようやく敵の首領を倒したという高揚感に任せて、その雲の塊のようなものまでをも、一息に切り裂いてしまいます。
「アアアッ・・・・・・」
王柔の口から、悲鳴とも懇願とも判別のつかない、切れ切れのしゃがれ声が漏れました。
彼にはわかったのです。いま冒頓が切り裂いてしまったものこそ、奇岩の中に埋め込まれていた、理亜、そして、母を待つ少女、それぞれの心の半分であることに・・・・・・。
「ウウッ、ブルルルッ」
王柔は口を尖らしながら、激しく首を振りました。
いま王柔の頭の中に浮かんだ景色は、あくまでも彼の想像に過ぎません。でも、あえて悪い出来事を想像したわけではありません。いままでに自分がヤルダンでの仕事中に経験してきたことや理亜の身体のことについて考えてきたこと、それに、新たに羽磋から聞かされたことが合わさって、いま自分たちの頭の上に広がるヤルダンであのようなことが起きている、あるいは、起きつつあると、自然に心の中に浮かび上がってきたものなのです。
この恐ろしい想像は、いま理亜は自分たちの傍らにいるものの、彼女の心の半分は実は地上にあって、それがいまにも破壊される恐れがある事を、王柔にはっきりと告げていたのでした。
頭上を仰ぎ見ている王柔には、地下に閉じ込められている自分たちのちょうど真上に当たる地上で、いま正に繰り広げられているであろう光景が、容易に思い浮かべられました。
弓矢を背負い短剣を腰紐に差した冒頓の騎馬隊が、太陽の強い日差しに晒されて脆くなったゴビの赤土を巻き上げながら、勢いよく馬を走らせています。彼らは遠掛けをしたり家畜を追ったりしているのではありません。ヤルダンに転がる砂岩の塊の間から次々と襲い掛かって来るサバクオオカミと戦っているのです。しかも、そのサバクオオカミは命ある動物ではなく、サバクオオカミの形をした砂岩の塊に過ぎないのです。心を持たないその敵は、どれだけ戦いを続けても疲れを感じることが無く、どれだけ自分が傷ついても怯むことは無いのです。
馬上の男たちは皆、冒頓によって厳しく鍛えられた壮健な者たちであるとは言え、彼らがこれまで行ってきた鍛錬は交易隊に襲い掛かる野盗たちを退けるためのものですから、自分たちの常識の通じない敵との戦いは、とても厳しいものになっていることでしょう。
冒頓が率いる騎馬隊を襲うサバクオオカミの奇岩を操っているのは、そう、「母を待つ少女」の奇岩です。
冒頓の騎馬隊とそれに同行していた羽磋たちは、ヤルダンを目指す道の途中で、母を待つ少女の奇岩が率いるサバクオオカミの奇岩に襲われたことがありました。その際に王柔は、母を待つ少女の奇岩の姿を目にしていましたが、動くはずもない砂岩でできた身体を自在に動かし、手下のサバクオオカミの奇岩に次々と指示を出すその姿は、「とても理解できない恐ろしいもの」としてしか映りませんでした。
でも、いま王柔が思い浮かべた「母を待つ少女」の奇岩の姿の印象は、その時とは大きく違っていました。
どうしてでしょうか。
それは、いまでは、王柔が知るようになっていたからでした。その冷たい砂岩の塊の内側に、少なくとも半分は、理亜の心が宿っていることをです。
王柔が思い浮かべた光景の中で、「母を待つ少女」の奇岩は、大きく両腕を動かしてサバクオオカミの奇岩に指示を出し、相手に突き刺さるような鋭い視線を騎馬隊の主である冒頓に飛ばしていました。その身体の中で、母を待つ少女と理亜が持っていた「怒り」や「悲しみ」や「絶望」の気持ちが激しく燃え上がっているのが、王柔には遠目からでもよくわかりました。
「あ、危ないっ」
離れたところから両者の戦いを見るような形で戦場を思い浮かべていた王柔は、無意識の内に大きな声を上げてしまいました。少し離れたところを走る騎馬隊の男が、馬上で「母を待つ少女」の奇岩に向かってギリギリと弓を引いているのが目に入ったのです。
冒頓に対して意識を集中している「母を待つ少女」の奇岩は、その男の動きに気が付いていません。
シュウオンッ!
男が放った矢は、「母を待つ少女」の奇岩に向かって一直線に飛んで行きます。
そして。
ズフッ!
その矢は、奇岩の頭部に後ろから突き刺さりました。
大きく体勢を崩す「母を待つ少女」の奇岩。
そこへ勢いよく馬を走らせてきたのは、騎馬隊の隊長である冒頓です。
冒頓の方でも、砂漠オオカミの奇岩を率いる母を待つ少女の奇岩の動きに、常に注意を払っていたのでしょう。彼はこの機会を逃しはしませんでした。矢を受けた母を待つ少女の奇岩が地面に膝をついたところに、馬上から飛びつきます。そして、腰に下げていた短剣を素早く引き抜くと、彼女の胴を一息に薙ぎ払いました。
冒頓の剣を受けて胴の部分が砕かれた母を待つ少女の奇岩は、上下二つに分かれてゴビの大地に転がりました。もともとは砂岩が固まって形となったものですから、人間や動物のように切り口から血が流れ出すことなどはありません。でも、これは何でしょうか、ふわふわとした雲のようなものが二つ、切り口から浮かび上がってきます。
「なんだこれはっ。ええいっ」
冒頓は、ようやく敵の首領を倒したという高揚感に任せて、その雲の塊のようなものまでをも、一息に切り裂いてしまいます。
「アアアッ・・・・・・」
王柔の口から、悲鳴とも懇願とも判別のつかない、切れ切れのしゃがれ声が漏れました。
彼にはわかったのです。いま冒頓が切り裂いてしまったものこそ、奇岩の中に埋め込まれていた、理亜、そして、母を待つ少女、それぞれの心の半分であることに・・・・・・。
「ウウッ、ブルルルッ」
王柔は口を尖らしながら、激しく首を振りました。
いま王柔の頭の中に浮かんだ景色は、あくまでも彼の想像に過ぎません。でも、あえて悪い出来事を想像したわけではありません。いままでに自分がヤルダンでの仕事中に経験してきたことや理亜の身体のことについて考えてきたこと、それに、新たに羽磋から聞かされたことが合わさって、いま自分たちの頭の上に広がるヤルダンであのようなことが起きている、あるいは、起きつつあると、自然に心の中に浮かび上がってきたものなのです。
この恐ろしい想像は、いま理亜は自分たちの傍らにいるものの、彼女の心の半分は実は地上にあって、それがいまにも破壊される恐れがある事を、王柔にはっきりと告げていたのでした。
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